蒼穹の異邦人 ~魔王を倒した勇者、1942年のミッドウェー海戦に降り立つ~ 作:Monutaka
昭和十七年六月九日。
午前九時。
東京、海軍省。
「……天城君」
「はい!」
「……もう一度、確認する」
山本五十六は、机の上に置かれた作戦図を見つめていた。
そこには、二隻の戦艦が描かれている。
一隻は、ホワイトハウスの隣。
もう一隻は、ニューヨークの自由の女神の隣。
どちらも、船首を下にして直立していた。
「……乗員の安全は?」
「全員、先に陸へ移します!」
「……艦そのものは?」
「壊しません!」
「……周囲の建物は?」
「傷一つつけません!」
「……地面は?」
「重さがかからないようにします!」
「……倒れる心配は?」
「絶対にありません!」
山本は、静かに頷いた。
「……よろしい」
隣に座る嶋田繁太郎が、恐る恐る口を開いた。
「……山本君」
「……何でしょう」
「……本当に、やるのかね?」
山本は、しばらく黙っていた。
「……大臣」
「……うむ」
「……私にも、これが正しい方法なのかはわかりません」
「…………」
「……ですが、戦争を終わらせるため、相手に我々の意思を伝える必要があります」
山本は、一通の書簡を手に取った。
アメリカ合衆国大統領に宛てた、非公式の親書だった。
そこには、戦争終結に向けた対話を求める言葉が記されている。
嶋田は、深く息を吐いた。
「……政府として正式な講和を申し入れる段階には、まだない」
「……承知しております」
「……今回認めるのは、あくまで非公式な接触だ」
「……はい」
「……そして、相手を脅して降伏させるための行動ではない」
山本は、力強く頷いた。
「……そのとおりです」
嶋田は、悠真を見た。
「……天城君」
「はい!」
「……もし少しでも危険があると判断したら、中止するのだぞ」
「わかりました!」
「……それから」
「はい?」
「……くれぐれも、余計なことはせんようにな」
「もちろんです!」
悠真は、満面の笑みを浮かべた。
「ちゃんと作戦図どおりにやります!」
「…………」
嶋田は、作戦図を見た。
直立する二隻の戦艦。
「……それが、すでに余計なことのような気もするが」
山本は、聞こえなかったふりをした。
◇ ◇ ◇
「……では、天城君」
「はい!」
「……まず、親書を届けよう」
「了解です!」
悠真は、山本から封筒を受け取った。
「……ただし、相手の警備を刺激するな」
「はい!」
「……突然、大統領の執務室に現れるようなこともするな」
「はい!」
「……相手が話し合いを拒否した場合は、無理強いしないこと」
「わかりました!」
山本は、深く息を吐いた。
「……よし」
悠真は、にこにこと笑った。
「じゃあ、行ってきます!」
ぱちん。
少年の姿が消えた。
「…………」
嶋田が、ぽつりと呟いた。
「……山本君」
「……はい」
「……本当に、行ってしまったな」
「……ええ」
「……アメリカへ」
「……ええ」
「…………」
嶋田は、天井を見上げた。
「……外交とは、こんなに簡単なものだったかね?」
「……私の知る限りでは、違いますな」
◇ ◇ ◇
同日。
アメリカ東海岸。
チェサピーク湾。
戦艦サウスダコタ。
同艦は、わずか三か月前に就役したばかりの新鋭戦艦だった。
基準排水量三万五千トン。
四十センチ級の主砲を九門備えた、アメリカ海軍の新たな主力艦である。
その日も、乗員たちは訓練に励んでいた。
「……異常なし!」
「機関、良好!」
艦橋では、士官たちが海面を見つめていた。
そのときだった。
「……ん?」
一人の見張員が、目を細めた。
「……おい」
「何だ?」
「……あそこに、誰かいないか?」
「……どこだ?」
「……海の上だ」
士官が双眼鏡を覗いた。
そこには、一人の少年がいた。
海面から少し浮いた場所に。
まるで散歩でもしているかのように。
「…………」
士官は、双眼鏡を下ろした。
そして、もう一度覗いた。
「…………」
「……どうした?」
「……少年がいる」
「……少年?」
「……空を飛んでいる」
「…………」
その直後。
少年が、こちらに向かって手を振った。
「こんにちはー!」
不思議なことに、その声は艦内の誰にもはっきりと聞こえた。
「……日本語?」
誰かが呟いた。
だが次の瞬間には、全員が自分の理解できる言葉として、その声を聞いていた。
「えーっと! 皆さん、ちょっとだけ移動してもらいますね!」
「……何?」
「危なくないので、安心してください!」
艦橋の士官が叫んだ。
「総員、警戒!」
だが、その命令が艦内に伝わりきるより早く。
ぱちん。
乗員たちの姿が、消えた。
次の瞬間。
彼らは、湾岸の安全な陸地に立っていた。
「…………」
「…………」
「……何が起きた?」
誰も答えられなかった。
海の向こうでは。
無人となった戦艦サウスダコタが、音もなく姿を消していた。
◇ ◇ ◇
同じころ。
アメリカ西海岸沖。
戦艦ペンシルベニア。
前年十二月。
真珠湾攻撃を受けたアメリカ海軍の戦艦の一隻である。
損傷を乗り越え、再び海へ戻った歴戦の艦だった。
そのペンシルベニアの乗員たちもまた、奇妙な少年を目撃することになった。
「……何だ、あれは?」
「……空を飛んでいるぞ!」
少年は、にこにこと笑っていた。
「こんにちはー!」
「…………」
「皆さん、ちょっとだけ陸に移動してくださいね!」
「……何を言っている!?」
「すぐ終わりますから!」
ぱちん。
乗員たちは、近くの安全な陸地へ移された。
そして。
戦艦ペンシルベニアも、姿を消した。
◇ ◇ ◇
ワシントンD.C.。
ホワイトハウス。
「……大統領」
フランク・ノックス海軍長官が、執務室に入ってきた。
「……何かね?」
「……例の少年について、新たな情報が――」
そのときだった。
こんこん。
扉が叩かれた。
「……失礼いたします!」
秘書が、困惑した表情で顔を覗かせた。
「……大統領」
「……どうした?」
「……妙なものが届きまして」
「……妙なもの?」
「……はい」
秘書は、一通の封筒を差し出した。
「……先ほど、警備担当者の机の上に、突然現れたそうです」
「…………」
ノックスが、眉をひそめた。
「……突然?」
「……はい」
「……誰が届けた?」
「……それが、誰も見ておりません」
ルーズベルトは、封筒を受け取った。
宛名は英語で書かれていた。
『アメリカ合衆国大統領殿』
差出人の名を見て、大統領の表情が変わった。
「……山本五十六?」
ノックスが、身を乗り出した。
「……日本の連合艦隊司令長官です」
「……知っている」
ルーズベルトは、封筒を開いた。
◇ ◇ ◇
親書には、簡潔な言葉が記されていた。
日本側には、戦争終結に向けて対話を望む者がいること。
その意思を示すため、ある少年が訪れていること。
そして、少年には敵意がなく、アメリカ国民に危害を加えるつもりもないこと。
最後に、一文が添えられていた。
『これより示される光景は、攻撃ではなく、対話を求める意思表示である』
「…………」
ルーズベルトは、ゆっくりと顔を上げた。
「……ノックス君」
「……はい」
「……これより示される光景、とは何だろうな?」
「……わかりません」
その瞬間。
廊下の向こうから、慌ただしい足音が聞こえた。
「大統領!!」
警備担当者が、青ざめた顔で飛び込んできた。
「……どうした?」
「……庭が!」
「……庭?」
「……と、とにかく、窓をご覧ください!!」
ルーズベルトは、車椅子を窓のほうへ向けた。
そして。
言葉を失った。
◇ ◇ ◇
ホワイトハウス。
南側の芝生。
そこに。
巨大な戦艦が、立っていた。
船首を下に。
艦尾を空に向けて。
まるで、天から突き刺さった巨大な鉄の塔のように。
その巨体は、地面に触れる寸前で静止していた。
芝生は、傷一つついていない。
周囲の建物にも、損傷はなかった。
だが。
戦艦が、縦に立っていた。
「…………」
ルーズベルトは、窓の外を見つめた。
「…………」
ノックスも、見つめた。
「…………」
警備担当者は、口を開けたまま動かなかった。
やがて。
大統領が、静かに尋ねた。
「……ノックス君」
「……はい」
「……あれは、何かね?」
「……戦艦であります」
「……そうか」
ルーズベルトは、ゆっくりと頷いた。
「……なぜ、立っている?」
「…………」
ノックスは、戦艦を見上げた。
「……わかりません」
「……戦艦は」
大統領は、少し間を置いた。
「……海に浮かぶものではなかったかね?」
「……そのはずであります」
「…………」
「…………」
ルーズベルトは、静かに目を閉じた。
「……そうか」
◇ ◇ ◇
同時刻。
ニューヨーク。
自由の女神像。
「……おい」
港にいた一人の男が、空を指さした。
「……何だ、あれ?」
隣の男が、顔を上げた。
「……何だって?」
「……あそこだよ!」
男は、自由の女神の隣を指さした。
そこには。
巨大な戦艦が、立っていた。
「…………」
「…………」
男たちは、しばらく黙っていた。
「……おい」
「……何だ」
「……あれ、昨日まであったか?」
「……なかったと思う」
「……そうか」
「……ああ」
沈黙。
「……じゃあ、何であるんだ?」
「……俺に聞くなよ!!」
周囲から、悲鳴が上がった。
「戦艦だ!!」
「戦艦が立ってるぞ!!」
「どうなってるんだ!?」
「誰が置いたんだ!?」
港は、瞬く間に大混乱となった。
自由の女神の隣に、巨大な戦艦。
しかも、縦向き。
誰もが、同じ疑問を抱いた。
なぜ、縦なのか。
◇ ◇ ◇
ホワイトハウス。
「……大統領!」
新たな報告が届いた。
「……ニューヨークでも、同様の事態が発生しております!」
ルーズベルトは、ゆっくりと顔を上げた。
「……ニューヨーク?」
「……はい!」
「……何が起きた?」
「……自由の女神の隣に、戦艦が!」
「…………」
ノックスが、頭を抱えた。
「……もう一隻か」
「……はい!」
ルーズベルトは、静かに尋ねた。
「……そちらも、立っているのかね?」
「……はっ!?」
「……縦に、立っているのかね?」
「……はい!!」
「…………」
大統領は、長い息を吐いた。
「……なるほど」
そして、ぽつりと呟いた。
「……どうやら、あの少年には」
少し間を置いた。
「……常識というものが通用しないらしい」
◇ ◇ ◇
そのころ。
東京。
海軍省。
「……ただいま戻りました!」
ぱちん。
悠真が、部屋に現れた。
「……天城君!」
山本が、立ち上がった。
「……どうだった?」
「大成功です!」
「……そうか!」
山本は、ほっとした。
「……誰も怪我をしていないか?」
「はい!」
「……乗員は?」
「全員、安全な場所に移しました!」
「……艦は?」
「傷一つありません!」
「……周囲の建物は?」
「大丈夫です!」
山本は、静かに頷いた。
「……よくやった」
「ありがとうございます!」
悠真は、満面の笑みを浮かべた。
「……ちゃんと作戦図どおりに、二隻とも縦に立ててきました!」
「……うむ」
山本は、机の上の作戦図を見た。
ホワイトハウス。
自由の女神。
そして、直立する二隻の戦艦。
「……天城君」
「はい?」
「……実際に立っているところは、見たのかね?」
「もちろんです!」
「……どんな様子だった?」
「すっごく目立ってました!」
「……そうか」
「ホワイトハウスの人たちも、みんな窓から見てましたよ!」
「…………」
「ニューヨークなんて、すごかったです!」
「……ほう」
「みんな空を指さして、大騒ぎしてました!」
「…………」
山本は、ゆっくりと椅子に座った。
「……そうだろうな」
「はい!」
「……天城君」
「はい?」
「……わしも作戦を認めた以上、今さら何も言えんが」
「……はい?」
「……実際に話を聞くと、とんでもないことをした気がしてくるな」
悠真は、首を傾げた。
「……そうですか?」
「……ああ」
「……でも、横に置くより場所を取らないですよ?」
「…………」
山本は、静かに目を閉じた。
「……そこだけは、最後まで譲らんのだな」
「はい!」
「…………」
隣で聞いていた嶋田が、深く息を吐いた。
「……山本君」
「……何でしょう」
「……我々は、歴史に名を残すかもしれんな」
「……そうですな」
「……しかし」
嶋田は、作戦図を見つめた。
「……できれば、もう少しまともな方法で名を残したかった」
「……同感です」
悠真は、にこにこと笑っていた。
「……でも、これで大統領も話を聞いてくれますよね!」
山本は、少年を見つめた。
そして、少しだけ笑った。
「……そう願いたいものだ」
◇ ◇ ◇
ワシントンD.C.。
ホワイトハウス。
「……大統領!」
ノックスが、報告書を手に戻ってきた。
「……戦艦の身元が判明しました!」
「……ほう」
「……ホワイトハウスの庭に現れたのは、戦艦サウスダコタです!」
「…………」
ルーズベルトは、ゆっくりと顔を上げた。
「……サウスダコタ?」
「……はい!」
「……今年三月に就役した、あの新鋭戦艦かね?」
「……そのとおりです!」
「…………」
大統領は、窓の外を見た。
巨大な戦艦。
縦向き。
ホワイトハウスの庭。
「……ノックス君」
「……はい」
「……なぜ、就役したばかりの我が国の戦艦が、大統領官邸の庭に立っているのだろうな」
「……わかりません」
ノックスは、報告書の続きを見た。
「……なお、ニューヨークに現れた艦も判明しました」
「……聞こう」
「……戦艦ペンシルベニアです」
「…………」
ルーズベルトの表情が変わった。
「……ペンシルベニア?」
「……はい」
「……真珠湾攻撃を受けた、あの艦か」
「……そのとおりです」
「…………」
大統領は、静かに息を吐いた。
「……新鋭戦艦と、真珠湾を生き延びた戦艦」
「……はい」
「……どちらも、我が国の大切な艦だ」
ノックスは、頷いた。
「……その二隻を、少年は一瞬で移動させました」
「…………」
「……しかも」
ノックスは、少し間を置いた。
「……縦に」
「…………」
ルーズベルトは、窓の外を見た。
「……それは、見ればわかる」
◇ ◇ ◇
そのとき。
別の将校が、慌ただしく入ってきた。
「……大統領!」
「……今度は何かね?」
「……乗員について、報告があります!」
「……聞こう」
「……両艦の乗員、全員無事です!」
「……そうか」
ルーズベルトは、少しだけ表情を和らげた。
「……それは、よかった」
「……ただし」
「……何だね?」
「……全員、突然陸上に現れたと証言しております!」
「…………」
「……サウスダコタの乗員はチェサピーク湾沿岸に、ペンシルベニアの乗員は西海岸の陸上に移されていました!」
「…………」
ルーズベルトは、しばらく黙っていた。
そして、静かに呟いた。
「……どうやら、彼は本当に誰も殺すつもりがないらしい」
◇ ◇ ◇
数時間後。
ホワイトハウス。
緊急会議。
「……大統領」
ジョージ・マーシャル陸軍参謀総長が、険しい表情で言った。
「……この事態は、極めて深刻です」
「……わかっている」
「……我が国の首都に、敵が自由に巨大戦艦を出現させられるということです」
「……うむ」
「……しかも、警備も防空網も、まったく意味をなしませんでした」
「……そうだな」
ノックスが、続けた。
「……海軍としても、重大な問題です」
「……聞こう」
「……艦隊をどれだけ増強しても、少年が一瞬で移動させられるのであれば、戦力の優位は保証できません」
「……うむ」
「……ですが、最も不可解なのは」
ノックスは、窓の外を見た。
「……なぜ、艦を破壊しなかったのかという点です」
ルーズベルトは、静かに頷いた。
「……それは、私にもわからん」
マーシャルが、口を開いた。
「……大統領」
「……何だね」
「……山本五十六からの親書は、どうなさいますか?」
ルーズベルトは、机の上の封筒を見つめた。
そこには、戦争終結に向けた対話を求める言葉が記されている。
大統領は、しばらく考えていた。
「……ノックス君」
「……はい」
「……あの戦艦を、元の場所へ戻してもらう方法はあるかね?」
「……現時点では、ありません」
「……そうか」
ルーズベルトは、窓の外を見た。
巨大な戦艦は、相変わらず立っていた。
「……では」
大統領は、静かに言った。
「……まずは、元の場所へ戻してもらうところから始めよう」
◇ ◇ ◇
翌日。
六月十日。
東京。
海軍省。
「……天城君」
「はい!」
山本五十六は、一通の書類を手にしていた。
「……アメリカ側から、連絡があった」
「……本当ですか!?」
「……ああ」
山本は、書類を見つめた。
「……まず、戦艦サウスダコタとペンシルベニアを、元の場所へ戻してほしいそうだ」
「…………」
悠真は、目を丸くした。
「……えっ!?」
「……うむ」
「……あれ、邪魔でした!?」
「…………」
山本は、ゆっくりと悠真を見た。
「……天城君」
「はい?」
「……あれほど巨大な戦艦が、ホワイトハウスの庭に立っているのだぞ」
「……はい!」
「……邪魔だと思わんか?」
「…………」
悠真は、少し考えた。
「……あっ!」
「……うむ」
「……庭が見えなくなっちゃいますね!」
「…………」
山本は、静かに目を閉じた。
「……そういう問題でもないのだが」
「……じゃあ、すぐ戻してきます!」
「……頼む」
山本は、深く息を吐いた。
「……それから、もう一つ返事があった」
悠真は、顔を上げた。
「……何ですか?」
山本は、書類を静かに机へ置いた。
「……アメリカ側は、非公式な対話に応じる用意があるそうだ」
「…………」
悠真の表情が、ぱっと明るくなった。
「……本当ですか!?」
「……ああ」
「やったー!」
悠真は、両手を上げた。
「……じゃあ、戦争を終わらせられるんですね!」
山本は、静かに首を横に振った。
「……まだ、そこまでは決まっておらん」
「……あっ」
「……だが」
山本は、少しだけ微笑んだ。
「……最初の扉は、開いた」
悠真は、嬉しそうに頷いた。
「……はい!」
◇ ◇ ◇
同日。
ワシントンD.C.。
ホワイトハウス。
ルーズベルト大統領は、窓の外を眺めていた。
巨大な戦艦サウスダコタは、まだそこにあった。
艦尾が空へ伸び、船首が地面のすぐ上で静止している。
その異様な光景は、すでにワシントン市民の間で大騒ぎとなっていた。
「……ノックス君」
「……はい」
「……一つ、聞いてもいいかね?」
「……何でしょうか」
「……サウスダコタは」
ルーズベルトは、少し間を置いた。
「……いつまで立っているのだろうな?」
「…………」
ノックスは、答えられなかった。
そのとき。
ふっ。
窓の外の巨大戦艦が、消えた。
「…………」
ルーズベルトは、目を見開いた。
「……消えた」
「……はい」
同じころ。
ニューヨーク。
自由の女神の隣に立っていた戦艦ペンシルベニアも、忽然と姿を消した。
サウスダコタは、チェサピーク湾へ。
ペンシルベニアは、西海岸の元の海域へ。
それぞれの艦は、正しい向きで海面に戻されていた。
乗員たちも、安全を確認したうえで艦内へ戻された。
損傷はなく、乗員にも被害はなかった。
ホワイトハウスの芝生には、傷一つ残っていなかった。
ルーズベルトは、長い息を吐いた。
「……ノックス君」
「……はい」
「……あの少年は、本当に不思議な存在だな」
「……はい」
「……我々の戦艦を二隻も移動させながら」
大統領は、少しだけ笑った。
「……元の場所へ戻してほしいと言えば、素直に戻してくれる」
ノックスも、思わず苦笑した。
「……そのようですな」
◇ ◇ ◇
東京。
海軍省。
「……山本さん!」
「……何だ、天城君」
「……戦艦、ちゃんと戻してきました!」
「……そうか」
「……元の場所に!」
「……うむ」
「……横向きで!」
「…………」
山本は、ゆっくりと顔を上げた。
「……天城君」
「はい?」
「……それが本来の姿なのだよ」
「……あっ」
悠真は、照れくさそうに笑った。
「……そうですね!」
山本は、深く息を吐いた。
だが、その表情には、わずかな安堵があった。
アメリカとの対話が始まろうとしている。
まだ、戦争が終わると決まったわけではない。
それでも。
昨日までは、考えられなかった道が見え始めていた。
「……天城君」
「……はい?」
「……ありがとう」
悠真は、少し驚いた顔をした。
「……え?」
「……君のおかげで、話し合いの機会が生まれた」
悠真は、嬉しそうに笑った。
「……よかったです!」
そして。
「あっ!」
突然、何かを思い出したように声を上げた。
「……山本さん!」
「……何だ?」
「……そういえば!」
「……うむ」
「……日本って、石油が足りないんですよね?」
「…………」
山本の眉が、ぴくりと動いた。
「……ああ」
「……それに、いろんな鉱物も!」
「……そうだが」
悠真は、にこにこと笑った。
「……じゃあ、今度はそれを何とかしましょう!」
「…………」
山本は、少年を見つめた。
「……天城君」
「はい!」
「……何を考えている?」
悠真は、元気よく答えた。
「日本を資源大国にするんです!」
「…………」
山本は、静かに天井を見上げた。
「……今度は、何を運ぶつもりなのだ……」
昭和十七年六月十日。
世界を震撼させた垂直戦艦事件は、ひとまず幕を閉じた。
だが。
その事件を起こした少年は、すでに次のことを考えていた。
今度の相手は、戦艦でも空母でもない。
地球の地下に眠る、膨大な資源だった。