蒼穹の異邦人 ~魔王を倒した勇者、1942年のミッドウェー海戦に降り立つ~ 作:Monutaka
第15話 勇者、ただいま日本
昭和十七年七月八日。
スイス、ジュネーブ。
湖畔の街には、穏やかな夏の日差しが降り注いでいた。
石造りの建物。
行き交う人々。
遠くに見える山々。
その静かな風景とは対照的に、一つの建物の中には、張り詰めた空気が漂っていた。
日本とアメリカの代表団が、初めて正式な協議の席に着こうとしていた。
「……いよいよですな」
日本側の代表団に同行していた山本五十六が、窓の外を眺めながら呟いた。
隣に立つ嶋田繁太郎が、静かに頷く。
「ああ。ここまで来るとは、ひと月前には想像もできなかった」
「まったくです」
二人は、しばらく湖を眺めていた。
ミッドウェー海戦。
謎の少年との出会い。
アメリカ空母の消失。
ワシントンに現れた戦艦。
そして、日本の地下に出現した莫大な資源。
わずか一か月ほどの間に、あまりにも多くのことが起きた。
「山本さん!」
背後から、明るい声が響いた。
「おお、天城君」
「見てください! この街、すごくきれいですね!」
悠真は、窓の外を指差していた。
「そうだな」
「湖もあるし、山もあるし……あっ、あそこにパン屋さんがあります!」
「よく見つけるものだな」
「さっき食べてきたんですけど、すっごくおいしかったです!」
嶋田が、思わず笑った。
「天城君。君は、どこへ行っても食べ物の話ばかりだな」
「だって、おいしいものは大事じゃないですか!」
「それは否定せんがね」
悠真は、にっこり笑った。
「会議が終わったら、お二人にも買ってきます!」
山本は、穏やかに頷いた。
「楽しみにしておこう」
◇ ◇ ◇
会議が始まった。
アメリカ側の代表は、まず真珠湾攻撃について言及した。
宣戦布告の通告が遅れたこと。
多数の将兵が命を落としたこと。
そして、アメリカ国民が日本に対して抱いている強い怒り。
そのどれもが、講和を難しくしていた。
「我々は、ただ戦闘を停止すればよいと考えているわけではありません」
アメリカ側の代表が言った。
「同じことが二度と起こらないという保証が必要なのです」
日本側の代表は、静かに頷いた。
「その点については、我々も理解しております」
「では、中国からの撤兵について、具体的な日程を示していただきたい」
会議室に、緊張が走った。
日本側は、用意していた資料を取り出した。
中国大陸に展開する部隊の規模。
輸送に必要な期間。
現地の日本人居留民の保護。
武器や施設の引き渡し。
そして、撤兵に伴う混乱を避けるための手順。
どれも、簡単に結論を出せる問題ではなかった。
「撤兵そのものについては、政府として方針を定めています」
日本側の代表が言った。
「しかし、現地の安全を確保するためには、中国側との協議が不可欠です」
「当然でしょう」
アメリカ側の代表は、頷いた。
「中国の将来を、日本とアメリカだけで決めることはできません」
その言葉に、日本側も異論を唱えなかった。
中国の代表を交えた別途の協議を進めること。
満州の将来についても、当事者を含めて交渉すること。
朝鮮や台湾の統治についても、今後の国際的な協議の対象とすること。
会議では、一つずつ論点が整理されていった。
だが、合意に至らない問題も多かった。
戦争を終わらせたいという思いだけでは、越えられない壁があった。
◇ ◇ ◇
同日夕方。
会議を終えた山本は、建物の外へ出た。
夏の風が、湖の方から吹いてくる。
「山本さん!」
悠真が、小さな紙袋を抱えて駆け寄ってきた。
「お疲れさまです!」
「ありがとう。天城君」
「パン、買ってきました!」
「おお、そうだったな」
悠真は、嬉しそうに紙袋を差し出した。
「ここのクロワッサン、すごくおいしいんですよ!」
「ほう」
山本は、一つ受け取った。
まだ、ほんのりと温かかった。
「……うまいな」
「でしょう!」
悠真は、満足そうに笑った。
山本は、そんな少年を見つめた。
「天城君」
「はい?」
「今日の交渉は、なかなか難しかったよ」
「そうなんですか?」
「ああ。互いに譲れないものがある」
悠真は、少し考えた。
「じゃあ、まだ戦争は終わらないんですか?」
「すぐにはな」
「そっかあ……」
悠真は、少し残念そうに肩を落とした。
山本は、穏やかに続けた。
「だが、話し合いができるようになっただけでも、大きな前進だ」
「そうなんですね」
「ああ」
山本は、湖へ目を向けた。
「戦争を始めるときには、互いの言葉が届かなくなってしまうことがある。だからこそ、こうして向かい合って話せることには意味があるんだ」
悠真は、黙って聞いていた。
「それに、天城君。君のおかげで、我々には時間ができた」
「時間?」
「戦いを続ける以外の道を、考える時間だよ」
悠真は、少し照れくさそうに笑った。
「えへへ。僕、そんなにすごいことしました?」
山本は、思わず苦笑した。
「……自覚がないのが、君らしいな」
◇ ◇ ◇
七月下旬。
交渉は、幾度となく中断と再開を繰り返していた。
中国からの撤兵については、段階的な実施と国際的な監視の枠組みが検討された。
捕虜の待遇改善と帰還については、比較的早い段階で合意が進んだ。
経済制裁の解除については、日本側が求める速度と、アメリカ側が認める条件の間に隔たりがあった。
満州の将来については、なお大きな意見の相違が残っていた。
そして、朝鮮と台湾。
その問題は、単に日本とアメリカが話し合えば決められるものではなかった。
日本側は、今後の統治のあり方を協議する用意を示した。
アメリカ側は、現地の人々の意思を尊重する仕組みが必要だと主張した。
結論は、先送りされた。
だが、それは問題をなかったことにするためではない。
当事者を交えた協議を行うためだった。
◇ ◇ ◇
八月三日。
東京、海軍省。
「撤兵の第一段階が始まりました」
山本の報告に、嶋田は静かに頷いた。
「そうか」
中国大陸の一部地域では、日本軍の移動が始まっていた。
現地の行政機関や中国側との調整を進めながら、部隊を段階的に引き揚げる。
本来ならば、膨大な時間と輸送力を必要とする作業だった。
だが、今回は事情が違った。
「天城君の力で、輸送は順調に進んでいるそうです」
「うむ。現地の混乱は?」
「今のところ、大きな問題は報告されていません。ただし、撤退後の治安については、引き続き慎重な対応が必要です」
「そうだな」
嶋田は、窓の外へ目を向けた。
「……ようやく、兵を帰すことができるのだな」
その声には、安堵と、言葉にしきれない感情が混じっていた。
◇ ◇ ◇
同日。
中国大陸のある駐屯地。
「全員、荷物は持ちましたかー!」
悠真の元気な声が響いた。
整列した日本兵たちは、何とも言えない表情で少年を見つめていた。
「……本当に、これで日本へ帰れるのか?」
一人の兵士が、隣の仲間に尋ねた。
「さあな。俺にもわからん」
「船に乗るんじゃないのか?」
「そう聞いていたんだが……」
悠真は、にっこり笑った。
「それじゃあ、行きますよー!」
「お、おい! ちょっと待て!」
ぱちん。
次の瞬間。
兵士たちは、見知らぬ港の広場に立っていた。
「…………」
目の前には、日本語の看板。
遠くには、見慣れた街並み。
そして、海。
「……ここは?」
「日本です!」
悠真は、満面の笑みを浮かべた。
「お帰りなさい!」
「……本当に?」
「はい!」
一人の兵士が、膝から崩れ落ちた。
「……帰ってきた」
その声は、震えていた。
「俺たち……帰ってきたんだな」
隣の兵士が、静かに肩を叩いた。
「ああ」
悠真は、そんな二人を見つめていた。
やがて、少しだけ微笑んだ。
「よかったですね」
◇ ◇ ◇
八月下旬。
ジュネーブ。
交渉は、ようやく大きな転機を迎えた。
日本側は、中国大陸からの段階的な撤兵を継続することを確認した。
アメリカ側は、その履行を条件として、戦闘行為の停止と経済制裁の段階的な緩和を検討することに同意した。
双方は、捕虜の保護と帰還を進めることでも一致した。
満州、朝鮮、台湾の将来については、関係する人々と政府を交えた協議を継続する。
そして、戦争の責任や損害の補償についても、今後の交渉課題として残された。
すべてが解決したわけではなかった。
だが、戦争を止めるための最低限の枠組みが、ようやく形になろうとしていた。
◇ ◇ ◇
九月十五日。
スイス、ジュネーブ。
会議室には、各国の代表団と報道関係者が集まっていた。
長い交渉の末、日本とアメリカは、戦闘行為の停止と暫定的な和平の枠組みに合意した。
正式な講和条約の締結には、なお時間が必要だった。
だが、少なくとも両国は、武力による争いを終わらせる道を選んだ。
文書への署名が終わると、会議室には静かな拍手が広がった。
山本五十六は、その光景を見つめていた。
「……終わりましたな」
隣に立つ嶋田が、静かに言った。
山本は、ゆっくりと頷いた。
「ええ。ひとまずは」
「うむ」
「ですが、本当に大切なのは、これからでしょう」
嶋田は、静かに頷いた。
「そうだな」
戦争を終わらせること。
そして、再び戦争を起こさない国をつくること。
それは、まったく別の仕事だった。
◇ ◇ ◇
同日。
ワシントンD.C.。
ホワイトハウス。
ルーズベルト大統領は、署名の報告を受けていた。
「……そうか」
大統領は、静かに頷いた。
「ようやく、ここまで来たな」
ノックス海軍長官が、答えた。
「はい。ですが、国内の反発は避けられないでしょう」
「わかっている」
真珠湾で失われた命。
太平洋で戦った兵士たち。
そして、戦争を続けるべきだと考える人々。
アメリカ国内の意見が、一つになることはなかった。
「だが、戦争を終わらせる機会があるならば、私はそれを見過ごすわけにはいかん」
ルーズベルトは、窓の外へ目を向けた。
数か月前。
あの場所には、巨大な戦艦が浮かんでいた。
今となっては、現実だったのか疑いたくなるような光景だった。
「……あの少年は、今どうしているのだろうな」
ノックスは、少し考えた。
「日本にいると聞いております」
「そうか」
大統領は、小さく微笑んだ。
「できることなら、一度、直接礼を言いたかったものだ」
◇ ◇ ◇
九月十七日。
東京湾。
夕暮れ。
海は、穏やかだった。
赤く染まった空の下、一隻の小さな船が、静かに波に揺られていた。
甲板には、山本五十六と天城悠真が立っていた。
「……本当に、帰るのかね」
山本が尋ねた。
「はい!」
悠真は、元気よく頷いた。
「そろそろ、元の世界に戻らないと!」
「そうか」
山本は、静かに海を見つめた。
「君には、ずいぶん世話になったな」
「いえいえ!」
悠真は、笑った。
「僕も、楽しかったです!」
「楽しかった、か」
山本は、思わず苦笑した。
「君にとっては、そうだったのかもしれんな」
「はい!」
悠真は、少し考えた。
「でも、山本さん」
「何だね?」
「僕、最初はどうなるかと思いました」
「ほう?」
「知らない時代に来ちゃうし、戦争してるし、アメリカの船はいっぱいあるし……」
「そうだったな」
「でも、山本さんたちが話を聞いてくれたから、よかったです」
山本は、少年を見つめた。
「……そうか」
悠真は、続けた。
「僕、魔王を倒したときも思ったんですけど」
「うむ」
「強い力があれば、戦いを終わらせることはできるんですよね」
山本は、静かに頷いた。
「そうかもしれん」
「でも、そのあとどうするかは、みんなで決めないといけないんですね」
山本は、少し驚いたように悠真を見た。
そして、穏やかに微笑んだ。
「……ああ。そのとおりだよ」
悠真は、照れくさそうに笑った。
「えへへ」
しばらく、二人は黙って海を眺めていた。
夕日が、水平線へと沈んでいく。
「天城君」
「はい?」
「私は、戦争を止めることができなかった」
山本は、静かに言った。
「開戦を避けたいと思いながら、結局は、その戦争を指揮する立場になった」
悠真は、黙って聞いていた。
「君が現れなければ、この戦争は、さらに多くの命を奪っていたかもしれん」
山本は、少年に向き直った。
「ありがとう」
その声は、穏やかだった。
「君のおかげで、我々は、もう一度未来を選ぶ機会を得た」
悠真は、少しだけ目を丸くした。
そして、照れくさそうに笑った。
「……どういたしまして!」
山本も、微笑んだ。
「元の世界に戻っても、元気でな」
「はい!」
悠真は、元気よく敬礼した。
「山本さんも、お元気で!」
山本は、静かに敬礼を返した。
そのとき。
空中に、淡い光が現れた。
「……おや?」
山本が、顔を上げる。
光の中から、一人の女性が姿を現した。
『悠真さーん!』
「……あっ!」
悠真が、目を輝かせた。
「女神様!」
『お迎えに来ましたよー!』
「やっとですか!」
『ご、ごめんなさい! いろいろ手続きが大変で……』
「手続き!?」
『はい! 時空の修正とか、歴史の分岐とか、もう大変だったんです!』
悠真は、少し呆れたように笑った。
「女神様って、意外と忙しいんですね」
『そうなんですよー!』
山本は、二人のやり取りを静かに見つめていた。
もはや、驚くことにも慣れてしまった。
「……天城君」
「はい!」
「最後まで、君らしいな」
悠真は、にっこり笑った。
「えへへ!」
女神が、手を差し伸べた。
『それでは、帰りましょう!』
「はい!」
悠真は、山本を振り返った。
「山本さん!」
「何だね?」
「……ありがとうございました!」
山本は、穏やかに頷いた。
「ああ。こちらこそ、ありがとう」
光が、悠真の体を包み込んでいく。
少年は、最後にもう一度、元気よく手を振った。
「さようならー!」
そして。
ぱちん。
悠真の姿が、消えた。
◇ ◇ ◇
山本五十六は、しばらくその場に立っていた。
夕暮れの海には、静かな波の音だけが響いていた。
あの少年が現れてから、世界は大きく変わった。
だが、これから先の未来をつくるのは、自分たちだった。
山本は、ゆっくりと帽子を取った。
「……達者でな、天城君」
その声は、海風に溶けていった。
◇ ◇ ◇
現代日本。
とある街。
「……ん?」
悠真は、目を開けた。
目の前には、見慣れた街並み。
走る自動車。
信号機。
そして、日本語の看板。
「……帰ってきた?」
悠真は、周囲を見回した。
「おおおおお!!」
そして、両手を突き上げた。
「日本だああああ!!」
通行人たちが、驚いて振り返った。
だが、悠真は気にしなかった。
「やったー! 帰ってきたー!」
そのとき。
ふわり。
女神が、隣に現れた。
『お帰りなさい、悠真さん!』
「はい!」
悠真は、満面の笑みを浮かべた。
「いやー、長かったですね!」
『本当にお疲れさまでした!』
「でも、楽しかったです!」
『それはよかったです!』
悠真は、周囲を見回した。
そして。
「……あっ!」
『どうしました?』
「ラーメン!」
『……はい?』
「ラーメン食べたいです!!」
『えええ!? 帰ってきて最初にそれですか!?』
「当たり前じゃないですか!」
悠真は、目を輝かせた。
「やっぱり、日本のラーメンが一番ですよ!」
◇ ◇ ◇
数分後。
街角のラーメン店。
「いらっしゃいませー!」
悠真は、勢いよく店に入った。
「醤油ラーメン一つください!」
「はいよー!」
やがて。
目の前に、一杯のラーメンが置かれた。
湯気の立つスープ。
きれいに盛られた麺。
チャーシュー。
メンマ。
そして、ネギ。
「……おお」
悠真は、箸を手に取った。
ゆっくりと麺を持ち上げる。
そして、一口。
「…………」
悠真は、目を閉じた。
懐かしい味。
ずっと食べたかった味。
何度も思い出していた、故郷の味。
「……うまい」
ぽつりと、呟いた。
「やっぱり……うまいなあ」
気がつけば、頬を涙が伝っていた。
魔王を倒したときも。
ミッドウェーでアメリカの艦隊を見たときも。
戦艦を空に浮かべたときも。
泣かなかった少年が。
一杯のラーメンを前に、泣いていた。
◇ ◇ ◇
そして。
「ごちそうさまでしたー!」
悠真は、満足そうに立ち上がった。
「いやー、おいしかった!」
「はい、お会計九百円ね」
「はい!」
悠真は、ポケットに手を入れた。
「…………」
反対側のポケットにも手を入れた。
「…………」
上着のポケット。
ズボンのポケット。
もう一度、上着のポケット。
「…………」
店主が、首を傾げた。
「どうしたの?」
悠真は、ゆっくりと顔を上げた。
「……財布がない」
「え?」
「財布がないです!!」
店内が、静まり返った。
そのとき。
ふわり。
女神が、悠真の隣に現れた。
『あっ!』
「……女神様?」
『そういえば、悠真さんの持ち物を元に戻すの、忘れてました!』
「えええええええ!?」
『ご、ごめんなさい!』
「どうするんですか!? 僕、無銭飲食になっちゃいますよ!?」
『だ、大丈夫です! 今すぐ戻しますから!』
女神が、慌てて手を振った。
ぱちん。
悠真のポケットに、財布が現れた。
「……あっ!」
悠真は、慌てて財布を開いた。
「よかったあああ!」
店主は、何とも言えない表情で二人を見つめていた。
「……お客さん」
「はい!」
「……今の、手品?」
「えへへ!」
悠真は、九百円を差し出した。
「ごちそうさまでした!」
◇ ◇ ◇
店を出た悠真は、満足そうに空を見上げた。
青い空。
白い雲。
どこまでも続く、平和な街並み。
「……やっぱり、日本はいいですねえ」
女神が、隣で微笑んだ。
『そうですね』
悠真は、ふと首を傾げた。
「……そういえば、女神様」
『はい?』
「僕がいた昭和十七年って、歴史が変わっちゃったんですよね?」
『はい』
「じゃあ、この日本も、僕が知ってる日本とは違うんですか?」
女神は、少しだけ考えた。
『そうですね。悠真さんが帰ってきたのは、あのときから続いた未来の日本です』
「……へえ」
『だから、悠真さんが知っている歴史とは、少し違うところもあると思います』
悠真は、周囲を見回した。
行き交う人々。
笑い声。
平和な街並み。
そして、ラーメン店。
「……でも」
『はい?』
悠真は、にっこり笑った。
「ラーメンがおいしいなら、まあいっか!」
『ええええ!? そこですか!?』
「だって、大事じゃないですか!」
女神は、思わず笑った。
『本当に、悠真さんらしいですね』
悠真は、空を見上げた。
あの時代で出会った人々。
山本五十六。
嶋田繁太郎。
そして、戦争を終わらせるために動いた、多くの人たち。
彼らが選んだ未来が、今ここに続いている。
悠真は、小さく微笑んだ。
「……山本さん」
青空に向かって、ぽつりと呟いた。
「僕、ちゃんと帰ってきましたよ」
そして、元気よく歩き出した。
「さーて! 次は何を食べようかなー!」
『えええ!? さっきラーメン食べたばかりですよ!?』
「デザートは別腹です!」
『ラーメンのあとにデザート!?』
「はい!」
悠真は、満面の笑みを浮かべた。
「日本には、おいしいものがいっぱいありますから!」
女神は、呆れたように笑った。
『もう……本当に、あなたって人は』
その声は、どこか嬉しそうだった。
少年は、今日も元気に歩いていく。
かつて魔王を倒し、戦争の歴史を変えた勇者としてではなく。
ただの、十七歳の少年として。
穏やかな日本の街を。
どこまでも続く、青い空の下を。
――『蒼穹の異邦人』完――