蒼穹の異邦人 ~魔王を倒した勇者、1942年のミッドウェー海戦に降り立つ~   作:Monutaka

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第6話 山本五十六の極秘命令

昭和十七年六月四日。

 

 午前十時十五分。

 

 北太平洋。

 

 日本海軍連合艦隊旗艦『大和』。

 

「……もう一度、読んでくれ」

 

 連合艦隊司令長官、山本五十六大将は、静かに言った。

 

 目の前には、一通の電文が置かれていた。

 

 発信元は、第一航空艦隊。

 

 南雲忠一中将からの報告である。

 

 参謀長の宇垣纏少将は、電文を手にしたまま、わずかに眉をひそめた。

 

「……はっ」

 

 そして、読み上げた。

 

「敵航空母艦三隻、戦闘海域ヨリ消失セリ」

 

「…………」

 

「敵艦ニ沈没ナシ。乗員ノ損害ナシ。三隻トモ、ハワイ近海ヘ移動セシメタリ」

 

 山本は、黙って聞いていた。

 

「……移動させた?」

 

「はっ」

 

「……誰が?」

 

 宇垣は、一瞬ためらった。

 

「……十七歳の少年であります」

 

「…………」

 

 山本は、ゆっくりと宇垣を見た。

 

「……宇垣」

 

「はっ」

 

「……わしは、まだ寝ぼけておるのか?」

 

「……いえ」

 

「……そうか」

 

 山本は、もう一度電文を見た。

 

 敵空母三隻。

 

 戦闘海域から消失。

 

 乗員の損害なし。

 

 そして、その原因が十七歳の少年。

 

「……詳しい説明が必要だな」

 

 山本は、静かに呟いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同時刻。

 

 空母『赤城』艦橋。

 

「……山本長官から、直接の通信を求められております」

 

 通信参謀の報告に、南雲は頷いた。

 

「……当然だろうな」

 

 源田実中佐が、苦笑した。

 

「……あの電文では、信じていただけないでしょう」

 

「……我々も、目の前で見なければ信じなかっただろう」

 

 南雲は、静かに答えた。

 

 そのとき。

 

「あのー」

 

 悠真が、ひょいと手を上げた。

 

「……何だ、天城君」

 

「その山本さんって、偉い人なんですか?」

 

「…………」

 

 源田が、ゆっくりと振り返った。

 

「……山本さん?」

 

「はい!」

 

「……連合艦隊司令長官、山本五十六大将だ」

 

「……あっ!」

 

 悠真は、ぽんと手を打った。

 

「知ってます!」

 

「……そうか」

 

「教科書に載ってた人だ!」

 

「…………」

 

 南雲と源田は、顔を見合わせた。

 

 少年が未来から来たことは、すでに聞いている。

 

 日本が、この戦争に敗れることも。

 

 だが、その未来の教科書に、山本五十六の名が記されているという。

 

「……天城君」

 

 南雲が、静かに尋ねた。

 

「……未来でも、山本長官は知られているのか」

 

「はい! すごく有名ですよ!」

 

「…………」

 

「日本の歴史を勉強した人なら、だいたい知ってると思います!」

 

 南雲は、しばらく黙っていた。

 

 そして、小さく頷いた。

 

「……そうか」

 

 源田も、何も言わなかった。

 

 山本五十六。

 

 その名が未来の歴史に残っている。

 

 それが何を意味するのか。

 

 二人には、まだわからなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 午前十時三十分。

 

 連合艦隊旗艦『大和』。

 

「……南雲と話をさせろ」

 

 山本の命令により、赤城との通信がつながれた。

 

 やがて、受話器から南雲の声が聞こえた。

 

『……山本長官』

 

「……南雲」

 

『はっ』

 

「……電文は読んだ」

 

『はっ』

 

「……正直に言おう」

 

 山本は、少し間を置いた。

 

「……何一つ理解できん」

 

『……私も、最初はそうでありました』

 

 山本は、わずかに口元を緩めた。

 

「……そうか」

 

 そして、表情を引き締めた。

 

「……少年は、今どこにいる」

 

『……赤城艦内におります』

 

「……会えるか」

 

『……長官、それが……』

 

「……何だ」

 

『……本人が、少々変わった少年でして』

 

「……変わった?」

 

 そのとき。

 

 受話器の向こうから、元気な声が響いた。

 

『あっ! 電話ですか!?』

 

「…………」

 

『もしもーし!』

 

 山本は、受話器を耳から少し離した。

 

「…………」

 

『山本さんですかー!?』

 

 宇垣が、目を見開いた。

 

「……山本さん?」

 

 山本は、ゆっくりと受話器を耳に戻した。

 

「……そうだ」

 

『はじめまして! 天城悠真です!』

 

「……山本五十六だ」

 

『よろしくお願いします!』

 

「……うむ」

 

 山本は、しばらく黙っていた。

 

 そして、静かに尋ねた。

 

「……君が、敵空母三隻を移動させたのか」

 

『はい!』

 

「……どうやって?」

 

『魔法です!』

 

「…………」

 

 山本は、宇垣を見た。

 

 宇垣も、山本を見た。

 

「……魔法?」

 

『はい! 空間魔法っていうんですけど!』

 

「…………」

 

 山本は、ゆっくりと目を閉じた。

 

「……宇垣」

 

「はっ」

 

「……どうやら、わしは本当に寝ぼけておるらしい」

 

「……長官。私にも、そう思えます」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 数分後。

 

 大和艦橋。

 

 山本は、受話器を置いた。

 

「……南雲」

 

 山本は、再び通信をつないだ。

 

「……少年を、こちらへ寄越せるか」

 

『……はっ。本人に確認いたします』

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

 そして。

 

『いいですよー!』

 

 少年の声が聞こえた。

 

『今から行きますね!』

 

「……今から?」

 

『はい!』

 

「……待て。こちらの位置は――』

 

 通信が途切れた。

 

「…………」

 

 山本は、受話器を見つめた。

 

「……宇垣」

 

「はっ」

 

「……今から来るそうだ」

 

「……は?」

 

 その瞬間。

 

 ふっ。

 

 艦橋の中央に、一人の少年が現れた。

 

「こんにちはー!」

 

「…………」

 

 山本は、固まった。

 

 宇垣も、固まった。

 

 周囲の士官たちは、一斉に少年を見た。

 

「……誰だ!」

 

「どこから入った!」

 

「衛兵!」

 

 艦橋に、怒号が飛び交った。

 

 だが、少年は気にした様子もなく、にこにこと笑っていた。

 

「あっ! 山本さんですよね!」

 

「…………」

 

 山本は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……君が、天城悠真君か」

 

「はい!」

 

 山本は、少年を見つめた。

 

 十七歳。

 

 まだ、子供と呼んでもおかしくない年齢。

 

 その少年が、敵空母三隻を戦場から消し去ったという。

 

「……なるほど」

 

 山本は、静かに呟いた。

 

「……南雲の報告は、嘘ではなかったようだな」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 しばらく後。

 

 大和艦内の一室。

 

 山本五十六。

 

 宇垣纏。

 

 そして、天城悠真。

 

 三人が、机を囲んでいた。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

「……君は、どこから来た」

 

 悠真は、少し考えた。

 

「……東京です!」

 

「……東京?」

 

「はい!」

 

「……それなら、なぜ赤城にいた?」

 

「……えっと」

 

 悠真は、頭を掻いた。

 

「……説明すると、ちょっと長いんですけど」

 

「……構わん」

 

「……実は、異世界から帰ってきたんです」

 

「…………」

 

 宇垣が、眉をひそめた。

 

「……異世界?」

 

「はい! 魔王がいる世界です!」

 

「……魔王?」

 

「はい!」

 

「……その魔王は、どうした」

 

「倒しました!」

 

「…………」

 

 山本は、静かに茶を飲んだ。

 

「……なるほど」

 

 宇垣が、山本を見た。

 

「……長官?」

 

「……宇垣」

 

「はっ」

 

「……わしは、もう何が起きても驚かんことにした」

 

「……はっ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……では、天城君」

 

 山本は、真剣な表情になった。

 

「……君の力について、少し教えてもらいたい」

 

「いいですよ!」

 

「……空母を移動させる以外に、何ができる?」

 

「えっと……」

 

 悠真は、指を折り始めた。

 

「空を飛べます!」

 

「……うむ」

 

「遠くのものを見つけられます!」

 

「……うむ」

 

「物を瞬間移動させられます!」

 

「……うむ」

 

「人も移動できます!」

 

「……うむ」

 

「あと、怪我を治したり、魔物と戦ったり……」

 

「……待て」

 

 山本が、手を上げた。

 

「……怪我を治せるのか?」

 

「はい!」

 

 山本は、しばらく黙った。

 

「……どの程度だ」

 

「えっと、普通の怪我なら、だいたい治せます!」

 

 宇垣が、身を乗り出した。

 

「……本当か?」

 

「はい!」

 

 山本は、少年を見つめた。

 

 戦争。

 

 そこでは、多くの人間が傷つく。

 

 敵も、味方も。

 

 この少年は、その傷を癒やすことすらできるという。

 

「……天城君」

 

「はい?」

 

「……君は、人を殺したいと思うか」

 

 悠真は、きょとんとした。

 

「……え?」

 

「……敵であっても、だ」

 

 悠真は、少し考えた。

 

 そして、首を横に振った。

 

「……できれば、殺したくないです」

 

「…………」

 

「異世界では、戦わないといけない相手もいましたけど……」

 

 悠真は、少しだけ表情を曇らせた。

 

「……もう、ああいうのは嫌ですね」

 

 山本は、静かに頷いた。

 

「……そうか」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 しばらくの沈黙のあと。

 

 山本は、少年を静かに見つめた。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

「……君は、異世界から帰ってきたと言ったな」

 

「はい!」

 

「……では、元々はどこの生まれだ」

 

「……東京です」

 

「……今の東京か?」

 

「……えっと」

 

 悠真は、少し迷った。

 

「……実は、未来の東京なんです」

 

「…………」

 

 宇垣が、わずかに身を乗り出した。

 

「……未来?」

 

「はい。僕がいた日本は、今よりずっと先の時代なんです」

 

 山本は、黙って聞いていた。

 

「そこで暮らしていたんですけど、ある日、異世界に召喚されて……。魔王を倒したあと、元の日本に帰してもらうはずだったんです」

 

「……それが、昭和十七年の日本に来てしまった」

 

「そうなんです!」

 

 悠真は、困ったように笑った。

 

「女神様が、ちょっと間違えちゃったみたいで」

 

「…………」

 

 宇垣は、何かを言いかけた。

 

 だが、山本が小さく手を上げたため、口を閉じた。

 

 山本は、しばらく少年を見つめていた。

 

 そして、静かに尋ねた。

 

「……では、君は知っているのだな」

 

「……何をですか?」

 

「……この戦争の結末を」

 

 悠真の表情が、変わった。

 

「…………」

 

 山本は、少年の目を見つめた。

 

 そして。

 

「……日本は、負けるのだろう?」

 

 その言葉に、宇垣が息を呑んだ。

 

「長官!」

 

 山本は、宇垣を見なかった。

 

「……宇垣。今は黙っていてくれ」

 

「……しかし」

 

「わしは、この少年に聞いている」

 

 室内に、沈黙が落ちた。

 

 悠真は、しばらく俯いていた。

 

 やがて、小さく頷いた。

 

「……はい」

 

「…………」

 

「……日本は、負けます」

 

 山本は、目を閉じた。

 

 驚いた様子はなかった。

 

 ただ、長い息を吐いた。

 

「……そうか」

 

 宇垣が、震える声で言った。

 

「……そんな馬鹿な」

 

 山本は、静かに続けた。

 

「……アメリカの工業力は、我々とは比較にならん」

 

 机の上には、太平洋の海図が広げられていた。

 

「艦を一隻沈めても、向こうは次の艦を造る。飛行機を百機撃ち落としても、さらに多くの飛行機を送り込んでくる」

 

 山本は、海図に視線を落とした。

 

「日本が短期間で戦争を終わらせられなければ、いずれ国力の差がものを言う」

 

「…………」

 

「……わしが恐れていたのは、それだ」

 

 悠真は、何も言えなかった。

 

 山本は、再び少年を見た。

 

「……天城君」

 

「はい」

 

「……日本は、どのように負ける?」

 

 悠真は、唇を結んだ。

 

「……本当に、聞きたいですか?」

 

「聞かせてくれ」

 

 山本の声に、迷いはなかった。

 

「……できれば、最後まで」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 悠真は、ゆっくりと話し始めた。

 

「……まず、今日のミッドウェー海戦です」

 

 山本の目が、わずかに動いた。

 

「……うむ」

 

「本当の歴史では、日本の空母が四隻沈みます」

 

「…………」

 

「赤城、加賀、蒼龍、飛龍です」

 

 宇垣が、勢いよく立ち上がった。

 

「四隻だと!?」

 

 悠真は、びくりと肩を震わせた。

 

「は、はい……」

 

「第一航空艦隊の主力が、一日で壊滅するというのか!」

 

「……宇垣」

 

 山本が、静かに呼んだ。

 

「……座れ」

 

「しかし、長官!」

 

「……座るんだ」

 

 宇垣は、唇を噛み締めた。

 

 そして、ゆっくりと腰を下ろした。

 

 山本は、悠真を見た。

 

「……続けてくれ」

 

「……はい」

 

 悠真は、少し考えながら言葉を選んだ。

 

「そのあとも、戦争は続きます。ガダルカナルとか、いろんな場所で戦って……」

 

 山本は、黙って聞いていた。

 

「日本は、少しずつ追い詰められていきます」

 

「…………」

 

「船が沈んで、物資が届かなくなって……。飛行機も、燃料も、足りなくなっていきます」

 

 悠真の声が、小さくなった。

 

「……それから、特攻っていうのが始まります」

 

「……特攻?」

 

 山本が、眉をひそめた。

 

「……飛行機に爆弾を積んで、敵の船に体当たりするんです」

 

「…………」

 

「……帰ってこられない攻撃です」

 

 宇垣が、言葉を失った。

 

 山本は、長い間、何も言わなかった。

 

「……そうか」

 

 やがて、低い声で呟いた。

 

「……そこまで、追い詰められるのか」

 

 悠真は、頷いた。

 

 そして、続けた。

 

「……沖縄でも、大きな戦いがあります」

 

「……沖縄?」

 

「はい。軍人だけじゃなくて、普通の人も、たくさん亡くなります」

 

 山本の表情が、さらに険しくなった。

 

「……本土は?」

 

 悠真は、俯いた。

 

「……空襲を受けます」

 

「…………」

 

「東京も、大阪も、ほかの町も……」

 

 悠真は、一度言葉を切った。

 

「……たくさんの人が死にます」

 

 山本は、目を閉じた。

 

 しばらくして、尋ねた。

 

「……それで、終わるのか」

 

 悠真は、首を横に振った。

 

「……いいえ」

 

 その声は、ひどく小さかった。

 

「……最後に、原子爆弾が落とされます」

 

「……原子爆弾?」

 

「はい」

 

 悠真は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……広島と、長崎に」

 

 室内が、静まり返った。

 

「……たった一発で、町が壊滅するような爆弾です」

 

「…………」

 

「……ものすごくたくさんの人が、亡くなります」

 

 山本は、動かなかった。

 

 宇垣も、何も言わなかった。

 

 ただ、壁に掛けられた時計の音だけが響いていた。

 

 かち。

 

 かち。

 

 かち。

 

 やがて、山本が口を開いた。

 

「……そして、日本は降伏する」

 

「……はい」

 

「……いつだ」

 

「……昭和二十年、八月十五日です」

 

「…………」

 

 三年後。

 

 山本は、静かに海図を見つめた。

 

 三年。

 

 たった三年の間に、日本はそこまで追い詰められるという。

 

 悠真は、膝の上で拳を握っていた。

 

「……ごめんなさい」

 

 山本が、顔を上げた。

 

「……何を謝る?」

 

「……こんな話、聞きたくなかったですよね」

 

 山本は、しばらく少年を見つめた。

 

 そして、首を横に振った。

 

「……いや」

 

 その声は、穏やかだった。

 

「……聞けてよかった」

 

「……え?」

 

「知らぬまま進むより、ずっといい」

 

 山本は、椅子から立ち上がった。

 

 窓の外には、どこまでも青い海が広がっていた。

 

「……天城君」

 

「はい」

 

「……わしは、この戦争が長引けば、日本に勝ち目はないと考えていた」

 

 山本は、ゆっくりと続けた。

 

「だが、ここまでの結末は想像しておらんかった」

 

「…………」

 

「……町が焼かれ、民が死に、最後には国そのものが壊滅の淵に立たされる」

 

 山本は、窓の外を見つめた。

 

「……それを知って、何もしないわけにはいかんな」

 

 宇垣が、顔を上げた。

 

「……長官」

 

 山本は、振り返った。

 

「……宇垣」

 

「はっ」

 

「……今日、我々は敵空母三隻を沈めずに戦場から退けた」

 

「……はっ」

 

「本来なら、敵味方の何千という将兵が命を落としていたかもしれん」

 

 山本は、悠真を見た。

 

「……だが、この少年は、誰も殺さずにそれを成し遂げた」

 

「…………」

 

「……ならば、別の道があるはずだ」

 

 悠真が、顔を上げた。

 

「……別の道?」

 

「……そうだ」

 

 山本は、少年の前に歩み寄った。

 

「……天城君。わしは、君に敵を殺してほしいのではない」

 

「…………」

 

「……この戦争を終わらせたい」

 

 悠真は、山本を見つめた。

 

「……戦争を?」

 

「……ああ」

 

 山本は、静かに頷いた。

 

「……君が知る未来を、変えたいのだ」

 

 その言葉に、悠真の目が見開かれた。

 

 山本は、続けた。

 

「……だが、戦争は敵の艦を消せば終わるというものではない」

 

 海図に視線を落とす。

 

「アメリカにも、日本にも、それぞれの政府があり、国民がいる。互いに戦いをやめる理由が必要だ」

 

「…………」

 

「……その道を探すために、君の力と、君の知識を借りたい」

 

 悠真は、しばらく黙っていた。

 

 やがて、ゆっくりと頷いた。

 

「……はい」

 

 山本は、少年を見つめた。

 

「……引き受けてくれるか」

 

「……もちろんです!」

 

 悠真は、まっすぐに答えた。

 

「僕も、そんな未来は嫌です!」

 

 山本は、静かに微笑んだ。

 

「……ありがとう」

 

 そして、右手を差し出した。

 

 悠真は、一瞬きょとんとした。

 

 だが、すぐにその手を握った。

 

 十七歳の少年。

 

 そして、連合艦隊司令長官。

 

 本来なら、決して出会うはずのなかった二人が、固く握手を交わした。

 

 山本は、静かに言った。

 

「……未来を変えよう、天城君」

 

「はい!」

 

 悠真は、力強く頷いた。

 

「一緒に、戦争を終わらせましょう!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その後。

 

 山本は、宇垣へ視線を向けた。

 

「……宇垣」

 

「はっ」

 

「……この少年の存在は、極秘とする」

 

「……はっ」

 

「……赤城にも、厳重な箝口令を敷かせろ」

 

「……承知しました」

 

 山本は、静かに続けた。

 

「……そして、もう一つ」

 

 机に向かい、一枚の紙を取り出した。

 

 万年筆を走らせる。

 

 そこに記されたのは、短い命令だった。

 

『天城悠真ノ存在、極秘トス。本人ノ意思ヲ尊重シ、軍事利用ヲ強制スルコトヲ禁ズ』

 

 山本は、紙を宇垣に渡した。

 

「……この少年を、戦争の道具にしてはならん」

 

「……はっ!」

 

 宇垣は、深く頭を下げた。

 

 そのとき。

 

「あのー」

 

 悠真が、そっと手を上げた。

 

「……何だ、天城君」

 

「……一つだけ、お願いがあるんですけど」

 

「……何だ?」

 

「……醤油ラーメンって、ありますか?」

 

「…………」

 

 山本は、黙った。

 

 宇垣も、黙った。

 

「……ラーメン?」

 

「はい!」

 

「……醤油?」

 

「はい!」

 

 山本は、ゆっくりと宇垣を見た。

 

「……宇垣」

 

「はっ」

 

「……用意できるか」

 

「……調べます」

 

 悠真は、満面の笑みを浮かべた。

 

「やったー!」

 

 山本は、少年を見つめた。

 

 日本の未来を変えるため、ともに歩むと誓った少年。

 

 その少年が、今もっとも望んでいるもの。

 

 それは、一杯の醤油ラーメンだった。

 

 山本は、思わず口元を緩めた。

 

「……まずは、腹ごしらえというわけか」

 

「はい!」

 

 悠真は、嬉しそうに頷いた。

 

「お腹が空いてちゃ、戦争も止められませんから!」

 

 宇垣は、深く息を吐いた。

 

「……まったく、とんでもない少年ですな」

 

 山本は、小さく笑った。

 

「……ああ」

 

 そして、もう一度、机の上の命令書を見た。

 

「……だが、頼もしい少年だ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その夜。

 

 連合艦隊旗艦『大和』。

 

 山本五十六は、一人、海図を見つめていた。

 

 敵空母三隻が、戦場から消えた。

 

 だが、戦争が終わったわけではない。

 

 アメリカには、まだ巨大な工業力がある。

 

 無数の艦艇がある。

 

 そして、戦争を続ける意思がある。

 

 たとえ、すべての空母を戦場から消し去ったとしても。

 

 それだけで、戦争が終わるとは限らない。

 

「……天城悠真」

 

 山本は、少年の名を呟いた。

 

 そして、机の上に置かれた一枚の紙を見つめた。

 

 そこには、山本自身の筆跡で、短い命令が記されていた。

 

『天城悠真ノ存在、極秘トス。本人ノ意思ヲ尊重シ、軍事利用ヲ強制スルコトヲ禁ズ』

 

 山本は、静かに目を閉じた。

 

 日本が辿るはずだった未来。

 

 焼け野原となる都市。

 

 帰らぬ若者たち。

 

 そして、広島と長崎。

 

 それらが、少年の言葉とともに胸に残っていた。

 

「……変えねばならんな」

 

 山本は、ゆっくりと目を開いた。

 

 戦争を終わらせるためには、軍人だけでは足りない。

 

 政府を動かさねばならない。

 

 そして、敵国とも向き合わねばならない。

 

 だが、その前に。

 

「……まずは、東京へ連れていく必要があるな」

 

 山本は、海図を静かに畳んだ。

 

 昭和十七年六月四日。

 

 この日、太平洋の戦場で起きた奇跡は、まだ世界に知られていなかった。

 

 だが、歴史は確かに動き始めていた。

 

 そして、その中心には。

 

 一人の少年と、未来を変える決意をした一人の提督がいた。

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