蒼穹の異邦人 ~魔王を倒した勇者、1942年のミッドウェー海戦に降り立つ~   作:Monutaka

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第7話 ワシントンの衝撃

 

 昭和十七年六月四日。

 

 アメリカ合衆国。

 

 ワシントンD.C.。

 

 ホワイトハウス。

 

「……もう一度、説明してくれ」

 

 フランクリン・D・ルーズベルト大統領は、目の前の男を見つめた。

 

 海軍長官、フランク・ノックス。

 

 その表情は、ひどく険しかった。

 

「……大統領」

 

「……何だね」

 

「……太平洋艦隊より、極めて不可解な報告が入っております」

 

「……不可解?」

 

「……はい」

 

 ノックスは、手元の書類を見た。

 

「……空母エンタープライズ、ホーネット、ヨークタウンの三隻が、ミッドウェー海域から消失しました」

 

「…………」

 

 ルーズベルトは、静かに尋ねた。

 

「……沈んだのか?」

 

「……いいえ」

 

「……では、どこにいる?」

 

 ノックスは、少し間を置いた。

 

「……ハワイ近海です」

 

「…………」

 

 大統領は、瞬きをした。

 

「……ハワイ?」

 

「……はい」

 

「……三隻とも?」

 

「……はい」

 

「……なぜ?」

 

「……わかりません」

 

 ルーズベルトは、しばらく黙っていた。

 

 そして、静かに言った。

 

「……ノックス君」

 

「……はい」

 

「……私は今、君に極めて簡単な質問をしているつもりなのだが」

 

「……承知しております」

 

「……では、もう一度聞こう」

 

 大統領は、机に指を置いた。

 

「……なぜ、ミッドウェーにいた空母三隻が、突然ハワイにいるのだね?」

 

「…………」

 

 ノックスは、額の汗を拭った。

 

「……それが、わからないのです」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 数時間前。

 

 ハワイ近海。

 

 空母『エンタープライズ』。

 

 艦橋に立つレイモンド・スプルーアンス少将は、遠くに見える海岸線を見つめていた。

 

「……本当に、ハワイだな」

 

「……はい、提督」

 

 参謀が、震える声で答えた。

 

「……位置を確認しました。間違いありません」

 

 スプルーアンスは、黙っていた。

 

 つい先ほどまで、彼らはミッドウェー海域にいた。

 

 日本艦隊と交戦するために。

 

 そして、突然現れた少年。

 

 空を飛び。

 

 砲弾を消し。

 

 対空兵装を消し去り。

 

 最後には、空母そのものを移動させた。

 

「……提督」

 

「……何だ」

 

「……あの少年は、何者だったのでしょうか」

 

 スプルーアンスは、答えなかった。

 

 しばらくして、静かに言った。

 

「……少なくとも」

 

「……はい」

 

「……我々の知る兵器では、あれを止められん」

 

 参謀は、黙り込んだ。

 

「……提督」

 

「……何だ」

 

「……日本軍が、あの少年を何人も保有していたとしたら……」

 

「…………」

 

 スプルーアンスは、ゆっくりと振り返った。

 

「……その話は、やめよう」

 

「……はっ」

 

「……今は、考えたくない」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ホワイトハウス。

 

「……つまり」

 

 ルーズベルトは、報告書を机に置いた。

 

「……日本軍には、空母を瞬時に移動させる新兵器があるというのか?」

 

「……現時点では、そうとしか説明できません」

 

「……どのような装置だ?」

 

「……不明です」

 

「……航空機か?」

 

「……違うようです」

 

「……潜水艦か?」

 

「……違います」

 

「……では、何だ?」

 

 ノックスは、目を伏せた。

 

「……十七歳ほどの少年であります」

 

「…………」

 

 ルーズベルトは、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……少年?」

 

「……はい」

 

「……日本の少年か?」

 

「……そのようです」

 

「……それが、新兵器なのか?」

 

「……我々にも、判断できません」

 

 ルーズベルトは、しばらく黙っていた。

 

 そして、静かに尋ねた。

 

「……ノックス君」

 

「……はい」

 

「……君は、私をからかっているのかね?」

 

「……決して、そのようなことは!」

 

「……では、私は何を信じればいい?」

 

 ノックスは、答えられなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 やがて、海軍情報部から新たな報告が届いた。

 

 空母三隻の乗員に対する聞き取り調査。

 

 その内容は、驚くべきものだった。

 

『少年は空中を飛行していた』

 

『我が艦の対空砲火は、すべて無効化された』

 

『少年は英語を話した』

 

『我々に危害を加える意思はないと告げた』

 

『その直後、艦ごとハワイ近海へ移動した』

 

 ルーズベルトは、一枚ずつ報告書を読んだ。

 

「…………」

 

 そして、最後の紙を置いた。

 

「……全員が、同じことを言っているのか?」

 

「……はい」

 

「……何人だ?」

 

「……数千人規模であります」

 

「…………」

 

 大統領は、椅子の背にもたれた。

 

「……集団幻覚という可能性は?」

 

「……三隻の空母が実際に移動しております」

 

「……そうだったな」

 

 ルーズベルトは、深く息を吐いた。

 

 数千人の証言。

 

 そして、実際に移動した三隻の空母。

 

 否定するには、あまりにも証拠が多すぎた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……大統領」

 

 ノックスが、静かに言った。

 

「……我々は、この少年への対抗策を考えなければなりません」

 

「……当然だ」

 

「……新型兵器の開発を急がせます」

 

「……うむ」

 

「……航空機の増産も、予定どおり進めます」

 

「……うむ」

 

「……空母の建造計画も――」

 

「……待ちたまえ」

 

 ルーズベルトが、手を上げた。

 

「……何でしょうか」

 

「……仮に、我々が新しい空母を十隻造ったとしよう」

 

「……はい」

 

「……その少年が現れたら、どうなる?」

 

「…………」

 

「……また、ハワイへ送り返されるのかね?」

 

「…………」

 

「……あるいは」

 

 ルーズベルトは、窓の外を見た。

 

「……ニューヨーク港へでも、並べられるのか?」

 

「…………」

 

 ノックスは、何も答えられなかった。

 

 大統領は、静かに続けた。

 

「……我々は、敵の艦を沈めるために戦争をしている」

 

「……はい」

 

「……だが、敵は我々の艦を沈める必要すらないというのか」

 

 沈黙。

 

 ルーズベルトは、机の上の報告書を見つめた。

 

「……厄介な相手だな」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その日の午後。

 

 ホワイトハウスでは、緊急会議が開かれた。

 

 陸軍。

 

 海軍。

 

 情報機関。

 

 政府高官。

 

 集められた者たちは、いずれも困惑していた。

 

「……日本が未知の技術を開発した可能性があります」

 

「……しかし、どのような原理で?」

 

「……現時点では不明です」

 

「……少年が空を飛んだという証言は?」

 

「……多数確認されています」

 

「……そんな馬鹿な!」

 

「……ですが、事実です!」

 

 議論は、堂々巡りだった。

 

 やがて、一人の将校が言った。

 

「……大統領」

 

「……何だね」

 

「……仮に、この少年が自由に物体を移動させられるとすれば」

 

「……うむ」

 

「……我々の艦隊だけでなく、軍事基地そのものが危険にさらされます」

 

「…………」

 

「……飛行場、港湾施設、弾薬庫……」

 

 将校は、言葉を切った。

 

「……そして、政府中枢も」

 

 会議室が、静まり返った。

 

 ルーズベルトは、ゆっくりと窓の外を見た。

 

 ホワイトハウスの庭。

 

 青々とした芝生。

 

 静かな午後の光。

 

「…………」

 

 大統領は、しばらく黙っていた。

 

 そして、静かに言った。

 

「……なるほど」

 

「……大統領?」

 

「……つまり」

 

 ルーズベルトは、窓から視線を戻した。

 

「……我々は、この建物にいても安全とは限らないということか」

 

 誰も答えなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同じころ。

 

 太平洋。

 

 連合艦隊旗艦『大和』。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

 山本五十六は、少年を見つめた。

 

「……アメリカは、今ごろ大騒ぎだろうな」

 

「……そうなんですか?」

 

「……当然だろう」

 

 悠真は、少し考えた。

 

「……でも、誰も死んでないですよ?」

 

「……それは、そうだ」

 

「……空母も壊してないですし」

 

「……うむ」

 

「……じゃあ、よかったじゃないですか!」

 

「…………」

 

 山本は、黙った。

 

 宇垣も、黙った。

 

 悠真は、にこにこと笑っていた。

 

 山本は、静かに茶を飲んだ。

 

「……天城君」

 

「はい?」

 

「……君は、実に不思議な少年だな」

 

「……そうですか?」

 

「……ああ」

 

 山本は、少しだけ笑った。

 

「……敵国の大統領を、これほど困らせる少年は、世界中を探しても君くらいだろう」

 

「えっ!?」

 

 悠真は、目を丸くした。

 

「……僕、何か悪いことしました!?」

 

「……いや」

 

 山本は、首を横に振った。

 

「……むしろ、助けられた」

 

 悠真は、ほっとしたように笑った。

 

「……よかった!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 夜。

 

 ワシントンD.C.。

 

 ホワイトハウス。

 

 ルーズベルト大統領は、一人、執務室に残っていた。

 

 机の上には、太平洋艦隊から届いた報告書が置かれていた。

 

 少年。

 

 飛行。

 

 瞬間移動。

 

 空母三隻。

 

 どれも、現実とは思えない言葉だった。

 

 だが、それらはすべて事実として報告されていた。

 

 大統領は、静かに呟いた。

 

「……日本は、一体何を手に入れたのだ」

 

 窓の外には、静かな夜の庭が広がっていた。

 

 その庭に、巨大な戦艦が立つ日が来るなど。

 

 このときのルーズベルトは、夢にも思っていなかった。

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