蒼穹の異邦人 ~魔王を倒した勇者、1942年のミッドウェー海戦に降り立つ~   作:Monutaka

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第8話 勇者、東京へ帰る

昭和十七年六月五日。

 

 午前八時。

 

 連合艦隊旗艦『大和』。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

「……東京へ行こうと思う」

 

 山本五十六の言葉に、悠真は目を輝かせた。

 

「東京ですか!?」

 

「……ああ」

 

「やったー!」

 

 悠真は、両手を上げた。

 

「ようやく帰れる!」

 

 山本は、少しだけ微笑んだ。

 

「……君にとっては、故郷だったな」

 

「はい!」

 

 悠真は、嬉しそうに頷いた。

 

「ラーメン屋もいっぱいありますよね!」

 

「…………」

 

 山本は、静かに茶を飲んだ。

 

「……天城君」

 

「はい?」

 

「……君は、東京に何をしに行くつもりだ?」

 

「え?」

 

 悠真は、きょとんとした。

 

「……ラーメンを食べに?」

 

「…………」

 

 宇垣纏が、そっと目を閉じた。

 

「……長官」

 

「……何だ」

 

「……この少年に、日本の未来を託してよろしいのでしょうか」

 

「……わしにも、時々わからなくなる」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……ところで、長官」

 

 宇垣が、海図を広げた。

 

「東京への移動ですが、いかがいたしますか」

 

「……うむ」

 

 山本は、しばらく考えた。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

「……君は、人間を瞬時に移動させられると言ったな」

 

「はい!」

 

「……東京まで行けるか?」

 

「もちろんです!」

 

「……そうか」

 

 山本は、頷いた。

 

「……では、君とわしで――」

 

「あ、みんなで行きます?」

 

「…………」

 

「大和ごと!」

 

「…………」

 

 山本は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……何?」

 

「だって、船ごと移動したほうが楽じゃないですか!」

 

「…………」

 

 宇垣が、慌てて口を開いた。

 

「ま、待ちたまえ!」

 

「はい?」

 

「大和を東京へ移動させるというのか!?」

 

「はい!」

 

「……この巨大戦艦を?」

 

「はい!」

 

「……乗員ごと?」

 

「はい!」

 

 宇垣は、山本を見た。

 

「……長官」

 

「……うむ」

 

「……本当に、可能なのでしょうか」

 

 山本は、悠真を見つめた。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

「……大和を、どこへ移動させるつもりだ?」

 

「えっと……」

 

 悠真は、少し考えた。

 

「……東京駅の前とか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 山本は、静かに湯呑みを置いた。

 

「……天城君」

 

「はい?」

 

「……戦艦は、陸に置くものではない」

 

「……あっ」

 

 悠真は、ぽんと手を打った。

 

「そうでした!」

 

 宇垣は、深く息を吐いた。

 

「……危ないところでしたな」

 

 山本も、小さく頷いた。

 

「……ああ」

 

 このとき、二人はまだ知らなかった。

 

 少年が後日、海の向こうで、さらにとんでもないことを思いつくなど。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 午前九時。

 

 大和艦内。

 

 山本は、数名の幕僚を集めていた。

 

「……これより、東京へ向かう」

 

 士官たちが、顔を上げた。

 

「……東京でありますか?」

 

「……うむ」

 

「……移動手段は?」

 

 山本は、悠真を見た。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

「……頼めるか」

 

「もちろんです!」

 

 悠真は、元気よく頷いた。

 

「じゃあ、行きましょう!」

 

「……待て」

 

 山本が、手を上げた。

 

「……何ですか?」

 

「……大和は、ここに残す」

 

「えっ?」

 

「……君と、わしと、必要な者だけだ」

 

「……あ、なるほど!」

 

 悠真は、納得したように頷いた。

 

「じゃあ、少人数ですね!」

 

 山本は、宇垣に視線を向けた。

 

「……留守を頼む」

 

「……はっ」

 

 宇垣は、深く頭を下げた。

 

「……長官。どうか、お気をつけて」

 

「……うむ」

 

 山本は、悠真を見た。

 

「……では、天城君」

 

「はい!」

 

「……東京へ」

 

「了解です!」

 

 悠真が、指を鳴らした。

 

 ぱちん。

 

 その瞬間。

 

 ふっ。

 

 山本と悠真、そして同行する数名の士官の姿が消えた。

 

「…………」

 

 宇垣は、しばらく何も言わなかった。

 

 そして、静かに呟いた。

 

「……便利すぎる」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同日。

 

 東京。

 

 陸軍省・参謀本部の置かれた一角から、少し離れた場所。

 

 人通りのない建物の陰に、数人の男たちが現れた。

 

「……到着です!」

 

 悠真が、元気よく言った。

 

「…………」

 

 山本は、周囲を見回した。

 

 石造りの建物。

 

 整えられた道路。

 

 遠くから聞こえる自動車の音。

 

「……本当に、東京だな」

 

「はい!」

 

 同行した士官が、懐中時計を見た。

 

「……長官」

 

「……何だ」

 

「……移動に、ほとんど時間がかかっておりません」

 

「……そうだな」

 

 山本は、空を見上げた。

 

 北太平洋から東京まで。

 

 本来なら、艦隊を動かして何日もかかる距離。

 

 それを、少年は一瞬で越えてしまった。

 

「……まったく」

 

 山本は、小さく笑った。

 

「……恐ろしい力だ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……うわあ」

 

 悠真は、通りへ出ると、目を輝かせた。

 

「……すごい」

 

 そこには、彼の知っている東京とはまるで違う風景が広がっていた。

 

 低い建物。

 

 木造の家々。

 

 古い形の自動車。

 

 道を走る自転車。

 

 国民服を着た男たち。

 

 もんぺ姿の女性たち。

 

 そして、街角に貼られた戦時標語。

 

「……本当に、昔の日本なんだ」

 

 悠真は、ぽつりと呟いた。

 

 山本が、隣に立った。

 

「……君の知る東京とは、違うか」

 

「……全然違います」

 

 悠真は、周囲を見回した。

 

「僕のいた東京は、もっと建物が高くて……」

 

「……うむ」

 

「車も、もっとたくさん走ってて……」

 

「……そうか」

 

「夜でも、すごく明るいんです」

 

 山本は、静かに聞いていた。

 

「……それに」

 

 悠真は、少し考えた。

 

「……コンビニがない」

 

「……こんびに?」

 

「はい!」

 

「……何だ、それは」

 

「二十四時間開いてるお店です!」

 

「…………」

 

 山本は、ゆっくりと悠真を見た。

 

「……一日中、店が開いているのか?」

 

「はい!」

 

「……夜中も?」

 

「はい!」

 

「……何のために?」

 

「……便利だからです!」

 

「…………」

 

 山本は、しばらく黙った。

 

「……未来とは、不思議なものだな」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 悠真は、東京の街を歩きながら、何度も足を止めた。

 

 店先に並ぶ品物。

 

 古い看板。

 

 路面電車。

 

 どれも、教科書や資料でしか見たことのないものだった。

 

「……あっ!」

 

 悠真が、突然声を上げた。

 

「……何だ?」

 

「ラーメン!」

 

 通りの向こうに、小さな食堂があった。

 

 悠真は、目を輝かせた。

 

「山本さん! ラーメン屋さんです!」

 

「……そうだな」

 

「食べましょう!」

 

「……今か?」

 

「はい!」

 

 山本は、懐中時計を見た。

 

「……天城君」

 

「はい?」

 

「……我々には、急ぎの用がある」

 

「……あっ」

 

 悠真は、少し肩を落とした。

 

「……そうでした」

 

 その様子を見て、山本は小さく笑った。

 

「……用が済んだら、寄ろう」

 

「……本当ですか!?」

 

「……ああ」

 

「やったー!」

 

 悠真は、嬉しそうに跳ねた。

 

 山本は、そんな少年を見つめた。

 

 空母三隻を、一瞬で戦場から消し去った少年。

 

 世界の常識を覆す力を持つ存在。

 

 だが、今の彼は。

 

 ただ、ラーメンを楽しみにしている十七歳の少年だった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その後。

 

 海軍省。

 

 山本五十六の突然の来訪に、庁舎内は騒然となった。

 

「……山本長官!?」

 

「……いつ東京へ!?」

 

「……つい先ほどだ」

 

「……しかし、長官は大和におられるはずでは……」

 

「……少々、事情があってな」

 

 山本は、落ち着いた様子で答えた。

 

 同行した士官たちは、互いに顔を見合わせた。

 

 説明できるはずがなかった。

 

 まさか、少年の魔法で一瞬のうちに東京へ来たなど。

 

 山本は、静かに言った。

 

「……海軍大臣に、至急お目にかかりたい」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 しばらく後。

 

 海軍省の一室。

 

 海軍大臣、嶋田繁太郎大将は、目の前の山本を見つめていた。

 

「……山本君」

 

「……はっ」

 

「……君は、今朝まで大和にいたのではなかったか?」

 

「……そのとおりです」

 

「……では、どうやって東京へ?」

 

「……その説明も含めて、参りました」

 

 嶋田は、眉をひそめた。

 

「……説明?」

 

 山本は、隣に立つ少年を見た。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

 悠真は、元気よく頭を下げた。

 

「はじめまして! 天城悠真です!」

 

「…………」

 

 嶋田は、少年を見つめた。

 

「……山本君」

 

「……はっ」

 

「……この少年は?」

 

 山本は、静かに答えた。

 

「……日本の未来を変えるかもしれない人物です」

 

「…………」

 

 嶋田は、しばらく黙った。

 

 そして、ゆっくりと椅子に座り直した。

 

「……詳しく聞こう」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 山本は、これまでの出来事を説明した。

 

 ミッドウェー海戦。

 

 敵航空機の消失。

 

 敵空母三隻の移動。

 

 そして、少年の力。

 

 嶋田は、黙って聞いていた。

 

「……つまり」

 

 嶋田は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……この少年が、敵空母三隻をハワイへ移動させたというのか」

 

「……はい」

 

「……一瞬で?」

 

「……はい」

 

「……乗員も含めて?」

 

「……はい」

 

「…………」

 

 嶋田は、悠真を見た。

 

「……本当なのかね?」

 

「はい!」

 

「……証明できるか?」

 

「もちろんです!」

 

 悠真は、元気よく頷いた。

 

「じゃあ、ちょっと失礼しますね!」

 

 ぱちん。

 

 指を鳴らした。

 

 その瞬間。

 

 ふっ。

 

 嶋田の姿が消えた。

 

「…………」

 

 室内が、静まり返った。

 

 同行した士官が、目を見開いた。

 

「……大臣!?」

 

 山本は、静かに悠真を見た。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

「……どこへ?」

 

「……大和です!」

 

「…………」

 

 山本の眉が、ぴくりと動いた。

 

「……大和?」

 

「はい! さっきまでいた船です!」

 

「…………」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同時刻。

 

 北太平洋。

 

 連合艦隊旗艦『大和』。

 

「……本日の作戦についてだが」

 

 宇垣纏少将は、艦橋で幕僚たちと打ち合わせをしていた。

 

 そのとき。

 

 ふっ。

 

 目の前に、一人の男が現れた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 宇垣は、固まった。

 

 現れた男も、固まった。

 

「……し、嶋田大臣!?」

 

「……宇垣君!?」

 

「……なぜ、こちらに!?」

 

「……私が聞きたい!!」

 

 嶋田は、周囲を見回した。

 

 海。

 

 水平線。

 

 艦橋。

 

 そして、見覚えのある海軍士官たち。

 

「……ここは、どこだ?」

 

「……大和であります」

 

「……大和?」

 

「……はっ」

 

「……連合艦隊旗艦の?」

 

「……はっ」

 

「…………」

 

 嶋田は、ゆっくりと目を閉じた。

 

「……私は、つい先ほどまで東京にいたのだが」

 

「……存じております」

 

「……では、なぜここにいる?」

 

「……おそらく、天城君の仕業かと」

 

「…………」

 

 嶋田は、しばらく黙っていた。

 

「……宇垣君」

 

「……はっ」

 

「……私は、夢を見ているのかね?」

 

「……大臣」

 

 宇垣は、深く息を吐いた。

 

「……そのお気持ち、よくわかります」

 

 その瞬間。

 

 ふっ。

 

 嶋田の姿が消えた。

 

「…………」

 

 宇垣は、何も言わなかった。

 

 そして、静かに呟いた。

 

「……今度は、海軍大臣か」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 東京。

 

 海軍省。

 

 ふっ。

 

 嶋田が、元の椅子に戻ってきた。

 

「…………」

 

 嶋田は、固まっていた。

 

 山本は、静かに尋ねた。

 

「……大臣」

 

「…………」

 

「……ご理解いただけましたか」

 

 嶋田は、ゆっくりと山本を見た。

 

「……山本君」

 

「……はっ」

 

「……私は今、大和にいた」

 

「……そのようですな」

 

「……宇垣君にも会った」

 

「……そうでしょうな」

 

「……北太平洋の大和だぞ?」

 

「……はい」

 

「……東京から何千キロも離れているのだぞ?」

 

「……承知しております」

 

「…………」

 

 嶋田は、悠真を見た。

 

 悠真は、にこにこと笑っていた。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

「……君は、いつもこんなことをしているのかね?」

 

「えっ?」

 

 悠真は、首を傾げた。

 

「……今日は、まだ二回目ですけど?」

 

「…………」

 

 嶋田は、深く息を吐いた。

 

「……山本君」

 

「……はっ」

 

「……この少年について、最初から詳しく聞かせてもらおう」

 

 山本は、静かに頷いた。

 

「……そのつもりです」

 ◇ ◇ ◇

 

「……山本君」

 

 嶋田は、真剣な表情になった。

 

「……この少年の力があれば、アメリカに勝てるのではないか?」

 

 山本は、静かに首を横に振った。

 

「……大臣」

 

「……何だ」

 

「……私は、この少年を戦争の道具にするつもりはありません」

 

「…………」

 

「……そして、勝つことだけを考えているわけでもありません」

 

 嶋田が、眉をひそめた。

 

「……どういう意味だ?」

 

 山本は、少し間を置いた。

 

「……この戦争を、終わらせたいのです」

 

「…………」

 

 嶋田は、山本を見つめた。

 

「……講和を目指すというのか」

 

「……はい」

 

「……今、この状況で?」

 

「……今だからこそ、です」

 

 山本は、悠真を見た。

 

「……この少年は、敵空母三隻を沈めずに戦場から退けました」

 

「…………」

 

「……我々には、これまでとは違う選択肢が生まれたのです」

 

 嶋田は、しばらく考えていた。

 

「……だが、アメリカが講和に応じるとは限らんぞ」

 

「……承知しております」

 

「……国民も、軍も、簡単には納得せん」

 

「……それも、承知しております」

 

 山本は、静かに続けた。

 

「……だからこそ、まずは話し合いの道を探したいのです」

 

 嶋田は、長い息を吐いた。

 

「……容易な話ではないな」

 

「……はい」

 

「……だが」

 

 嶋田は、悠真を見た。

 

「……この少年が、本当にそれほどの力を持つのであれば」

 

 少し間を置いた。

 

「……検討する価値はある」

 

 山本は、深く頭を下げた。

 

「……ありがとうございます」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 会談を終えたころ。

 

 午後の東京には、穏やかな日差しが降り注いでいた。

 

「……山本さん!」

 

「……何だ、天城君」

 

「……ラーメン!」

 

「…………」

 

 山本は、懐中時計を見た。

 

 そして、小さく笑った。

 

「……約束だったな」

 

「やったー!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 小さな食堂。

 

 木の椅子。

 

 古い卓。

 

 そして、湯気の立つ一杯の中華そば。

 

「……いただきます!」

 

 悠真は、箸を取った。

 

 ずずずっ。

 

「…………」

 

 目を閉じた。

 

 もう一口。

 

 ずずずずっ。

 

「…………」

 

 山本は、向かいに座っていた。

 

「……どうだ?」

 

 悠真は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……おいしい」

 

 その声は、少し震えていた。

 

「……そうか」

 

「……本当に、おいしいです」

 

 悠真は、もう一度、麺をすすった。

 

 異世界で過ごした三年間。

 

 魔王との戦い。

 

 仲間との別れ。

 

 そして、帰るはずだった未来の日本。

 

 そこへは、まだ戻れない。

 

 それでも。

 

 目の前には、日本の味があった。

 

「……山本さん」

 

「……何だ」

 

「……ありがとうございます」

 

 山本は、静かに微笑んだ。

 

「……礼を言うのは、こちらのほうだ」

 

「……え?」

 

「……君のおかげで、多くの命が救われた」

 

 悠真は、少し照れたように笑った。

 

「……そんな、大したことじゃないですよ」

 

「……いや」

 

 山本は、静かに首を横に振った。

 

「……大したことだ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 食堂を出たあと。

 

 悠真は、東京の空を見上げた。

 

 青い空。

 

 白い雲。

 

 穏やかな風。

 

 街には、人々の声が響いていた。

 

 子供たちが走っていた。

 

 母親が、買い物袋を抱えて歩いていた。

 

 店先では、老人が新聞を読んでいた。

 

 悠真は、しばらくその光景を眺めていた。

 

「……山本さん」

 

「……何だ」

 

「……この街、三年後には空襲されるんですよね」

 

 山本は、黙った。

 

「……ああ」

 

「……ここにいる人たちも、危ないんですよね」

 

「……そうだ」

 

 悠真は、ゆっくりと拳を握った。

 

「……嫌だな」

 

 山本は、少年を見た。

 

「……うむ」

 

「……こんな普通の人たちが、死ぬのは嫌です」

 

 山本は、静かに頷いた。

 

「……わしもだ」

 

 悠真は、山本を見つめた。

 

「……山本さん」

 

「……何だ」

 

「……絶対に、戦争を終わらせましょうね」

 

 山本は、しばらく少年を見つめた。

 

 そして、力強く頷いた。

 

「……ああ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その夜。

 

 東京。

 

 海軍省。

 

 山本五十六は、再び嶋田繁太郎と向かい合っていた。

 

「……山本君」

 

「……はっ」

 

「……アメリカとの講和についてだが」

 

「……はい」

 

「……仮に交渉を始めるとして、相手に応じる理由をどう作る?」

 

 山本は、しばらく考えた。

 

「……まずは、我々が戦争を終わらせる意思を示すことです」

 

「……それだけでは足りんだろう」

 

「……承知しております」

 

 嶋田は、腕を組んだ。

 

「……アメリカは、まだ勝てると思っている」

 

「……はい」

 

「……ならば、交渉の席に着かせること自体が難しい」

 

 山本は、黙っていた。

 

 そのとき。

 

「あのー」

 

 部屋の隅で、お茶を飲んでいた悠真が、手を上げた。

 

「……何だ、天城君」

 

「……アメリカの偉い人と、直接話せばいいんじゃないですか?」

 

「…………」

 

 山本は、少年を見た。

 

「……直接?」

 

「はい!」

 

「……誰と?」

 

「……大統領とか!」

 

「…………」

 

 嶋田が、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……大統領?」

 

「はい!」

 

「……アメリカの?」

 

「はい!」

 

 山本は、静かに尋ねた。

 

「……天城君」

 

「はい?」

 

「……君は、アメリカまで行けるのか?」

 

「もちろんです!」

 

「…………」

 

「……すぐですよ!」

 

 山本と嶋田は、顔を見合わせた。

 

 そして、長い沈黙が流れた。

 

 やがて、山本が静かに言った。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

「……少し、詳しく話を聞かせてくれ」

 

 悠真は、にこにこと笑った。

 

「いいですよ!」

 

 その笑顔を見つめながら、山本五十六は思った。

 

 この少年には、常識というものが通用しない。

 

 そして。

 

 その常識の外にこそ、戦争を終わらせる道があるのかもしれない。

 

 昭和十七年六月五日。

 

 東京。

 

 一人の少年の何気ない提案が、太平洋の向こうにまで届こうとしていた。

 

 アメリカ合衆国大統領、フランクリン・D・ルーズベルト。

 

 彼はまだ知らない。

 

 遠い日本で、一人の少年が自分に会おうとしていることを。

 

 そして、その少年が。

 

 戦艦というものを、必ずしも海に浮かべておく必要はないと考えていることを。

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