日輪の女王   作:シズりん

3 / 3
似ている

 

 銅剣が見つかってから、四日が経った。

 その間にも発掘は続いていた。

 遺跡というものは、一つ何かが出たからといって、他の作業が止まってくれるわけではない。

 土器片が出れば記録する。

 遺構らしきものが見えれば確認する。

 写真を撮り、図面を取り、土を運ぶ。

 そして神代博繁には、大学へ戻れば戻ったで別の仕事が待っていた。

「先生、これ来週までですよ」

 研究室の机に置かれた書類を見て、博繁は顔をしかめた。

「……何これ」

「非常勤の先生の来年度の希望調査です」

「俺に関係ある?」

「あります。先生が出してないので」

「じゃあ俺のだった」

 院生が呆れた顔をする。

 博繁は書類を引き寄せた。

 机の端には、発掘現場から持ち帰った資料が積まれている。その横には読みかけの論文。さらにその横には、コンビニで買ったまま忘れていたペットボトルのコーヒー。

 我ながら、あまり褒められた机ではない。

 スマートフォンが震えた。

 画面を見る。

 発掘調査の関係者用に登録してある番号だった。

「はい、神代です」

『お疲れさまです。今、大丈夫ですか?』

 銅剣の保存処理を担当している研究室の職員だった。

「大丈夫です。何か出ました?」

『出た、というほどではないんですけど』

 その言い方に、博繁はペンを置いた。

『この前話していた表面の線なんですが、少し見やすくなってきました』

「ああ、模様みたいに見えたやつ」

『模様かどうかは、まだ何とも言えません』

「相変わらず慎重ですね」

『先生方がすぐ名前をつけたがるので』

「俺だけみたいに言わないでください」

 電話の向こうで小さく笑う声がした。

『ただ――』

 少し間があった。

『少なくとも、腐食だけでこうなったようには見えないんですよね』

 博繁は椅子に座り直した。

「人為的ってことですか?」

『そこまではまだ言いません』

「言わないんだ」

『言いません』

 即答だった。

『製作時の痕跡なのか、後から付いた傷なのか、それとも意図して付けたものなのか。その辺りをもう少し見ます』

「分かりました」

『写真、送りますね』

 通話を切って間もなく、メールが届いた。

 添付された画像を開く。

 保存処理前よりも、銅剣の表面がはっきり見えるようになっていた。

 博繁は画面を拡大した。

 線がある。

 一本ではない。

 いくつかの細い線が交わっている。

「……傷?」

 口に出してみたが、しっくりこない。

 だからといって、模様だと言い切れるほどでもない。

 しばらく眺めていると、後ろから声がした。

「先生」

「ん?」

「書類」

「あ」

 さっきの院生が立っていた。

「電話が来る前から何も書いてませんでしたよ」

「今、大事なところなんだよ」

「来年度も大事です」

「……はい」

 博繁はスマートフォンを伏せた。

*

 その日の夕方。

 必要な書類をどうにか片付けた博繁は、大学図書館の端末に向かっていた。

 別に、何か大層な仮説があったわけではない。

 ただ気になった。

 それだけだった。

 弥生時代。

 銅剣。

 線刻。

 記号。

 祭祀。

 思いつく言葉をいくつか変えながら検索する。

 論文の題名を眺め、開き、違うと思えば閉じる。

 何本か目で、見覚えのある遺跡名が出てきた。

「荒神谷……」

 当然と言えば当然だった。

 今回の発掘地点から遠くない。

 そして何より、三百五十八本の銅剣が出土した場所だ。

 博繁は資料を開いた。

 銅剣の形式。

 出土状況。

 埋納方法。

 研究史。

 何度も目にした内容を流しながらページを進める。

 その途中で、指が止まった。

「……あった」

 銅剣に残された印についての記述だった。

 一部の銅剣には、いわゆる×印と呼ばれる線刻が確認されている。

 博繁は椅子の背にもたれた。

 もちろん知識としては知っていた。

 荒神谷の銅剣について研究していれば、一度くらいは目にする話だ。

 ただ――。

 博繁はスマートフォンを取り出した。

 研究室から送られてきた写真を開く。

 それから、資料の写真を見る。

 もう一度、スマートフォン。

 資料。

 スマートフォン。

「……似てるな」

 隣の席にいた学生が一瞬こちらを見た。

 博繁は声を落とした。

 荒神谷の銅剣にある×印。

 今回出土した銅剣に見える線。

 確かに似ている。

 少なくとも、まったく無関係だと切り捨てるには少し気になる。

 けれど。

 博繁は画面をさらに拡大した。

「違うな」

 今回のものは、単純な×には見えなかった。

 保存処理の途中だから、まだ全体が見えていないだけかもしれない。

 腐食がそう見せている可能性もある。

 そもそも本当に人為的な線なのかさえ、まだ確定していない。

 似ている。

 でも、同じではない。

 博繁はしばらく二つの画像を見比べていた。

 やがてスマートフォンを机に置く。

「……綾瀬先生に聞くか」

 時計を見る。

 午後六時四十七分。

 少し考えた。

「明日でいいな」

 博繁は端末を閉じた。

 研究者だって、腹は減る。

 立ち上がりかけて――もう一度だけ、画面を開いた。

 荒神谷の×印。

 そして、三百五十九本目と呼ばれ始めた銅剣の線。

 博繁は二つを見比べる。

「似てるんだけどなあ」

 今度は誰にも聞こえない声だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。