処女作です。
風の音が反響する深い谷。この先には地獄が繋がっていると思えるほどの谷の縁に私は立っている。そのまま足を前に出し、落ちていく。
重力に流されるままに落下する。
地面がどこにあるかわからない。
恐怖もなく私は前のことについて思い出していた。
何もかもが平凡だったあの頃にーー。
◆
私はどこにでもいる高校生だった。学校に通い勉強をする。
家に帰ると両親がいた。厳しくも優しい父。フワフワした印象の母。今日あったことを晩ご飯の時に話して笑い合う。なんてことないけど幸せな家族だった。
友達もいた。毎朝学校の門でおはようと挨拶して、帰りにコンビニに寄ったり、将来を話したり恋バナをしたり。
そんな普通の日が崩れた。
あれは母から食材を頼まれて帰っている時。横断歩道で青信号になるのを待っていると、目の前に光が現れた。
(……?)
目を擦っても消えない。いや、それどころか周囲の人たちはあの光が見えていないのかなにも反応を示さない。
ずっと見ていると光が形を成す。それは人だった。美しかった。全てにおいて完璧で、いわゆる黄金比というやつだと思った。
私はその光景に困惑しているとその人が私の方に顔を向けた。確実に目が合っている。
「…………あ」
私はその人に……女性に誘われるように前に歩き出していた。黄金の瞳の中に陽炎の様に揺らめく眼力。あの目に。美しさに。見惚れて。
私の意識はプツンと切れた。
──
私は目を覚ました。何が起こった?何もわからなかった。私は確か食材を買ってそれで……なにをしていたんだっけ?
あの時の私はとにかく困惑でいっぱいだった。いつもの風景から軋んだ木造建築にいるなんて困惑しない方がおかしい。
私はベッドに眠っていたらしい。周囲を見渡す。簡素な部屋だった。だが一番記憶に残っているのは、ガラスが張られていない窓から見えた紅い景色。まるで地獄かと思った。
ボーっとしているとガチャリと音がした。音の方向に目をやると誰かがドアを開けていた。
デカくて猫背で顔が見えないほど深い布切れを体にまとっていた。私は恐怖した。何だこの人?は。ここはどこ?私になにをしたの?聞きたいことがいっぱいだった。だが私が話し始める直前その人が声を出した。
「生まれたか……白き王………この世を滅し無へと導く偉大なる王よ」
私は、置いてけぼりだった。王ってなんだ?白き王?私が?何を言ってるんだ?私はその言葉がどういう意味か質問した。だが声を出した途端違和感があった。
声が違う。私の声はこんなんじゃない。まるで子供のようだと思ったその時自分の体を見た。
小さくて幼稚園児のような体つきだった。だが一番目についたのは
身体中に手術をしたような痕があったからだ。テレビとかで見た糸で直した痕。あれが私の体に刻み込まれていた。
「案ずるな。その痕はお前の体が成長するごとに消えてゆく」
私の心情を察した相手は、そのようなことを言ってきた。何なんだ。訳がわからない。わからなすぎて泣きそうになった。目頭に涙が溜まっていく。
「お前には成すべき使命がある。この世界を破滅へと導く。そのためにお前を造ったのだ」
「………………は?」
自分でも素っ頓狂な声が出た。造った?何を?私を?いや違う。私は造られていない。そもそもそんな話聞く方がおかしい。
(逃げないと)
私は窓から逃げようとした。幸いそこまで高くなくすんなりと外へ脱出できた。だが足が引っかかり顔から落ちてしまった。
「うぐ!」
バシャンと音がした。どうやら水溜まりに落ちたようだと理解した。
だが水面に映った自分の姿を見て言葉を失った。
それはもう私ではなかった。
黒かった髪が白に近い金髪で。
顔つきも外国人のようで。
何より私の目は
「ーーッハ!ハァ!!ハァ!!」
あの横断歩道で見たあの女性と同じ目をしていた。
◆
「…………う、ん」
私は目を覚まし起き上がる。
周囲を見渡す。
さっき身投げした谷は私から数メートル離れていた。
「結局あの下には何もなかったか」
あの下に何かあると思ったが何もなかった。
「作っておいてよかった」
私は足元にある
いや
「もうおかしいのか」
私は立ち上がり歩き出す。
ここはアルガオラ平原。
この世界のほんの端っこにある小さな平原。
私はこの平原から遠くにあるギルオシュタイナ城を目指さなければならない。
その城で私は白き王となり、世界を無に帰す。
それが私の背負わされた宿命であり、私の唯一の希望。
「帰るんだ。必ず」
全てが終われば元通りになる。そう信じて私は歩く。目の前にある橋を渡れば城塞都市アルマイアだ。
私は橋を渡ろうとした。
まさかまた死ぬとは思わなかった。
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