それは、ある晴れた夏の日の出来事であった。9月1日、世間の学生は夏休みが昨日で終わり、今日から再び学生生活が始まるという、未知に胸を馳せる気持ち半分自由が失せナイーブな気持ちが半分。そんな日。
その法則はここ、トレセン学園でも同じであった。トレセン学園、レースに走るウマ娘のための学園だろうと教育機関、普通の学校同様勉強というものが求められる。
「い~や~だ~!行きたくなーい!」
ともなれば、夏休みの宿題と言うものも当然ある。大抵の生徒はキチンと宿題を終え、これまで通りのトレーニングへの日々へ心を向けている今日であるが、そうでない者がここに。
寮にその大声を響かせているのは、ルーラーシップ。昨今注目のウマ娘の1人であった彼女は、新学期初日からトラブルを起こしていた。激しい攻防戦があったのだろうか、半ば脱げかかって下着が見えてしまっている制服姿で自身の部屋の扉から一向に手を離そうとせず、そこにしがみついている。
「ほらルーラーさん、行かないと遅刻してしまいますよ」
「い~や~で~す!行ったらエアグルーヴサンに怒られる!!」
「遅刻しても怒られてしまいますよ!」
彼女を部屋から引っ張り出しているのは、ルーラーの同期であるエイシンフラッシュであった。制服のスカートを引っ張り、何とか扉から引きはがそうとパワーを込める。それでもびくともしないルーラーシップ。彼女もまた、この夏休みで強くなったのだ。
「やだー!こんなのバレるくらいなら、オレは引きこもっていつものイメージ貰うだけでいいもん!!トレセンの引きこもりキングにオレはなるんだああああ!」
「自覚しているのなら直したらっ…いえ、ルーラーさん」
思わずツッコミをしたくなるフラッシュ、だがそれをぐっと堪え、彼女はルーラーからあえて手を離す。ルーラーも急な態度の代わり映えに、シメたと思うよりも困惑が勝ってしまった。逃げる隙をみすみす手放し、フラッシュの方を見つめる。
「…はえ?」
「大丈夫ですよ、ルーラーさん。エアグルーヴさんの所には、私も一緒に行きますよ。怒られる場所に、私も一緒に立ち会います。ですから、まずは行きましょう?」
優しい声色だった。甘い囁きだった。冷静に考えれば、怒られてこいって言ってるのにそれを疑問に感じさせない包容力が、フラッシュの言葉にはあった。
暴れ、冷静さをとっくに失っていたルーラーにはそれを見直す力など残っておらず、甘い蜜に寄せられていく。人柄か、気心知れた間柄か、なんにせよルーラーからすればエイシンフラッシュへ母親に向ける物のような、そんな温かさを求めていた。
「む、ルーラーか…」
そこを通りかかるはこれまたルーラーシップの同期、ローズキングダムであった。彼女もまた、登校すべく寮の廊下を歩いていた最中、その光景を目にしてしまったのだ。
何をしているのだと、そう思い近づこうとしたその時だ。暴れたせいか、床に落ちその弾みで中身がぶちまけられたルーラーのカバンに目が行く。そこにあるのは、コピーされた時と何一つ変わらない、清純なプリントたち。このプリントに、ローズも思いつくものがあった。そう、宿題だ。夏休みの宿題たちだ。
「…」
なんだ、またか。毎学期繰り広げられる光景に、ローズも慣れた気持ちでいた。いつも通り、友人に声をかけようと改めてルーラーシップの方を向く。そのわずかな時間、目を離しただけだった。
だが、そのわずかな時間で、眼前は彼女の知らない光景になっていたのだ。
「うぅ…フラッシュさぁん…」
「落ち着いたら、教室に行きましょうね」
まるで赤子かのように、フラッシュの膝の上で丸まり身を寄せる光景。同い年のそのような姿を見るのは、俗世より離れた人生を送ってきたローズにとって初めて目にするものであった。その衝撃を抱えたままどうすることも出来なく、彼女はその場を後にするしかなかった。
________
そんな朝から6時間超。始業式と多少の学級活動で終わった2学期初日。合宿開けということで最低限のトレーニングだけこなしローズは彼女の担当トレーナーと共に街に繰り出していた。
学園より少し都心へ向かった繁華街、街は同じく学校終わりか、制服姿の中高生らが沢山道を歩いている。そんな中で彼女らは大通りから少し入った所のカフェに来ていた。窓際の2人席、そこに向かい合って座る。店員に案内されるがまま席に着き、目線を遊ばせるように窓の外に目をやっては、慈しむような微笑みをこぼすトレーナー。そんな彼の様子に、ローズは目を奪われていた。
「こちら、メニューになります。ご注文がお決まり次第、そちらのベルでお呼び出し下さい」
「はい、ありがとうございます」
すぐに目線を店員の方へ戻し、メニュー表を受け取る彼。その仕草に見入ってしまい、ローズの頭からは今朝の様子はとっくに抜け落ちていた。トレーナーがこちらにメニュー表を回して見せてくれる。テーブルの上に広げ、見づらいであろうにこちらの方を向けてくれる。この些細な気遣いに、憧れと誇りを抱く。
メニュー表に視線を落とす。可愛らしい字体の文字列と、パステルカラーの背景、そしてズラっと並ぶ鮮やかな料理の写真たち。今日は、ローズきってのお願いで最近クラスメイト間で流行っていたカフェに来ていた。彼女が普段友人らと行くような落ち着いた雰囲気の店ではなく、若者向け全開のポップな店だ。あぁ、慣れない。どことなく尻尾が落ち着かない。
「何が流行ってるんですか?」
「あぁ、どうやら皆は…」
メニュー表をペラペラと捲り、目的の料理名を探す。サラダ類、サイドメニュー類、ご飯類、パスタ類。次々と移ろいゆくジャンルに目を配りつつ、ついに目的のジャンルへ辿り着いた。ドリンク類。
ここにクラスメイトらが話題にしていたあの商品があるのだろう。ソーダと言っていたしな、間違いあるまい。食事系と異なり数ページに渡るほど多種多様なメニューが並ぶドリンクページ、その最後の方に1ページ丸々使い、その目的の商品は掲載されていた。
「あった、これだ。トレーナー」
「えっ…あっ…これ…ですか?」
ローズが少し鼻息を荒げながらメニューを指差し、トレーナーが素っ頓狂な声を漏らす。そのページには、デカデカととあるジュースが映されていた。眩暈がするほどのケミカルブルー色の液体、グラスの淵にはオレンジが刺さっており、トロピカルさが演出されている。そして何より目を引くのはストローで形作られた大きなハート。目を凝らしてみれば、1本のストローを真ん中あたりで2本の管に分かれる加工にしているのか。どう吸えと…?2人の気持ちが一致する。
想起するは夏休み前。クラスメイトらが話していたのを小耳に挟んだ光景だ。ドキドキした、嬉しかった、メロかった。そんな単語が飛び交っていた。
「…これ、カップルドリンクですよね?」
「…そうなのか」
「はい。…そのクラスメイトの子、いつこれ飲んだ、と?」
「彼氏とのデート、と言っていた気がする。すまない、何分2か月前のことであり…」
「あ~いやいや責めたいんじゃないんです。分からないことを分かろうと、ここに来たんですし。別のにしましょうか、好きなの選んで良いですよ」
トレーナーが優しく微笑む。気遣い。迷いなく紡がれるフォローの言葉に、ローズは溜まらず衝動に駆られた。好きなのを選んでよいなら、これが良い。他のページをめくることなくローズは呼び出しベルを押しいていた。
ちなみに、彼女が呼び出しベルのボタンを押したのは人生でこれが2度目だった。たのしかった。
「この、『カップル限定 ドキドキズッキュンドリンク』を1つ」
「んっ!?」
「あ~はい、『ドキズキュ』1つですね、かしこまりました」
ローズは不思議がりながらも、注文を聞いた店員を見送る。『カップル限定 ドキドキズッキュンドリンク』ではないのだろうか。いや、確かに長いし略称を用いるのはおかしな話ではない。が、若干その様子に投げやりさを感じたのだ。なんだったのだろうかと首を傾げる。
「お待たせしました、『ドキズキュ』になります」
「む、早いな…」
注文後すぐに持ってこられたドリンクを見て2人は思わず息を飲む。写真で見るよりも煌びやかで、そして何より大きい。席に座るローズの首くらいまでは届きそうな大きさのグラスにたっぷり注がれたケミカルブルーのジュース、飲む前から漂う人工甘味料の匂いに鼻がひくつく。
そして何より、一番目立つのは堂々と刺されたハート型のストローだろう。一本の管がドリンクに刺され、それを吸い上げると真ん中のハート型中継タンクへ溜まり、そこから生えた2本のストローをカップルで吸う、数奇な形をしたストローである。ローズはおろか、トレーナーでさえ実物を見るのは初めてなのかその独特な形状に奇異の目を向けている。
「ごゆっくり~」
ドリンクを置いた店員は早々にその場を離れ、2人は互いを見つめ合うしかなくなる。なんだ…この…なに…。そんな困惑の言葉がトレーナーの開いた口から漏れたように聞こえた。
反面、ローズは喜ばしかった。こんな物が存在していることが、それを知れることが。未知への期待に、ローズの耳が小さく揺れていた。
「では早速いただこう」
「あぁうん。召し上がれ」
「…トレーナーは飲まないのか?」
ゆっくりストローに口を付け、相方を待つ。だが待てど暮らせど、トレーナーは動こうとせずこちらを温かい目で見ているばかりだ。どうしたのだろうか、ついローズは疑問をこぼす。
「え?あぁ……いや、俺は飲まなくてもいいのですが…」
「…飲ま、ないのか?」
あっけらかんと言い放つ姿に、ローズの耳が小さく項垂れる。せっかく、君と飲みたかったのに。そんな思い多分に含まれた、その小さな肩を見て彼も慌てて笑顔を浮かべる。
「違うんです、少し恥ずかしかっただけですよ!飲む!飲みますから!」
慌ててストローを啄むトレーナーに、ローズの耳もすっかりご機嫌を取り戻した。それと同時に、グイっと近づいてきた彼の顔に驚き少し飛び退く。が、すぐにまた位置を戻しトレーナーを見つめながらちゅーとジュースを吸いだした。
そんな熱烈な視線に耐え切れず、トレーナーは目線をローズから店内の様子に逸らす。しかし距離が近いためか視界の端には常に彼女が映っている。愛しの主君の御顔を間近で見続ける。甘い拷問であった。
対してそれはローズも同じだった。普段何気なく接している彼だが、こうしてまじまじと見る機会はそうない。落ち着いた空間と時間で、トレーナーを見つめながら過ごす時間は、彼女にとっても心臓が早鐘を鳴らす人時であった。ローズは理解した。メロかった、とは…味ではないのだと。
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甘いひと時から一転、既に宵闇が空を満たし、地を照らす光は人の手から生まれた光で満ちている。トレーナーの自宅で、2人食卓を囲い食事を楽しんでいた。
彼の手で作られた、一級のコース料理に舌鼓を打ち、それを丁寧に完食しきる。ナプキンで口を拭う様は、やはり自らの生を尽くして惜しみない、敬愛する主君の姿だった。
「ふぅ…お粗末様でした」
「ご馳走様だ。美味しかったぞ、トレーナー」
「良かったです。お風呂も入ってっちゃってください。出たら、送っていきますよ」
食器を下げ、流しへ片す。邸宅に住んでいるのであればその家事の姿を見せずに済むだろうが、今は手狭なアパート暮らしの身。ダイニングキッチンの便利さと、質素さを同時に味わいながら水仕事を行い始める。
2人分の食器と調理器具を洗うのも時間はしばしばかかるだろう。そう思い、ローズへ入浴を促すが背後で足音がしない。なにか用事があるのだろうかと、振り返る。
「…どうされました?」
「今朝、ルーラーがフラッシュ先輩の胸に抱き着いて甘えていた。…親しい間柄ならば、ああいうような甘え方をするのだろうか」
どうやら、いつものらしい。蛇口を締め、布巾で手を拭いながらソファへ移動する。ローズもそれに続いて、彼の隣に丁寧に座った。
「あぁ…女の子はそういうことしますね。たまに見かけます」
「…男性はしないのか?」
「男は基本見栄の生き物です。人前では絶対にしませんね」
ベルトに布巾を下げたまま、彼は語る。さながら一級の執事か、あるいは誰かと読んだ漫画に出てきた『オカン』の姿か。だが、それも彼にとっての見栄なのだろう。気持ちは分かる。薔薇一族を背負うものとして、自分も気品ある振る舞いを常に自分へ言い聞かせている。ただ、どこか彼が時折見せるそういう振る舞いは、気品と言うよりかは子どもっぽさが多分にある、そんな気がした。
「そうか…。もしかして、トレーナーもか?」
「当然。人前でやろうなんて逆立ちしても思いつけません」
きっぱりと言い切る。彼にとって、それは当たり前の価値観でしかなかった。人前で甘える。そんな女々しさを持つ暇があるなら、主君のために己を磨き高めるのみ。その強さが、彼の自信でもあった。
「そうなのか…今は、どうなんだ?」
「今?」
「あぁ、この場には、私と君しかいない。ならば、君も私へ甘えられるだろう」
「えっ俺が甘える側なんですか?せめてローズ様が俺に…ではなく?」
「…甘えたく、ないのか?」
不安げな瞳でこちらを見てくる主君。思わず頭を抱える。この純真さと、年相応なところはいまだに頭を悩まさせられるところだ。いや、この場合は好奇心によるものだろうか。なんにせよ、主君、それも年下の女の子相手に甘えるなど何があっても出来ない。
「えぇ…まぁ…はい…。そんなに思い詰めてませんし…ローズ様相手になんてとてもとても」
「ふむ…そういうものなのか。ならば、私が甘えてみたい」
「ん?」
「君が言ったんだろう?よくある光景ならば、私もしてみたい」
それ見たことか。先ほどぽろっと言った手前、言い出しにくいがやはりこうなった。だがまぁいい。そういう、雨よけには時になることだって本望だ。
一瞬驚いた顔をするトレーナーだったが、すぐに柔らかい笑顔を作り、手を広げる。胸に来てください。そう言わんばかりの空間に、ローズはおっかなびっくりながらも体を預けていく。
「っ…分かりました」
「感謝する」
小柄な体が彼の腕にすっぽり収まると、トレーナーは優しく抱きしめた。甘えるなら、包まれていた方がいいだろう。そんなささやかな優しさだった。
「…痛くないですか?」
「心地いい。…懐かしいな、こうしていると母上を思い出す」
「良かったです」
顔を彼の胸に埋めそっと目を閉じる。温かい。愛に包まれ、ローズは胸の奥にある記憶を思い出してた。心地よかった。腕に抱かれ、そのまま数十分。母の腕で眠る赤子のように、ローズは甘える、をした。
その後、ゆっくり顔を上げトレーナーと向き合う。
「…トレーナー、私は来週から祖国に一度帰る。公務を果たさねばならない」
「えぇ、頑張ってください」
「…本当は君も連れていきたい」
付いていきたい。それもまた、トレーナーの本心でもあった。だがそうはいかない。彼女本人の支えは、父母やそのほか臣下の仲間たちが行ってくれるだろう。彼らを信じ、自分だけが今いる、『トレーナー』という職として成せることをしなければならない。
10月からの秋戦線に向け、準備をしなければならない時期なのだ。
「…」
「帰ったら、またこうしてくれ」
「…それがローズ様の強さになるなら、いくらでも」
しゅるりと、ローズの尻尾が彼の腕に巻きついた。
お久しぶりの投稿になってしまいました。リアルが…!リアルの生活が忙しすぎる!!!(就活生並感)就活はよ終わってくれ~
ローズシナリオは噂だけ聞いた未読勢です未所持なんです…(/_;)
交換券の使い道ですねぇ
ローズの設定マジでビックリしてて、それいいんだってなりましたね、ていうかみんななってると思う
誰かローズとマイスの設定合わせたの書いてくれねぇかなぁって内心思ってます。思うだけタダ