本作は『千年後のグルメ時代』と世界観を共有していますが、こちらだけでも楽しめるように作成しています!
~ご注意~
「千年後のグルメ時代って、どんな世界なんだろう?」
「美食屋はどうなった? 再生屋はどうなっているんだろう?」
そんな妄想に妄想を重ねて生まれた作品です。
原作の世界観を独自に掘り下げることを中心としているため、原作キャラクターの登場は少なめです。
その点をご理解いただいたうえで、楽しんでもらえたら嬉しいです!
千年前、俺は神の食材を口にしたことがある。
その名は、GOD(ゴッド)。
あの日の光景は今でもよく覚えている。
豪華な料理が次々と運ばれ、会場の至るところから歓声が上がっていた。誰もが笑い、食べ、飲み、あの特別な一日を楽しんでいた。
そう、トリコとリンの結婚式だ。
俺もその会場にいた。もっとも、当時の俺は名も知られていない無名の再生屋。新郎新婦と親しかったわけでもなく、会場の隅で料理を堪能していた大勢の参加者の一人に過ぎなかった。
それでも、あの日食べたGODの味だけは忘れられない。
口にした瞬間、全身の細胞が震えた。
今まで食べてきたものが何だったのかと思うほどの衝撃。舌から伝わる旨味は、まるで体の隅々まで生命力が満ちていくようだった。
世の中には、こんな食材が存在するのか。
俺は心から感動した。そして同時に、こうした食材を守り、未来へ残していく仕事ができることを誇らしく思った。
再生屋になってよかった。
あの日、俺は確かにそう思ったのだ。
それからも俺は、再生屋として活動を続けた。
希少な植物の保護、絶滅危惧種の繁殖、傷ついた食材の治療。華やかな美食屋の仕事とは違い、地道な作業がほとんどだったが、不満はなかった。
ただ、少しばかり無茶をするところがあったのは否定できない。
その結果が、俺の最期だった。
「……まずいな」
目の前で、再生中の食材が不自然に膨張していた。
爆発の危険性があることは事前に分かっていた。だからこそ、細心の注意を払って再生を進めていたはずだったのだが、どうやら一つ判断を誤ったらしい。
内部のエネルギーが急激に高まり、食材の表面に無数の亀裂が走る。
慌てて再生を中断しようとしたが、すでに手遅れだった。
「……ああ、やってしまった」
次の瞬間、視界が真っ白になった。
こうして俺は死んだ。
再生屋として数々の食材を蘇らせてきたというのに、最後は再生中の事故で死ぬとは、何とも情けない話だ。
そして、次に目を覚ましたとき。
俺は赤ん坊になっていた。
・・・
・・
・
どうやら、俺は転生したらしい。
しかも、前世から千年もの時が流れた世界に。
最初は驚いたものの、赤ん坊の体ではできることも限られている。新しい両親の世話になりながら、俺は少しずつ現代の情報を集めていった。
そして、初めて心の底から驚かされたのが、ある日の予防接種だった。
「はい、これでグルメ細胞の定着は完了です。状態も安定していますね」
医師が何気なく口にした言葉に、俺は思わず目を見開いた。
グルメ細胞?
今、グルメ細胞と言ったのか?
かつては適合するだけでも大変だった、あのグルメ細胞を予防接種で投与するというのか。
しかも、医師はごく当たり前のこととして説明していた。
どうやら千年の間にグルメ細胞の研究は飛躍的に進歩し、安定した細胞を幼少期から体内に定着させる技術が確立されたらしい。
これは驚いた。
当時の俺がどれほど努力しても手に入れられなかったものを、今の時代では赤ん坊のうちから得られるのだ。
そして、グルメ細胞の恩恵は想像以上だった。
成長するにつれて、俺は自分の身体能力が以前とは比べものにならないほど高いことに気づいた。
走れば速くなる。鍛えれば筋力が増す。適切な食事を摂れば、グルメ細胞がそれに応えるように成長していく。
もちろん、無制限に強くなれるわけではない。それでも、前世では到底考えられなかった速度で肉体が成長していくことに、俺は純粋な喜びを感じていた。
加えて、再生技術の進歩も凄まじかった。
千年前には数日を要した細胞分析が、手のひらほどのデバイスで完了する。かつて多くの再生屋が頭を悩ませていた症例も、今では治療方法が確立されているものが少なくない。
俺は夢中で学んだ。
前世で身につけた知識を土台に、新たな技術を吸収していく。知らないことを知る楽しさは、何歳になっても変わらないものだ。
勉学も鍛錬も順調に進み、学校での成績は常に上位だった。
おかげで卒業後の進路には困らなかったのだが、一つだけ問題があった。
それは、俺の希望する職業を両親があまり歓迎してくれなかったことだ。
「再生屋? お前ほどの能力があるなら、美食屋を目指したらどうだ?」
「そうよ。過去の食材を復活させるより、新しい宇宙食材を探すような人になったほうが立派だと思うわ」
今でも、あのときの二人の顔は忘れられない。
別に再生屋が嫌われているわけではない。
ただ、千年前とは少しばかり事情が変わっていた。
現在のグルメ時代は、別名を飽食時代という。
地球の食材は千年前とは比較にならないほど豊富になり、宇宙からも未知の食材が次々と流入している。
かつて希少とされていた食材が当たり前のように流通し、以前なら一生かけても出会えなかったような味を、一般家庭で楽しめる時代だ。
それ自体は素晴らしいことだと思う。
だが、一方で失われた食材も少なくなかった。
新たな食材が発見されれば、古い食材の需要は減っていく。栽培に手間がかかるもの、収穫量の少ないもの、味の評価が低いもの。
そうした食材は、いつしか人々の関心から外れ、やがて姿を消していった。
もちろん、現在でも再生屋は存在する。
しかし、その仕事の中心は食材そのものの再生から、環境の再生へと移り変わっていた。
荒廃した土地の復元、汚染された水源の浄化、さらには宇宙の惑星における生態系の構築。
どれも重要な仕事だ。
ただ、俺はそれだけでは物足りなかった。
「新しい食材を探すのもいいと思う。でも、俺は失われた食材をもう一度見てみたいんだ」
そう伝えると、父さんは困ったように腕を組んだ。
「どうしてそこまで昔の食材にこだわるんだ?」
「昔の食材を調べれば、今ある食材がどうやって生まれたのかも分かってくる。過去の生態系を知ることは、今の自然を知ることにもつながるからね」
「それは分かるが……」
「それに、単純にもったいないだろ? 千年前には存在していた食材が、今では誰にも食べられないなんて」
父さんはしばらく黙っていたが、最後には小さくため息をついた。
「……まあ、お前がそこまで言うなら止めないよ」
こうして俺は、再び再生屋となった。
前世では無名のまま終わったが、今度こそ何か一つでも後世に残せればと思っている。
・・・
・・
・
・
・
「……鉄平さんや与作さんが今の時代を見たら、どう思うんだろうな」
そんなことを呟きながら、俺は手元のデバイスを操作していた。
千年前、再生屋として名を馳せた二人。
俺にとっては、雲の上のような存在だった。
技術も知識も桁違いで、あの二人のようになりたいと何度思ったか分からない。
もっとも、今の時代の再生屋も優秀だ。
技術面では、千年前の再生屋を大きく上回っている部分もあるだろう。
ただ、昔の食材に対する関心が薄れているのは、少し寂しい。
「さて、今日の依頼は……」
届いていた依頼書を開き、内容を確認する。
普段は土壌の改善や植生調査に関する仕事が多いのだが、今日は嬉しい依頼が届いていた。
「おっ、再生の仕事か。気合が入るな」
思わず口元が緩む。
さらに内容を読み進め、俺は画面に表示された食材の名前を見て目を止めた。
ゴブリンプラント。
「……懐かしいな」
別名、ゾンビウッド。
凄まじい速度で気根を垂らし、地面に根を張ることで移動する植物だ。
付着性のある根を周囲の動植物へ貼り付け、養分を吸収するという特殊な生態を持つ。そのため、幹には養分を吸い取られた猛獣の死骸が無数に付着している。
しかも、生命力が極めて強い。
幹を少し削った程度では傷一つつけられず、むしろ傷口から新たな根が生えてしまうほどだ。
以前、一度だけ再生に関わったことがある。
危険な植物だったが、その生命力と独特の生態は、再生屋として興味深いものだった。
しかし、依頼書に記載されていた現在の状況は、俺の予想とは異なっていた。
――絶滅。
「……あれが絶滅したのか?」
思わず声が漏れた。
千年前には相当な生命力を誇っていた植物だ。そう簡単に姿を消すようなものではなかったはずだが。
依頼内容は、かつての生息地を調査し、残存する個体や組織の有無を確認したうえで、再生の可能性を検討するというものだった。
場所はウール大陸、ウージャングル。
かつてゴブリンプラントが生息していた地域の一つだ。
「まずは本当に絶滅しているのか確認しないとな」
俺は依頼を受諾し、必要な装備を確認する。
もし生き残っている個体が見つかれば、それに越したことはない。
仮に見つからなくとも、土壌や周辺の植物を調べれば何か手掛かりが得られるかもしれない。
そう考えながら、俺はグルメシップへ乗り込んだ。
・・・
・・
・
ウール大陸、ウージャングル。
グルメシップから降りた俺の目の前には、広大な森林が広がっていた。
巨大な樹木が空を覆い、木々の隙間から差し込む陽光が地面にまだら模様を作っている。遠くからは猛獣の鳴き声が聞こえ、足元では小さな植物が風に揺れていた。
「相変わらず、いい森だな」
大きく息を吸い込み、周囲を見渡す。
ここには何度か訪れている。
千年前の記憶とは随分と変わってしまったが、それでも見覚えのある植物は多かった。
俺はデバイスで現在地を確認し、森の奥へ向かって歩き始めた。
目的地までの道中、少し寄り道することにした。
「そういえば、BBコーンはどうなってるんだろう」
以前、この森で調査した株がある。
特別な異常が見つかったわけではなかったのだが、成長速度が少し気になっていた。
ちょうど近くを通ることもあり、様子を確認しておきたかったのだ。
しばらく歩くと、目的の植物が見えてきた。
BBコーン。
かつてはグルメ時代を代表する希少食材の一つとして知られていた、巨大なトウモロコシだ。
目の前の株は、まだ成長途中の小さなものだった。
「……あまり大きくなってないな」
俺は近づき、葉の状態を確認する。
色は悪くない。目立った傷もなく、病気の兆候も見受けられなかった。
それなのに、前回訪れたときからほとんど成長していない。
何か原因があるのだろうか。
「少し調べてみるか」
右手を前に出し、指先へ食欲のエネルギーを集中させる。
「《毫鍼(ごうしん)》」
指先から、細長い針が形作られた。
食欲のエネルギーを利用して具現化した、俺専用の針だ。
元々、ノッキングや治療には専用の器具を使っていたのだが、鍛錬を続けるうちに、自分の食欲から針を生み出せるようになった。
この技術を身につけてからは、作業が随分と楽になった。
太さや長さを自在に調整できるため、ノッキングや治療はもちろん、食材の細胞をわずかに採集するときにも使える。
昔のように大量の器具を持ち歩く必要がなくなったのは、ありがたいことだった。
今回は、BBコーンの成長に関わる組織を調べたい。
採集量はごくわずかで構わないが、余計な傷をつければ植物に負担をかけてしまう。
俺は慎重に針を近づけた。
「……よし」
ゆっくりと表皮を貫き、内部へ進めていく。
細胞の状態を確かめながら、針先をわずかに動かす。
このまま必要な組織だけを採集すれば、作業は終わりだ。
ところが、そのときだった。
「グオオオオッ!」
背後から猛獣の咆哮が響いた。
「……ん?」
振り返ると、木々の間から巨大な獣が姿を現していた。
全身を鋭い針のような体毛で覆い、口元には大きな牙が並んでいる。
ニードルラット。
縄張り意識が強く、侵入者を見つけると容赦なく襲いかかってくる獰猛な猛獣だ。
「こんなときに来るか……」
俺は小さくため息をついた。
相手をすること自体は難しくない。
しかし、右手の毫鍼はすでにBBコーンの内部へ届いている。
今ここで無理に引き抜けば、内部の組織を傷つけてしまう可能性があった。
かといって、そのままにしておくわけにもいかない。
ニードルラットが全身の針を逆立てた。
次の瞬間、鋭い針がこちらへ向かって放たれる。
「危ないな」
俺は右手を動かさないまま、飛来する針の一本を左手でつかみ取った。
指の間で止まった針は、硬い金属のような質感をしている。
これが普通の人間に刺されば、無事では済まないだろう。
俺はつかんだ針を軽く投げ返した。
針は空気を切り裂き、ニードルラットのすぐ横を通過すると、背後の大木へ深々と突き刺さった。
「グルル……!」
ニードルラットが一瞬だけ身をすくめる。
だが、すぐに体勢を立て直し、こちらへ飛びかかろうとした。
「まったく。今は手が離せないんだけどな」
俺は左手を開き、食欲のエネルギーを集中させた。
頭に思い浮かべるのは、一輪の花。
以前、再生に成功した思い入れのある植物だ。
「《花狼の種》」
左手のひらに、小さな種が現れた。
花狼。
花でありながら狼のような姿を持つ、特殊な植物だ。
再生に成功したあと、俺はその細胞や成分を詳しく分析し、実際に食べることで、その性質を自分の食欲に取り込んだ。
そして、長い鍛錬の末に、食欲のエネルギーから花狼の種を具現化できるようになった。
もちろん、完全な本物ではない。
再現できるのは一部の性質に限られるし、活動時間にも制限がある。それに、具現化するためにはかなりの食欲を消耗するため、頻繁には使えなかった。
それでも、こういう場面では役に立つ。
俺は種を地面へ放り投げた。
すると、種が地面に触れた瞬間、無数の蔓が伸び始めた。
蔓は猛烈な勢いで絡み合い、大きな蕾を形成する。
やがて蕾が開き、中から一頭の獣が姿を現した。
狼のような鋭い顔つき。
しなやかな四肢。
そして、首元にはライオンの鬣を思わせる真紅の花びらが幾重にも重なっていた。
「ガウッ!」
「花狼、頼んだよ」
「ガウ!」
花狼が地面を蹴る。
それとほぼ同時に、ニードルラットも巨大な体を躍らせた。
二頭の猛獣が激突する。
ニードルラットは鋭い針を逆立て、体当たりを仕掛けたが、花狼はそれを横へかわした。
続けて前脚を振り抜き、相手の体を大きく弾き飛ばす。
「ギャアッ!」
ニードルラットが地面を転がり、近くの木へ激突した。
すかさず花狼が追撃する。
鋭い爪が体毛の隙間を捉え、巨大な口がニードルラットの首元へ食らいついた。
激しく抵抗するニードルラットだったが、花狼はそのまま相手を地面へ押さえつけた。
やがて抵抗が弱まり、完全に動かなくなる。
花狼は倒した獲物を丸呑みにすると、満足そうに喉を鳴らした。
「ガウ……」
そして、その体が少しずつ崩れ始めた。
首元の真紅の花びらが剥がれ落ち、四肢も花弁へと変わっていく。
最後には無数の花びらとなり、風に流されて消えていった。
「ありがとう。助かったよ」
俺はその様子を見送り、再びBBコーンへ意識を戻した。
正直、あの程度の猛獣なら俺一人でも倒せただろう。
ただ、今回は相手が悪かった。
戦闘の余波でBBコーンを傷つけてしまっては、何のために調査しているのか分からない。
それに、花狼を呼び出すのは簡単でも、具現化した生命を維持するためには相当な食欲を使う。
頻繁に使えるものではなかった。
「さて、こっちも終わらせないとな」
毫鍼をゆっくりと動かし、必要な組織だけを採集する。
採集が完了すると、針先を慎重に引き抜いた。
傷口はほとんど見えない。
俺はBBコーンの状態をもう一度確認してから、デバイスを取り出した。
針先を分析用の接続部へ差し込むと、画面に細かな数値が表示され始める。
細胞活性、栄養吸収率、成長速度、周辺環境との適合性。
俺は順番に数値を確認していった。
「……やっぱりか」
予想していたとおり、成長に関わる数値が低下していた。
病気というわけではない。細胞自体は正常で、栄養状態も決して悪くない。
にもかかわらず、成長速度だけが明らかに低かった。
俺は保存していた過去のデータを呼び出した。
さらに、千年前のBBコーンに関する資料を表示させる。
「全盛期に比べると、かなり落ちてるな……」
当時のBBコーンは、もっと力強く成長していた。
日照や土壌の状態に多少の違いはあったとしても、それだけで説明できる数値ではない。
一体、何が原因なのだろう。
周囲を見渡す。
豊かな植物が生い茂り、土壌にも十分な栄養が含まれている。
一見すると、何の問題もない森だ。
しかし、千年前と今とでは、ここに生息する動植物の種類が大きく変化している。
消えた食材もあれば、新しく流入した食材もある。
それらが互いに影響し合い、森全体の環境を変えているのかもしれない。
「……そういえば」
俺は依頼書を開き、ゴブリンプラントの情報を確認した。
かつてこの森に生息していた植物。
移動しながら周囲の動植物から養分を奪い、時には巨大な猛獣すら捕食していた。
危険な食材だったことは間違いない。
だが、あれほど大量の養分を吸収する植物が、周辺環境に何の影響も与えていなかったとは考えにくい。
例えば、ゴブリンプラントが枯れたあと、その体内に蓄えられた養分が土壌へ還元されていた可能性もある。
それが、ほかの植物の成長を助けていたとしたら。
「……ゴブリンプラントの絶滅が関係しているのかもしれないな」
もちろん、まだ推測に過ぎない。
BBコーンの成長不良と直接的な関係があるのかどうかは、詳しく調べる必要があった。
それでも、少し面白くなってきた。
失われた食材が、現代の食材にどのような影響を及ぼしているのか。
その答えが見つかれば、今ある食材をよりよく育てる方法も分かるかもしれない。
「よし。まずはゴブリンプラントを探してみよう」
俺はデバイスを収納し、再び歩き始めた。
目的地は、この森のさらに奥にある。
かつてゴブリンプラントが群生していた場所だ。
生き残っている個体があればいいのだが、依頼書によれば長年にわたって目撃情報は途絶えているらしい。
そう簡単には見つからないだろう。
だが、その考えは、ほどなくして変わることになった。
「……ん?」
木々の間を歩いていた俺は、ふと足を止めた。
地面に、奇妙な跡が残されていた。
細長いものを引きずったような溝が、何本も絡み合いながら森の奥へと続いている。
最初は大型の植物が倒れた跡かと思ったが、どうにも様子がおかしい。
溝は途中で何度も向きを変え、木々を避けるように続いていたのだ。
「これは……」
俺はしゃがみ込み、溝の一つに指を触れた。
まだ土が柔らかい。
しかも、溝の内側には薄く削れた樹皮のようなものが残されていた。
手に取ってみると、断面はわずかに湿っている。
ずいぶん新しい痕跡だ。
俺は立ち上がり、周囲を見渡した。
近くには倒木もなく、大型の植物が通過したような形跡もない。
いや、そもそも。
普通の植物が移動するはずもない。
「……まさかな」
俺はもう一度、地面の溝を見つめた。
この跡には見覚えがあった。
無数の気根を地面に張り、養分を吸収しながら移動する植物。
その根が残す独特の痕跡を、俺は千年前に何度も目にしている。
間違えるはずがない。
ゴブリンプラント。
絶滅したはずの植物が、ここを通ったというのか?
だとすれば、いつのことだ?
少なくとも、この土の状態を見る限り、何年も前の痕跡とは思えない。
俺は手にした樹皮のような組織を、デバイスの分析口へ差し込んだ。
数秒後、画面に分析結果が表示される。
そこで俺は、思わず目を見開いた。
――細胞活性反応、あり。
「……生きてるのか?」
画面に表示された数値を何度も確認する。
採集した組織は、まだ完全には死んでいなかった。
もちろん、これだけでゴブリンプラントのものと断定することはできない。
だが、もし俺の予想が正しければ。
今回の依頼は、思っていたよりもずっと面白いものになりそうだった。
俺は森の奥へ続く溝を見つめた。
「……まずは確かめてみるか」
依頼書には、絶滅と書かれていた。
しかし、実際に自分の目で確かめるまでは何も分からない。
千年前と同じように、今もどこかで生きているのかもしれない。
あるいは、まったく別の何かが、この痕跡を残した可能性だってある。
それを確かめるのが、俺の仕事だ。
俺は足元の溝を辿り、森の奥へと歩き始めた。
再生屋として活動するようになってから、それなりの年月が経った。
だが、こうして知らないものを調べるときは、今でも少し胸が高鳴る。
何が待っているのかは分からない。
それでも、一つだけ確かなことがある。
千年前も、千年後も。
俺はやっぱり、再生屋という仕事が好きなのだ。
15時ごろに2話も投稿します!