地面に刻まれた無数の溝。
俺はその一本に指を這わせながら、慎重に周囲を見渡した。
ゴブリンプラントの気根が残したものに似ているが、まだ断定はできない。先ほど採集した組織からは細胞活性が確認できたものの、それがゴブリンプラント自身のものとは限らないからだ。
「……もう少し調べてみるか」
俺は立ち上がり、溝の続く方向へ歩き始めた。
森の中は思っていた以上に静かだった。遠くから猛獣の鳴き声が聞こえるものの、この辺りに大型の生物が潜んでいる様子はない。
もっとも、油断は禁物だ。
ウージャングルは、千年前から危険な猛獣が数多く生息する場所だった。現代では生態系も随分と変化しているため、俺の知らない生物がいても不思議ではない。
周囲に意識を向けながら、足元の痕跡を一つずつ調べていく。
時にはしゃがみ込み、土に混ざった小さな破片を拾い上げる。
時には《毫鍼(ごうしん)》を使い、樹皮の内部からわずかな組織を採集する。
そして、気になる場所があれば地面に伏せ、全身を使って周囲の状態を確かめた。
耳を地面へ近づければ、地中を流れる水の音や、小さな生物が移動する振動が伝わってくる。植物の根が密集している場所では、土の硬さや水分量にも違いがあった。
こうした小さな変化が、思わぬ発見につながることもある。
「……こっちか?」
しばらく調べていると、地面の溝が急に浅くなり、やがて消えてしまった。
近くには根元から倒れた大木があり、その周辺だけ土が大きく掘り返されている。
どうやら最近、この辺りで何かが起きたらしい。
だが、肝心のゴブリンプラントらしきものは見当たらなかった。
「簡単には見つからないか」
俺は軽く息を吐き、再び調査を始めた。
食材の再生には、いくつかの段階がある。
まず重要なのは、その食材が完全に消えてしまっているのか、それとも何らかの痕跡が残されているのかを確認することだ。
生き残っている個体が見つかれば、それに越したことはない。
しかし、仮に個体が存在しなかったとしても、諦める必要はなかった。
鱗、体毛、破片、体液、糞。
何でもいい。
その食材に関係するものが一つでも残されていれば、再生への手掛かりとなる可能性がある。
もっとも、何でもかんでも採集すればいいというわけではない。古い組織は劣化していることが多く、ほかの生物の細胞が混ざっている場合もある。
そのため、採集したものが何なのかを正確に調べる必要があった。
そこで役立つのが、現代の技術だ。
「さて、これはどうかな」
俺は拾い上げた小さな樹皮の破片を、デバイスの分析口へ入れた。
すぐに画面へ細かな情報が表示される。
細胞構造、DNA情報、残留しているグルメ細胞の有無。
それらが分析され、膨大なデータベースとの照合が始まった。
幸いなことに、再生屋には宇宙食材まで網羅した巨大なデータベースへのアクセス権限が与えられている。
これは宇宙を探索する美食屋たちが使用する、宇宙食材鑑定キットなどにも利用されているものだ。
千年前には到底考えられなかったほど多くの食材情報が集められており、地球の古い食材についても、残された記録が可能な限り保存されている。
こうした技術のおかげで、わずかな痕跡からでも食材を特定できるようになった。
昔なら、数日かけて調べても正体が分からなかったものが、今では短時間で判明することも珍しくない。
そして、食材の正体さえ分かれば、その後の再生作業は一気に進められる。
ただし。
「……違うか」
画面に表示された分析結果を確認し、俺は小さく首を振った。
今回採集した樹皮は、ゴブリンプラントとは無関係の植物だった。
そう簡単にはいかないらしい。
俺は次の痕跡を探し始めた。
・・・
・・
・
調査を始めてから、随分と時間が経過した。
木の根元に付着していた粘液。
土に埋まっていた植物の破片。
猛獣の糞に混ざっていた未消化の種子。
怪しいと思ったものは可能な限り採集し、デバイスで分析を続けた。
だが、結果はどれも違っていた。
「……これも違うな」
もう何度目になるだろうか。
俺はデバイスを閉じると、近くの木にもたれかかった。
辺りを見渡せば、無数の植物が生い茂っている。
この中から、すでに絶滅したとされる一種類の植物の痕跡を探し出す。
言葉にするのは簡単だが、実際にやってみるとなかなか骨の折れる作業だ。
だが、これこそが再生屋の仕事でもあった。
美食屋のように強大な猛獣を倒すわけでもなく、未知の食材を発見して世界中の注目を集めるわけでもない。
ただひたすら地面を調べ、植物を観察し、小さな痕跡を探し続ける。
地味な仕事だ。
それでも、俺は嫌いではなかった。
むしろ、こうした作業を続けていると、千年前を思い出して少し懐かしくなる。
「……さて、もう少し頑張るか」
俺は立ち上がり、近くに倒れていた大木へ目を向けた。
先ほどから気になっていたものだ。
幹の一部が黒く変色しており、表面には焼け焦げたような跡が残されている。
落雷でも受けたのだろうか。
近づいてみると、幹の一部から別の植物の根が伸びていることに気づいた。
いや、正確には根が生えているというより、幹の内部へ入り込んでいる。
「……ん?」
俺は思わず足を止めた。
その根は周囲の樹木から伸びているものとは、明らかに形状が異なっていた。
細く、複雑に枝分かれした根が、幹の表面を覆うように絡みついている。
しかも、接触している部分では双方の組織が混ざり合い、まるで一つの植物のようになっていた。
「これは……接ぎ木に近い状態か?」
接ぎ木。
異なる植物の組織を接合し、一体化させる技術だ。
もちろん、目の前のものは人為的に行われたわけではないだろう。
だが、異なる植物同士の組織が結びついているという点では、よく似ていた。
俺は《毫鍼》を出現させ、慎重に根の一部を採集した。
しかし、針を通した瞬間、組織がぼろぼろと崩れてしまう。
「……かなり劣化してるな」
指先に付着したものは、ほとんど灰のようだった。
おそらく、何らかの原因で枯死したあと、長い時間が経過しているのだろう。
俺はその灰を少量だけ採集し、デバイスへ入れた。
分析が始まる。
しばらくして、画面に結果が表示された。
「……おっ?」
思わず目を近づける。
そこには、一つの食材名が表示されていた。
ゴブリンプラント。
ただし、完全一致ではない。
組織の大部分が失われているため、照合できた情報はごく一部に限られていた。
それでも、俺にとっては十分だった。
「……あった」
思わず笑みがこぼれる。
「あったぞ、ゴブリンプラントの痕跡……!」
ようやく見つけた。
何時間もかけて地面を調べ、怪しいものを採集し続けた結果、ようやく目当ての食材にたどり着いたのだ。
こういう瞬間があるから、再生屋はやめられない。
俺はもう一度、目の前の大木を観察した。
どうやら、かつてゴブリンプラントの根がこの木に絡みつき、組織の一部が融合していたらしい。
ゴブリンプラントは、周囲の動植物から養分を奪いながら成長する。
その過程で、ほかの植物の組織を取り込み、一体化することもあった。
千年前にも似たような個体を見たことがある。
そう考えると、今回発見したものは、ゴブリンプラント本体ではない可能性が高い。
別の植物と融合したあと、何らかの理由で本体から切り離され、そのまま残されていた組織なのだろう。
先ほど見つけた地面の溝も、この木が倒れた際に根が引きずられてできたものかもしれない。
だが、そんなことは今となっては大した問題ではなかった。
「これだけ残っていれば……」
俺は灰のようになった組織を見つめた。
完全に失われた食材を、何もないところから再生することはできない。
しかし、わずかでも元の組織が残されているなら話は別だ。
ましてや、グルメ細胞が生き残っている可能性があるのなら。
「……再生できるかもしれないな」
俺は慎重に灰をかき集め、持参していた透明な容器へ入れた。
ここからが、再生屋としての本番だった。
・・・
・・
・
まずは周囲の安全を確保する必要がある。
俺は近くにある比較的開けた場所へ移動し、周辺の植物や土壌の状態を調べた。
幸い、大型の猛獣が頻繁に出入りしている形跡はない。
再生したゴブリンプラントが周囲の植物に被害を与える可能性も考え、貴重な食材が密集していない場所を選んだ。
準備を整えると、俺は地面に腰を下ろした。
透明な容器を取り出し、先ほど採集した灰を確認する。
量はほんのわずかだ。
しかも、元の形状はほとんど残されていない。
普通ならば、再生できるとは到底思えない状態だった。
「まずは、どこまで生きているかだな」
デバイスの分析機能を起動させる。
今度は食材の特定ではなく、組織そのものの状態を詳しく調べていく。
グルメ細胞の有無。
残存するDNA情報。
失われた栄養素。
そして、再生に必要な細胞の活性条件。
細かな情報が画面へ次々と表示される。
俺は一つずつ確認していった。
ほとんどの組織は死んでいる。
細胞膜は崩壊し、DNAも断片化していた。
これでは、普通の栄養液を与えたところで何も起こらないだろう。
だが。
「……よし」
画面の一部分を拡大する。
そこには、ごくわずかなグルメ細胞の反応が表示されていた。
完全に死んでいるわけではない。
灰の中に、ほんの少しだけ生き残っている細胞が存在していたのだ。
「まだ生きてるじゃないか」
俺は思わず微笑んだ。
このわずかな細胞を活性化させることができれば、再生への道が開ける。
もちろん、簡単な作業ではない。
ただ栄養を与えればいいというものではなく、細胞の状態に合わせて必要な成分を調整する必要がある。
下手に刺激すれば、せっかく残された細胞まで死んでしまう可能性があった。
「さて、始めようか」
俺はカバンから大きな箱を取り出した。
留め具を外して蓋を開くと、中には細いメスシリンダーが何百本と並べられていた。
それぞれに異なる色の液体が入っており、番号が振られている。
再生屋が使用する、各種栄養素や細胞活性剤だ。
食材によって必要となる成分は異なるため、状況に応じて組み合わせる必要がある。
中には、ごくわずかな量でも細胞の状態を大きく変化させるものがあり、扱いには細心の注意を払わなければならない。
俺はデバイスの分析結果を確認しながら、必要なものを探した。
「……これだな」
一本のメスシリンダーを取り出す。
中には、わずかに青みがかった透明な液体が入っていた。
グルメ細胞を刺激し、活動を促すためのものだ。
ただし、効果が強すぎれば細胞が耐えられず、かえって崩壊してしまう。
今のゴブリンプラントに使うなら、量は最小限に抑えなければならない。
俺は《毫鍼》を出現させた。
いつもよりさらに細く、先端がほとんど見えないほどの針だ。
それをメスシリンダーの液体へ浸し、わずかな量だけを付着させる。
次に、デバイスの顕微鏡機能を起動させた。
目の前に拡大された映像が表示される。
灰の内部に残された、ほんの小さな細胞。
その位置を確認しながら、針先を慎重に近づけた。
「……頼むぞ」
針先から、一滴にも満たない量の液体を落とす。
細胞へ液体が触れる。
しかし、すぐには何も起こらなかった。
俺はしばらく画面を見つめた。
数秒。
十数秒。
やがて、細胞の一部がわずかに動いた。
「……おっ」
画面に表示されていた細胞活性の数値が、ゆっくりと上昇していく。
まだごく小さな変化だったが、確かに反応していた。
「よし……!」
思わず声が出た。
第一段階は成功だ。
グルメ細胞が、再び活動を始めた。
だが、ここからが難しい。
細胞を活性化させただけでは、組織を再生することはできない。
失われた細胞を補い、必要な栄養を与え、元の構造へ近づけていく必要がある。
俺は次のメスシリンダーを取り出した。
デバイスに表示された情報を確認しながら、わずかな量を加える。
細胞の状態を観察する。
また別の栄養素を加える。
その繰り返しだった。
少しでも反応が悪ければ作業を止め、原因を調べる。
必要なら栄養素の組み合わせを変更し、細胞が安定するまで待つ。
時には、せっかく活性化した細胞の一部が崩壊することもあった。
「……これは違ったか」
俺はすぐに次の成分を用意した。
焦ってはいけない。
再生において、最も危険なのは結果を急ぐことだ。
前世の俺は、それを身をもって知っている。
急いだところで、失われた命が簡単に戻るわけではない。
今はただ、目の前の細胞と向き合うしかなかった。
気づけば、太陽が傾き始めていた。
森の中が暗くなり、周囲から夜行性の猛獣の鳴き声が聞こえてくる。
俺は小型の照明を起動させ、作業を続けた。
夜が明けても、まだ終わらなかった。
途中で携帯食料を口にし、水分を補給する。
それ以外の時間は、ほとんど容器の中を見つめていた。
何度も細胞の状態を確認し、必要な栄養素を選び直す。
わずかな変化を見逃さないよう、集中し続けた。
そして、再び日が暮れる頃。
「……ふう」
俺はようやく針を下ろした。
長かった。
何度か休憩を挟んだものの、作業に費やした時間は数十時間に及んでいた。
肩を回し、固まった体をほぐす。
「さすがに疲れたな……」
だが、その表情には自然と笑みが浮かんでいた。
透明な容器の中を覗き込む。
そこには、最初に採集した灰とはまったく異なるものが存在していた。
乾燥していた灰は、いつの間にか湿り気を帯び、黒く柔らかな塊へと変化していた。
まるで、栄養をたっぷり含んだ土のようだ。
その内部では、無数の細胞がゆっくりと活動を続けている。
まだ植物と呼べるような形ではない。
だが、死にかけていた組織は、確かに息を吹き返していた。
「ここまで来れば、あとは安定するのを待つだけか」
俺は容器の状態を確認し、静かに蓋を閉じた。
ここから先は、余計な刺激を与えないほうがいい。
細胞が安定するまで、しばらく様子を見る必要があった。
俺は近くの木にもたれかかり、その場に腰を下ろした。
目の前には、再生途中のゴブリンプラント。
透明な容器の中で、わずかな生命が活動を続けている。
これほど小さなものが、いずれ巨大な植物になるかもしれない。
そう考えると、何とも不思議な気分だった。
「……無事に育ってくれるといいんだけどな」
誰に聞かせるでもなく呟き、俺は容器を見つめ続けた。
・・・
・・
・
翌朝。
森の中に差し込む朝日を浴びながら、俺はデバイスの数値を確認していた。
「……よし」
細胞活性は安定している。
DNAの修復も順調に進み、組織の内部では新たな細胞の形成が始まっていた。
どうやら、ここまでの作業は成功したらしい。
俺は透明な容器を持ち上げ、中身を確認する。
黒い塊の表面には、細い筋のようなものがいくつも浮かび上がっていた。
根の原型だろうか。
まだ動きは見られないが、植物としての形を取り戻そうとしていることは確かだった。
「ここからが最後の仕上げだな」
俺はカバンから、小さな容器を取り出した。
中に入っているのは、薄く輝く液体。
人工的に作られた、センターの成分を利用した再生促進液だ。
センター。
かつて、死者すら蘇らせるとされた究極の蘇生食材。
千年前、俺が生きていた時代にも、その存在は知られていた。
もちろん、目の前にあるものは本物のセンターではない。
現代の技術によって、その一部の性質を再現した人工品だ。
失われた命を完全に蘇らせるような力は持っていないし、万能な再生薬というわけでもない。
だが、活動を再開したグルメ細胞へ働きかけ、その成長を促す効果がある。
今回のように、組織の再生がある程度進んだ段階で使用するには、非常に相性がいいものだった。
「……ここまで頑張ったんだ。あと少しだぞ」
俺は透明な容器の蓋を開け、人工センターを慎重に注いだ。
液体が黒い塊へ染み込んでいく。
最初は何も起こらなかった。
だが、しばらくすると。
ブルッ。
「……ん?」
容器の中で、黒い塊がわずかに震えた。
ブルブルッ。
今度は、はっきりと分かるほどの振動が起こる。
俺はデバイスを確認した。
細胞活性の数値が急激に上昇している。
それに伴い、組織の成長速度も上がり始めていた。
「……おお」
黒い塊の表面が盛り上がる。
細い根のようなものが一本、また一本と伸び始めた。
やがて、それらが互いに絡み合い、小さな幹のような形を作り始める。
俺は思わず身を乗り出した。
「すごいな……ここまで早いのか」
予想していた以上の反応だった。
人工センターの効果もあるのだろうが、それ以上に、ゴブリンプラント自身の生命力が凄まじい。
千年前にも見たことはあったが、改めて目の当たりにすると驚かされる。
小さな根が容器の底へ伸び、内部の栄養を次々と吸収していく。
このままでは、すぐに容器の中の栄養が尽きてしまうだろう。
「……そろそろ外に出してやるか」
俺は容器を持ち上げ、周囲を確認した。
幸い、近くには大きな植物もなく、十分な空間がある。
再生したばかりのゴブリンプラントが、どの程度の速度で成長するのかは分からない。
だが、少なくとも今の状態では、外部から栄養を与えなければ成長が止まってしまう可能性があった。
俺は地面に小さな窪みを作り、容器の中身を慎重に置いた。
その瞬間だった。
ズズッ。
「……ん?」
黒い塊から、無数の根が伸びた。
それらは一斉に地面へ突き刺さり、周囲の土を巻き込みながら広がっていく。
さらに、根の先端が近くの草へ絡みついた。
草はみるみる萎れ、色を失っていく。
吸い取っているのだ。
土壌だけでなく、周囲の植物からも養分を。
「……相変わらず、すごい食欲だな」
俺は少し距離を取り、その様子を観察した。
黒い塊が膨らみ始める。
最初は握り拳ほどの大きさだったものが、あっという間に人間の頭ほどの大きさへ成長した。
さらに、表面から太い根が伸び、地面を押しのける。
幹が形成され、樹皮が硬くなっていく。
その成長速度は、まさしく異常だった。
ゴゴゴゴ……。
地面が小さく震える。
伸びた根が周囲の土を掘り起こし、近くにあった枯れ木へ絡みついた。
枯れ木は一瞬で引き寄せられ、形成途中の幹へと取り込まれていく。
まるで、周囲のものを食べながら巨大化しているようだった。
「……はは」
思わず笑みがこぼれた。
懐かしい。
千年前にも見たことがある。
その貪欲な成長力。
どんな環境でも生き延びようとする、恐ろしいほどの生命力。
そして、周囲の動植物を容赦なく取り込む、その独特な生態。
間違いない。
ゴブリンプラントだ。
絶滅したはずの植物が、今、目の前で成長している。
灰のようになっていた小さな組織から、ここまで再生できたのだ。
数十時間に及んだ作業も、何時間も地面を這いつくばって探し続けた苦労も、すべて報われた気がした。
「……よかった」
俺は小さく呟いた。
かつて存在した食材が、時代の流れとともに失われていく。
それは、ある意味では自然なことなのかもしれない。
新しい食材が生まれ、古い食材が姿を消す。
そうして生態系は変化し続けていく。
だが、だからといって、失われたものを取り戻すことに意味がないとは思わない。
少なくとも、俺はこうして再び出会えたことが嬉しかった。
ゴブリンプラント。
千年前には決して珍しいものではなかった、凶暴な植物。
その姿を、もう一度見ることができた。
「……おかえり、ゴブリンプラント」
俺は再生した植物へ、そっと声をかけた。
すると。
ゴゴゴゴゴ……!
突然、ゴブリンプラントの幹が大きく震え始めた。
「……ん?」
幹の表面が盛り上がり、無数の根が勢いよく伸びる。
そして、そのうちの一本が、まっすぐ俺へ向かって伸びてきた。
「おっと!」
反射的に身を引く。
直後、先ほどまで俺が立っていた場所へ、太い根が突き刺さった。
さらに別の根が地面を這い、俺の足元へ絡みつこうとする。
「……そうだった」
俺は苦笑した。
ゴブリンプラントは、周囲の動植物から養分を奪って成長する植物だ。
再生してくれた相手だからといって、感謝してくれるような生態ではない。
むしろ、目の前にいる俺も、単なる養分の一つとして認識しているのだろう。
ゴブリンプラントの幹がさらに膨張し、根が地面を押しのける。
その姿は、千年前に見たものと何一つ変わっていなかった。
「グオオオオオッ!」
幹の奥から、獣のような音が響く。
同時に、無数の根が一斉にこちらへ伸びてきた。
「……まあ、友好的なわけないよな!」
俺はそう言って地面を蹴った。
迫り来る根を飛び越え、近くの木を足場にして一気に距離を取る。
背後では、ゴブリンプラントが周囲の養分を吸収しながら、さらに巨大化を続けていた。
どうやら、再生は成功したらしい。
それも、想像していた以上に元気な状態で。
「……元気なのはいいけど、少しは落ち着いてくれよ!」
もちろん、そんな言葉が通じるわけもない。
次々と伸びてくる根をかわしながら、俺は一度その場を離れることにした。
再生したばかりの個体を傷つけるわけにはいかないし、周囲の植物まで巻き込んでしまっては本末転倒だ。
まずは安全な距離を取り、成長の様子を確認する必要がある。
……とはいえ。
「これは、なかなか大変そうだな」
背後から迫る無数の根を振り返り、俺は思わず笑ってしまった。
何十時間もかけて再生した相手に、いきなり襲われる。
再生屋というのは、つくづく報われない仕事なのかもしれない。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
むしろ、あれだけ元気に暴れている姿を見ると、どこか安心してしまう。
千年という時間を越え、失われた食材が再びこの世界に姿を現した。
それだけでも、今回の仕事には十分な意味があった。
もっとも、喜んでばかりもいられない。
あの調子で成長を続ければ、周囲の植物まで根こそぎ養分を奪われてしまうだろう。
再生した以上、その後の管理も俺の仕事だ。
「……さて、どうしたものかな」
俺は木々の間を駆け抜けながら、再び背後を振り返った。
そこには、無数の根を広げ、周囲の植物を次々と取り込みながら成長するゴブリンプラントの姿があった。
先ほどまで灰だったとは思えないほどの生命力だ。
俺はその姿を見て、もう一度だけ笑った。
やっぱり、再生屋になってよかった。