昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
結局受付嬢に任されたのは『ロックスライム』という魔物の討伐依頼一つだけだった。
俺としては本当に三つ同時でも良かったんだが、受付嬢としては実力不詳の男には最初から複数の仕事を任せるつもりはなかったらしい。プロとして――。
「ふむ、ロックスライムの討伐か。よし分かった。私が同行してやろう」
受け取った依頼票を斜め読みしながらギルドを出ると、いつの間にかすぐ隣に今朝会った謎の少女が歩いていた。恐らく変人の類いだろう。
「結構です」
「案ずるな。私も冒険者ライセンスを持っているし戦闘そのものを手伝うつもりはない。というか他人の依頼を手伝ったとしても規則的には問題ない」
「へぇ、貴女も冒険者だったんですね」
「娼婦か何かにでも見えたか? 案ずるな、男として私の体に魅力を感じてしまうのは恥ずべき事ではないぞ。しかし私は金で買われるほど安い女ではない。こうしてただ隣を歩く事でさえ、選ばれた者だけに与えられる特権と言えるだろう」
「そうですね」
達人の間合いというやつだろう、互いに会話が成り立ってるかギリギリのラインを攻めている。
どうやら彼女も冒険者らしい。武器らしい武器を手にしていないのを見るに魔導師か何かだろうか。
実は今まで他の冒険者と接する機会が全く無かったので、こうした同業者との交流にとても興味がある。こだわりの装備トークとかしてみたくないか。
「武器は何を使っているんですか?」
「杖だ。といっても衣類にも隠せるような本当に短いものだがな。貴様はそのショートソードだろう? まるで子供用で体格にも合っていないが……まぁ、守られる者にとっては何より心強く感じるだろうな」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。ちなみに防具はどんな構成で?」
「見ての通り軽装だ。外套の下は私服に近い。ただ、防御魔法の通りがいい素材には統一しているがな」
「なるほど。魔導師の方はそういう感じなんですね」
なんかこう、冒険者っぽい会話ができてるんじゃないだろうか。
辺境で魔物を殺していただけの俺だって、大人になって社会に順応できるようになったと思うと感慨深いものがある。
しかし俺が己の成長を噛み締めていたのも束の間。装備トークを続けながら正門に到着し、手続きを教えてもらいながら済ませて外に出たところで隣の少女が不満そうに肩を小突いてきた。
「……おい、今は他に言う事があるだろう。貴様にとって私はそんなに魅力がないのか?」
「え? 今すごく魅力的に見えてますけど……」
「話し相手としての評価を聞いているのではない。あのな、普通男なら私の胸に視線が釘付けになるものだ。まともに目を合わせて話せる相手など家族以外にほぼいないと言っていい。そういう鬱陶しい視線にもとうに慣れ、陰で『人を惑わす魔女』などと言われる事にもとうに慣れたが――全く興味ないみたいな態度をされるとそれはそれで腹が立つ」
「えぇ……?」
いや興味はある。俺だって男だ。受付嬢が美人だと嬉しいし、肌を大きく露出した女性がいたら意識とは無関係に目が向いてしまう。
この少女についても最初は胸のデカさに戦慄していたが、喋っている間に何故か下心と警戒心がどこかに行ってしまっていた。
初対面なのに初対面とは思えない――それは俺が、彼女に別の人物の面影を見てしまっているせいだろうか。
「もしかすると昔、似ている子供の面倒を見た事があったからかも知れません。すみません、ここにいない子の話をしてしまって」
「……構わん、話せ」
強引で自信家で、しかし不思議と接しやすい目の前の少女は三人目の教え子によく似ていた。彼はよく話をせがんでくる子供で、同じようにクソほど偉そうだった。
「あれは五年……いや六年? とりあえず何年か前の出来事でした」
「おい、何故そこが曖昧なのだ」
「貴女にもすぐに分かりますよ。歳を取るにつれて時間が曖昧になっていく感覚が……」
二人目の子供――ロイゼと別れた後、俺はしばらく一人で旅をしていた。敵と魔物を殺す機械のようだった俺も子供達との出会いによって徐々に人間性が芽生え、放浪する日々に少しずつ楽しさを見出し始めていた時期だ。
そんな時、谷中の川辺で一人の子供が魔物に襲われているのを発見した。辺境の子供としては見た事がないほど高価な装備だったが汚れがひどく、しばらく何も食べていなかったのか皮に骨が張り付くほど痩せていた。
助けてから話を聞くとどうやら家出中だったらしく、不幸が続いて物資を失ったところを魔物に襲われたとの事だった。その後一緒に旅をする中で親しくはなれたつもりだったが、最後まで名前だけは教えてくれなかった。
「一人旅がしたかったのだろう? そのような馬鹿な子供、捨て置こうとは思わなかったのか」
「いや、反射的に助けたので。それにとても頭が良い子でしたよ」
「頭の良い子……まぁ、貴様がそう思うのなら実際にそうなのだろうな」
「あと強くもありました。他人の事を常に考え、思いやる心があった。俺の手伝いなんか本当はあの子に必要なかったのかも知れません」
「それはどうだろうな。しかし……うむ。話は分かった」
何故か嬉しそうに頬を緩めた少女は、今までのクールな仏頂面に比べて随分と自然体に見えた。こっちが彼女にとっての素顔なのかも知れない。
「なかなか面白い話だった。では一つ、褒美として真実を教えてやろう」
「真実?」
「その子供が現在どうなっているかだ。その子供は今、無事に家に帰って家族と和解している。一度は兄や姉の愛を疑ったその子供が家族の温もりに気付けたのは、間違いなく貴様が手を差し伸べたおかげだ。……当時はこんな心境を素直に伝える日が来るとは思ってもいなかったがな」
「え、どうして貴女がその子の事を……? まさか……」
少女が照れくさそうに頷き、期待を込めた目でこちらを見上げる。
何故この少女は教え子の現在を知っているのか? 何故この少女は教え子の気持ちを代弁できるのか?
答えは一つしかない。
「貴女はあの子と知り合いなんですね……! あいつは今も元気にしていますか?」
「はぁ? ふざけるな犯すぞ」
「どんな脅し文句だよ」
まぁ俺も馬鹿じゃない。薄々この少女が三人目の教え子本人なんじゃないかとは感づいていた。ただ昔と外見が違い過ぎて自分から確認する勇気が無かっただけだ。
流石に三回目ともなると「お前女だったのか」と言いそうになる事はなかったものの、とうとう俺は教え子全員の性別を勘違いしていた男になってしまった。
ここまでくると何か共通した理由があると考える方が自然だろう。今と昔で名前が違ったり捨て子だったり……辺境が悪いよ辺境がー。
「……おい、こういう時は抱擁するものだろう。私が両手を広げて待っていたのが見えなかったのか」
「あれ本当だ。気付いたら握手してた」
「誰もが私の魅力に惹かれ、その事に畏れすら抱く。だが先生にまで距離を取られるのは……嫌だな」
「悪い悪い。他意は無かったんだ。会えて嬉しいよ」
彼女の悲しそうな表情を見て、慌てて手を離して正面から抱き締める。
抱擁じゃなく握手を選んだのは本当に何も考えていなかったからだが、もしかすると相手が貴族だろうから本能的にマズいと思ったのかも知れない。
それか直前で胸の大きさを見て躊躇したか。
「しかし悲しいなぁ、師に忘れられていたとは」
「いや、それはお前があれだ、美人になってて驚いたんだ、うん。……というかあの頃から名前も教えてもらってないし、推測できる要素が少ないとは思わないか?」
「まず女を推測で当てようとするのをやめろ」
それはそう。これ以上の言い訳は俺がノンデリだと疑われかねないので黙っておこう。
「――それに、私が名前を教えなかったのは当然だろう。逃亡中の王族が名を名乗ったりするものか」
「……ェ?」
言葉は出なかった。小さく喉の奥から出た音は俺の鳴き声だ。
「王族っていうのは?」
「そのままの意味だ。王女である私を保護したのが先生だと父上に知られれば、先生に危害が及ぶ可能性があったからな。偽名を使う事も考えたが、恩師に不誠実な事はしたくなかった」
「……」
教え子が女だったのか、というのと、さっきから変な絡み方してきてたのがこの国の王女様だったのかっていう二種類の驚きがある。その二つが上手く噛み合わず、王族に膝を突く事さえ忘れて立ち尽くす。
宿屋の女将から聞いたシルヴィーナ様の話を思い出した。後継争い中の第一王子と第一王女から目の敵にされていて、庶民に寄り添ってくれるけど偉そうな方――この女性の事だ。
「シルヴィーナ様……? シルヴィーナ様?」
「壊れるな。先生の三人目の教え子は貴族じゃない。王族だ。昔からそうだったのだ」
「そうだった……んですね」
「第二王女が男と何ヶ月も行動を共にしていたとなれば、その内容はどうあれ騒ぐ勢力が出てくるだろう? その前に下手人を消してしまおうと考えるのが自然だ。あの頃の父上なら間違いなくやっていただろうな」
「俺、結構危ない立場だったんですね……」
「安心しろ、私も王族として力を付けた。もう手出しはさせんさ。誰にもな。あと敬語使うのやめろ」
「分かりました」
いや目の前の相手が王族だったって言われて急に切り替えるの無理よ。
本人は安心しろと言ってくれるが、これはエルシアやロイゼと旅していたのとは段違いにマズい気がする。
まだ幼い第二王女が辺境で男に攫われ、多感な時期に何ヶ月も行動を共にした。しかも男だと思っていたせいで、女の子にするには不適切過ぎる接し方をしてしまっていた。
俺にとっては教え子の前で服を着替えるなんて日常茶飯事だったし、「魔力操作の訓練がしたいから指示した通りに集中を乱してほしい」と言われて後ろから抱き締めた事だってある。
誰にも穢されてはならない大国アストリエ王国の王女をだ。
「先生は私を女だからと見くびらず鍛えてくれた。『今の感覚を忘れるな』と言ってくれた魔力操作の訓練があっただろう? あれ、今でも毎晩欠かさず思い出して反復しているんだぞ」
「お、おぉ……それは……偉いですね。偉いじゃないか」
男だと思っていたからだ。距離感を盛大に間違えていたのも、妥協抜きで訓練したのも。
もちろん訓練については、別れた後も教え子が一人で生きていくのに必要と思っての事ではあったが……。
「先生の感触も、体温も、匂いも毎晩ベッドで思い出して……。おかげで魔力量は底なしに増えたが、訓練後にいつも持て余してしまうせいで寝不足気味になった。私の肉付きが良くなったのは先生のせいだと言える」
「訓練を続けてるのは偉いが……俺のせいっていうのは?」
「うるさい説明させるな。心の隙間に入り込んできたと思ったら幼い子供に劇物みたいな経験ばかりさせおって。こんなの私の方が被害者だろ責任取れ犯すぞ」
「だからどんな脅し文句だよ」
言葉を交わすごとに当時の思い出が蘇り、過去の教え子の姿が目の前の少女に重なっていく。さっきまでの緊張感が薄れていくと同時に涙腺が緩み、それに気付かれないようシルヴィーナを強く抱き締めた。
立場は違えど立派に成長した三人の教え子達。俺を含めた全員が今日まで生き残り、こうして再会できた事を本当に嬉しく思う。