昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
移動を再開した俺達が辿り着いたのは、王都の北部に位置しているプラド大森林。その手前に大きく突き出た一帯が低ランク冒険者の狩り場だ。
馬車を使わずとも足を延ばしやすく、魔物は活発なものの強過ぎない。それでいてちゃんと危険なところが初心者が経験を積むのに丁度良いのだ、とは何故か冒険者ライセンスをお持ちになっている第二王女様のお言葉だ。
「冒険者ライセンスだけではないぞ。身分を隠して飲食店などでアルバイトもしている」
「……それは何で?」
「王族の身分を隠して謎の女ムーブをするのは、王族にしかできない高貴な行いだからだ」
「なるほどな」
何言ってんだこいつ。
かつての教え子とはいえ、立派に成長した一個人の趣味にとやかく言うつもりはない。言うつもりはないが……もう少し何かないのかとは思ってしまう。
「あー……他に何か好きな物とか、好きな事とかはないのか?」
「好きな物ならあるぞ。先生も知っているだろうが、グーラムの粉だ。先生が磨り潰した物に限るがな」
「グーラムの粉ぁ?」
これまた予想外の答えが出た。
グーラムは非常に辛い実を持つ植物で、昔は毒と思われていて奴隷兵の痛みを紛らわすために食べさせていたらしい。しかし今ではすっかり用途が変わり、筋金入りの辛いもの好きが求める香辛料になっている。
極南地方の特産品という事で興味を持った当時のシルヴィーナにせがまれ、少量を食べさせるために力づくで粉に挽いた事があった。摩擦熱でまろやかになったらしく子供時代の彼女でもギリギリ食べる事ができてしまい、クセになったのか別れる際にはお土産として大量の白い粉を持たせるハメになった。
「あの粉、実は姉上も大層気に入ってな。まろみのある辛さが何に掛けても旨いと私以上に熱中していたのだ。しかし様々な料理人に作らせても完璧な再現ができず、粉が無くなった時の姉上のしょんぼり具合はあの兄上すら嫌味が言えぬ程だった」
「姉上って……第一王女のストレリカ様か。なんでそんな人に食べさせてるんだよ……」
「視野の広いお方なのだ。食卓を共にしている以上、姉上が私の隠し持った香辛料に気付くのは必然だった」
シルヴィーナは自分の功績を語るように得意げに胸を張る。
バチバチに後継者争いをしている王家でも食事は一家団欒らしいのは良い情報だが、『俺の作った白い粉が王族に出回っていた』という字面が酷い。これ多分何らかの法に抵触してるだろ。
後から言い掛かりをつけられても困るし、先手を打ってストレリカ様にグーラムの粉を献上しておくべきか――と悩みながら歩いていると、“魔物がいる”という直感だけが先にきた。
「シルヴィーナ」
「……いるか」
「いる。魔物だ。……なぁ、あれってもしかしてロックスライムなんじゃないか?」
体に染み付いた動きで剣を抜きながら目を凝らすと、遠くの斜面に岩のような生物が張り付いているのが見えた。
色は依頼票のイラストと違って辺境でよく見る赤黒い色だが、形や大きさは合っている。恐らく周囲の土色に擬態しているんだろうが、殺気がまるで隠せていない。
「確かにあれは目的のロックスライム――だな。そう扱っても問題ない。しかしよくあの距離で気付いたものだ。剣もいつ抜いたのかよく分からんかったし、私と別れてから先生はまた一つ越えてはいけない壁を越えてしまったか」
「越えてはいけない壁って、お前は人を何だと思ってるんだ……」
「強敵を強敵と知らずに狩り続けた悲しきモンスター。ギルドから適切な情報共有を受けられなかった冒険者の末路――それが先生だ」
「お前は人を何だと思ってるんだ」
確かに俺は事前情報のない状態で辺境の魔物と戦っていたが、強敵かそうでないかくらいは肌感覚で分かっていたつもりだ。というか、その判断を大きく間違えなかったからこそ生存できているとも言える。
「お前はどっちかな。ロックスライム」
近付いて敵の動きを観察してみる。ロックスライムは相変わらず微動だにしないが、その体の中では引き絞られた弦のように飛び出すための力が張り詰めている事が分かる。
そして俺が更に一歩踏み出した瞬間、その力が解き放たれた。
「おい嘘だろ」
想像の何倍もの速度で飛び出したロックスライムが、的確に頭部へと迫ってくる。張り付いていた地面の抉れ方からして見た目に違わない重さを持っているようで、無防備に受ければ死傷は免れないだろう。
初見の魔物なので決着を急がず、上体を反らして突進を回避する。地面に落ちたロックスライムは石つぶてのように小さく分裂し、それぞれが転がりながら俺を取り囲むように展開し始めた。
「やっぱり王都の冒険者は辺境よりレベルが高いんだな。こんな危険な魔物が初心者向けの区域にいるなんて」
「ロックスライムは本来中級者の狩り場に発生する魔物で、この区域の厄介者だ。湧きそうな頃になると暇な冒険者に討伐依頼が出されるが、報酬が安いので誰もやりたがらない。一応は入念に準備して複数人で当たれば、ここを狩り場にしている冒険者でも辛うじて倒せる相手ではある。通常の個体ならな」
「あの受付嬢、そういえば持て余している仕事があるって言ってたな……」
だが報酬が安いとは言われなかった。相場が分からない新参者に面倒な依頼を押し付けて処理しようとは、あの受付嬢もなかなかのやり手と見える。
俺を中心に散開したロックスライムは再び擬態モードになっていた。試しに目の前の一つを蹴飛ばすと、溶けたように弾け飛んで一部が靴に付着する。体や装備を溶かすような性質はなさそうだ。
「それ、早めに水で流さないと色が残るぞ」
「マジか」
唐突に始まった染色へのカウントダウン。俺が靴の先端を見ていると、それを隙と見たか背後でロックスライムが集まって一つの大岩に戻っていた。
「人の意識がどこに向いてるかまで観察してる。やっぱ強くないかこの魔物」
後頭部を狙って高速で飛び出してきたロックスライムを振り向きざまに掴み、地面へと力任せに叩き付けた反動で跳躍する。
地響きと共に小さなクレーターが形成され、岩のように硬かったスライムの体が溶けた血しぶきのように広がった。しかし核が見つからない。
「核が無い。仕留め損なったか?」
「核ごと破裂して死んだだけだぞ」
核ごと破裂して死んだだけらしい。
近付いてきたシルヴィーナがしゃがみ込み、穴の中を覗き込む。
「あの大きさのロックスライムを受け止めたまでは『まぁ先生だしな』と納得したが、そのまま叩き付けて破裂させたのには流石に引いたぞ。実に先生らしい力任せな戦いだった」
「……」
力に任せたのは事実なので何も言い返せない。久々に会った教え子の前だしもうちょっと格好の付く戦い方をするべきだったか……いや、でも剣使って色付いたら嫌だし……。
そんな葛藤をしつつ、俺はシルヴィーナに教えてもらいながらロックスライムの粘液が凝縮された部分(核じゃなくても討伐した証拠になるらしい)を採取した。
靴に付いた粘液も水で洗い流し、これ以上の用はないので早々に帰路に就く。
「久々に先生の剣が見られると思ったのだがな。まぁ今後いくらでも機会があるだろうし楽しみは後に取っておく事としよう」
「俺の剣なんてただ振ってるだけだろう。ロイゼの方がよっぽど上手くやれるんじゃないか。仲は良いんだろ?」
「仲は良い。だが聖剣の力を引き出すのに苦労しているようだ。先代の勇者も完全に扱えるようになるまで何年も掛かったらしいが、ロイゼはむしろそれを私達に泣きつく理由として使っている節がある」
「あいつらしいな」
訓練で持たせていた俺のショートソードと違い、あの大きさの聖剣を振るのは確かに慣れが必要そうだ。
とはいえ同じ大きさの金属の塊よりは遙かに軽そうに背負っていたし、エルシアの聖杖も羽のように軽そうだった事を考えると、ああいう伝説の装備には常識を越えた効果が付与されているのかも知れない。とても男の子心がくすぐられる。
「でもそうだな、しばらくは王都にいるからその間には剣を使ってる様子を見せられるようにするよ」
「是非そうしてもらいたいが……その口振り、もしかして先生はランクアップを済ませたら辺境に帰るつもりなのか?」
「ん? あー、どうだろうな。あまりその後の事は考えてなかった。なんとなくそうなるのかなと漠然と思ってただけで」
「それは……やはり昔言っていた故郷の友人を捜すためか」
「いや、あいつの事は本当に何も心配してない。最悪死んでたとしても魔族なんて百年後には生き返ってるんだし」
確かに俺は故郷で別れた友人を手の届く範囲で捜しているし、それを教え子達にも伝えていた。しかしそれは人生の目標や切実な願いなんかじゃなく、あまりに身の上話が重い三人の気持ちを和らげるためにネタとして披露した小話に過ぎない。
奴に借りパクされたままの本(スケベ本)を取り返したいという気持ちはあるが、実際今すぐ返されると結構困るシロモノでもある。
「王都への定住が頭になかったのは本当に無計画だっただけだ。シルヴィーナ達と会えるとも思ってなかったからな」
「あぁ……そうだな」
「そ、そう考えると王都って住みやすそうでいい所だよな! 店で何でも買えるし、住むならこういう便利な場所がいいよな!」
「うん……」
ずっと嬉しそうにしていたシルヴィーナが飼い主が出掛ける前の犬みたいになってしまった。そりゃせっかく再会できたのに水を差すような事を言った俺も悪いかも知れないが、少なくとも適切なランクとやらになるまでは王都に滞在するんだから未来の事はゆっくり考えればいいと思う。
ほら、もしかしたら偶然の出会いに恵まれて家庭を持つ事になるかも知れないし? その可能性を考えると、普段からもう少し格好とか気を付けた方が良いんだろうか。
「ふん」
「うおっ。シルヴィーナ? どうかしたか」
「いや、なんか滅茶苦茶必要のない事を考えていた気がしたのでな」
「必要……あるだろ、多分……」
抗議するように横からグイグイともたれ掛かってきたシルヴィーナを、負けじと大人のパワーで押し返す。はい俺の勝ち。大人を舐めるなよ絶世の美女が。
こうやって互いに遠慮なく接する事ができる間柄は、きっと狙って得られるようなものじゃない。シルヴィーナとも、もちろんロイゼやエルシアとも、過去に教えた・教えられたといった関係を越えた良い関係になっていきたいものだ。