いっけぇーっ俺の相棒っ!! 作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)
「カケル…おきろ……」
「ん、おう…」
いつの間にか俺の胸の上にかわいらしく顎乗せしていたブレイブは、ぽしょりと通算三度目のモーニングコールを口に含む。
時刻は…多分午後2時ってところだろう。
気の向くままに日に何度もしていると、疲れて眠くなってしまうので、仕方のないことである。
「カケルぅ…そろそろご飯食べようぜ…?
きょーまだ何も食べてないだろ…?」
…仰向けの俺の目をじっと見つめる相棒の表情はどこか曇っていて、少し影のある微笑みが口の端に浮かんでいる。
燃えるような紅色の体表と、少しクリーム色なお腹部分。
更にその睫毛ばしばしの目元には派手めの色合いのアイシャドウのような模様が入っているので、エキゾチックかつ妖しいような、すこし中性的な雰囲気をも感じさせる容姿だ。
しかし、そんな美しいかんばせも今は伏し目がちなために曇り気味である。
「カケル、今日もがっこーいかなかったな…
もしオレに気を使ってるんだったら…」
「俺はみんなより相棒と話す方が好きだぜ」
「でも…」
「いーからいーからっ」
…羽を広げてスフィンクスのように仰向けの俺に跨るブレイブ。
その両の前足は俺の腋の辺りにちょんちょんと置かれ、後ろ足も同じように俺の太ももをすこし圧迫しながら挟み込む。
ブレイブは無意識にやっているみたいだけど、この体位は俺の好物のお寿司みたいで、ちょっと好きだ。
…相棒のツルツルでむにむになちょっとひんやりした身体が俺の全身に密着し、またすこし催す。
わざとのように無遠慮にぐいぐいと身体を押し当ててくるのだから、我慢しろと言うほうが無理がある。
…口はともかく身体はぜんぜん嫌がらないし。
数時間前に今日はもうこれで打ち止めだと思ったばかりなのに、もう1人の相棒には爛れた日々を終わらせる気などさらさらないらしい。
「うああっ、ま…またかよぅ」
…俺は相棒の両腋に突然手を差し込むと、そのまま胸の中に抱き込むように寝台の上を転がり、位置を逆転させる。
ようは押し倒したのである。
「だ、だめだ…流石にもうすぐ帰ってきちまう
みられたらやばいぜ?」
「…どうせ今日も帰ってこねえよ」
「カケル、おばさんは家計を助けるために…」
「自分の借金のせいだろ。ふざけろ」
「…カケル、オレ…さっきのがまだお腹にあって、じんわりあったかくて、なんか変で…もうヤ…んむっ"」
ぶすっとした顔のまま相棒のうるさい口を塞いでしまうと、きょろきょろとカマトトぶって俺の目から逸らした視線を焦らせる相棒。
…カード精霊なんだからその気になればすぐに力で押し返して逃げられるのにぜんぜん逃げないし、なんなら自分から脱力しているようにも感じられる。
というか、俺のお腹に小さいのが当たってるし。
…火属性らしく体温の高い相棒の舌は、人間より小さく、薄く、柔らかく、つるつるしていて、先がつんと尖っていた。
「…なーに舌入れ返してきてんだよ」
「!?ばっ、カケルが最初にやってきてっ」
…口の端にお互いのそれが綯い交ぜになった銀糸をかけながら、握りこぶし一個分の顔の距離できゃんきゃんと口論する俺とブレイブ。
俺ははなから服など着ていないし、相棒は食べるくせに何も出さない。
つまり、準備の必要などないのだ。
俺はもぞもぞと腰の位置を動かし、弱々しくその存在を主張する小柄なドラゴンの槍の下に位置するそのナニへ…と。
そんないよいよというタイミングなのにも関わらず、相棒は急に我に返ったかのように真顔になると、突然真面目な顔をして空気を読み取り始めた。
…察するに、この実家とも言う総床面積12畳築43年鉄骨造二階建てアパート2Fの一室に来訪者が現れたようである。
「…カケル待て、今なにか感じたぞ……」
「あんだよぉいいとこだったのに…ママかな…」
「いや、違うな…オレの知ってる電波だぜ……今さっきローカルに入ってきた感じがした。きっとオマエの知り合いだぞ」
「…えぇ〜?」
事実、その推察は見事に当たっていた。
なぜなら、既に生身の俺でもブレイブとは別の角度から知り合いの正体を何となく予感することに成功しつつあったからだ。
「ぴーんぽ〜ん…
かけるくんはご在宅でやんすか〜……?」
…普通に鳴らされたチャイムとちょっと様子のおかしい挨拶が、くぐもった音声データとして直球に俺の耳孔に入力され始める。
その声は友達の女子のハカセのものであった。
「…うおっ、お、オレがプリントもらってきてやるよっ」
「あ、おいっブレイブぅ…!」
これ幸いと寝台からするりと抜けて逃げ出したブレイブは、とっとこと小汚く乱雑に散らかったフローリングを走り抜け、器用に前足を使ってドアを開く。
…その背中をぼうっと見つめると、表面に古いお互いの体液の跡が少々残り、若干薄汚れた感じである。
そして、開け放たれた玄関から通る風で久々に9月の熱風を感じてみれば、己らの纏うなんだか青臭いような生臭いような…濃い営みの匂いにも気付かされる。
…俺は自分の油断を呪った。
「!ひさしぶりぃ…あ、ブレイブ…
あの、かけるくんにプリント届けに来たでやんす…」
久しぶりに俺に会うことを思って緊張していたのか、ハカセはちょっと変な感じだ。
…夏休みに色々ありすぎて、若干燃え尽きてしまったというか。
ブレイブを筆頭とした高額カード精霊を狙う悪いやつらのビルを部員共々なぜか協力してくれた心優しい知らない大人の人達と一緒に力を合わせて爆破するなどして、まあ、俺はここ最近学校をサボっている。
なので当然賭けカード部の部室にも顔を出していない。
…一旦社会から遠のきたかったというか、気持ちいいことや楽しいことだけに浸かりたくなったというか、エピローグを読みたくなったというか、ともかく今日もお母さんは家にいない。
「すん…」
訝しげなハカセは少し鼻を鳴らしたが、ちょっと変な匂いがするかなという程度の反応だ。
…それよりもブレイブのやつ、なんだか後ろ足の内股がわなわなしてやがる。
「…なんかブレイブ、前よりちょっと雰囲気変わったでやんすか?」
「がうん」
「ぅうん…気のせいでやんすよね
かけるくんは…?」
「がうぅん…」
その声に応じ、困った顔のブレイブが俺のいる引き戸に向かって視線を投げかけるが、俺はふりふりと首を振って返す。
なぜならフルチンだからだ。
「お留守、なのかな…?」
薬指に付け替えさせたシンプルなデザインのリングが前足で煌めくが、ハカセは気が付かない。
むしろ、その注目はハイヒールや弁当がらなどの物が散らばった汚いキッチンに向けられているようだったが、俺にとってはいつものことである。
…俺、ごみ捨てのやり方知らないんだよな。
「じゃあ、ぶれいぶ。かけるくんに伝言があるので、伝えて欲しいでやんす。…前とあんまり変わらないかもだけど」
「がう」
「…あの、えと、今日の給食、かけるくんの好きなチリコンカンだったでやんす。それで、来週の木曜日はカレーライスでやんす」
「あと、このプリントは、宿題と、その…給食費と修学旅行費がっていう紙でやんす」
「ぎゃう…?」
修学旅行…?
知らない言葉を聞いたブレイブは困り眉で首を傾げた。
…実のところ、正直に言ってしまえば俺もほとんど初めて聞くようなものだった。けど、なんとなく概要は把握しているつもりだ。
なんかみんなで先生と一緒に旅行に行く、みたいなやつだった気がする。
「……それと、賭けカード部。わたしもユウヒもオウも、みんなかけるくんのこと待ってるから」
「…でやんす」
最後に寂しそうな声をぽつりとこぼし、ハカセは重たい金属の玄関ドアに消えていった。
…その場に残されたのは冷房が逃げてしまって蒸し暑い玄関と難しそうな内容のプリントの束だけだ。
…家にいないだけで優しいお母さんや部活のみんななら、少し助けを求めれば絶対に何とかしてくれるのに、なにかを怖がっている俺はどうしても口にすることができない。
ここ最近はこういう大事なヤツをなんか俺のところで握りつぶしてしまっていた。
…友達のメッセージや訪問も未読スルーだ。
「カケル…?」
相棒改め恋人のブレイブは、家にいる時だけ見せるとろんとした表情を浮かべると、心配そうに俺の事を見つめる。
人間と精霊、友達と家族、親友と恋人。
どれも近くて遠い存在だということに俺は気が付きそうになっていたが、ブレイブだけは俺を絶対に裏切らないし、裏切れない。
…別に誰に裏切られたわけでもないのに。
被害妄想ばかりが拡大し、愛は妄執に変容を遂げる。
薬指の指輪が暗がりに反射し、ぎらりと光った。
…最近、相棒にチョーカーをプレゼントした。
だって、ブレイブは俺の親友で、恋人で、弟で兄で妹で姉で娘で息子でお父さんでお母さんなのだから。
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内容の整合性のために若干1~2話を修正しています