オタクはホロウを東奔西走 作:でゅふ侍
乱戦の様相を呈する、ホロウ内部。
義足であり、己の武器である足を振るいながらライカンはその残った紅い瞳をもって刀を振るう少年を逐次観察していた。
(成程。一太刀で対象を割断する凄まじい、剛剣。加えて、ただ切り裂くのではなく、斬り
通常、刀剣を振るって対象を攻撃すれば切り傷が刻まれる。
「へいへーい!脆いで御座るよ、エーテリアスくーん!」
だが、テルの振るう刀はただ切り付けるだけではなく
特に、その振り下ろしはエーテリアスを切り裂きながら叩き潰している。
それも両手ではなく右手一本で刀を振るっていた。
型など無い。荒々しく、それでいて戦場という世界に適応した独自の理を持つ剣。
一方で、基本がソロ専門であると本人の申告通り連携という点では少々難がある、とライカンは見ていた。
微妙に距離があるのだ。ヴィクトリア家政の面々がエーテリアスを対処する場より、テルが刀を振るっている地点は。
援護を入れるには、遠い。しかし、それは同時に巻き添えを生まないという事にも繋がる。
(チームを組まない故に、個としての動きが完成されている。ご主人様の求める隠密が可能な手駒、という観点では合格ですね)
後ろ廻し蹴りでエーテリアスを蹴り飛ばし、ライカンの頭脳に刻まれたチェックシートに赤いペンが走った。
新エリー都は、十年ほど前の大規模なホロウ災害を経て復興された都市だ。その内部構造は、行政と一部有力企業が互いに影響を齎す歪なもの。
加えて、ホロウ災害の影響もあって治安も悪い。
ホロウレイダー、ヤクザ、マフィア、ギャング、半グレその他諸々etc. 犯罪者には事欠かない。
一応、治安官は居る。だが、悪を一網打尽に出来るような数ではないのも確か。
だからこそ、武力が必要だった。少なくとも、ホロウに侵入するエージェントはそれぞれにエーテルに対する耐性と最低限自衛が出来るだけの戦闘力が求められる。
瞬く間にエーテリアスが殲滅され、広場には静寂が戻ってきた。
「いやー、快勝快勝!流石は、ヴィクトリア家政。粒揃いに御座るな」
「過分なお言葉です。テル様の実力もまた、凄まじいものでした。どなたかに、師事はなされたのでしょうか?」
「あっはっは!いやいや、拙者の剣は斬り覚えの我流で御座るよ。ライカン殿のような、洗練された体術とは比べるべくもない、稚拙なものに御座る」
「ご謙遜を。荒々しくも、鋭い太刀筋。そして、独特な斬撃痕。我流というならば、それは貴方が開祖という事。その刀も業物とお見受けしましたが……」
「コレに御座るか?」
ライカンの指摘を受けて、鞘に納めていた刀の柄をテルは撫でた。
シンプルな造りだ。小豆色の柄紐が巻かれ、鍔は木瓜型。鞘は深い赤であり、鞘先には打突用の金細工が施されている。
「しばらく前に買ったものに御座る。拙者、ホロウに潜り始めた頃はマチェーテを使っておったが、如何せん折ってしまうんで御座るよな」
「折る、というと?」
「お恥ずかしながら、拙者は昔から人一倍力が強いので御座る。その上で力任せにぶん回すもので御座るからどうしても扱いが雑というもの。この刀は、何度かマチェーテを折った後にどこであったかは忘れてしまったで御座るが武器屋で投げ売りされていたものに御座るよ」
「投げ売り?失礼ながら、拝見してもよろしいでしょうか?」
「構わんで御座る」
腰から鞘ごと外した刀を、テルは無造作にライカンへと差し出した。
宝物のように刀を受け取ったライカンは、その紅い隻眼を細めて柄頭から鞘先、そして僅かに鯉口を切って露出させた刀身を見やる。
(アレほど荒々しく振るわれて、芯が歪む事はおろか刃毀れの一つも起こしていないとは……)
テルの申告通り、彼の戦い方は荒々しい。フォローしたライカンも、その言葉を否定する事はない。
その上で、異常。
「この刀のメンテナンスは、テル様ご自身が?」
「そうで御座るよ。といっても、刀身を拭ったりする程度で目釘を抜いて柄を外したり、研ぎ直したりはしておらんで御座る」
「……」
「まあ、曰く付きかもしれぬで御座るが拙者自身特に困った事も無い故。何より、拙者が振り回しても壊れない武器というのはそれだけ懐に優しいという事に御座る」
「さように御座いますか……お返しいたします」
鞘入りの刀を差しだしつつ、ライカンは頭に入っている妖刀の項目を洗い直していた。
魔剣、妖刀。それら曰く付きの武器は、新エリー都にまま存在する。加えて、それらを所持するのは
裏を返せば、そこまでの実力者でなければ曰く付きの得物は担えないという事でもある。
ライカンは未確認の妖刀である、と頭の中で思い浮かべつつも同時に内心で疑問も生まれていた。
じゃじゃ馬である魔剣や妖刀だが、その一方で美術的価値が高い場合も多い。コレは、単純に武器の持つ魔力のみならず歴史的観点からの評価でもある。
売買するにしても、そこらの武具店が十把一絡げに売り飛ばせるようなものではない。
そこまで考えた所で、ライカンは自身の思考を打ち切った。
「テル様。今回の貴方様のご活躍はご主人様への報告とさせていただきます。よろしいでしょうか」
「勿論で御座る。元より、その為の依頼で御座るならこちらからとやかく言う事はない故」
「畏まりました。本日はお時間をいただきまして、感謝いたしますテル様」
「なんのなんの。拙者も、こうして誰かと轡を並べて戦うのは多くないで御座るからな。偶にはこういうのも悪くないで御座る」
別段、テルに戦闘狂の嫌いはない。しかし、それはそれとして仲間と戦線を共にする一種の高揚感は好きだった。
何より、ヴィクトリア家政はテルの戦歴の中でも共に戦ったことが無いタイプ。
例えば、ニコの率いる邪兎屋ならばアンビーが切り込み、ビリーとニコの飽和射撃がその傷口へと叩き込んで制圧する。
一方で、ヴィクトリア家政の場合はライカンが崩しに入り、エレンとカリンが強襲。更に、全体を俯瞰するリナの電撃とボンプの突撃が相手の行動選択を縛って、他三人に打倒される。
どちらが優れているという話ではないが、その違いがテルにとっては新鮮で楽しいものだった。
その後は、事後処理を終えてホロウを抜けて解散という流れ。
「テル様は、とてもお強いのですね!」
「フホホホ、まあ拙者もこの業界長いで御座るからな。それに、カリン殿も相当にお強いのでは?」
「い、いえ!私なんてまだまだで……!」
「ふむ?」
手遊びをしながら視線を落とすカリンに対して、テルは首を傾げる。
そのまま少し離れた場所で事の成り行きを見守っているリナへと一瞬だけ視線を送った。
「……」
言葉はなく、ただ静かな頷きが返って来る。
テルは顎を撫でる。
「カリン殿」
「は、はい!な、何でしょうか?」
「カリン殿は、自分が至らぬと思うで御座るか?」
「そ、それは!…………はい。わ、私…いつも失敗ばかりで……助けてもらってばっかりなんです……」
「成程。カリン殿はソレが嫌、と?」
「い、嫌じゃありません!た、ただ……その……」
「心苦しい、と?」
「…………はい」
小心者で臆病で心優しい。そんな性格のカリンの胸の内に触れテルは虚空へと視線を投げた。
(カリン殿が嫌なのは、頼る事しかできない自分の事、で御座るな)
内心でそう結論をつけ乍ら、言葉を選ぶ。
「カリン殿、頼る事は決して間違いでは御座らん」
「え…………」
「人は、一人で出来る事など高が知れているで御座る。コレは、シリオンや知能構造体であろうと変わらんで御座る」
「……」
「出来ぬ事は、出来ぬで良いで御座る。問題なのは、その先にあるんで御座るから」
「先、ですか?」
「然様。出来ぬことは仕方ない、しかし出来ないからしなくて良いとはならんで御座る。出来ないならば出来ないなりに出来る様に努力する。その姿勢が最も大切だと、拙者は思うで御座るな」
「出来る様に、努力する……」
「そしてその努力の時、ボーダーラインは高すぎない事が肝要で御座る」
「え……?で、でも、目標は高い方が良いんじゃ……」
「程度の問題で御座るよ。誰しも、初挑戦から100点満点なんて取れんで御座る。取れるとしたら難易度が低いか、その者が天稟の持ち主かのどちらかで御座ろうな。とにかく、まずは一歩踏み出す事が大事で御座る」
「……私にも、出来るでしょか?」
「勿論。というよりも、カリン殿は既に一歩を踏み出していると拙者は思うで御座るよ?」
「ふぇ……?」
「人間だれしも、自分の失敗に面と向かって向き合う事などそう沿出来る事では御座らん。しかし、カリン殿は自分の失敗をちゃんと見ておるで御座ろう?そこらの現実逃避をしている奴らよりもよっぽど凄い事で御座るよ」
「す、凄い、ですか?」
「そうで御座る。そして、私
「ま、魔法の言葉……?」
キョトンと首を傾げるカリンに対して、テルは何処か芝居がかった大袈裟な動きで手を出しだす。
「カリン、出来ます!さあ、続けて!」
「ふぇ!?え、えっと……カ、カリン、出来ます……!」
「もっと大きく!」
「カ、カリン!出来ます!」
「後はポーズも決めるで御座るよ。こう、胸の前で両手を握ってグッと少し前のめりなりながら」
「カリン!出来ます!」
「
テル、跳ぶ。(本日二度目)
二回転半の錐揉み回転を経て地面に潰れたカエルのように叩きつけられる彼の背には、追撃のストンピングが見舞われた。
「ほふんっ……ちょ、エレン殿エレン殿。ヒールのストンピングはヤバいで御座る。あ、ちょ、踵でグリグリしないでくだされ。先端が肋骨の隙間捉えてイダダダダダ!?」
「良い話してたくせに、最後に何でそっちに行く訳」
「カリン殿のキュートさに充てられたで御座る!拙者は悪くねぇ!拙者は悪くねぇ!」
「ギルティ」
「ホワァァァアアアアッ!?」
エレンからの折檻に汚い悲鳴を上げるテル。しかし、彼のオタク魂が暴走した結果である為、残当でもあった。
怪我をさせるような状況ではないと判断し、ライカンは突然目の前からテルが吹き飛んでオロオロするカリンへと声を掛ける。
「カリン、大丈夫ですか?」
「!は、はい!カリン、出来ます!」
「いえ、今は任せる仕事がある訳では……」
首を振りながら、ライカンは先程までのテルとカリンのやり取りを思い出していた。
カリンのネガティブ思考や気の弱い部分を彼は咎める事はない。指導や指摘を行う事はあれども、だからといってそのままその為人を完全否定するような事は絶対にない。
大切に育てるが故だ。だが、名選手がそのまま名監督、という訳ではない。
ライカンのスペックは高い。加えて、知らない事や出来ない事もその勤勉さによって休日に態々習得に勤しむ程に真面目でもある。
それ故に、他人に求めるハードルも自然と高かった。
エレンのようなタイプなら、まだ良い。求められるハードルと、その最低ラインの見極めがキチンとできるからこそ省エネに動けるのだから。
しかし、カリンのようなタイプには少々相性が悪かった。
出来ないと分かっても、その真面目さからハードルを潜ったり、避けたりするような選択肢が採れない。そして選択肢が採れないのなら、その前で立ち止まるしかない。
立ち止まれば、当然ライカンは手を貸す。だが、この手を借りてしまったという状況がカリンにとっては宜しくない。
自分が止まってしまったばかりに、誰かの手を煩わせる。この状況が彼女の精神を苛むのだ。
だからこそ、テルからの指摘には光明を見た。
改めて、騒がし二人へと紅い隻眼を向ける。
「あだだだだ!せ、拙者まだM豚の扉は開いておらんで御座る!」
「なに?喜んでる訳?」
「喜んで御座らんが!?拙者、ただ飯ぐらいの豚と成り果てるよりも土を掘り返してエサを食らう猪が良いで御座る!」
「訳分かんないんだけど」
「ぬあぁあああああ!?開かせはせん!開かせはせんで御座るぞぉおおお!」
バタバタと騒ぐテルと、そんな彼の背中を右足で踏んでいるエレン。
中々アレな光景だが、どちらも本気で事に及んでいる訳ではない。あくまでもじゃれ合い。互いに信を置くからこそ気安い間柄というものだ。
若干、エレンの目が嗜虐の光を宿している様にも見えるが、気のせいであろう。
とはいえ、ここは未だホロウの中。遊んでいる訳にもいかない。
「エレン、その辺りで」
「ん?ああ、はいはい」
新しく飴の包みを剥いで口に咥えたエレンは、一度振り返るとその足を退ける。
足を退けられたテルは、しわしわとした顔になりながら立ち上がると体の前面に着いた砂埃を払うように手を動かした。
「ちょっとハッスルし過ぎただけで御座るというのに……」
「ふんっ…………テルの好みは、カリンちゃんみたいなタイプって事でしょ」
「ぶぇ!?何でそうなるで御座るか!可愛いものを愛でるのは、オタクの性で御座るぞ!?」
「…………」
ギャンッ、と咆えたテルだったが飴を咥えたエレンはそっぽを向いて無視をしてしまう。
そのままライカンへと、その目を向けた。
「ボス。今日はこのままホロウを抜けたら解散で良いよね?」
「ふむ……ええ、構いませんよ。ご主人様への報告は、私が居れば十分でしょう」
元より、今日の目的はスカウトしに来たテルの実力を測る事。そして、ライカンからすれば十分に合格ラインに達していた。
加えて今回の出会いは自身たちにも有益。良い出会いだった。
かくして、高校生ホロウレイダーは新たな人脈を得た。この出会いもまた、運命の導きというものなのだろう。