オタクはホロウを東奔西走 作:でゅふ侍
新エリー都は、六分街。ヤヌス区に存在する区画の一つで比較的治安の良い土地でもある。
「ここで良かったんで御座るか?」
「良いの。ルミナスクエアとかじゃ、知り合いに会うかもしれないし」
「ここらもそう変わらぬと思うので御座るが……」
地下鉄の駅を出て、テルとエレンの二人の姿はこの街にあった。
クソださファッションに刀を左腰に差した少年と、メイド服のサメのシリオンの少女という組み合わせはまあまあ目立っているのだが生憎と突っ込む者は居ない。
新エリー都を平和に生きる上で重要な事の一つに、必要以上に首を突っ込まない、というものがある。言い方を変えれば触らぬ神に祟りなし、という事である。
そんな裏事情など知る由も無く、二人は滞りなく道を進みやがて一軒のラーメン屋へと辿り着いた。
滝湯谷・錦鯉。切り盛りするのは、竹フレームのメカアームが印象的な小柄な男性店主。全席カウンターで、屋台のように暖簾をくぐりそのまま席に着くスタイルの店だ。
幾つかある席の内、丁度壁際の二席が空いていた。
エレンが壁の方、テルがその隣の席へとそれぞれに腰掛ける。
「お久しぶりで御座る、チョップ大将」
「ん?おお!テル坊じゃねぇか!ここの所めっきり見ねぇもんだから、心配してたんだぞ?」
「拙者も中々に忙しくしておった故に。それはそうと、注文は良いで御座るか?」
「おう!最高の一杯を提供してやるぜ」
ニッと笑みを浮かべるチョップ大将に釣られ、テルも笑みを浮かべると隣のエレンに水を向けた。
「エレン殿、如何で御座ろう?」
「ん……白鉢海鮮で」
「拙者は黒鉢豚骨でお願いするで御座る。あ、大盛りで」
「あいよ。そっちの嬢ちゃんは、どうするよ。大盛りにしとくかい?」
「……そうする」
少し間を挟み、エレンが頷く。
注文を受けて、チョップ大将のメカアームが大躍動。麺の生地を叩いて伸ばして流れるような手捌きだ。
テルとヴィクトリア家政の邂逅となった仕事を終えてホロウを抜けた二人は、そのままいい時間である事も相まって夕飯と洒落込んでいた。
「拙者としては、食べ放題でも良かったで御座るが?」
「良いの。それに、ちゃんと食べてるでしょ」
「ま、そうで御座るね」
二人のそんなやり取り。
エレン・ジョーは、鮫のシリオンだ。その身体能力は優れている一方で、燃費が尋常ではなく悪い。常日頃から嘗めている飴などはエネルギー補給の意味合いが強かった。
そんな彼女だが、よく食べる一方で年頃の少女でもある。
結論から延べればエレンが自身の食べる量を制限し、ソレをテルが指摘した。
如何に大食いをしている所を見せたくないとはいえ、食事量を減らすのは彼女にとって文字通りの死活問題になりかねない。
『いっぱい食べる女子って、良いで御座るよな』
サムズアップと共に、テルはエレンに対して大量の食べ物を献上。渋れば、目の前でバックバックと食べる様を見せつけられ半ばやけくそで彼女は少年の前でも恥じる事無く必要な量をたっぷりと食べるようになった。
暫く面を啜る音が響き、徐にテルが手を上げた。
「大将、替え玉良いで御座るか?」
「おう。麵の硬さは?」
「硬めで頼むで御座る」
「あたしも、硬めで」
「あいよ!ちっと待ってな」
大将へと注文を伝え、待ち時間。
「……あのさ」
「ん?何で御座る?」
「その……テルは何時から、潜ってる訳?」
どこに、とはエレンは問わなかった。それでも、その意図をテルは正確に読み取る。
「そうで御座るなぁ……そろそろ、八年ほどになるで御座るか」
「……長いじゃん」
「はっはっは、まあ、そうで御座るな。お陰で、割とこの界隈では顔が広いで御座るよ」
「それなら、どっかのチームに参加したりしない訳?」
「うーむ……ソロ故に出来る事も多いで御座るからな。今回のように。無論、ヤッベェ事に巻き込まれる事もあるで御座る。それはそれで、面白い事も多いんで御座るが」
「そんなスリルジャンキーだっけ?」
「そういう訳では御座らんが……ま、知人の輪が広がるのは喜ばしいって事で御座るな」
「ふーん」
エレンの気の無い返事。どこに聞いている耳があるか分からない以上、主題を暈して話すほかないのだがそれはそれとして興味の有無は分かりづらい。
もっとも、テルの方も特に気を悪くした様子もない。
大将の替え玉を受け取って、自身の空になった丼へと麺を投下。エレンもこれに続く。
結局、三玉ほど替え玉を掻っ込んで二人は店を後にする。
「んじゃ、エレン殿。送らせていただくで御座る」
「ん、別に一人で帰れるけど?」
「そりゃあ、エレン殿は強いで御座るがこのような遅い時間に女子一人帰すなど男の矜持がへし折れるで御座るからな。なあに、拙者は狼さんになったりはしないで御座るよ」
「……」
「それじゃあ、レッツゴー!に御座る!」
腕を突き上げて、先を歩き出すテル。
その背を少し見つめて、エレンは肩を竦めるとため息をついてその後を小走りに追いかけ隣に並ぶ。
「送る相手置いて行ってどうすんの」
「おっと、コレは失敬に御座る」
そんなやり取りをしながら、二人は駅へと向かうのだった。
*
時計の針は進んで、夜。昼間の活気は鳴りを潜め、静かなものであるルミナスクエア。
少し奥まった位置にある公園もまた、子供の活気などはなく何処か別世界のような静けさの中に沈んでいた。
「ここなら良いで御座らんか?」
エレンを送ったその帰り道で、テルはこうしてこの公園へとやって来るとベンチに腰掛けて刀を立て掛けた。
彼が声を掛ければ、返ってきたのは沈黙。
そこから、十秒、二十秒と間を挟んで、
「相変わらず、アンタはふざけた口調なんだね」
「これが拙者で御座るから。それよりも、今回はどういう用件で御座るか、ジェーン殿」
どこからか現れたのか、雲梯の梁部分に腰掛けたシリオンの女性がそこに居た。
しなやかな細く長い尻尾に、小ぶりな耳が特徴的な彼女は妖艶な笑みを浮かべたまま、ベンチに腰掛けるテルを見下ろす。
「勿論、仕事のお話、よ」
「端末に掛ければ良いでは御座らんか。態々分かるように視線を向けてくるのは落ち着かないので止めてくだされ」
「アンタの端末、ザルなんだもの。もう少しセキュリティー確りしないとおちおち大事な話も出来やしない」
「いや、これで一般的で御座るからな?というか、そんなデリケートな話を一学生の拙者に持ってくるのがおかしいのでは御座らんか?」
「それだけ、上はアンタを買ってるって事じゃない?そのまま巻き込めれば、もっと良いんだろうけど」
「嫌で御座るよー。拙者、まだまだ気ままなソロプレイに勤しみたいで御座る故」
「それじゃあ、その気ままなソロプレイの代償って事だね」
そう言って、ジェーン・ドゥは雲梯から飛び降りる。
上着の胸部分にあるベルトの金具へと両手の親指を引っ掛けて立つ彼女は、その内心を悟らせない笑みを浮かべた。
「今回、アンタにはホロウに潜ってもらう」
「探しモノに御座る?」
「いいや?今回アンタに潜ってもらうのは、零号さ」
「ゲッ……マジに御座るか?」
「マジ」
「まさか、ニネヴェに特攻して来いとか言わんで御座るな?あんな化物、拙者一人でどうこうできる存在じゃねぇで御座るよ」
「いやいや、そういうんじゃないさ。アンタをぶつけるのは、ニネヴェじゃない」
「?んじゃあ、どういう事に御座る。拙者としても、意味も無く零号ホロウには突っ込みたくないで御座るよ」
「意味はあるさ。アンタの相手は――――虚狩りさ」
「ニネヴェと変わんねぇで御座るよ!?」
テルは空を仰いだ。
虚狩り。それは、人類側最高戦力でありその始まりは百年の時を遡る。
単騎でホロウを平定するという、最早人ならざる領域へと足を踏み入れた者たちなのだがその内一人は有名人。
「寧ろ、エーテリアス相手の方がマシで御座るよ。あー……無理で御座らんか?というか、虚狩り相手に拙者なんて五分もたんで御座るよ」
「倒せって言ってるんじゃないんだから、遅滞戦術で時間延ばせば良いじゃない」
「無茶言わんでくだされ。前に一度、べつホロウで目撃したで御座るが、遅滞戦術取ろうものならそのままバラバラ死体にされるで御座るよ」
無理無理、とテルは首を振る。
彼が思い出すのは、抜刀と同時に粉々になる大型エーテリアスの姿。威力、剣速、単純な身体能力にスピード。全てがトップクラス。
そんな相手に、一般ホロウレイダーが何をできるのか。
だが、相手が強い事など依頼を持ってきたジェーンからすれば周知の事実。
「どれだけ渋っても、無駄さ。上はもう動いてるんだ。それに、アンタは依頼を断れない」
「……そうなんで御座るよねぇ」
「まあ、べつに無理に戦う必要もないさ。何なら、そのよく回るペラで時間を稼げばいい」
「ホロウレイダーの話を聞いてくれると思うで御座るか?お話する前にざっくりいかれるのが落ちで御座るよ……」
「とにかく、依頼は伝えたから。連絡は、これね。ホロウデータも入ってる」
投げ渡される端末。それをキャッチし、テルは再び溜息を零す。
非公認のホロウレイダーに、人権はないのだ。