#異世界に転生して最強ヒーロー能力を手に入れ活躍してたら18回再生する親父が追ってきた 作:喪失者2
# エピソード1 私は、なぜこの世に生まれてきたのだろう。
なぜ私は、この世界に生まれたのか……。
才能も、力もない私には、この世で何かを成し遂げることも、何かを生み出すこともできない。
ただ、何も残せないまま、朽ち果てていくだけ。
今日も、いつもの声が聞こえる。
『役立たず』
『ブス』
『お前に何ができる?』
『楽になったら?』
『さあ〜、おいで!!』
「うるさい……! うるさい!」
周りに聞かれないよう、小さな声でつぶやいた。
コン、コン。
部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「おはよう。起きてる?」
母の声だった。
このまま寝たふりをするつもりだった。けれど、続けて聞こえてきた言葉に、思わず息を止めた。
「今日は、大丈夫?」
心配そうな母の声。
私は寝起きのふりをして、ゆっくりと部屋のドアを開けに行った。
「……おはよう」
気だるそうに答える。
「朝ご飯、食べよう」
母は、いつもの笑顔を浮かべていた。
「わかった」
そう答えて、私は再び部屋のドアを閉めた。
知っている。
あの笑顔は、無理をして作っているものだ。
私を心配させないために。
あの声が聞こえ始めたのは、十三歳の頃だったと思う。
突然現れた、見知らぬ影。
そして、私にささやきかける声。
私を罵り、傷つける声。
父と母、そして十五歳から通い始めた心療内科の医師は、いつか聞こえなくなるからと、私を励ましてくれた。
けれど、声は消えなかった。
むしろ、最近では以前よりも私を追い詰めるようになっていた。
だから私は、心配をかけないために、こう答えるようになった。
「大丈夫。もう、ほとんど聞こえなくなったから」
そう言うと、みんなが心から喜んでくれた。
その顔を見るのが、うれしかった。
だから、私は嘘をつき続けた。
朝の支度をするために部屋を出ると、隣の部屋のドアが少しだけ開いていた。
私には、三歳年上の兄がいる。
「……おはよう」
声をかけてみたが、返事はなかった。
私はそのまま洗面所へ向かった。
兄が中学生だった頃までは、こんな関係ではなかった。
一緒にゲームをしたり、家族みんなで冗談を言い合ったり。
あの頃は、普通に笑い合えていた。
けれど、私の状態が悪くなり始めたのと、同じ頃だったと思う。
体操競技に情熱を注いでいた兄は、ついに力尽き、高校を中退した。
それから、何とか気持ちを奮い立たせて大学受験に挑んだらしい。
けれど、結果は不合格。
父に励まされ、今は専門学校に通っている……らしい。
私は、兄のことを何も知らなかった。
いや、知ろうとしなかったのかもしれない。
「……仕方ないよね」
誰に言うでもなく、私はつぶやいた。
自分に言い聞かせるように。
食卓には、いつものように父が座っていた。
「おはよう」
「おはよう。……くっさ!」
思わず鼻をつまんだ。
父から漂う、いつもの嫌なニオイ。
「一昨日、風呂に入ったぞ!」
「だから、毎日入ってよ! せめて!」
「もういい!」
朝から疲れる。
「お母さん、コーヒーはアイスね」
とりあえず朝ご飯を食べて、早く自分の部屋に戻りたかった。
「なあ、前に言ってたTOEIC、受験してみないか?」
父が何気ない調子で尋ねてきた。
「……せめて、何かしないとね」
心配をかけて、ごめん。
そんな言葉は、口にできなかった。
「また考えておく……」
「大丈夫! ユリカは何でもできるから!」
母が、いつもの笑顔で言ってくれた。
無理をしていることくらい、わかっている。
それでも、私は何も言えなかった。
「今日、ごめんね。パパと仕事で出かけるから……。大丈夫?」
母の声が、少し悲しそうに聞こえた。
「心配しないで。大丈夫、大丈夫だから」
心から、心配をかけたくなかった。
そのときだった。
ドーン!
玄関のドアが乱暴に閉まる音が響いた。
兄が、何も言わずに出かけていったのだ。
母は追いかけるように玄関へ向かった。
「でも……。行ってきます、くらい……」
母の声が聞こえた。
怒りと悲しみが入り交じった顔をしているのだろう。
そんな母を、父が呼び止めた。
「大丈夫だから。心配するな」
「でも……」
「わかってあげよう」
父の声には、やりきれない思いがにじんでいた。
私は、聞こえないふりをした。
家族みんなが、それぞれ何かを抱えている。
父も、母も、兄も。
そして、私も。
朝食を終えると、私は自分の部屋に閉じこもった。
好きなコンテンツを開き、いつものように、大好きな特撮ヒーロー番組を観る。
英語が話せるようになること。
それが、私にできるかもしれない、数少ない目標だった。
そして、もう一つ。
私には、憧れがあった。
特撮ヒーロー。
どんなに傷ついても立ち上がり、強く生き、人々を助ける存在。
誰かを守るために戦い、どんな絶望の中でも決して諦めない。
私も、あんなふうになりたかった。
強くなりたかった。
誰かを助けられる人間になりたかった。
私だって、生きていていいのだと思いたかった。
画面の中のヒーローは、今日も戦っていた。
その姿を見つめながら、私は思った。
――もし、私にも力があったなら。
もし、私にも何かを変えられる力があったなら。
その願いが、どこにも届かないまま。
私は、この世界を去った。
残したメッセージは……。
『もう会えないかもしれない。
今までありがとう。
たぶん、また会えるかなって思う。』
『私のために、死なないでね』
特に最後に伝えたかった言葉……。
それが、私の最後の願いだった。
そして――。
私は、異世界に転生した。