八月の終わり、学童で子どもたちと過ごす克己に恋人から別れのメッセージが届く。彼は子どもへ向けた笑顔を保ちつつ中学時代の恋人、真祈と過ごした日々を思い返す。現在の別れが呼び起こした、六年前の記憶。それは失われた人と、書く人間となった自分をつなぎ直していく。

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本編

 半月ぶりに会う子どもたちは夏休みが残り二日しかないと散々に騒いで不機嫌で、さかんに愚痴を言い合っていた。いまだ自分の気持ちと行動が理解できなかったり、僕を後ろから抱き着いて困らせたりする幼稚さを濃く残したままでいる一年生は、しばらくぶりに会った遊び相手の大学生を散々に引っ張り回して満足げだ。延々とジョーカーを持たされ続ける負け確定ババ抜きを切り抜けたとき、ズボンに入れたスマートフォンがバイブレーションを起こして訴え出した。僕はそれが何を意味するのかがわかった。確認するために職員室へ入ると、手早くロックを解除して通知の表示をタップした。佐紀からのメッセージだった。

「あなたと別れたい」

 心の奥底から濁流さながらに溢れようとするものを必死になって抑え込もうとする努力が五秒だけ続いた。僕は肉体の意識から動きまで含めた全てをコントロールしながら穏やかに微笑んで教室に戻った。教室には、夏休みの終わりを四十八時間以内に迎えつつある子供たちが、大抵は笑顔をふりまきながらのほほんとして、密かに破局を迎えたアルバイトの大学生を気にするほどに敏感な者は誰一人としていなかった。

 ──音速中華店!

 だが、僕が暇だということを驚くほど正確に察知する子の一人が駆け寄ってきた。彼はそそくさとカードを配り始めた。こちらの方がより多くカードを配られているのは明らかだった。音速中華店は「チャー」「メン」「シュー」といったような手札を「チャー」「シュー」「メン」のように正しく組み替えながら捨てるゲームだ。僕は不利だったが、相手を上回る勢いでカードを捨て続け、ついに全てのカードを捌ききった。僕が終わったよと宣言すると、彼は手に持ったカードと僕を交互に見たのち、カードをほとんど投げるようにして強引に押し付けた。

「やった~! おれの勝ちだぁ」

 と両手を上げて喜んだ。そして椅子から立ち上がり、離れ際に

 ──これは負けたかっきーが片付けるんだよ!

 と告げた。こういったある種の馬鹿馬鹿しさを保持している点こそが彼らの魅力ではあるが。僕は微笑むだけで何も言わなかった。彼はUNOが行われている座卓に突っ込んでいく。

 僕は誰かが叫んでいないか、喧嘩や言い合いが生じていないかを確かめたのち、投げられて床に散らばったカードを拾ってから箱に入れ、玩具の棚に戻した。するとUNOを途中で放り投げたさっきの子供が、

「かっきー卓球しよ!」

 と言い服の袖を引っ張りながら僕を教室の端にある卓球を待つ列へと連れていった。僕が座ると、ちょうど試合に負けて順番待ちに戻った女の子が膝に上半身を預けてくる。僕はそれを「あんまやっちゃだめだから……」と言ってしっかり座るように促した。女児と成人男性の不必要な接触は保護者に非常に厳しい目を向けられるからだ……。

 卓球台で繰り広げられる試合が、曖昧な判定や、やったやってないの問答で喧嘩へ発展しないように見守りながら、あらためて僕は、僕たちの関係が破局を迎えたことについて考え始めた。

「八月はいやだなぁ」

子供たちは試合に熱中して見向きもしなかった。

 

 いつからか僕の目は退化していった。六年生の梅雨、僕のほかはあまり電源を入れることがないテレビの、番組表の文字列が読みづらくなったことに気づいた。それからは急激に悪化していった。

ひな壇に立たせられた僕は困り果てていた。集合写真を撮るにあたっては目線を向けるべき場所……カメラがどこにあるか分からなかった。

「こっち向いてください!」

 カメラマンは威勢よく声を上げて、それだけがはっきりと聞こえる。それはそうで、町のあらゆる機関から依頼されている。当時の僕には、公的機関との強固な癒着にしか思えず、手を抜けば写真店への反発が噴出するのだと考えていた。

目の前にカメラマンしかなければ、その位置など途端にわかるのだが……。あいにくカメラの周りには大勢の保護者が中学生に進学した子供たちをスマホに収めようと集結していた。彼らは小学校までに横の繋がりを十二分に形成していたので、それぞれの挨拶回りや雑談に勤しんでいる。僕の悪い目が映す景色ではカメラはスーツを着た大人たちの黒くぼんやりとした一塊に飲み込まれ、どこにあるかを判別できない。となれば、視線のやり場に迷う。

──克己、集合写真で目そらしてもぅとるやん。

 それは母の言葉だった。僕は小学校の入学式、写真撮影でよそ見をし、両親に散々に言われた。それは苦い経験として長く僕に残った。今朝、家を出る時も「気ぃつけとき」と釘を刺されていた。中学生にもなって繰り返すのはどうしても避けたかった。

 焦りが高まる。カメラとの距離も遠いのだ。町にある二つの小学校からやってきた新入生の列は横に長く伸びている。それを画角に収めるためだった。そのうえにカメラを隠すように保護者がいる。まるで石をどかした際に見える蟻の巣のような具合で好き放題しているのだ。足場としているひな壇が、姿勢を変えるごとに小さな揺れをきたしているのも、落ち着かなさに加担していた。

だいたい、保護者らに撮らせるのはこの町の機関における写真撮影を独占している、あの業者が仕事を済ませた後にするべきだろう、と僕は憤ったが、かといって抗議できるわけでもなく、唇を尖らせながらため息をついた。制服や靴の指定もくだらなかった。

「どうかしたの?」

 左の子に聞かれる。僕は場違いなため息を唇から漏らすのを止め、目を細めてカメラマンの位置をどうにか探り当てようとしつつ言った。

「目が悪くてさ、カメラが見えない」

「眼鏡は?」

 そこで彼女を見た。鼻が高く、肩にかかった髪の隙間から覗く顎の曲線が滑らかだ、とまで受け取ったところで、彼女の容姿を読み取る場合ではないと持ち直して、眼鏡の嫌なところを言った。

「鼻と耳に置くのがきしょく悪くて」

「ふぅん……でもカメラ目線じゃないと恥ずかしいよね」

 そう言って、僕からすると黒くぼんやりとした一団をがっちりと見た。そして、「んーっ」と言いながら腰に両手を当てる仕草をしてから告げた。

「私が教えてあげるよ」

「ありがと、お願い!」と答えると、あれこれ呟きながら説明した。

「えっとね、奥にある絵……多分ぼんやり青色に見えると思う。視界を平面として、縦の位置がそこ」指で示してもくれた。

 人だかりのさらに斜め奥に青みがかった物体、というよりはくすんだ青色をした絵らしきものがあった。そこから下にカメラマンと、彼の収入を支え続けるカメラが三脚に乗っている様子を想像しながら、次の言葉を待った。

「あとは……手前から数えて三つ目のバスケットゴールがあるあたり。横の線はここ。いま言った二本の線が交差するところにあるよ」

 少し戸惑ったが、言われたままに取り組む。遠近感は視力が衰えていても案外失われないようで、バスケットゴールの位置を一つ、二つと数えた。ようやくカメラの位置が分かった。

「カメラの様子からして、そろそろかも」

 そう言われると、ほどなくしてカメラマンの秒読みが始まった。

 撮影を終えると、僕はパイプ椅子に座った。そこまで戻ったところで、親切にしてくれた女性の名前やクラスを聞きそびれたことに気づいた。背筋を伸ばしても、あの子の姿は見えなかった。

 部活動体験が始まり、登校班がないのにも慣れてきた。桜はとっくに散り、授業もオリエンテーションを終えて内容に入りつつあった。

 特別棟の床は均一にくすんだ緑色をしている。それは白色に近い教室棟と比べてかなり薄暗く、気だるい雰囲気を醸成していた。消火砂が入っていたと思われるバケツからは、ゴミ捨て場へ向かうのを面倒臭がった生徒らによって塵の山が顔を出している。ずいぶんまえに死んだ虫はバラバラになって、細かな脚しか原型を留めていない。照明は昔ながらの蛍光灯で、寿命が尽きているものはチリチリ音を鳴らしたまま放置されていた。

「すみません」

 扉は錆びた消火栓の横にあった。僕はその中身を見たことがなかった。実際にという意味で、水を出すバルブや折りたたまれたホースが中にあるというのは知識としてある。ただ、一度も使われたことがないであろう消火栓は空でもおかしくないだろう。教師は消火栓に手を触れるなというが、それは僕たちを火災から守る手段としてあるのだから、中身くらい見る権利はあるのだろうと思っていた。

 図書準備室はU字状の本棚に囲まれていた。中央に二つの机が向かい合わせに置かれている。窓を背に座る女性が見えた。上半身を机に投げ出して眠っている女性が伸ばした手には文庫本が握られている。その題名は橙色をしたブックカバーに覆われて読めず、突っ伏していたために顔も見えなかった。

「あの」

 女性は眠っていた。僕は起こす気になれず、本棚を見て回った。木枠は二メートルほどの高さがあり、段ごとに本が収められていた。僕は重松清の『ビタミンF』を取って、廊下側の椅子に座った。それは確かバブル時代の東京近郊の住宅地を舞台にしていて、スケート・ボードを乗りこなす非行少年や、昔の恋人と訪れたホテルに、いまの妻と子供と訪れるような物語が載っていた。

そうすると、いまの僕もさほど変わらない。佐紀も座った椅子で、佐紀と出会ったサークルの会誌に、僕の過去にもう一人いるところの、二度と会えない女性について書いている。久しく忘れていたこと。

 東京近郊の住宅地、といえば、そこに生まれただけで運ガキとやらと言われる現代であるが、平成三十年にそのような言葉はなかった。振り返れば、忌々しい疫病が世界を覆って東京オリンピックを延期させる。ロシア・ウクライナ戦争の激化、ガザ戦争、イラン戦争が起こるなんて当時の僕らには全く、想像できなかった。長期政権のもとで、我らの世代の少年時代は平和だった……。

 静かに本を読み進めていたなかで、自販機のつり銭口に犬糞を塗りたくる場面に目が止まった。もしかすれば自身の指を犬糞が汚していたかもしれない、と感じたためだ。僕は町中の自販機を巡り歩くのを習慣にしていた。それは誰かが取り忘れたつり銭を拾い集めるためだったが、しかし犬糞が詰められた自販機は一台たりともなかった。そして『ビタミンF』は東京の住宅地を舞台にしていたから、ああいった都会も案外に汚らしいところがあるのか、と東京に行ったことがないくせに考えて満足した。それからずいぶん時間が経ち、僕は歌舞伎町に小便くさい路地を発見した。それは佐紀による案内のもとであったが、汚らしい東京の街は本当にあった……。

 ──あ、はじめまして。

 いじめを主題にした短編まで進んだところで、女性が目を覚ました。僕はその容姿に既視感を覚えた。そしてお互いに気まずくなり、沈黙が流れた。彼女は文庫本を揉むようにさすり続けていて、僕は席を外して途中まで読んでいた『ビタミンF』を本棚に戻した。そして、彼女に背を向けながら呼吸を整えた。どういうわけか、僕には妙な度胸と表すべきところがある。幼い頃は殴る蹴るの喧嘩のなかで、男同士の絆を深めていた。暴力を振るわなくなってからは内面で判断が下されると即座に、言葉にしたり動いたりできるようになった。

「に、入学式ではありがとうね」

 と語りかけたのも、相手が文庫本をさする両手をじっと見続けていたためで、僕はそれを発言権のパスだと捉えたからだった。

 席に戻ると、彼女の手元から文庫本が無くなっていた。

「どういたしまして」

待っていたように彼女は言う。

 そこで目を合わせた。初めて正面から見ると、夕日を受けて徐々に暗くなっている外と正反対に明るい部屋の照明を受けた瞳は茶の要素が強いとわかった。相変わらず鼻は高く、くっきりとした顎の線が目立っている。あまり見たことがなかった類の美しさを放つ女性だった。

「私は一組の上屋敷です。名前は真祈といいます。あなたは?」

 ぼうっとした僕を起こすような声で上屋敷が名乗る。

「六組で、名前は相田克己」

緊張した答えは恥ずかしかった。

「そっか~、じゃあなかなか出会わないよね」

「四階の西側から一組二組……とあるから、僕たちは正反対の位置だったね。階段もトイレも違うから」

 僕が通っていた公立中学校には数多くのルールがあり、言うまでもなく、そのほとんどが僕たちの自由を奪うものだった。

他のクラスに入ってはいけない。教室棟を中心で割って西側の一組から三組、東側の四組から六組ではそれぞれ別のトイレを使わなければならない。校舎の上り下りでも異なる階段を使わなければならない。

僕の推測では、これらの校則は荒れていた時代に生まれたものだ。校名をもじった愛称として「アル中」なる単語が流行したことや、主な進学先であった私立高校が、ある時点までは県内屈指のヤンキー校として名を馳せていた過去があったからだ。とはいえ、それは分かりやすい理由に過ぎない。実のところ町内の対立構造が教育現場にも表れていたのだ。それは町を南西から北東に貫くJRの線路、または国道五一号線を挟んで西に住む在来の人々と、そこから東側に住む新しい人々の対立だ。

それが学年を二分するような学校の施策にも表れていた。卒業アルバムを確認すると一組から三組は五一号線から西側出身の生徒が、四組から六組は東側出身の生徒が多かった。

「そんなルールも部活動なら関係ないね。だから言い忘れてた、酒井中学校文芸部へようこそ! あなたが二人目の一年生!」

 数年前に駅前のごく小さな書店が消えて以来、近場の有力な書店が土屋のモールにある未来店書店となった小さな町に、本読みに関心のある中学生が多くいるはずがなく、僕たちの文芸部には最後まで他の生徒が入ることはなかった。

「私たちの他に一人だけ三年生がいるのだけれど、顧問の宮野先生はほとんど来ないと言っていたよ。だから一人だけになったらどうしようかなって、さっきも寝ちゃったし。相田君が来てくれて安心したよ」

 彼女は不安と嬉しさを混ぜ合わせながら述べたが、僕はそれに励まされた。というより、僕は卒業するまでずっと、この部活に籍を置き続けるのだという確信をそれに見出したのだった。

「いつから本を読むように?」

「けっこう最近だよ。去年から視力が落ちてさ、テレビとか見なくなって、喧嘩もやめて。そこで家にあった司馬遼太郎の本を読んだら面白かった。いまはあそこの図書館で借りてる」

 町役場は五一号線のすぐ脇にあった。それに沿うよう南北に役場、公民館、避難所などの施設が集合していた。その北の端に図書館とホールを兼ねた新しめの施設がある。そのあたりは台地となっていて、東側の新興住宅地に住む僕としては歩道橋で線路を越え、その先の急な坂道を登るのが面倒だったし、建物の南側に突き出した図書館はガラス張りの窓から太陽の光を受けて、本は酷い日焼けをしている。そのうえ冷房をケチっているため非常に暑く、読書スペースは温度感覚の衰えた老人に占拠されていた。

「私はキャラクター文庫をよく読むよ。さっきまで読んでたやつだってそう。後宮もの、あやかし、異能とか。ファンタジーって、もちろん現実にはないものだからとっても面白いの」

 ショルダーバッグから取り出したのはさきほどの文庫本で、そのブックカバーがするりと外された。上屋敷は茶色い目をぱちぱちさせながら表紙を見せた。前面に緑色の着物を着た女性が佇み、彼女を僕が逆立ちしたって敵わないほど恰好のいい男が観察している絵だ。

「男の子向けのライトノベルとかって、訳の分からない理由で女の子が言い寄ってくるじゃん? でもこの作品は、お互いに色々事情があって、仕方なく結婚する……という話なのだけれど、それでも結婚までの過程をしっかり一巻十万文字で書いているの。そういう丁寧さが好き。結婚したらおしまいってわけでもなく、これは十巻以上続いているのもさ、良いの」

 今でも、上屋敷が夢中になる姿は綺麗だったと思う。この年になると、ああいった情熱を美術部のノリだとか言って嫌悪する人は多いだろう。うちの大学における美術部は荒れており、それ自体の印象が悪いと言えば確かにそうではあるが、僕は美術部的な雰囲気を非難しない。

これには高校時代の佐紀が美術部員だったことによる情的な擁護も入っているのだろうが。そもそも文芸部での彼女はそれに類型化できないものだったと思う。

僕は通学用のリュックから本を取り出した。

「歴史小説はあまりそうではなかったね。昔の武士が主な登場人物だから、結婚相手は決められていたし、これは嫌な話だが、旅人を村に泊めるにあたって娘を差し出して、あわよくばあの時代に旅ができるくらい高貴な武士の血を分けて貰おうとする描写もあった」

 僕たちはお互いが関心を向ける本やそのジャンルについて語り合い、時には沈黙しながら放課後の時間を共有するようになった。普段は校則によって隔てられていても、部活動になれば関係なくなった。そもそも放課後の図書準備室に来る生徒は誰一人居らず、ずいぶん後になるまで僕たちの関係は明るみに出なかった。

 関係に最初の変化があったのは、入学して一年以上が過ぎた二年の六月ごろだった。今年は二〇年代に入ってから数年ぶりに本格的な梅雨が訪れて、大学へ辿り着くのに悪名高い坂を登らなければならない僕たちは暑さが和らぐと言って歓喜したが、当時のそれは七月後半まで続いた長い梅雨だった。そのなかである日、上屋敷が傘を忘れた。

「もっと早く言えよ……」

「本が楽しくて」

 顧問も半ば僕たちの指導を放棄していて、学校を出る時間が十九時になる日もあった。その頃には彼女の友達は全員下校していた。

「家まで送っていくよ」

「ありがとう。とっても助かるよ」

 上屋敷の下校ルートは学校の正面にある国道二九六号線を東に進んで、桜が綺麗だった神社のある丁字路を右に曲がって、台地を削り去って縦貫している国道五一号線の上を橋で渡り、旧街道沿いの家に着くというものだった。僕は車道側に立ってずっと歩き続けていた。

「雨が止んだね」

それは丁字路を曲がろうとしたときだった。

「傘は閉じておくよ」

 僕は傘を閉じながら国道五一号を渡る橋のほうへ向かおうとした。しかし、彼女はそのまま国道二九六号を直進するそぶりを見せた。

「勿体ないから遠回りしない?」

 言っていることは正しかった。ここを直進すると五一号線に合流できる。交通量がとても多い国道の、ガードレールもなく白線が消えかかった狭い路側帯のなかでは水を撥ねて進む車の騒音で上屋敷の言葉はよく聞こえなかったが、とにかく直進したいようだった。

「こっち来て」

やけに早い足取りに置いていかれないよう進んだ。

 合流地点までは谷のようになっている。丁字路からなだらかな坂を下った底を過ぎたところで上屋敷が急に脇道へ逸れた。先はさらなる下り坂だった。突き当たりを左に曲がる。彼女は五一号線の下をくぐり抜ける四角いトンネルの中ほどで立ち止まった。

「相田君のことが好きです。もし君がよければ、付き合ってください」

 薄暗い蛍光灯が湿気の粒を照らす狭いトンネルに、部活動でのそれとは違って落ち着きをもった雰囲気のある告白が響いた。トンネルの天井には苔が生え、壁には生々しく卑猥な落書きが刻まれていたが、それを知ったのはかなり後になってからだ。とにかく僕に想いを伝えた真祈は美しく、ほんとうに綺麗だった……。

 三年になると受験があるため、僕たちの修学旅行は二年の十二月に行われた。やはりクラスは異なっていたから、京都・奈良の自由行動班は別だった。それでも僕たちは二泊目の宿の宴会場の脇にある人目につかない空間で二人きりになった。

 宴会場は旅館の地下にあり、脇に真っすぐ廊下があった。その廊下のある地点から先は様々な荷物によって塞がれていたが、宴会場を経由することで向こう側の空間へ向かうことができたのだ。僕たち二人は別々にそこに入り、廊下に突き出た縁側のような場所に座った。

「修学旅行楽しかった?」

右側に座る真祈に聞く。僕の右手と彼女の左手は縁側に手をつくようなかたちで重ねられていた。襖を一枚挟んだ宴会場では、UNOや人狼ではしゃぐ生徒たちが大勢いるなかで、二人だけが明らかに性的な好意に浸っている。それはたまらない高揚感を僕たちにもたらしていた。

「うん。友達と色々回れてよかったよ。でも、それよりもこうして一緒にいられるのが一番楽しいよ。……みんなにはまだ秘密だよ」

 真祈の唇が僕の頬に触れて、離れる。その行動に欲が即時的に姿を見せた。左手で背中を掴み、こちらに引き寄せようとする。彼女はそれをひらりと避けてにやりと笑いながら、繋いだままの左手で僕の手を愛おしむように擦った。そのような仕草を取りながら、

「大好き」

 と言った。僕たちは同じ言葉を繰り返した。

 新型コロナウイルス感染症の報道が出始めたのは同年の十二月頃からだったと記憶している。事態は段々大きくなり、三月から一斉休校が始まった。僕らが過ごしていた学校という共有の場は失われた。その代わりに頻繁に通話する日々を過ごした。そのなかで彼女から、

「お父さんが町議会議員で、東のニュータウンと西の街道沿いを結ぶ橋の計画をコロナ禍に合わせて再始動させようと考えているの」

 という趣旨の話を受けた。当時の僕は政治に関心がなかったから、真祈が議員の娘だというのも初めて知ったし、彼女を送った際に幾度も見た街道沿いの家も、やけに立派だなぁとしか考えていなかった。

 真祈によるとJR線を跨いで国道五一号と接続し、旧街道へも繋がる橋の計画は二十年前に頓挫した。新しい人々は賛成していた。橋が完成すれば町の西側へのアクセスが向上するためだ。しかし、在来の人々は大反対した。それはニュータウンに住む人間が、ずけずけと伝統的な町域に押し入るのが嫌だったからではないかと、僕は推測している。いずれにせよ反対運動は大々的に行われ、街道沿いからJRの駅を回って町役場に至るまでのデモが実行されるほどだったという。

 休校期間が明けると、橋の建設予定地の周りには、建設反対! 騒音反対! といった看板や旗が置かれはじめた。その大部分はJR線を挟んだ向こう側に集中しており、ある日、僕たちは東側からそれを眺めようと遠回りして帰った。既に僕たちは関係を公にしていた。

「向こうはずいぶん盛り上がっているね」

「うん。お父さんは、過去のしがらみに囚われず、いまいる人の視点に立って町の政治をやっていきたいって」

「最近はコロナで景気が悪いからね。駅前の酒屋も潰れたし、ナリタヤの前の百均も閉店するってよ。だからこそ橋を作れば、雇用も増えて町民の生活も便利になる」

「でもね……」

真祈の表情が曇った。好きな小説があまり喜ばしくない結末で終わった時でさえ落ち込まなかった彼女が初めて、本当に憔悴した様子を見せていた。

「お父さんのポスターに落書きされたの。裏切り者だとか、選挙で落とすぞ、とか。事務所に刃物が入った封筒が置かれていたこともあって」

 俯いた真祈は僕の肩に寄りかかって涙した。

「大丈夫だよ。真祈のお父さんは正しいことをやっているよ。新しい人々である僕にとって、あの橋ができたらどれだけ図書館への道や真祈を送った帰りが楽になることか」

「そうだよね、橋を作るのはいいことだよね」

 それから、真祈は橋に関する話題を出さなくなった。六月からの一学期はすぐに終わり、僕たちは受験勉強に本腰を入れ始めた。本来は図書館で一緒に勉強しようという計画だったが、図書館が感染対策で閉鎖されたため、通話を繋ぐに留まった。四、五月の休校が影響して、二〇二〇年の夏休みは二週間しかなく、八月十七日から二学期が始まった。

 その日、僕は朝早くに起きて勉強したが、流れてきた鼻血に手を焼いた。放課後、ようやく共に勉強できる期待で胸を満たしながら図書準備室に向かう。僕らには廊下で話す習慣はなく、真祈が欠席しているとは知らなかった。真祈の姿はなかった。夕方はやけにヘリコプターの騒音が酷かった。結局、集中できずに十八時に切り上げた。十九時になり、ニュース番組をつけると、

──千葉県酒井町 女子中学生がトラックにはねられ死亡

という字幕が流れた。

 真祈は受験勉強の影響で寝坊し、昼頃に家を出たのだという。告白して以来、あのトンネルをくぐって国道二九六号線の谷底から中学校へ歩いていたらしい。坂を登っていた真祈に反対車線から坂を下っていたトラックが突っ込んだ。地面とトラックに挟まれて即死だった。

 真祈が死んだ、と本当に分かったのは翌朝だった。それは彼女の父親からの電話だった。娘と健全な交際を続けてくれたことに感謝され、当日の昼も僕と会い、短い夏休みの勉強の合間に読んだ本について語るのを楽しみにしていたという。

 八月十八日の朝、つまり電話の直後に僕は激しい喪失感と絶望に身体の全てを覆い尽くされ、鬱的な症状に陥った。僕は二度と文芸部の扉を開けなかった。卒業する頃には椅子も机も本も処分された。真祈と共に過ごし、特別な関係を育んだ場所は跡形もなくなった。

 真祈は橋の建設に反対する在来の人々によって殺されたのだと思う。僕にはいくつかの事実がその考えを裏付けているように思えた。トラックは中学校に給食を運んだ帰りだった。給食センターは街道沿いにあったし、事故のあとすぐ橋に関する看板や旗が撤去されたのだ。もっとも、これは錯乱して町を駆けまわった際の曖昧な記憶だ。僕は真祈が死んだ事実を認めることができず、そのように考えることで理由付けしていたのかもしれない。トラックの所属は誰かから聞いた噂であったし、看板や旗も人が亡くなったのだから降ろすのが普通だ。しかし、こう思い返すと諦めきれない気持ちを見つけるのだ。

 佐紀と最後に会った日のこと。洗顔し、髪をセットしている時だった。わずかながら鼻血が噴き出した。慌てながらも僕は時間通りに彼女と合流できたのだが、その日は真祈が消えてからちょうど六年後の八月十七日だった。そして一週間後、佐紀は「あなたと別れたい」として一年半続いた交際を打ち切った。その瞬間になって、令和二年の夏と、鼻血も、日付までも繋がった。僕はひどく憔悴した。まったく八月は呪われた月だと嘆くほかになかった。ただ、少なくとも令和二年のカタストロフがなければ、僕は文字を書いていないし、この大学にも、サークルにも在籍しなかっただろう。

 別れとは人生で最も辛い経験なのだが、人は記憶の中で生き続ける。記憶は永続的なもので、思い出せばいつでも会うことができる。人は記憶の中で生き続ける……。


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