― 誰もいない世界の物語 ―   作:最上 イズモ

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第1話「願いが叶った世界」

「……本当に、誰もいないね」

 

崩れかけた高層ビルが並ぶ大通り。

 

その中央で、のぞみが足を止めた。

 

かつては車が行き交っていたであろう道路には、数台の自動車が放置されている。

 

信号機は消灯し、店舗のガラスは砕け、舗装の割れ目からは乾いた砂が吹き出していた。

 

カヲル「……静かだな」

 

のぞみ「うん」

 

風が吹く。

 

それ以外の音は、何もない。

 

のぞみは大きく息を吸った。

 

のぞみ「……いい世界」

 

カヲル「そうだな」

 

二人にとって、それは心地よい静けさだった。

 

誰かに利用されることもない。

 

誰かに裏切られることもない。

 

誰かの悪意に触れることもない。

 

人間がいなければ、人間によって傷つけられることもない。

 

少なくとも、二人はそう考えていた。

 

のぞみ「今回は、ここで暮らそうよ」

 

カヲル「……そうだな。急いで帰る理由もない」

 

兄妹には、普通の人間とは違う事情があった。

 

二人の本来の居場所は、バイオレットキャッスル。

 

現実とは異なる虚構空間に存在する城。

 

そこには、大きな図書館があった。

 

二人が時折そろって転生し、別の人生を歩む。

 

そして、その人生が終わると、一冊の本として図書館に収められる。

 

楽しかった物語。

 

悲しかった物語。

 

救いのない物語。

 

人間の残酷さを思い知らされた物語。

 

数々の人生を経験しても、二人が人間を憎む理由は消えなかった。

 

だからこそ、今回は願ったのだ。

 

誰もいない世界へ行きたい、と。

 

のぞみ「ねえ、お兄ちゃん」

 

カヲル「ん?」

 

のぞみ「……でも、どうして誰もいないんだろう?」

 

カヲル「…………」

 

のぞみ「人間がいないのはいいけど、動物も見ないよ?」

 

確かに、奇妙だった。

 

街路樹は枯れている。

 

雑草もない。

 

虫の羽音すら聞こえない。

 

カヲル「……何かあったんだろうな」

 

のぞみ「人間同士で殺し合ったとか?」

 

カヲル「あり得る」

 

のぞみ「……そっか」

 

そこで会話は途切れた。

 

二人は、再び歩き始めた。

 

しかし、その背後。

 

崩れたビルの屋上に、小さな光が生まれていた。

 

### Ⅱ世界線監査員

 

「……っと」

 

瓦礫の上に降り立った最上イズモは、周囲を見回した。

 

イズモ「……すごいな、これ」

 

眼下には、見渡す限りの廃墟が広がっていた。

 

イズモがこの世界を訪れた理由は、ピースギアの世界線観測システムが検出した異常だった。

 

世界線維持率の急激な低下。

 

文明活動の停止。

 

生命反応の著しい減少。

 

ところが、世界線自体は崩壊していない。

 

イズモ「……文明崩壊後の世界線、かな?」

 

携行端末を起動する。

 

大気組成は呼吸可能な範囲。

 

放射線量にも、ただちに退避を必要とする異常は見られない。

 

重力も安定している。

 

しかし。

 

イズモ「……生体反応、ゼロ?」

 

観測範囲を広げても結果は変わらなかった。

 

イズモ「いや、さすがにおかしいでしょ」

 

人間だけならともかく、動植物まで検出できない。

 

しかも、都市の状態が不自然だった。

 

イズモは近くの道路へ降りた。

 

放置された自動車。

 

割れた窓。

 

風化した看板。

 

その中に、比較的形を保った一軒のコンビニエンスストアがあった。

 

イズモ「……ちょっと失礼します」

 

壊れた自動ドアの隙間から中へ入る。

 

棚には商品が残されている。

 

レジの引き出しは閉まったまま。

 

カウンターの奥には、従業員の上着が掛けられていた。

 

イズモ「……略奪された様子はないな」

 

店舗内を記録する。

 

そこで、レジ横に置かれた一枚の紙が目に入った。

 

手書きの勤務表だった。

 

何人もの名前が並び、翌週まで予定が埋まっている。

 

イズモ「……普通に営業してたんだ」

 

少なくとも、従業員たちは店が突然使われなくなるとは思っていなかったらしい。

 

イズモは外へ出た。

 

そして、改めて街を見渡した。

 

イズモ「……戦争だったとしても、ここまで生き物が消えるものかな」

 

核戦争。

 

感染症。

 

環境破壊。

 

大規模な避難。

 

考えられる原因はいくつもある。

 

だが、どれも現状を十分に説明できない。

 

イズモ「……原因を決めつけるには、情報不足だね」

 

端末に記録する。

 

『世界線文明崩壊事象:原因未特定』

 

その直後。

 

ピッ。

 

端末が短い警告音を鳴らした。

 

イズモ「……ん?」

 

《未識別反応を検出》

 

《移動する生命反応:2》

 

イズモ「……え?」

 

先ほどまでゼロだったはずの生体反応。

 

そこに、二つの反応が現れていた。

 

イズモ「……生存者?」

 

表示された方向へ顔を向ける。

 

遠くの大通り。

 

二つの小さな人影が、並んで歩いていた。

 

イズモ「……おお、いた」

 

彼はすぐに歩き出した。

 

### Ⅲ望まれなかった来訪者

 

のぞみ「……お兄ちゃん」

 

カヲル「どうした?」

 

のぞみ「……誰かいる」

 

カヲルは足を止めた。

 

のぞみの視線を追う。

 

道路の向こうから、一人の人物が歩いてきていた。

 

白を基調とした装備。

 

片手には小さな端末。

 

そして、その姿は――

 

カヲル「……人間?」

 

のぞみ「…………」

 

先ほどまで楽しそうだったのぞみの表情が消えた。

 

のぞみ「……なんで?」

 

二人は、誰もいない世界を願ったはずだった。

 

人間の存在しない世界。

 

人間に関わらずに済む世界。

 

それなのに。

 

イズモ「こんにちはー!」

 

遠くから声が響いた。

 

のぞみ「……っ」

 

カヲルは一歩前に出た。

 

カヲル「近づくな」

 

イズモ「……ん?」

 

その声を聞いて、イズモは足を止めた。

 

イズモ「……あ、はい」

 

素直に距離を取る。

 

カヲル「何者だ」

 

イズモ「最上イズモ。別の世界線から来た調査員みたいなものだよ」

 

カヲル「……別の世界?」

 

イズモ「うん。この世界で何が起こったのか調べに来たんだけど……」

 

のぞみ「……人間なの?」

 

イズモ「ん?まあ、そうだけど」

 

のぞみ「…………」

 

のぞみはカヲルの背後へ移動した。

 

イズモ「……あれ?」

 

カヲル「帰れ」

 

イズモ「……え?」

 

カヲル「俺たちは人間と関わりたくない」

 

強い拒絶だった。

 

イズモは二人を見た。

 

そして、小さく頷いた。

 

イズモ「……なるほど」

 

彼は一歩下がった。

 

イズモ「分かった。じゃあ、邪魔しないようにするね」

 

カヲル「…………」

 

のぞみ「……え?」

 

予想外の反応だったのか、のぞみが兄の背後から顔を出した。

 

イズモ「まあ、こっちは調査が目的だから、別々に行動すればいいでしょ」

 

そう言って端末を操作する。

 

二人の位置を記録した後、識別情報を非公開に設定した。

 

イズモ「……あ、一応確認していい?」

 

カヲル「……何だ」

 

イズモ「この世界の生まれ?」

 

カヲル「違う」

 

イズモ「……そっか。ありがとう」

 

それだけだった。

 

イズモは二人へ背を向け、別の道路へ歩き始めた。

 

のぞみ「…………」

 

カヲル「……何だ、あいつ」

 

のぞみ「……追いかけてこないね」

 

カヲル「……ああ」

 

のぞみは遠ざかるイズモを見つめた。

 

のぞみ「……変な人間」

 

その声には、わずかな困惑が混じっていた。

 

### Ⅳ滅亡の痕跡

 

それから数時間。

 

イズモは都市の中心部にある行政施設を調査していた。

 

建物の地下には、非常用電源設備が残されていた。

 

イズモ「……これ、動かせそうだな」

 

装置の状態を確認する。

 

燃料系統は使えない。

 

しかし、制御盤と記録装置は比較的良好な状態だった。

 

イズモは携帯電源を接続した。

 

一瞬、制御盤のランプが点灯する。

 

続いて、古いモニターに文字が表示された。

 

イズモ「……お」

 

記録装置が起動した。

 

保存されたデータの一覧が現れる。

 

都市の人口統計。

 

交通情報。

 

気象記録。

 

行政文書。

 

そして――

 

『緊急事態対応記録』

 

イズモ「……これかな」

 

最後の記録を開く。

 

しかし。

 

イズモ「……ん?」

 

記録が途中で途切れていた。

 

災害発生時刻。

 

被害規模。

 

避難者数。

 

通常なら存在するはずの情報がない。

 

それどころか、最後の記録は平常時の業務報告だった。

 

イズモ「……警報も出てない?」

 

前日までの記録を確認する。

 

異常なし。

 

その前日も。

 

異常なし。

 

人々は普通に生活していた。

 

そして、ある日時を境に、行政記録が一斉に停止している。

 

イズモ「……予兆なし、か」

 

イズモは別の記録を開いた。

 

公共交通機関。

 

医療施設。

 

消防。

 

どれも、ほぼ同じ時間帯で更新が途切れていた。

 

イズモ「……これは偶然じゃないな」

 

少なくとも、都市全域に同時発生した事象があった可能性は高い。

 

その時。

 

背後から足音が聞こえた。

 

イズモ「……ん?」

 

振り返る。

 

地下施設の入口に、カヲルとのぞみが立っていた。

 

イズモ「……あれ、また会ったね」

 

のぞみ「…………」

 

カヲル「……ここで何をしている」

 

イズモ「滅亡原因の調査」

 

カヲル「……まだやっていたのか」

 

イズモ「そりゃそうでしょ。何も分かってないし」

 

カヲル「…………」

 

イズモはモニターに視線を戻した。

 

イズモ「……ちなみに、ここに来たのも何か調べるため?」

 

のぞみ「……違う」

 

イズモ「そうなの?」

 

のぞみ「……電気がついてたから」

 

イズモ「あー、なるほど」

 

地下施設の照明が一部点灯していた。

 

無人の都市では、確かに目立つだろう。

 

カヲル「……お前が動かしたのか」

 

イズモ「うん。施設の電源を一時的に復旧して、記録を調べてる」

 

カヲル「……そんなことをして、何になる」

 

イズモ「原因が分かるかもしれない」

 

カヲル「人間が滅びた理由など、知ってどうする」

 

イズモ「……ん?」

 

カヲル「どうせ人間が、自分たちで滅ぼしたんだろう」

 

のぞみ「……そうだよ。人間なんて、いなくなって当然」

 

イズモは二人の言葉を聞いた。

 

少し考えてから、口を開く。

 

イズモ「……それは、まだ分からなくない?」

 

カヲル「何?」

 

イズモ「人間が原因なのか、自然現象なのか、外部から何かされたのか。今はどれも確定してないよ」

 

カヲル「……人間を庇うのか」

 

イズモ「いや、事実確認の話」

 

カヲル「…………」

 

イズモ「もし人間が原因なら、それが分かる。違ったら違ったで、別の原因を調べる。それだけ」

 

のぞみ「……人間が悪くなかったことにしたいんじゃないの?」

 

イズモ「そんなことしても意味ないでしょ」

 

イズモはモニターを指差した。

 

イズモ「それに、そもそも全員死んだかどうかも分かってないし」

 

のぞみ「……え?」

 

イズモ「街には誰もいない。でも、遺体も見つかってない。避難した可能性もあるし、どこか別の場所に移動した可能性もある」

 

カヲル「……馬鹿げている」

 

イズモ「まあ、可能性の話だからね」

 

のぞみはモニターに表示された最後の記録を見つめた。

 

のぞみ「……じゃあ、まだ人間がいるかもしれないの?」

 

イズモ「うん。現時点では否定できない」

 

のぞみ「…………」

 

その顔が、わずかに強張った。

 

カヲルは妹の肩に手を置いた。

 

カヲル「……行くぞ」

 

のぞみ「……うん」

 

二人が引き返そうとした時。

 

イズモ「……あ、待って」

 

カヲル「……何だ」

 

イズモ「二人は、この世界に来る前から誰もいないって知ってた?」

 

カヲル「…………」

 

その質問に、カヲルの動きが止まった。

 

のぞみも兄を見上げる。

 

カヲル「……なぜ聞く」

 

イズモ「いや、単純に気になっただけ」

 

イズモは椅子に腰掛けた。

 

イズモ「二人とも、この世界に来たばかりみたいだったし。最初から無人の世界だと知ってたなら、情報源があるのかなって」

 

カヲル「…………」

 

長い沈黙。

 

やがて、のぞみが口を開いた。

 

のぞみ「……願ったの」

 

イズモ「……願った?」

 

のぞみ「……誰もいない世界に行きたいって」

 

イズモ「…………」

 

のぞみ「……そしたら、ここに来た」

 

イズモは少しだけ目を見開いた。

 

そして、ゆっくりとモニターを振り返った。

 

イズモ「……なるほど」

 

画面には、世界から生命活動が消えたと推定される日時が表示されていた。

 

イズモ「……ちょっと、確認したいことが増えたな」

 

### Ⅴ図書館に収まる物語

 

カヲル「……お前には関係ない」

 

イズモ「うん。二人がどんな願いを持つかは、二人の自由だよ」

 

カヲル「…………」

 

イズモ「ただ、その願いと、この世界で起こった出来事に関係があるかどうかは調べておきたい」

 

のぞみ「……私たちが、滅ぼしたって言いたいの?」

 

イズモ「いや、そんなこと言ってないよ?」

 

イズモは端末を操作した。

 

イズモ「二人が来るより前に滅びてた可能性だってあるんだから。まずは時系列を確認したいだけ」

 

カヲル「…………」

 

のぞみ「……お兄ちゃん」

 

カヲル「……分かっている」

 

カヲルはイズモを見つめた。

 

カヲル「……俺たちは、バイオレットキャッスルの管理人だ」

 

イズモ「……バイオレットキャッスル?」

 

カヲル「虚構空間に存在する城だ」

 

イズモ「へぇ……」

 

カヲル「そこには図書館がある。俺たちは時折、二人そろって別の世界に転生する」

 

のぞみ「……その時のお話が、本になるの」

 

イズモ「……本?」

 

のぞみ「うん。私たちが生きたお話」

 

イズモ「……すごいシステムだね」

 

のぞみ「…………」

 

イズモは興味深そうに端末へ記録した。

 

しかし、すぐに一つの疑問が浮かんだ。

 

イズモ「……じゃあ、今回の転生も本になるの?」

 

カヲル「……そうだ」

 

イズモ「……その本って、いつ作られるの?」

 

カヲル「物語が終わった時だ」

 

イズモ「……なるほど」

 

少し考える。

 

イズモ「じゃあ、まだ今回の本は存在しないんだね」

 

のぞみ「……うん」

 

イズモ「……そっか」

 

その時だった。

 

地下施設の照明が、一瞬だけ明滅した。

 

ピッ。

 

イズモの端末が警告音を発する。

 

《未知の空間干渉を検出》

 

イズモ「……ん?」

 

空間座標が揺らいでいる。

 

しかし、ピースギアの転移装置は作動していない。

 

カヲル「……これは」

 

のぞみ「……お兄ちゃん?」

 

二人も異変に気づいていた。

 

次の瞬間。

 

三人の目の前に、一冊の本が現れた。

 

紫色の表紙。

 

金色の装飾。

 

その本は、空中に浮かんだまま静止していた。

 

のぞみ「……え?」

 

カヲル「……そんな馬鹿な」

 

イズモ「……お?」

 

表紙に文字が浮かび上がる。

 

『誰もいない世界の物語』

 

その下には、小さく二人の名前が記されていた。

 

『カヲル』

 

『のぞみ』

 

のぞみ「……どうして……?」

 

カヲル「……まだ、終わっていない」

 

イズモ「……ん?」

 

カヲル「この物語は、まだ終わっていないはずだ!」

 

本が、ひとりでに開いた。

 

白紙だったページに、文字が浮かび始める。

 

カヲルは、その文章を凝視した。

 

のぞみも、恐る恐る覗き込む。

 

イズモは二人の反応を見てから、開かれたページへ視線を移した。

 

そこには、こう書かれていた。

 

二人の兄妹は、誰もいない世界を願った。

 

そして、その願いは叶えられた。

 

かつて人々に満ちあふれていた世界は、ある日突然、静寂に包まれた。

 

誰も、その原因を知らない。

 

二人の兄妹もまた、その理由を知らなかった。

 

だが、この世界には、一つだけ奇妙な記録が残されていた。

 

そこで文章が途切れた。

 

イズモ「……奇妙な記録?」

 

続くページには、文字が一つもなかった。

 

のぞみ「……こんなの、初めて」

 

カヲル「…………」

 

イズモは本の構造を端末で測定した。

 

物質としての質量がある。

 

しかし、通常の物質とは異なる空間情報が重なっている。

 

イズモ「……これ、図書館の本?」

 

カヲル「……そうだ」

 

イズモ「……なのに、まだ物語が終わってない?」

 

カヲル「…………」

 

カヲルは答えなかった。

 

イズモは再び本を見た。

 

そして、あることに気づいた。

 

イズモ「……あれ?」

 

文章の末尾。

 

そこに、新しい一行が現れた。

 

その記録を見つけたのは、兄妹ではなく、一人の異邦人だった。

 

イズモ「…………」

 

のぞみ「……異邦人?」

 

カヲル「……まさか」

 

イズモは、ゆっくりと自分の端末を見下ろした。

 

行政施設の記録。

 

都市全域で停止した生命活動。

 

そして、最後に残された日時。

 

イズモ「……これ、自分のこと?」

 

本は答えなかった。

 

ただ、次のページに新しい文字が浮かび上がった。

 

『次章滅亡前夜』

 

そして。

 

地下施設の奥から、機械音が響いた。

 

――ガコン。

 

三人が振り返る。

 

それまで何の反応も示さなかった大型端末。

 

その画面が、突然点灯していた。

 

文字が表示される。

 

『都市中央記録保管庫』

 

『最終保存記録を検出』

 

『記録日時:文明活動停止の前日』

 

イズモ「……おお!」

 

彼は立ち上がった。

 

イズモ「これか!」

 

モニターに駆け寄る。

 

記録のタイトルが表示された。

 

『世界規模緊急対応計画』

 

その下には、短い説明文が残されていた。

 

『全生命保護を目的とした最終計画』

 

イズモ「…………」

 

保護。

 

それは、滅亡とは正反対の言葉だった。

 

カヲル「……何だ、それは」

 

のぞみ「……人間が、何かしたの?」

 

イズモ「……まだ分からない」

 

イズモは記録の詳細を開こうとした。

 

しかし、ファイルには認証が要求された。

 

『管理者認証が必要です』

 

イズモ「……あー、なるほど」

 

彼は画面を見つめる。

 

無理に突破すれば、劣化した記録装置を破損させる可能性がある。

 

イズモ「……まずは保全からかな」

 

携帯端末を接続し、読み取り可能な領域の複製を開始する。

 

カヲル「……何をしている」

 

イズモ「壊さないようにバックアップ」

 

のぞみ「……そんなに大事なの?」

 

イズモ「そりゃね。もしかしたら、この世界で何が起きたのか分かる唯一の資料かもしれないし」

 

カヲルは画面を見つめた。

 

人間が残したもの。

 

本来なら、関わりたくもないものだった。

 

しかし。

 

その記録には、この世界の生命が消えた理由が残されているかもしれない。

 

そして、自分たちの願いが、何かに関係しているかもしれない。

 

カヲル「…………」

 

のぞみ「……お兄ちゃん」

 

カヲル「……分かっている」

 

イズモは二人へ振り返った。

 

イズモ「……どうする?」

 

カヲル「……何がだ」

 

イズモ「一緒に調べる?」

 

のぞみ「…………」

 

カヲル「……俺たちは、人間が嫌いだ」

 

イズモ「うん。さっき聞いた」

 

カヲル「……お前も例外じゃない」

 

イズモ「まあ、そうだろうね」

 

カヲル「…………」

 

イズモ「でも、嫌いな相手と協力しちゃいけないって決まりもないでしょ?」

 

カヲルは眉をひそめた。

 

イズモ「もちろん、嫌なら別々に調べてもいいよ。記録の共有だけでもいいし」

 

のぞみは兄を見上げた。

 

のぞみ「……お兄ちゃん」

 

カヲル「…………」

 

長い沈黙の後。

 

カヲル「……調査だけだ」

 

イズモ「了解」

 

カヲル「勘違いするな。お前を信用したわけじゃない」

 

イズモ「うん。それでいいよ」

 

のぞみ「……変な人間」

 

イズモ「それもよく言われるw」

 

のぞみは、ほんの少しだけ目を細めた。

 

そして、紫色の本を抱え直す。

 

そこには、まだ何も書かれていないページが続いていた。

 

その空白が、これから何によって埋まるのか。

 

誰も知らない。

 

滅びた世界。

 

人間を憎む双子。

 

世界線の異常を調査する最上イズモ。

 

そして、世界を守るために作られたという謎の計画。

 

この世界は、本当に滅びたのか。

 

それとも。

 

何かを守るために、誰もいなくなったのか。

 

三人の調査は、ようやく始まったばかりだった。

 

第1話「願いが叶った世界」終

 

次話「全生命保護計画」

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