職場の喫煙所で出会った激メロお姉さんが推しのVtuberだった 作:しっとりした百合が好き。
「え……?」
大好きな人、と言う発言に私は箸でつまんでいたおつまみを机に落としてしまう。
そして何故か胸にズキンとした痛みが走った。
嬉しそうなナゲクちゃんを見るのはすごく嬉しい。
推しの喜びは自分の喜びと言うのはオタクの共通感覚だと思う。
だけど、推しに好きな人がいると言われると、……何とも言えない感覚が全身にのしかかった。
だが、そんな私を置いて、画面の向こうのナゲクちゃんは饒舌に語りだす。
「今日、収録のあとにね。なんとなくいいことがある気がして喫煙所に寄ったの」
『喫煙所!?』
『ナゲクちゃんタバコ吸うの!?』
「うん、たまに、だけどね。去年から、ちょこちょこ吸うようになった」
ハイテンションなナゲクちゃんから新情報が飛び出す。
「そっか……ナゲクちゃんタバコ吸うんだ」
いつもなら自分もコメントをするような状況だが、今は半放心になりながら、一人、呟くことしかできない。
しかし、ナゲクちゃんはまだまだ止まらない。
「それで、続きなんだけど。そこで、喫煙所でね、会っちゃったの。大好きな人に。私、すごい嬉しくなっちゃって。でも、どうやって声かけていいか分からなかったから、思わずライターを貸してもらうことを口実に話しかけてね——」
ナゲクちゃんの声がまるで恋をする女の子のように弾んでいる。
……おかしい。
同性相手にこんなことを思ったことなんてないのに……。
そんな弾むナゲクちゃんの声を聴いていると、私の心はどんどん重たくなっていった。
「——それで、そしたらその人、私のファンだって言ってくれて……。すごい、すごい嬉しかったの」
「………………」
ダメだ。
どうしよう。
耐えられない。
矢継ぎ早に繰り出されるナゲクちゃんの惚気トークに私の心は引き裂かれていく。
自分でもおかしいと分かっている。
でも、どうしても止められない。
「——っ!」
嬉しそうに、幸せそうに、今日あったという出来事を話すナゲクちゃんを、私は推し始めてから、初めて見ていられなくなり、缶チューハイとタバコ、ライターを握り締めて、ベランダへ飛び出した。
「………………はぁ」
夜の冷たい空気を全身に感じながら、窓に遮られ、聞こえなくなったナゲクちゃんの声を背にしゃがみ込む。
お風呂上りからそこまで時間が経っていないこともあってか、身体は一気に冷えていくのに、頭に込み上げた熱が引く様子はなかった。
「……なんなんだろう、この感覚。ユニコーンって私みたいな人のことを言うのかな?」
ユニコーン、確かVtuberに本気で恋愛感情を抱き、その背後に恋愛関係がチラつくことを極度に嫌がる人たちを指すネットスラング。
ガチ恋とか……と、オタクながら一歩引いた目線を持っていた私は自分の現状にショックを受けた。
「私、ナゲクちゃんのことが好きだったのかな?」
くだらないことを考えながら、私の口を吐いたのはそんなこと。
もちろん、3年前のあの日、ナゲクちゃんの配信を見つけてから、Vtuber夜泣ナゲクのことはずっと推していた。
でも、あくまで相手は画面の中の存在。
中に人がいることは分かっていたとしても、私とは直接かかわることのない、文字通り次元の違う相手だった。
そんな相手を好きになることなんて、あるのだろうか?
グイっと缶チューハイを傾け、一気にのどへ流し込む。
キリッと冷たい柑橘系の甘さと、燃えるような熱を持ったアルコールが一気に身体を回って行く。
フラッと酔いの回る感覚があったが、私は手を止めず、そのまま350ミリ缶に残っていたお酒を一気に飲み干した。
「……っふぅ……ナゲクちゃん、嬉しそうだったなぁ……」
後ろを振り返れば、まだパソコンの画面上には嬉しそうに話しているナゲクちゃんの顔が見える。
「はぁ……一服して、切り換えよ」
慣れた手つきでタバコを咥え、ライターで火をつける。
「……そういえば、今日、私もお姉さんにライター貸したな」
火を付けながら思い出したのはお昼休憩に喫煙所で出会ったあのお姉さんのこと。
ナゲクちゃんは収録の後、喫煙所でライターを借りたと言っていたが、もしかしたらあの喫煙所にナゲクちゃんも来たのだろうか?
事務所の喫煙所は確かあそこだけだから、多分そうなのだろう。
私は、あの時にあったお姉さんを真似るようにたっぷりと煙を肺に入れて、ゆったりと吐き出す。
「あのお姉さん、どこの課の人なんだろ?」
吐き出した煙の中に、あの美人で、見た人を惹きつけるようなお姉さんの瞳を見る。
「ナゲクちゃんのファンじゃないって言ってたけど、今日配信があることは告知前から知ってたみたいだし、やっぱマネージャーさんと……か……?」
良くないとは思いながらも、空いた缶にタバコの灰を落として、もう一吸い、と思ったその瞬間。
私の脳裏に一つの可能性が過った。
「……いや……いやいや、え? そんなことって——」
口では否定しながらも、頭の中では、お昼休憩のお姉さんとの会話と、先ほどのナゲクちゃんの話がグルグルと混ざり合っていく。
「ねえ、ライター持ってる?」——「——思わずライターを貸してもらうことを口実に話しかけてね」
「はい。実はずっとファンで……」——「——それで、そしたらその人、私のファンだって言ってくれて……」
「……ん? え? まって待って? これ、偶然?」
場所は事務所の喫煙所。
ライターの貸し借りをした。
私がナゲクちゃんのファンだって話もした。
場所が事務所でさえなければ、まだあり得たかもしれない偶然。
だが……。
「え? えぇっ!? これって、もしかして——!?」
夜の空に、私の間抜けな声が響く。
場所が事務所となれば、それが偶然である可能性は限りなく低くなる。
つまり、これが意味することは——。
指先から力が抜け、灰を落としていた空き缶の口へ、吸いかけのタバコが吸いこまれていく。
だが、今の私に気にしている余裕はなかった。
飛び出して来た時と同じか、それ以上の速度でパソコンの前に戻る。
すると、そこでは、今だにナゲクちゃんが惚気話をしていて——。
「——たまにあの喫煙所でタバコ吸ってるって言ってたの。また収録で行った日に会えたりしないかな」
ちょうど聞こえて来たその発言で私は確信する。
「本当に!? あのお姉さん。ナゲクちゃんなのっ!?」
私の絶叫が防音性の高い部屋にこだました。
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