職場の喫煙所で出会った激メロお姉さんが推しのVtuberだった 作:しっとりした百合が好き。
「え? ほんとに? ほんとにほんと?」
配信終了後も私は現実を受け止めきれずに、画面の向こうのナゲクちゃんに向けて、一人で声を掛け続けるという奇行に及んでいた。
年甲斐もなくベッドの上で足をバタつかせながら、スマホに映る美少女に話しかける姿は何とも無残なものだ。
頭の中の冷静な私が、客観的に見た自己分析を容赦なく突きつけて来るも、止めることは出来ない。
「え、だってだって……うん。そう言うことだよね?」
もう何度目になるのだろうこの確認。
「あのお姉さんが……ナゲクちゃん」
だが、何度も咀嚼しなければ飲み込めないほどの衝撃だった。
じっくり、ゆっくり飲み込むように口に出して、ようやく少し落ち着いてくる。
突然の「好きな人がいる」発言に心を曇らされたかと思えば、どうやらその相手は私である可能性が高そうと来た。
……はっきり言って意味が分からない。
冷静になって来たからこそ、今度はそんな感情が私の中で膨らみ始めた。
だって、そうだろう?
確かに私はナゲクちゃんのそこそこ古参ファンだ。
何度も何度も、お気に入りの配信は暗唱とまではいかずとも、ナゲクちゃんがどんなことを話したかを覚えるくらいには見直しているし、ナゲクちゃんの配信のメインコンテンツである『嘆き』だって送ったこともあるし、実際に配信で読まれたこともある。
オフイベにだって行った。
だが、それだけだ。
せいぜい複数いる熱いファンのうちの一人。
配信アプリのアカウント名くらいなら覚えられているかもしれないが、当然本名ではない。
では、なぜ?
仮にあのお姉さんがナゲクちゃんで、ナゲクちゃんのす、好きな人が……私だとしよう。
その場合、ナゲクちゃんは一体どこで私のことを知ったのだろうか?
喫煙所で会ったお姉さんとは間違いなく今日が初対面だった。
……実はどこかで会っていたり? 少女漫画みたいにどこかで助けていたりするのだろうか?
いや、私の人生において、そんな漫画みたいな出来事は起こっていないはずだ。
「じゃあ、なんなの……?」
今度は画面に反射する自分の顔に問いかける。
だが、画面の向こうの私も口を噤んだまま、答えを教えてくれることはなかった。
◇◇◇
翌朝。
いくら悩んでいても、無情な現実は時間を進めてしまうもので、転職したての私は休むわけにもいかず、モヤモヤとしたものを抱えたまま出勤した。
すると——
「あ、良かった! 枢木さん! ちょっとこの業務対応お願いしてもいい?」
先日私にマニュアルを渡してくれた上司が、珍しく少し焦った様子で書類の束を渡してくる。
「え、ええ。問題ありませんが、何かあったんですか?」
慌ただしい様子の上司から書類を受け取りつつ、少し目をスライドさせてみると、なんだか今日は会社全体が焦っているように見受けられた。
まだ、始業前なのに、珍しい——なんて他人ごとのように思っていたのだが。
「あ、そっか。枢木さんまだ一月目だから一応研修中ってことになってるんだったわね。ごめんなさい、焦っていて研修の方への共有を忘れていたわ。昨日の夜のことなんだけど……」
上司の口から語られたのは、まさかの……
「うちのVtuberの夜泣ナゲクさんいるでしょう? あの子がね、昨日の配信でちょっと炎上しちゃってて」
「えっ……!」
ナゲクちゃんの配信のことだった。
「一応マネージャーに話していいかの確認は取っていたみたいなんだけど、最近かなり伸びてきていたおかげか、色々なところの注目を引いちゃってたみたいでね。局所的な切り抜きがSNSで拡散されて、炎上気味なのよ」
そうか……。
そう言われて、すぐに理解する。
確かに昨日の配信は切り取り方によってはいくらでも炎上させられる、そんな要素の塊だった。
私も、もしかしたら自分のことかも、と思えたおかげで何とか持ち直したが、ナゲクちゃんのあの発言にはかなりショックを受けた。
もし、自分のことかも? と思えていなかったら、悪意のある切り抜きなどはしなくとも、SNSにお気持ち投稿の一つや二つしていないとも言い切れない。
「そう、だったんですね。それで皆さんその対応に?」
「ええ、そうなのよ。私もこれから緊急会議で、だから、ごめんなさい。この仕事、ちょっと急ぎでお願いするわね」
「分かりました」
忙しいだろうに丁寧に説明をしてくれた後で、上司は慌ただしく会議室の方へ走っていく。
「……ナゲクちゃん」
まだ確定したわけではないが、他人ごととも思えず、何とも言えない気持ちになってしまう。
もしナゲクちゃんの言う相手が私だった場合、お昼休憩に私が喫煙所に立ち寄らなければ、この炎上は起こらなかったのだ。
「——っ」
首を振り、切り換える。
後悔先に立たずだ。
今は私のやるべきことをやろう。
炎上にこれだけ多くの人が動いてくれているということは、それだけナゲクちゃんがあ~んでっどライブに大事にされている証拠。
そうでなくとも、今の私が悩んだところで出来ることはないのだ。
なら、他の方々が対応に割く分の仕事を埋めることが、どこか遠くでナゲクちゃんを助けることに繋がるかもしれない。
貰った書類に目を通しながら、私は決意を胸に仕事を始めた。
◇◇◇ ——夜泣ナゲク視点——
朝、私は目覚ましではなく、何度も何度も掛かってくる電話によって目を覚ました。
「ん? なに? こんな時間に……」
着信元は私のマネージャー。
昨日収録で顔を合わせた後も配信前に電話をしたと言うのに、まだ何か話すことがあっただろうか?
「……はい、もしもし夢見です」
少し咳ばらいをして寝起き声を整え、電話に出る。
すると——
「夢見さん! 昨日の配信、あの好きな人ってどういうことですかっ!!」
いきなり聞えて来たのは切羽詰まったような、マネージャーの声。
「? 事前にお伝えした通りですが……」
「私が伺っていたのは会いたかった人に会えた話をしていいか? と言う話です! 好きな人なんて一言も聞いていませんよ! 早朝で申し訳ないですが、今から事務所に出てきてもらえますか? 対応について色々話し合わないと……」
「今日? 今からですか? そんな急な……と言うか、一体何が……」
「もしかしてまだSNS見ていらっしゃいませんか? ……夢見さん、昨日の配信、炎上しています。………………あぁ、すみません。夢見さん、私はこれから緊急の会議なので、詳しい話はまた事務所で。SNSは確認に留めてくださいね」
向こうから電話が切られてしまう。
いつもは温厚で落ち着いたマネージャーが、かなり焦っているようだった。
それに、電話の後ろから聞こえた声も……。
それから、私は事態の確認のためSNSを立ち上げると、そこには——。
——————————
あ~んでっどライブ所属Vtuber夜泣ナゲク
配信で想い人との蜜月を赤裸々に語ってしまうwww
——————————
「え……?」
見たこともないほどの通知量。
覚えのない意図での発言の切り取り。
見覚えのあるアイコンからの心無い言葉。
そんな地獄絵図が広がっていた。
曇らせ要素はないです。