偽伝:異聞の花々 作:頭デルタギア
たっくん「こわっ」
モルガン「目に映るもの、全てを灰に」
「──私は、妖精たちを救わない」
……。
「──私は、妖精たちを許さない」
……。
「
……。
「ただ、支配する。それだけで良かったんだ」
……。
「……──ねぇ、■■■」
……どうした。
「ごめん。
私、やっぱり──ダメみたい」
……そうか。
「あれだけ偉そうに言っておいて、この有様だもんね。
あはは。■■■のことを、偉そうに言えた義理じゃないや」
……そんなことねえよ。
「あるよ、ある。それだけは言わせて」
……。
「どうすればよかったのかな、私たち。
どこで間違えちゃったのかな。
どうやって失敗しちゃったのかな。
なにをすれば──報われたのかな?」
……さあな。
お前にわからないことが、おれにわかると思うか?
「ふふ、だよね」
ただ。
「?」
お前は──よくやったよ。
「────」
すげえ頑張った。それだけは、言わせろ。
「────────もう。
なんで……なんで、優しくしちゃうかなあ。
ズルいよ、そういうところ」
……悪い。
「うん。しっかり反省するように」
沈黙。
やがて、トネリコは告げた。
「私は、これからやるべきことをやるけど」
……ああ。
「……──■■■は、これからどうするつもりなの?」
……おれは。
おれは────────
▼ ▼ ▼
「■■■■───!」
騎士が降臨したと同時に、側面から忍び寄っていた1匹のブラックドッグが、暴力的な颶風となってモードレッドに襲い掛かった。
知っていた。
だからモードレッドは、その場から一歩だけ後ろに退がる。それだけの動作で、獲物を引き裂くはずだったブラックドッグの爪は空振った。
だけでは、終わらせない。
目前を高速で通り過ぎていくブラックドッグの尾を見逃さず、モードレッドは右手を伸ばす。
粘ついた体毛の厭らしい感触を、装甲越しに感じ取った直後。
「──!」
モードレッドは片腕のみでブラックドッグを強引に宙へ引き止めると、続くようにして前から躍りかかってきた2匹目のブラックドッグ目がけて、思い切り叩きつけてみせた。
肉と肉が潰れる悲惨な音が、遮るものがなにひとつ無い平原に木霊する。
同族の肉体に強く打ち据えられた2匹目は、声を上げる間もなく地面へと叩きつけられた。だが、まだ微かに息と害意を残している。
手負いの獣ほど恐ろしいものはない。反撃の意志を目ざとく見抜いたモードレッドは、倒れ伏しているブラックドッグの横っ腹へ容赦なく蹴りをぶち込んだ。
「■■……ッ、■■──■■……」
勢いよく蹴られたサッカーボールのごとく宙空を飛んでいった2匹目は、地面に強く打ち据えられた後、一瞬だけ大きく震えてからつつがなくその生命を終えた。
そして、生きている気配がすっかり絶えた尻尾をぽい、と離して、モードレッドは手を軽くスナップさせる。
「───……!」
すぐに終わる、楽な狩りだと思っていた。
滅多に喰べられない上等な獲物にありつける、最高の狩りだと思っていた。
だが、ブラックドッグたちの頭からはすでに、獲物のことなど消え去っていた。
目の前の敵。
金色の目を光らせて、銀色の装甲を輝かせながら、赤い光を纏った騎士。
そいつが邪魔で、迷惑で、疎ましくて、憎くて、殺したくて、消し去りたくて──仕方がない。
ありとあらゆる邪念が入り混じった矢印を感じ取ったのか、モードレッドは見せつけるように辺りをゆっくりと一瞥してから、
ちょいちょい。
遊びに誘うみたいに、人差し指を軽く動かした。
「■■■■■■───ッ!」
挑発を受け取った獣どもが、烈火のごとく猛りだす。
怒りで視界を真っ黒に染めながら、残ったブラックドッグたちは、一斉にモードレッドへと迫った。モードレッドが乗っていた妖精馬に守られながら戦闘を見守っていたホープは、確実な死を予感して思わず声にならない悲鳴を上げる。
モードレッドは構わず、バックルからファイズフォンを抜き取ると、静かにコードを入力する。
1・0・6。
次いでエンターキーを入力すると同時に、中央部をすかさず折り曲げた。
トリガーロックを解除されたファイズフォンは、可変式光弾銃──フォンブラスターへと瞬時に変型。
──『Burst Mode』
モードレッドは気だるげにフォンブラスターを構えると、ろくに狙いもつけず、ばら撒くような形で光弾を発射した。
事実、光弾のほとんどはブラックドッグたちではなく、その横や上下をすり抜けていく軌道に乗っている。
だが。
凄絶なエネルギーを秘めたフォトンブラッドと、神域の天才と謳われるモルガンの魔力が、最後まで調和することは決してない。
小さな光弾のなかで互いを食い合うように規模を広げていたふたつは、やがて当たり前のように破裂した。
同時に光弾は散弾へと激しく変化し、光の飛礫となって、ブラックドッグたちの身体を次々と刺し貫いていく。
その光の暴風雨を運よく逃れられた3匹のブラックドッグは、立ち尽くすモードレッドの首、脇腹、足を食い千切らんと、ジグザグと縦横無尽に走行。
彼我の距離は瞬きの間に縮まった。
1匹目、右──
と見せかけて、跳躍してから頭上よりの強襲。
「──」
モードレッドは手に持っていたフォンブラスターを素早く上に構えると、もう一度引鉄を引いた。空中というある種の牢獄に囚われていた1匹目は、今度は散らずに済んだ光弾を真正面から受け止めた結果、轟音を生み出しながら吹き飛んでいく。
2匹目、左──
と見せかけて、急激に方向転換してから右に一撃。
視界の端で獣の変則的な挙動を捉えたモードレッドは、その場で旋転した。回転の勢いと魔力をそのまま蹴り足となった右足へと流し込み、ブラックドッグの頭部目がけて強引な回し蹴りを放つ。轟、と風が乱雑に引き裂かれた思った次の刹那、2匹目の頭蓋は一瞬で粉々に砕かれていた。
3匹目──
いない。
「──!」
見ればモードレッドではなく、ホープに狙いを定めて疾走していた。どうやら最初から2匹を囮にして、自分だけが得をする腹積もりだったらしい。
すでにその背中は遠い。フォンブラスターを放とうにも、もし先ほどのように光弾が破裂してしまえば、守る対象であるホープはひと溜まりもないだろう。
ゆえに。
「──
モードレッドの声が響くよりも早く、主の無言の命に従ってホープを守護していた妖精馬──ラムレイは、灰色のたてがみをたなびかせながら駆け出した。
ノリッジのなかでも特に腕利きの鍛冶師が創り上げた鉄蹄が地を踏みしめ、草を散らして、風を破る。
傍から見れば、瞬間移動と見紛う速度で疾駆するラムレイは、ブラックドッグとの距離を一瞬で詰めると、ぶつかるような形で突進を繰り出した。
「■ッ──■■■──」
乗用車が電柱に激しくぶつかったような、鈍い音が響く。
ラムレイの巨体に跳ね上げられた3匹目は、走り出していたモードレッドの元へと、誂えたかのように落ちてこようとしていた。
この機を逃すつもりはない。
仮面の騎士は左腰に装備された、デジタルカメラ型パンチングユニット──ファイズショットへミッションメモリーを挿入した。
──『Ready』
電子音が鳴るとともに右拳へと装着。そのまま流れるように装填し直したファイズフォンを開き、エンターキーを入力する。
──『Exceed Charge』
ひと際強いフォトンブラッドが魔力を引き連れて、右拳一点に集中を開始した。
硬く握り締められた拳に呼応するように、干渉し合うフォトンブラッドと魔力が、激しい火花を散らして光る。これではまだ足りない。一撃で仕留める。だから。
より強く、より迅く、より重く。
やがて、籠った力が極まったと判断した瞬間、跳躍したモードレッドは必殺の拳撃を標的に向かって打ち上げた。
──グランインパクト。
拳を喰らったブラックドッグの体内を、フォトンブラッドと魔力が暴れ狂う嵐となって駆け巡る。
やがてΦの紋章が虚空へと大写しになると、ブラックドッグは爆発音をともなって、完全にこの世から消滅した。
▼ ▼ ▼
その光景を、ホープはただひたすら呆然としながら眺めていた。
胸部にキャメロットの都市紋章を刻み込んだ、およそ騎士らしからぬ不可思議な鎧。
ブラックドッグの群れをいとも容易く殲滅してのけた戦闘能力。
なによりも──妖精たちでは決して纏えない、血液めいた赤い光。
どこからともなく現れては、赤き光とともに女王の敵を殲滅し、どこへともなく去っていく。
ここまで合致していると、もはや疑うことすら馬鹿らしい。
モルドレッドこそが──妖精騎士モードレッドだったのだ。
「……」
「──あ、う」
金色の視線を不意打ち気味に向けられて、ホープは思わずたじろいだ。
どんな反応を返せばいいのかわからず、口は固められたみたいに動いてくれない。
ホープの知っている──短い時間ではあるけれど──モルドレッドの姿と、モードレッドは妖精たちから恐れられる妖精騎士の1人であるという事実が、頭のなかでどうしても結びつかなかった。ひょっとすると自分は荷車の上でついつい眠ってしまって、夢を見ている途中なんじゃないかとさえ思う。
だけど、これは現実だった。
草の匂いを孕んだ風が、湿った土の感触が、全身に走る痛みが、それを教えてくれていた。
「──ぁ」
なにを言おうとしたのだろう。
意を決したホープが口を開こうとした直後、こちらにゆっくりと近寄ってきていたモードレッドが突然立ち止まり、電撃を流されたかのような俊敏さで背後に振り返った。
「──」
ホープにはなにがなんだかわからない。
けれど、モードレッドの身体から滲み出ている警戒心が、先ほどとは比べ物にならないほど濃くなっていることは理解できた。
彼の視線の先に、一体なにがいるのか。ホープはふたたび護衛に戻った妖精馬──ラムレイの躯体に隠れながら、モードレッドの向こう側をそっと覗き込んだ。
そこに、いたのは。
「……」
灰色の襤褸布で全身を覆い隠し、1本の長い槍を静かに携えた、細長い影だった。
辛うじて人型だと判別がついたのは、襤褸布から腕と足が飛び出していたからだ。表面はなにもない荒野に何百年と放置された樹木のように乾ききっており、今にも骨ごと砕け散りそうなほどか細いが、それは確かに手足の形をしている。
身長は目測でモードレッドより高く、ラムレイよりわずかに小さい高さ。しかしラムレイの巨躯を考えれば、ホープにとってはまさしく巨人と呼べる身体であることに間違いはない。
長い手足と高い身長を見たところ、風の氏族のように窺えた。土の氏族にしてはスマートすぎるし、牙の氏族にしてはどうにも細すぎたからだ。
けれど、ホープはその影が自らの同族であることを、どうしても信じることができなかった。
「……うっ」
ホープは思わず口元をおさえて眉をひそめる。
風に吹かれて漂ってくきたのは、得体の知れない腐臭。
ただそこにいるだけで世界をゆっくり腐らせていくような、ヘドロのごとく澱んだ気配。
襤褸布に隠れて見えない顔面部から、かすかに聞こえてくる吐息らしき音は、さながらキャメロットの大穴の底で吹く涼風のように不吉だった。
この世に実体が在るとは思えない、まるで亡霊みたいな──
そこまで考えて、ホープの脳に1つの単語が浮かび上がった。
妖精國で平和に暮らしたいなら、知っておかなければならない常識の1つ。
世界を作り替えるほど強大な妖精領域を生まれ持ち、持て余し、耐えきれず、自滅して。
その果てに産み出される成れの果て。
其の名は。
「
ホープが漏らした呟きに反応するように、影は突然手にした槍を振り上げると、勢いよく石突を地面に突き立てる。
甲高い音が鳴り響き、邪悪な魔力がたちまち空間を塗り潰していく。その魔力が一帯を染め尽くした直後、周囲に散らばっていたブラックドッグたちの死体がぴくり、と身動ぎしたかのようにホープには見えた。
そして、それは気のせいではなかった。
「■■……──■■■■■───!」
ブラックドッグたちは時間を巻き戻されたかのように次々に起き上がっていくと、歓喜の遠吠えを繰り出していく。
獲物をふたたび仕留められる機会を与えられた歓喜。
邪魔物をふたたび排除できる機会を与えられた歓喜。
この世にふたたび、生を受ける機会を与えられた──歓喜。
▼ ▼ ▼
「───アラウン、か」
モードレッドの戦闘を遠見の魔術で眺めていたモルガンは、ついにその姿を曝け出した妖精亡主の名を、以前から知っていたような口振りで呼んでみせた。
それは、ケルト神話において様々な側面を持つ異界『アンヌン』を統治する王の名前。
灰の衣を身に纏い、冥府の猟犬を引き連れながら、冬から夏にかけて狩りを楽しむ彼の王は、恐るべき腕前を誇る狩人であると同時に、彷徨える死者の魂を冥府へと誘う導き手としても知られている。
だが、この妖精國のなかで、本当の意味で死を迎える生命はいない。
ゆえに、この妖精国において、アラウンの『目的』は決して果たされない。
モルガンがこの玉座に居座り続ける限り。
未来永劫。いつまでも。
「……もっとも。
貴様の最期を看取る騎士も、死からは遠くかけ離れているようだが」
導く側から彷徨える側へ墜ちてしまったアラウンを、つまらなそうに一瞥して、モルガンはモードレッドに視線を据え直した。
金色の目、深紅の血脈、白銀の装甲。
妖精が嫌う加工された鉄、妖精が忌避する未知なるフォトンブラッド、妖精が恐れるモルガンの魔力。
それらが絶妙なバランスによって成り立っている騎士の姿は、納得のいく完成度を誇る魔術道具を製作できたときのような、清々しい満足感をモルガンに与えていた。
「──む」
しかし、ある瞬間に、彼女は己の鉄面皮へ極めて小さな不満の漣を立てた。
彼女をよく知る人物が、超至近距離から観察して、ようやくわかるぐらい小さな感情の揺れ動きである。
彼女が、なにに対して不満を抱いたのか──それは妖精亡主と化したアラウンでも、疑似的な蘇りを果たしたブラックドッグでもなく、武装のひとつもせずに気だるげに立つモードレッドにであった。
「……まだ、使っていないのですか」
いつもそうだ。
どうにも彼は、モルガンが用意してある武装を滅多に使おうとせず、着の身着のままで戦おうとする悪癖があった。
それは、モルガンが
勿論、それだけでもモードレッドは充分強い。
人間を超越した身体能力に、不死身の身体。
加えて、かつての自分とともに妖精國で起きた様々な『厄災』や戦乱を、何千年と繰り返し収め続けた過去から来る戦闘経験の豊富さは、おそらく現在のブリテンにおいて頂点に近い厚みを誇っているだろう。
しかし、それだけでは足りなかった。
それだけでは、妖精のなかでも屈指の力を誇る大妖精──たとえば北の女王や排熱大公などといった敵を相手取るには、まだ不足が過ぎていた。
一度死ぬことで人間を超越した存在と、最初から人間を超越した存在とでは、どうしても途中で差が出てしまう。
いったい自分がなんの為に、抜き取った起動プログラムを妖精國用にチューニングし、スーツと装甲を魔術で再現し、妖精國に存在しない衛星どもの役割を担っていると思っているのか。
いったい自分がなんの為に、征服戦争たる『冬の戦争』を起こすタイミングで──氏族長すべてを相手にしなければならない戦いにおいて、その鎧を復活させたと思っているのか。
いったい自分がなんの為に──
モルガンは玉座に深く背を預けると、そっと頬杖を突いた。
そして、大きく距離を隔てた場所にいるモードレッドへと、試すように言葉を投げかけた。
「その鎧の真価──まさか、忘れたワケではないでしょう?
我が、
▼ ▼ ▼
「──」
そんなモルガンの言葉が聞こえてきたかのように、モードレッドはぴくり、と肩を揺らした。
ホープの困惑も、ブラックドッグたちの憎悪も、灰色の影──アラウンの静観もまるきり無視して、一瞬だけ黄昏色の空を見上げる。
そして、ため息を吐き。
「──やりゃいいんだろ」
不貞腐れるように呟いて、
「……!?」
魔力の起こりも、神秘の予兆もなく、目前の騎士は常識ではあり得ない現象を起こしていた。
驚愕するホープをよそに、モードレッドは肘先まで突っ込んでいた腕をしばらくごそごそ、と動かしてから、おもむろに勢いよく引き抜く。
その手には、いつの間にか、一振りの剣が握られていた。
ロクに構えられもせず、無造作にぶら下げられたその剣は、眩い白銀の刀身をしていた。刀身の根元と鍔、それからグリップに無骨な赤い装飾が施されているのみで、豪華絢爛な宝石や黄金などは一切付与されていない。
一見したところ、おとぎばなしに出てくるような、特別工夫もない簡素な造りの騎士剣のように見える。だが、そこに籠められた魔力の重圧は、世界を軋ませるぐらい濃厚だ。
これこそは、モルガンが
汎人類史ブリテンにおいては、アーサー王の宝物庫にしまわれていた、王家の象徴として燦然と輝く王剣。
異聞帯ブリテンにおいては、『
其の名は。
妖精剣──クラレント。
「■■■、■■■■……!」
眷属とした妖精の命を流転させる自らの妖精領域が、刀身から滲み出る魔力にじわじわと焼き尽くされて、末端から灰になっていく悍ましい感覚。
アラウンは、動揺の浮かんだ掠れ声を思わず零した。
妖精領域とは、世界すらも作り替えるほどの力を持った妖精が、いわば己の本質を曝け出しているようなものだ。
それを壊されるということは──魂を壊されることに等しい。
本能的な恐怖を覚えたアラウンは、槍を振り上げて、ブラックドッグたちに号令を放った。狩りの許可を主より与えられた黒犬の群れは、獰猛な歓喜に身をやつしたまま、一気呵成に飛びかかる。
その動きは、先ほどの襲撃の際には見られなかった秩序というものが感じられた。獲物を確実に仕留めるという秩序が。
モードレッドは怯まず、無言でクラレントを薙ぐ。
それだけで。
「────!」
迸った光が、妖精領域ごとブラックドッグの群勢を呑み込んだ。
落雷が間近に墜落したかのような光と轟音がやみ終わると、そこに獣の姿は肉片1つすら残っておらず、散り散りに走る小さな赤雷だけが宙を泳いでいた。
ホープは息がしやすくなったことで、妖精亡主の魔力が完全にその場から払い除けられたことを察する。
アラウンは自分の枯れ木のような手足が黒焦げになったことで、妖精領域を完全に壊されたことを察する。
モードレッドは躊躇わず、すでに踏み込んでいた。
袈裟懸けの一閃。
アラウンの防御はかろうじて間に合った。手にした槍の中間部で、モードレッドが振るう剣を受け止める。
鉄と鉄が激しくぶつかり、火花が大量に散った直後、高所から降り注ぐ鉄塊を受け止めたかのごとき衝撃と重さが、槍を伝ってアラウンの痩身を震わせた。
「■■■……ッ」
このまま力比べを続けていれば、いずれ必ず押し負けるだろう。それを悟ったアラウンは槍の有効射程に入るべく、距離を取ろうと力を調節する。
その隙を見逃さないように、モードレッドの鋭い前蹴りが炸裂した。
おそらく足裏から魔力を放出したのだろう。砲弾を喰らったかのような爆音とともに、アラウンは地面と平行になりながら吹き飛んで、遠く離れた場所に叩きつけられた。
しかし、これで距離は取れた。
全身を走り抜ける苦痛と痛みを堪えながら立ち上がり、槍を構えようと顔を上げたアラウンの眼前に。
切っ先。
「!?」
反射的に穂先で弾いた刹那、モードレッドが視界に滑り込んできた。
自分が体勢を立て直すタイミングを見計らって、剣を投げつけてきたのか──とアラウンが理解するよりも早く、すくい上げるような軌道に乗った右アッパーが、アラウンの鳩尾をえぐり抜く。
苦悶の声を漏らしながら身体をくの字に折り曲げたアラウンの、無防備な背中を──具体的に言うなら脊椎を、モードレッドは肘打ちで呆気なく砕いてみせる。
それでも胴にしがみついて離れないアラウンを、モードレッドは肩を掴んで強引に引き剥がし、裂帛の気合いを込めて殴りつけた。
呻き声をあげて弾け飛んだアラウンを追わず、モードレッドはふたたび手を軽くスナップする。
そして装填したファイズフォンを開き、エンターキーを押した。
──『Exceed Charge』
魔力とフォトンブラッド、さらにはオルフェノクの無尽蔵ともいえる生命力が、フォトンストリームを伝ってクラレントへと流し込まれていく。
古き魔術、現代の科学、異形の力。
決して交わることのない三者が保有する3つのエネルギーは、当然のように刀身のなかで激しく反発しあった。その余波として生まれた赤い稲妻が、周囲の草や地を焼き焦がしていく。
やがて、刀身が完全に赤光に包まれた瞬間、モードレッドはクラレントを引きずるように持ちながら疾走を開始した。
あの一撃は、必ず自分を滅ぼし得る。
この瞬間こそ勝負所であると理解したアラウンは、槍を中段に構えて深く姿勢を沈めた。そして穂先の狙いが定まった瞬間、モードレッドと鏡合わせになるように駆け出す。
クラレントの制御に集中しているらしいモードレッドは、先ほど見せた魔力放出による移動を使っていなかった。それでも目を見張る速度を保ってはいたが、さして警戒するほどでもない。
大してこちらは、そのような制限などない。
貪欲にかき集めた魔力を、持て余すことなく解放したアラウンは、一流の妖精馬の全速力を遥かに凌駕するスピードで、モードレッドを射程圏内に引き摺り込み、
「───ォ、オ!!」
すべてを込めた一突きを、全身全霊にて打ち放つ──!
より強く、より迅く、より重く。
狩人としての冴えを取り戻したかのようなその一撃は、流麗な残光を宙に閃かせながら、モードレッドの心臓を的確に刺し貫いた。
そう。
確かに、刺し貫いたはずなのに。
なぜ、この騎士は止まらない──!?
「──悪いな」
互いの呼吸音さえ聞こえるほどの至近距離。
金色の仮面の下で、男が皮肉っぽく笑う。
槍を引き抜こうにも、身を翻そうにも、もはや手遅れ。
「──見事!」
アラウンの、最期の言葉。
モードレッドは応えるように、極光を灯したクラレントを渾身の力で握り締めて。
「おぉ────!」
紅蓮の一閃を解き放った。
それは、キャメロットに捧ぐ散華の煌めき。
それは、煮え滾る星の怒りを宿した輝き。
それは、己が身体を憎悪する男の叫び。
ゆえに、彼の女王は、その一閃を次のように呼称していた。
───『
光が満ち、音が消えた。
北部平原すべてを焼き尽くさんばかりの勢いで刀身より放たれた魔力とフォトンブラッドは、アラウンの身体を完全に消失させてなお勢いを緩めることなく、禍々しい雷光の波濤となって辺りを飲み込んでいく。
「……ぅ」
闇を切り裂き、光を齎す騎士の姿。
それが、強烈な魔力の余波に意識を持っていかれたホープの見た、最後の景色だった。
そして、ブラックアウト。
▼ ▼ ▼
グリムもいなくなった。
エクターもいなくなった。
ライネックもいなくなった。
ウーサーも……いなくなった。
誰も彼もがいなくなり、トネリコのそばにいるのはとうとう、自分とトトロットの2人だけになってしまった。そして、これからそのトトロットも去ろうとしている。
「トネリコはこれから空想樹を枯らすんだろ!
多くの妖精が死ぬんだろ!
なら旅はここまでだ!
いままで楽しかった──じゃあなトネリコ!」
荷物をまとめたトトロットが、トネリコに別れの挨拶をしている。
あの日以来──ロンディニウムが灰と化した日以来、滅多に笑顔を浮かべなくなったトネリコは、やはり今もなにかを堪えるような顔をして、こくり、と頷いてみせた。
「そう。
……バイバイ、トトロット」
「ああ、バイバイだ。
ボクは南部に戻って……妖精修業に励むよ。
物覚えは相変わらず悪いけどさ、それでも、叶えたい夢があるから」
トトロットはにひひ、と恥ずかしそうに笑っている。
それが眩しくて見ていられないとばかりに、トネリコはすっと目を細めて、口を開いた。
けれど、結局なにも言わず。
「……うん、頑張って。トトロットなら、きっと大丈夫」
ありきたりな言葉だけを捻りだして、トネリコはその場から立ち去った。
……残ったのは、自分とトトロットだけ。
最後になにかを話したいと思うのに、声は喉元に突っかかっていつまで経っても出てこない。
すると助け船を出すかのように、トネリコの背を手を振りながら見送っていたトトロットが話しかけてきた。
「モルドレッドは、トネリコと一緒に行くんだろ?」
……ああ。
「そっか。
──ま、傍にいてやれっつったのはボクだしな。あれこれ言うのも筋違いか」
調停式を間近に迎えたある日の夜、バルコニーで交わした会話を思い出したのだろう。懐かしそうに目を細めて、トトロットは小さく笑った。
その笑いも、長くは続かなかった。
「まさか、こんな終わり方になるなんて……思ってもなかったよ」
暗い表情で呟いたトトロットに、無言で頷き返す。
ブリテンの統一王になるはずだったウーサーは死に、妖精と人間が共存する理想郷となるはずだったロンディニウムは灰となり、救世主だったトネリコはすべてに失望した末に魔女と化した。
守るべきものに裏切られて、ついにそうするだけの価値はないと、見限ってしまった。
「──確認しとくけど、まさかこうなったのは全部自分のせいだなんて思ってないよな」
睨みつけてくるトトロットに、首を横に振って返す。
トトロットはどうだか、と言わんばかりに鼻を鳴らすと、頭の後ろで両腕を組んだ。
「どうだか。
オマエ、ちょっと自罰的すぎるところがあるからなー。
もっとお気楽に、能天気に、なにも考えず生きてみればいいのに」
……お前みたいにか?
「そうそう、ボクみたいに──
って、どういう意味だコラーっ!
バカにしてんのかーーーっ!!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐトトロットの姿がどこか懐かしく感じられて、ついつい笑みを浮かべる。
するとトトロットはぴたり、と動きを止めて、赤く染まった頬を指で掻きはじめた。
「……トネリコが言ってたズルい顔って、これのコトかあ……」
は?
「なんでもないっ!!
……それじゃあ、そろそろ行くよ。
あんまり長く喋ってると、またぞろ氏族の連中に見つかりかねないし」
気を取り直すように頬を叩き、荷物をしっかり背負い直してから、トトロットは南に向かって歩き出した。
自分はそのあと、北に向かう。
もう二度と──この小さな妖精とともに旅をすることはないだろう。
たまらず、呼びかけた。
トトロット。
「うん?」
沈黙。
最後に告げる言葉は、決まっていた。
……お前の夢。
「……」
叶うさ、必ず。
「……根拠は?」
勘だ。
答えると、トトロットは鳩が豆鉄砲を食らったみたいに目を見開いてから、腹を抱えて笑い始めた。
笑って、笑って、笑いつくして──
「──ありがとな、モルドレッド。
不器用で、無愛想で、信じられないくらい猫舌だったけど。
オマエのこと、そんなに嫌いじゃなかったぜ!」
それが、自分が最後に見たトトロットの姿で。
それが、救世主たちの旅の終わりで。
それが──今も続く、冬の記憶の始まりだった。