偽伝:異聞の花々 作:頭デルタギア
ホープが目を覚ますと、そこには馬の顔があった。
死ぬほどビックリした。
「……!? っ!? …………!!??」
「おや、起きられましたか」
「? ……!! !?」
「我が主に、あなたが眠っている間の護衛を命じておられまして」
「──! っ──」
「いえいえ。礼には及びません。それではこれで失礼しますね」
ひと言も発していないのに、なぜか会話を成立していることに目を白黒させるホープをよそに、妖精馬は平然とした様子でホープが目覚めたことを確認すると、ゆっくりと離れていった。
馬の顔がなくなったかわりに、ホープの視界に映り込んだのは、夜に染まったブリテンの空。雲のひとつもなく、星があちこちに散らばって楽しげに遊んでいる、満天の夜空だ。
意識を取り戻すと同時に、そうなるに至った経緯が、上体を起こしたホープの脳裏を過っていく。
3人組の行商人との出会い。ふたたび追ってきたブラックドッグの群れ。自ら買った囮役。
平原を駆けていくなかで見出した答え。それでも無慈悲に追い詰めてくる悪妖精。
そして──
「……モルドレッド、さん」
「どうした」
まさか返事があるとは思わなかった。
またまた死ぬほどびっくりしたホープは、慌てて声がした方向に視線をやる。
そこには、いつかの繰り返しのように、焚き火を前に退屈そうに座っているモルドレッドの姿があった。
唯一以前と異なっているのは、モルドレッドのすぐそばに、大きな灰色の妖精馬──確か、ラムレイという名前だっただろうか──が寝そべっていることだ。
いや、とホープは思う。もう一つ、異なっている部分があった。
それは目には映らない、ホープだけにしかわからない部分。
彼がいったい何者なのか──以前の自分はつゆ知らず、今の自分は知っている。
女王陛下に付き従い、ブリテンを守護する役目を担った、妖精國の剣にして盾。
妖精騎士が1人──モードレッドであることを。
「……」
なにを話せばいいのだろう。
なにから話せばいいのだろう。
そもそも彼に近寄っていいものなのだろうか? とホープは疑問に思った。
ソールズベリーに住んでいる単なる風の氏族でしかない自分と、女王陛下に最も近い位置にいる妖精騎士たる彼。誰がどう見たって不釣り合いとしか思えない。
そこで、ふと思い出す。
そういえば、初めて焚き火を囲んだとき、自分という愚か者は彼に対して八つ当たりめいた感情を遠慮なくぶつけてはいなかっただろうか?
「────!」
ホープの顔がたちまち青ざめる。気が付いたときにはモースの生息地のど真ん中に踏み込んでしまったような、絶対に逃れられない恐怖が少女の全身を支配する。
まず、頭を下げるべきだ。
地に伏せ、額をこすり、無礼を詫びるべきだ。
それで足りないのであれば、自分が大切にしているなにかを捧げるべきだ。
長年にわたり染みついた考えに従って、ホープは謝罪の姿勢を取ろうとする。
しかし。
──それ。迷惑だから、やめろ。
彼の言葉が、下がろうとする頭をぴたり、と止めた。
……本当に、自分はどうすればいいのか。
そんな風に立ち止まって悩むホープを、見かねたわけでもないだろうが。
「……お前も飲むか?」
モルドレッドがいつかと同じようにカップを持って、こちらに差し出してきているのが見えた。
カップの中に入っているのは、黒々と照る液体だった。気分が自然と落ち着くような不思議な香りを、ゆらゆら揺れる湯気とともに漂わせている。たぶん前に飲んだスープとはまったく趣旨の異なるものだろうと、ホープは思った。
迷った末に、こくりと頷く。
「じゃ、早く取れ」
素っ気なく突き出されたカップを受け取り、ホープはしばらく迷った挙句、前と同じくモルドレッドの対面に腰を下ろす。
なんとなくカップを覗き込んでみると、水面に映る焚き火に照らされた自分と不意に目が合った。
いたたまれなくなって、目をつぶりながらカップに口をつけて、舌を火傷してしまわないよう傾ける。
そして。
「──……ほわぁ……」
ごくり、と喉が液体を通り抜けた直後、感じたことのない味がホープを満たした。目覚めるような苦味が多くて、でもほんの少しだけ安らかな甘みを感じられて。コクが強くて、でもどこかに優しさを残していて。
だから、ついつい間抜けな声を出してしまったのも、仕方ないと思うのだ。
対面にモルドレッドが座っていることをついつい忘れてしまったのも、仕方ないと思うのだ。
「……お前、普段どんな食生活送ってんだ?」
呆れた顔でつぶやいたモルドレッドにはた、と気づき、ホープは急激に恥ずかしさを覚えて顔をカップで隠す。
そこに横やりを入れてきたのは、目を閉じて寝そべっていたラムレイだった。
「主。人のプライベートにズケズケと口出しするのは、やめた方が賢明かと」
「馬は黙ってろ、馬は」
「馬でさえついつい助言したくなるほどのノンデリっぷりであることを、どうやらまだ理解しておられないようだ。
あなたのそのガサツな口調のせいで、いったい私がどれだけ気苦労を背負ってきたか──お忘れですか?」
ラムレイの口舌に反発するように、モルドレッドは声を荒げる。
「お前──」
「ガウェイン卿との食事会」
「適当なこと」
「トリスタン卿とのショッピング」
「言ってん、じゃ……」
「ランスロット卿との妖精舞踏会」
「ねえ……」
ラムレイの述べた出来事すべてに心当たりがあったのか、モルドレッドはみるみるうちに勢いをなくしていき、ついには崖の縁まで追い詰められた獲物のごとく黙り込んでしまった。
「忘れているなら、他にもあげましょうか?」
「……いや」
「いや?」
「…………なんでもない」
よろしい。
モルドレッドをあっという間に言い包めたラムレイは、ふたたび目を閉じて眠りに入る。
ラムレイにこっぴどく言い負かされたモルドレッドは、深い敗北感に駆られているようで、苦虫を噛み潰している最中のような顔をして、黒い飲み物を吹いている。
「……」
とりあえず、今は話しかけない方がいいだろう。
ホープはそう結論づけると、黒い飲み物をもう一度口に含み、もう一度だけ「ほわ」と幸せな吐息を吐いた。
▼ ▼ ▼
ようやく頭のなかの整理がついたのは、カップの中身をすべて飲み干した後だった。
ホープは軽くなったカップを両手で持ちながら、モルドレッドを真っ直ぐに見つめる。
「も、モルドレッドさん」
「……なんだ」
「二度も助けていただき、ありがとうございました」
ぺこり、と頭を下げる。謝罪や卑下は、きっといらないはずだ。だからホープはついつい弱気な言葉を吐き出しそうになる唇をぎゅっ、と引き結び、黙って頭を下げ続けた。
焚き火が弾ける音だけが、淡々と鳴り続けている。
どれぐらいその姿勢でい続けただろうか。ふとモルドレッドが根負けしたかのようにため息を放つと、投げやりな口調で言った。
「礼ならおれじゃなくて、アイツらに言ってこい」
「……? 誰、ですか?」
「3人組の妖精。お前を探してたら、逃げた方向を教えてきて、『助けて欲しい』って頼まれたんだよ」
最初の数秒は、モルドレッドがなにを言っているのか理解できなかった。けれど、3人組という言葉を聞いた瞬間、ホープの脳裏にある名前と人物たちが鮮やかに浮かび上がった。
──ワグさん、ロブさん、ウィンキーさん。
とっくに忘れられていたとばかり思っていた。
だって、出会って数時間しか一緒に行動してなかったのだ。それも決して深い付き合いだったわけではない。荷車に乗って、時々言葉を交わしながら移動していただけ。
だが、彼らは忘れてなどいなかった。ホープのことを、ちゃんと覚えていてくれたのだ。
なんだか無性に泣きたくなって、ホープはぎゅっとカップを握り締める。しかしモルドレッドは正反対に、どこか冷め切った表情を作っていた。
「気付いてないのか?」
「気付いて、ない……?」
「アイツら、たぶん奴隷狩りの連中だ。お前のことも、商品として売っ払うつもりだったんだろ」
「……そう、なんですか」
呆然したように呟いてはみたけれど、それほど衝撃を覚えなかったのは、心のどこかで予感していたからかもしれない。
時間を置いて冷静になった頭で考えてみたら、ウィンキーの提案はあまりにも都合が良すぎたからだ。
だけど。
「……──わたしを助けようとしてくれたのは、変わりませんから」
「……」
「だから、彼らと出会ったことが残念だなんて、思っていません」
そう言い切ることを、ホープは躊躇いはしなかった。
言葉を聞いたモルドレッドは目を見開いて、ホープの顔をまじまじと見てきている。
まるで、今初めてハッキリと『ホープ』という存在を認識したみたいに。
無性に恥ずかしいのでやめて欲しかったが、よく思い出せば初対面の自分も似たようなことをしていたので、言うに言い出せず前髪をいじくり回すことしかできなかった。
「お前、なんか変わったな」
ホープの羞恥心が、いよいよ頂点に達しようとしたとき、モルドレッドが感慨深そうにそう言った。
「か、変わりましたか?」
「ああ。前はもうちょっと……」
モルドレッドは、いい具合の例えを探しているらしく、手を顎に当ててしばらく考えていたが──
「根暗だった」
「ね、根暗……ですか」
「ああ。根暗だ」
なにも思いつけなかったらしい。
あまりにもどストレートな評価を投げつけてきたものだから、ホープは呆気にとられてしまい、ラムレイはもはや苦言を呈する価値もないとばかりに大きな鼻息を吹いた。
「んだよ。間違ってねーだろ」
「正論ばかりが常に正しいとは限らないのですよ、主」
「お前も正論って思ってんじゃねえか」
「……──そういえば、コーラル様とも確かひと悶着……」
「おいっ!」
明後日の方角を向きながら秘密を打ち明けようとしているラムレイの口を塞ごうと、モルドレッドは慌てて手を伸ばす。だがラムレイは寝そべったまま、器用にモルドレッドの手を避け続けていた。
その光景が、どうにもおかしくって。
「ふっ、ふふっ」
堪えきれず、ホープは笑みを零した。
声に気づいたモルドレッドとラムレイは互いに顔を合わせて、バツが悪いように目を逸らし合った。それがまたホープの笑いを加速させたが、両手で口を押さえることで、なんとか耐え抜いた。
そして、沈黙の帳が降りた。
焚き火が弾ける音と、風に揺れる草の音だけが、世界へ木霊している。
普段のホープなら、どうにかして間を埋めなければと、よく回りもしない口を必死に働かせていただろう。しかし、今のホープにとって、それはとても心地いい沈黙だった。いつまでも浸っていたいぐらいに。
それは、モルドレッドも同じだろうと考えていた。だから、彼から声を掛けられたとき、ホープはほんの少しだけ反応が遅れてしまった。
「──で、どうすんだ」
「……え?」
「まだ、エディンバラに行くつもりか?」
エディンバラ。
その名を聞いた瞬間、それまで忘れていたのが嘘みたいな鮮やかさで、記憶が蘇ってきた。
こうやってモルドレッドと焚き火を囲むまでに至った、すべてのはじまり。
チョコレートが欲しい──なんて、おそらく上級妖精たちからすれば取るに足らない願い事。
ホープにとっては──命がけで叶えなければならない希望。
「……はい」
ホープが頷くと、モルドレッドは夜の風を吸い込んだように冷ややかな眼差しを突き付けてきた。
それを真っ正面から受け止めて、ホープはようやく理解できた。
きっと彼は、初めからずっとホープのことを試していたのだろう。
生半可な決意のまま旅を続けて、失敗して、失望して、モースに成り果てるぐらいなら。
どこか別の場所まで逃げて、まっさらな状態になって、一からやり直した方が賢明なのだと、不器用に案じてくれていた。
……たぶん、口にしたところで否定されてしまうだろうけど。
それでも、今度は迷わない。
どんなに苦しくても、報われなくても。
走れる限り走っていくと──他でもない自分自身に誓ったから。
「……そうかよ」
ホープの瞳の奥で揺れる、小さな決意の光を見抜いたのか。モルドレッドは素っ気ない返答を寄越すと、すっかり冷え切ったカップの中身をすべて飲み込んだ。
「ま、好きにしろよ。
元々、おれが口出しできるような領分じゃない」
「……ありがとうございます」
礼など不要というように、モルドレッドはひらひら、と手を振る。
だが、その途中で手を止めると、やっぱり納得がいってないように人差し指を突き出してきて、
「──いや、やっぱ言わせろ」
「え?」
「お前、なんでもかんでも抱え込みすぎなんだよ。
器用なことできるタマじゃないのに、無理に背負い込むからこうなってんだ」
「主、丸く収まる雰囲気だったのに台無しですよ」
「させとけ。
あのな、そんなに希望を振りまきたきゃ、まずはブリテン中の洗濯物をまっ白にしてこい。話はそれからだ。なんならモルガンに許可証でも作らせて──」
「主、言ってることがもう無茶苦茶ですよ」
なぜ、洗濯物なのか。
なぜ、許可証なのか。
ホープにはサッパリ理解できなかったが、彼のぶっきらぼうな言葉の裏側に、焚き火にも似た仄かな暖かさが隠れているのを感じ取ることができて、莞爾と頬を緩ませた。
「……なにニヤついてんだ、気色悪い」
「こ、これは──えへ、えへへ。ごめんなさい、でも、えへへ」
にやにやと、くすくすと。
見えざる手に脇腹をくすぐられているみたいに、笑いを止めようとしないホープを、モルドレッドはしばらくしかめっ面をして眺めていたが、やがて観念したようにため息を吐いた。
「──とりあえず、もう寝ろ。
さっさと起きて、さっさと行って、さっさと帰るぞ」
「……?」
彼の言ってることが、よくわからない。
それじゃあまるで、エディンバラだけじゃなくソールズベリーにまで着いてきてくれるんじゃないかと、勘違いしてしまいそうになってしまう。
「……つい、て、来てくれるんですか?」
「そう言ってんだろ。
お前、トロくさい上に鈍臭いからな」
「で、でも」
あなたはわたしとなんの関係もない。
なのに、どうして助けてくれるのか。
どうして──優しくしてくれるのか。
そんな意味が詰まったことを尋ねたと思う。
するとモルドレッドは、ここではないどこかを見据えながら、こう答えた。
「──ほっとけないんだよ、お前みたいなバカ」
そこで、不意にこちらに視線を向けてきて、
「お前、名前は?」
「───ホープ、です」
そうか。
それから、しばらく考え込んで、ひとつの言葉を口にした。
「おれは、■■だ」
「……?」
「……わからなきゃ、それでいい」
その言葉は、ホープがまったく聞いたことのない音の連なり方をしていた。単語なのか、熟語なのか、それすらもわからなかった。
けれど、たぶん、彼にとってはとても大事なものだということだけは、よくわかった。
長い年月が経った今でも、鮮明に思い返すことができるぐらい。
優しく、寂しく、透き通った笑顔をしていたから。
そしてホープはブリテンの、何百回目かの夜を過ごした。
風の冷たさに震える夜を。
見慣れた星々が瞬く夜を。
誰かとともに過ごす夜を。
──密やかに、春が芽吹いた夜を。
「……あの、そういえば、どうしてわたしを探していたんですか?」
「ああ……これだ」
「? それって……モルドレッドさんの荷物、ですよね」
「開けてみろ」
「わかりました……────!?
えっ、あっ、こ、これっ。
わた、わたしのっ」
「同じような見た目の袋使うな。紛らわしいんだよ」
「先に間違えたのは主の方でしょうに……」
「間違えるに決まってんだろ」
「まっ──あ、あの、わた、私のした、下着。み、みまし」
「ああ、見た。
別に見たくもなかったけどな」
「──────〜〜〜〜〜〜〜ッ」
今度から下着は別の袋に入れておこうと。
そう決意した、夜でもあった。
▼ ▼ ▼
「起きなさい」
ほんの少しの間だけ、目をつぶるだけのつもりだった。
そのはずだったが、どうやら本格的に寝入ってしまったらしかった。あぐらをかかれたまま凝り固まった股関節が、苦情を入れるように痛みを発し続けている。
組んでいた足をほどき、ゆっくり立ち上がる。ざらついたノイズが一瞬だけ視界を埋め尽くし、平衡感覚がおぼつかなくなった。
なんとか堪えて、ぐ、と大きく伸びをする。あちこちの関節が、小さな悲鳴を立てていく。
そこでようやく、目の前に誰か立っていることに気づいた。
身震いするほど美しい白銀に染め抜かれた長髪。
冬の凍てつくような寒さを閉じ込めたような薄水色の瞳。
一切の感情がそぎ落とされた人形めいて無機質に整った相貌。
守っていたものに価値を見出せなくなったもの。
救世主であることを捨てて、魔女であることを選んだもの。
「妖精どもの再召喚が終わりました。
出立の準備を」
──モルガン。
「何か?」
……いや。
なんでもねえ。
「そうですか」
モルガンはそれだけ言って、振り返ることなく、休憩所としていた広間を出ていった。
足の痺れが無くなって、ようやく普通に歩けるようになってから、自分もまた広間を抜け出す。
外の景色はいつもと変わらず、塞ぎこむような薄暗さに包まれていた。
ひたすらに広がる廃墟の群れ。凍えるような白さを孕んだ霧。
膨らんだ黒雲が空いっぱいに立ち込めており、白い雪が絶えず降り注いでいる。
北部を除けば一定の気候が保たれている妖精國では、滅多に見ることのないその雪は、正しく言うと雪ではないらしい。
“楽園の妖精”を匿った罪により、4つの氏族に滅ぼされた『雨の氏族』──その残滓。
他の氏族への戒めと哀しみの詩であり、“楽園の妖精”に向けられた謝罪の涙。
開いた掌にぽつり、と落ちてきては、あっという間に溶けていくそれを握りしめて、遠くで佇んでいるモルガンの背を追いかけた。
モルガンが立ち止まっていたのは、広場に繋がっている大きな階段の前だった。
目前には『雨の氏族』の残滓が積もって白く染まった広場が、荒涼とした砂漠のようにたたずんでいる。
なにを言うでもなくモルガンの隣に並び、その光景を黙って見つめた。
モルガンもまたなにも語ることなく、静かに眺めている。
やがて、口を開いたのは──モルガンからだった。
「あの広場で、私は義父や義母、そして義姉とともに穏やかな時間を過ごしました」
……。
「義父母は国王夫妻だったので、多忙を極めていましたが、それでも深い愛を注いでくれました。
彼らの本来の娘である王女もまた、私のことを本当の妹のように扱ってくれました。
彼らと過ごした時間は──……私にとって、幸せそのものでした。
おそらく──■■■■■■となる前のあなたが焦がれ、求め、そして失ったものと同じです」
……かもな。
「それと似たものを、今から私は壊します」
モルガンの方を向く。
モルガンもまた、こちらを見ていた。
「平穏を過ごすものも。
争いを望むものも。
風の氏族も、牙の氏族も、土の氏族も、鏡の氏族も、翅の氏族も、王の氏族も。
立ち塞がるのであれば、容赦なく、躊躇なく」
──何が言いたいんだ。
問うと、初めてモルガンは口ごもって。
「……あなたは、まだ、引き返せます」
どこか心許ない顔をして、そんなことを言ってきた。
……要するに、コイツは最後の確認をしてきているのだ。
この先に待ち受けているものを、そして果てに生まれるものを、生涯背負っていく覚悟はあるのかと。
ブリテンに住まうすべての生命に疎まれ、憎まれ、忌み嫌われることになったとしても、夢に自分を捧げる覚悟はあるのかと。
確かに、自分はそこまでブリテンに対して執着があるわけではない。
何千年という時を過ごしてきた分、それなりに愛着みたいなものはあるが、やはり自分の故郷はもはや戻ることは叶わない世界──日本の東京の片隅にある、小さな小さな洗濯舗以外にないのだ。
だから、正直なことを言うと、どうだってよかった。
ブリテンを手に入れるのが、支配するのが、誰になろうと。
──
……ちょっと目ぇつぶれ。
「……? 何故ですか」
いいから。
強引に押し切ると、モルガンは首を傾げつつも大人しく目を閉じた。
わずかに残っているあどけなさを感じながら、陶器のように滑らかな頬にそっと手を添える。外気にさらされ続けたせいか、ひんやりと冷たかった。
「っ」
手が触れた瞬間、ぴくり、と小さく身動ぎしたモルガンは、なぜかより一層強く目を閉じてみせた。
どうやら覚悟を決めたらしい。ならば応えないわけにもいかないだろう。
だから。
頬を。
引っ張った。
「……」
……。
「…………」
……思ったより柔らかいな。
「──
いつの間にか半目になってこちらを睨んでいたモルガンが、頬を伸ばされたまま尋ねてくる。
お前が寝ぼけたこと言ってるからだろ。
「
自分からやっておいてなんだが、上手く言葉を聞き取れない。
なので頬をつまんでいた指を開き、改めてモルガンに問いかける。
覚えてるか? お前と初めて会ったときのこと。
「……ええ」
黄昏色の空の下。
暖かな風が吹く丘の上。
自分がひとつの
──お前、言ったよな。■■■■■■だからこそできることが必ずあるって。
「……はい」
こくり、とモルガンは頷く。
それなら良い。
──今が、それだ。
「は?」
閉じ込められても。
磔にされても。
首を斬られても。
水中に閉じ込められても。
火で焼かれても。
死なない/死ねないこの身体でしか、成しえないこと。
それはきっと──
そしてきっと──
──それが、
そのときのモルガンの表情は、実に複雑怪奇なものだった。
悲しいような、嬉しいような、憎らしいような、喜ばしいような。
喜怒哀楽をボウルで数十分かき混ぜたあとに、ミキサーへ放り込んで攪拌した後のような表情だった。
無視して続ける。
だからな、今なら引き返せるだとか聞いても意味ねーんだよ。時間の無駄だ。
■■はたぶん、完全な■■■■■■と化したときに──あるいは、崖から身を投げ出したときに死んでしまったのだと思う。
だから、ここにいるのは■■ではない。それはもはや、記憶の指でさえ触れられないほど遠く過ぎ去った場所に置かれてある、思い出の名前だ。
絶対にそれを捨て去ることはできない。なぜならば、その思い出があったからこそ、今の自分が形作られているのだから。
けれど。
今の自分は、トネリコの仲間で、救世主一行の一員で、かつて獣騎士と謳われたモルドレッドだった。
そして、モルドレッドを救ってくれたのは──モルガンを置いて他にいない。
それに、と思う。
トネリコは何度もブリテンを救ってきた。
そして何度も報われず、与えられず、裏切られてきた。
もしかすれば、世界がこんな風に定めているのかもしれない。
トネリコ/モルガンは、ブリテンを手に入れるべきではないと。
手に入れることは、絶対に許されない罪なのだと。
それが、罪なら。
夢見ることが、罪だというのなら。
戦うことが、罪だというのなら。
抗うことのできない、罪だというのならば。
───おれも、背負ってやる。
「───────」
モルガンはほんの一瞬だけ、今にも泣き出しそうな迷子のような表情を作る。
それは本当に一瞬だけで、掌に落ちた残滓が溶けるよりも早く、氷のような鉄面皮がすべてを覆い隠した。
「……よろしい。ならば、存分に
女王然とした態度に戻ったモルガンは、虚空から1つのスーツケースを取り出して、こちらに渡してきた。
受け取り、中身を見てみれば、そこにはベルトが──ファイズギアと装備一式が収納されてあった。
人間としての姿を失った自分を隠し、殺戮衝動を気休めでも抑えるために使ったのが最後だった。
誰かを守るためではなく、自分を守るために使ったのが最後だった。
「妖精國でも使用できるよう、調整しておきました。
受け取りなさい、我が剣。
先の言葉通り──私の夢を守るというのであれば。
私の罪を、ともに背負うというのであれば」
だから、受け取る。
取り出したベルトを巻き付けて、ファイズフォンを懐に入れる。
ここに、契約は完了した。
彼女がこの身を剣と選んだように。
きっと自分も──彼女の夢を守ると誓ったのだ。
「──■■■■■■の王に背き、そしてやがては人理に叛く者。
故に、これからは次のように名乗りなさい。
『沈黙卿』──モードレッドと」
頷いてやると、モルガンは満足げに鼻を鳴らして、一歩ずつ階段を降り始めた。
自分も一歩遅れて、後に続いていく。
この階段を降り切れば、もう二度と後戻りは利かないことが、なんとなくわかった。
なのに、驚くほど心が凪いでいるのは──なぜだろうか。
そんなことを考えていると、不意に柔らかいなにかが手に触れてきた。
「……」
見れば、モルガンが自分の手をこちらに伸ばしてきていた。
ちょいちょい、と引っ張って、隣に並べと無言で催促してきている。
仕方ねえなとため息を吐いて、手を繋ぎながら隣に並んだ。
「……」
互いになにを喋るわけでもなく、手を繋ぎながら、ゆっくりと階段を降りていく。
あたりには誰の姿もない。だから、『雨の氏族』の残滓と2人の足音だけが、淡々と降り積もっていく。
「──どこまで、行きますか?」
モルガンがふと聞いてくる。
笑って、答えた。
「……行けるところまで、行こうぜ」
やがて階段を降り切った後も、繋いだ手は離さなかった。
互いの温もりを、決して手放さないように。
いつまでも、いつまでも。
というわけで
・たっくんを曇らせたい
・たっくんと妖精國メンツの絡みが見たい
・石川由衣ボイスの『承認』が聞きたい
・たっくんを曇らせたい
以上4点から生み出された幻覚でした。
「今日もおれ、恥ずかしい姿いっぱい晒すよ?」ぐらいの気持ちで投稿してたので
高評価だったり感想だったり色々いただけて感無量でございます。
初期案はホープちゃんとのロードムービーだったんですが
なんか色々あった末にトネリコだったりゴブリン3人組だったりが出てきました。
こわい。
妖精騎士ズとの絡みも入れたかったのですが
文字数がアホみたいに膨らんだので泣く泣くカットになりました。
一旦完結という形にはなりますが
別の話とか思いつけたらまた書いてみたいなーとは思います。
そのときはまたよろしくお願いします。