生きたければ飯を食え~とある料理人の異世界繁盛記~ 作:混沌の魔法使い
メニュー5 モーニング
表面はしっかりと焼かれ、中はほんのりと赤味を帯びたサーロインステーキとやらは見た目以上に美味かった。ただ焼いただけではなく、肉の性質や火の通り、そして濃すぎず、薄すぎない肉の旨味を最大限に引き出す味付け――私達がやるような丸焼きではなく、計算され尽くした料理だった。
「生焼けではないのだな」
「ミディアムレアっていう焼き加減だ。ステーキっていうのはどれもこれも焼けば良いって訳じゃない。肉の状態や性質によって焼き加減や焼き方を変えるもんなんだよリオン。勿論これはフライパンで焼くだけではなく。オーブンでも追加で焼いてしっかりと中まで火を通してあるから生焼けの心配はないから安心して欲しい。」
厨房から聞こえて来る声になるほど道理だと私は思った。私も魔法を使う時は相手に応じ魔力量や魔法の構築を変える。食材を最適に料理するのと、モンスターに有効な魔法に変える。人を生かす技法とモンスターを殺す技――それは限りなく同一の存在であると私は感じた。
「いやあマジで美味かった。レナはもう食ったのか?」
「まだだよ。ロウガとリオンさんが帰ったら食べようか「なに言ってるんだ? もう出来てる。俺とレナも食うけど良いよな?」
自分の分とレナ嬢の分のステーキを持ってくるなり、私の返答を聞かずに席に着くカワサキに苦笑する。
「勿論だ。食事とは生きる糧、それを駄目とは言わんさ」
これから面白くもない話をするのだ。空腹でそんな話に参加しろと言えるわけもない。
「すみません。リオンさん」
「食って良いって言うんだから気にすることはないだろうよ。んじゃま、いただきます」
手を合わせていただきますと言ってステーキを食べ始めるカワサキに思わず視線を向ける。
「なんだ?」
「さっきのいただきますとは?」
「飯を食う前の挨拶だよ。命を食ってるんだ、礼節を欠くわけにはいかないだろう?」
カワサキの言葉に私は心底感心した。私は冒険者でもあるが神官でもある。命の尊さと大事さを良く分かっているつもりだ。自然を人を守る為にモンスターを殺す事もある。しかしそれは自然と、人を守るためでもある。カワサキは命を繋ぐために、命を使っている。それを自覚した上で自らが調理した食材となった動物への感謝と礼節を忘れていない。その事に私は感銘を受けた。トラフロンの料理人は食材に対する敬意も感謝もない。まだ食べれる食材をゴミのように捨てているのも何度か見てきたからこそ、カワサキの姿勢には好感が持てた。そのあり方はレナ嬢の祖父であるギリアム老と同じ物だったからだ。
(リオン。ただ闇雲に命は奪っちゃならん。例えモンスターではあれど命は命。その命に対する敬意を忘れるな)
森から出たばかりの、魔法が使え、神官として認められたことに対する驕りと傲慢さを持っていた私の指導をしてくれたギリアム老。その姿は似ても似つかないが、その精神性は全く同じだった。だからこそ、この男は信用出来ると思った。
「爺さんから話は聞いてる。1ヵ月後が勝負だと」
「その通りだ。1ヵ月後に極東の姫が来日される。かの姫は大層な食道楽らしくてな……彼女に気に入られれば極東が後ろについてくれるのは間違いない。だが……それは公益社も同じだ」
公益社の後に極東がつけば公益社はもう止められない。自分達が利益を得、昔ながらの商売や栽培をしている農家の多くが潰れるだろう。
だがそれを王国も衛兵も止めるつもりがない、いや正しくは止める理由がないのだ。
「まぁ普通に考えれば爺さんやリオンのやり方が間違ってるしな」
「なッ!? 何て事を言うのカワサキ!?」
「そうだぜッ! お前自分が何を言っているのか分ってんのかッ!?」
レナ嬢とロウガがカワサキに怒鳴る。まだ若く、感情が勝るレナ嬢とロウガには今のディナプトの情勢が正しく理解出来ていないのだ。だからその事を理解させるために悪役を買ってくれたカワサキに内心感謝しながらレナ嬢とロウガに今のディナプトの情勢を説明する。
「いや、カワサキの言う通りだ。公益社が極東との繋がりを得ればディナプトは今よりもっと発展する。そうすれば莫大な金が動く、だから王都や衛兵は動かない。座していれば上納金や税金という形で金が転がり込んでくるからだ」
だから公益社は犯罪行為を行わない。犯罪行為ギリギリを狙って訴えが出ても違法ではないと自分が抱き込んでいる憲兵や衛兵が揉み消してくれると分かっているから公益社は明確な犯罪行為に出ない。
「兄貴!?「だがそれは上の人間の理屈だ。私はそれを認めないし、許すつもりもない。レナ嬢もロウガも現状を正しく理解してくれ。大局的に見れば私達のほうが間違っているのだとな」
公益社はちゃんと利益が出るように商品を売りつけている。それでも赤字に近いのは市場の商人が昔からの繋がりを捨て切れないからだ。それを捨てて、公益社の傘下に入れば利益が出るようになっている。それに公益社からは専属にならないかという話も市場の商人に出ているのだ。そんな中で昔の繋がりを優先し、目の前の利益を捨てる。商売人としては間違っている、だが人としては正しいと私は思う。
「リオン。お前は小難しい事を考えすぎだな、もっと単純に我侭に行こうぜ」
「単純で我侭に? お前は私に何をしろと言うんだ?」
いたずら小僧のように楽しそうに、だがそれでいて自分の我を通す傲慢さを宿した瞳でカワサキは笑った。
「公益社が気に入らないからぶっ潰す。それで良いだろ? 食っていうのは生きるのに必要不可欠だ。それを支配やコントロールしようっていう輩は俺は大嫌いでよ。爺さんの誘いに乗ったのも俺が気に入らないからだ。理屈じゃない、利口になる必要はない。違うか?」
自分が気に入らないから潰す。それは余りにも暴論、そして余りにもシンプル。レナ嬢とロウガも絶句しているが私は額に手を当てて大声で笑った。
「はははははははッ!! あははははッ!! はは……こんなに笑ったのは何時振りか……そうか、そうだよな。向こうが好き勝手してるんだ。私も小難しく考える必要はないか……」
向こうは犯罪ギリギリの行為を繰り返してる。S級の冒険者である私が模範となるべき私が真っ当ではない方法を使うわけには行かないと自分のやり方を狭めていた。
「力を貸してくれ。腕の良い料理人が私には必要だ」
「任せな。俺にはこの世界の事はこれっぽっちも分らんが……それでも見過ごしちゃならないもんっていうのは分ってるつもりだ」
この世界……カワサキがこの世界と言ったことで私はカワサキが神域から流れてきた事を思い出した。
「カワサキ。お前はどこから来た?」
極東人に見えるがカワサキは極東人ではないと私は確信していた。理由や根拠もない、だが私の鼻と勘が違うと告げていた。
「日本っていう国だな。魔法とか獣人もいない至って平和な国だ。ったくあんな変なランタン受け取るもんじゃなかった」
「ランタン!? カワサキ。今ランタンって言った!?」
レナ嬢がランタンという言葉に反応し、カワサキに激しく詰め寄る。
「お、おう。青い髪に青い目をした顔に刺青のある子供がよ、奴がお礼だってくれたんだよ。黄金で出来たランタンをよ……それをつけて
寝たら変な所で目覚めるわ、化物に追われるわ、川に落ちるわで本当に最悪だぜ」
カワサキは災難にあったと言いたげに愚痴っているが私達はそれ所ではなかった。
「リオンさん。聞きました?」
「聞いた」
「マジか……アルパーナ様の姿って子供だったのか……ッ」
神サガーク、神ヴェルメリア、神カルシュファム、そして名も無き神アルパーナ。今まで姿を誰にも知られていなかった神にカワサキは接触している。
「あん? なんか知らないが……小さくなってるけどあるな。ほら、これだよ。貰ったランタン」
なんでもないようにカワサキが差し出したのは金貨ほどの大きさだが、とんでもない魔力を秘めた黄金のランタンだった。
「これ不味いですよね?」
「ああ。とんでもなく不味いな。私が考える中でこれ以上の最悪はないな」
「そんなに不味いのか? 俺あいつに飯を食わせただけだが?」
事態をまったく理解していないカワサキが能天気な表情で尋ねてくる。しかも爆弾を1つ増やしながらだ
「死ぬまで幽閉されてもおかしくないな。いやむしろ絶対そうなるし、作った料理が神の食事として祭り上げられるし、なんならお前が神の代弁者とかされて祭り上げられてもおかしくない」
「なんでだッ!?」
カワサキは動揺して叫んでいるがそれも当然だ。他の神と違って神アルパーナは神託は愚か、その姿をこの時代にまで一切残していない。そんなアルパーナの姿を知り、アルパーナに料理を作った上に象徴でもあるランタンまで授かっている。それを教会が知れば大騒ぎになるのは火を見るより明らか。
「そのランタンは絶対に見せるな。見せたらお前は2度と自由に外を歩けないと思え」
「……マジで? じゃあ俺はどうやって日本に帰れば良いんだ?」
「それはこっちで調べておく。昔の古文書とかを見れば何か分ると思う」
「帰れないとかいわないか?」
「それ多分大丈夫だ。神サガークやヴァルメリアは異世界から戦士を呼んだ伝承もある。それらの戦士は皆帰還したとあるから元の世界に帰る方法はある。だが調べるのにはさっきも言った通り時間が掛かる」
とんでもない爆弾を幾つも抱えているカワサキが絶句しているが、絶句したいのはこっちの方だった。
「とにかくカワサキには悪いが、今はこちらに集中して欲しい。カワサキとレナ嬢には1ヵ月後に向けてやって欲しい事がある」
1ヵ月後に極東の姫の来日と共に行なわれる祭り。本来ならばそれに参加資格などはない……だが公益社が余計な条件を付け加えた。それは……店としての知名度と来客数だ。極東の姫が料理を食べに来るのに失礼な物を出すわけには行かないというもっともな理由で自分達以外の店が参加しにくい条件を付け加えたのだ。
「客が大勢訪れる有名店にまで盛り上げて欲しい。そうでなければ祭には参加出来ないからな」
誰もが極東の姫に気に入られて自分の名前と店を売りたいと考える。我々の敵は公益社だけではなく、この街に店を構えてる全ての料理人なのだという残酷な事実を私は告げるのだった……。
リオンからこの街の今の情勢、そして俺達がやらなければならない事を知ったレナは燃え尽きていた。
「嘘でしょ……街全体の料理人が敵とか冗談じゃないわよ」
「まぁ誰もが名前を売りたいからな」
ぼやいているレナに相槌を打ちながら包丁で中ほどまで凍っている肩ロースを3cmほどの細切りにしてから、角度を変えながら細かく切り刻む。
「だとしてもだよぉ……カワサキ。何とかできるの?」
「どうだろうなあ。俺には俺に出来る全力は出すつもりだぞ」
日本に帰れないかもしれないという不安はある。具体的には俺を頼って来ている飯に困ってる奴らの事が心配ではあるが……帰らせろと騒いでもどうにもならないし、リオンが調べてくれるというのならば俺にはそれを信じるしかないので、今俺に出来る事……料理をしている方が気が紛れて良いのだ。
「知名度を上げろって言うけどどうすれば良いんですか?」
「簡単だ。他の店がやらない事をやれば良い。ああ、レナ悪いけど氷作ってくれ」
はいはいと項垂れながら作ってくれた氷を水を張ったボウルの中にいれ、別のボウルに挽肉を入れて塩を加えて白っぽくなるまで良く捏ねる。
(手袋がないがしょうがないな)
手は綺麗に洗ったし、衛生的にはグレーゾーンだけど大丈夫な筈と自分に言い訳しながら白っぽくなるまで捏ね、1度手を洗ってからにんにくとセージ、ローズマリーに似たハーブを加えて良く混ぜ合わせているとレナが厨房を覗いてくる。
「腸詰めなんてどこでも作ってますよ?」
「まぁそうだろうな。だがこれはあくまで準備段階だ」
1度綺麗に手を洗ってからじょうろの先に豚の腸を嵌めてじょうろに肉だねをつめて長い棒で腸の中へと押し込む。
「準備って酒場でもやるんですか?」
「それをやっても良いがレナは酒の仕入先とかあるのか?」
「……ちょっと難しいですかね。酒場には負けると思います」
「だろうな。だから酒場はしない」
酒場は1つの選択肢ではあるが、大量の酒が用意出来ないのならば逆に不満を買う事になる。それに酔っ払いが起こすであろう騒動を考えればレナと俺しかいない今のギリアム・ウェルナで酒場をやるのはまず不可能だ。
「じゃあ何をするんですか?」
「朝一に狙いを定めて冒険者相手に弁当もしくは早朝限定の朝食を売る」
リオンとロウガの話では日が昇る前に出発する冒険者も多く、行商から割り高で弁当や料理を買うのが定石との事だ。だから俺は良心的な
値段で冒険者相手に弁当もしくは早朝限定の定食を売るつもりだと言うとレナは不思議そうに首をかしげた。
「それで何とかなるんですか?」
「なるんじゃなくてするんだよ。明日は初日だからリオンの所の連中しか来ないだろうからそんなに忙しくないだろうが、その次からは地獄だぞ」
腸詰を作り終えたのでそれをぶら下げて乾燥させなら大きく背伸びをする。パンは買い置きがあるから問題なし、スープは朝作れば良い。
「……そんなにですか?」
「そんなにだよ。とにかく明日の朝は早い、今日はもう寝るとしよう」
色々あって疲れた事もありレナに寝ようと声をかけ、宛がわれた部屋の少し硬いベッドに横になると肉体的な疲労だけではなく、精神的な疲労もあったのかすぐに眠気が襲ってきた。
「朝起きたら日本に戻ってた……とかないよな?」
ベッドサイドの机の上においてあるぼんやりと光る黄金のランタンを見つめながら眠りに落ち……。
「まぁそんな事ないわな」
目覚めたら日本なんてことはなく、まぁこうなって当然だよなとぼやきながらベッドから抜け出す。
「……何時ごろかは分らんが、俺の体内時計が正確なら今は4時のはず」
朝一、日が昇る前に来ると言っていたので今から準備をすれば十分間に合う。冷たい水で顔を洗い、エプロンをつけて俺は弁当とモーニングの準備を始める。色々と思うこと、不安もあるが……やはり俺は料理をしている時が1番落ち着く。
「つくづく料理人に生まれたもんだ」
あの人を人とも思わない政治家のクソ親父じゃなくて、料理人だった死んだお袋に似て本当に良かったなと心の中で呟きながら俺は冷蔵庫からトマトと卵を取り出す。昨日も思ったが調味料が足りな過ぎる。醤油や味噌などの調味料がないならないで別の、他の店が使ってない調味料を使えばそれはこの店の売りの1つにもなるし、俺の料理のバリエーションを増やすことにも繋がる。
「やっぱりこれはないとな」
鍋にお湯を沸かしている間に材料の準備をする。トマトのヘタを取り除き、玉葱をみじん切り、そしてにんにくは薄切りにする。
「何時の間にか楽をする習慣がついたのかねえ」
ヘタを取り除いたトマトの反対側に十字の切れ込みをいれ、沸騰したお湯の中に10秒ほど入れて取り出したトマトを流水で洗う。すると十字の切れ込みを入れた所から皮が浮いてくるので、丁寧に皮を剥く。この作業を無心で繰り返し、トマト10個分の皮を剥いた所で包丁で刻む。
「こういうのもなんか久しぶりで楽しいな」
調味料の自作も昔はやっていたよなあと昔を思い返しながら皮を剥いたトマト、玉葱、にんにくをフライパンの中に入れて強火で煮詰める。
「良しっと」
沸騰してきたら弱火にして焦げないように鍋底から掻き混ぜ30分ほど煮詰めたら火からどけ、ザルとヘラで丁寧に漉す。
「後はワインビネガーと砂糖と塩、それとハーブっと」
トマトを漉したケチャップのベースにワインビネガー、大さじ1の砂糖、小さじ1の塩を加えて量が半分くらいになるまで煮詰める。
「仕上げっと」
仕上げにローリエやオレガノといったハーブとアクセントになる鷹の爪を加えて更に10分ほど煮詰める。
「うん。悪くない」
新鮮なトマトを使ったので酸味と甘みのバランスが良い。即席だから少々荒い部分もあるが十分に使えるレベルだ。後は粗熱が取れるまで冷ませば今日は良いだろう。長期保存する分は営業終了後にまた作れば良いから朝と昼の営業に使う分のケチャップがあれば良い。
「ないもんばかりだがある物に目を向ければ何とかなるもんだ」
醤油や味噌、鰹節や昆布は無い。だが牛乳と小麦粉があればホワイトソース、ワインビネガーと卵があればマヨネーズ、そして今トマトからケチャップを作った。無い物は多いが、ある物もある。それらを全部かき集めればなんとでもなる。異世界だろうと何だろうと、人間じゃなかろうと……生きるために飯は不可欠ならば……俺の信念は、俺のやるべき事は変わらない。
「やる事は何にも変わらない。生きたければ飯を食えだ」
どこであろうと俺は俺であり、やる事は何も変わらない。ここが地球じゃなかろうと、宗教のいざこざがあろうと俺のやる事は、俺のやりたい事は何も変わらないのだから、何も迷う事はない。
「コーヒーでも淹れるか」
ある程度の準備は出来たのでレナが起きてくるまでコーヒーでも飲んで待つ事にし、使われた形跡が殆どないコーヒーメーカー等に苦笑しながら埃を払い、俺はコーヒーを入れる準備を始めるのだった……。
音を鳴らす目覚ましの音で私は目を覚まし、まだ暗い窓の外を見て2度寝をしようとして……。
「寝過ごしたぁッ!!!」
カワサキが早朝から店を開くと言っていたので目覚ましをしっかりと準備していたのに……完全に寝過ごしていた。慌ててベッドから出て服を着替えてボサボサ髪のまま部屋を飛び出す。
「これ……コーヒーの匂い……やっばぁッ!!!」
完全に営業準備が出来ている雰囲気に私は思わず叫んで階段を駆け下りる。1階ではカワサキがパンを齧っている姿が見え、私はさぁっと血の気が引いた。
「ご、ごめんなさい! 寝過ごしましたッ!」
私が巻き込んだのに巻き込んだ本人が寝過ごすという許されない状況にカワサキに向かって頭を下げたんだけど……。
「おはようレナ。まぁ今日は初日だ寝過ごすのもしょうがないだろうよ」
「怒ってないんですか?」
柔らかい口調のカワサキに怒ってないのか? と問いかけるとカワサキは手にしてた燻製肉を乗せたパンを皿の上に戻し、コーヒーを口にする。
「言っただろ? 初日だからしょうがないってな。それにどうせ今日はリオン達くらいしか来ないだろうから気楽に行こう」
全く緊張感を感じさせないリラックスした表情のカワサキ。お爺ちゃんの店だけではなく、この街全体の問題に関わっているのにカワサキには全くの恐怖や緊張が感じられなかった。
「凄いリラックスしてますね」
「緊張しても何にも変わらんからな。それよりレナも飯を済ませてくれ」
自分の食事を終えたカワサキが席を立ち厨房に向かう姿を見送り、私は食堂の机の上に視線を向けた。
「うわ……綺麗」
机の上は綺麗に拭かれ、床も綺麗に水拭きをしたのか埃1つない……完全に営業の準備が済んでおり、カワサキは一体何時から起きていたのだろうかと思いながら椅子に腰掛ける。
「ほい、ベーコンエッグとパン。それと野菜スープな」
「わぁ……凄いですね。朝からご馳走です」
そんなもんか? とカワサキは笑うけれど3枚の燻製肉と目玉焼きに野菜たっぷりの野菜スープ。朝から食べるには豪華すぎるメニューだと思う。
「いただきます」
カワサキの国での食事の挨拶をして野菜スープを口にする。熱すぎず、ぬる過ぎず、飲みやすい温度の野菜の甘さが溶け出したスープに思わずほうっと溜息が出る。
「んー燻製肉も美味しいッ!」
カリカリに焼かれていて食感が香ばしい燻製肉と少し固めのパンが実に良く合う。なんら特別ではない、私が仕入れていたごく普通の食材だし、調理も決して特別ではないのに何故かやけに美味しく感じた。
「はー……半熟卵美味しい……」
私がやったら絶対に硬くなる目玉焼きだけど、2個とも完璧な半熟になっていて黄身を潰して燻製肉に絡めてパンに乗せて食べると言葉に出来ないほどに美味しい。
「レナはコーヒーそのままで飲めるか?」
「あ、出来たら砂糖をお願いします!」
あいよーっときらくな返事が返ってくるけど、コーヒーを入れるのは結構手間らしい。お爺ちゃんがゴリゴリと何かやっているのは何度か見ているし、お爺ちゃんが淹れてくれたコーヒーを飲んだこともあるけど……。
(豆からどうやって液体になるんだろ?)
コーヒー豆とか言うのを何とかすると液体になるらしいけど、私はどうすれば固体が液体になるのか分らない……それに態々ダークエルフの国から道具とか豆を輸入するのが面倒なので意外とディナプトの街にはコーヒーの作り方を知ってる人はいない……いや、知ってるけどめんどうだからやらないって人が多い。
「カワサキ。もう少しご飯の用意をしたほうが良いかもよ? コーヒーって作れる人が少ないからそれ目当てで結構人が来るかも」
「それなら良いな。リオン達が来てそこから知名度を上げて行くつもりだったが、コーヒーで人が来るならありがたい事だ」
「んー正直そこは私も不安な所なんですよね。お爺ちゃんが倒れてから私も頑張りましたけど、料理下手だからお客さんもあんまり来てくれないですし……急に早朝から商売しても人が来てくれるかどうかは正直言って分りません」
カワサキの料理は美味しいから誰か来てくれれば多分話題になる筈。後はコーヒーの香りでお爺ちゃんの店の常連さんが来てくれればそこから口コミでなんとかならないかなというのが私の計画だ。
「なに、1ヶ月あるんだ。焦らずじっくり行こう、さて、そろそろ開店だ。頑張ろうぜレナ」
「はい!」
とにかく1ヶ月で極東のお姫様に料理を振舞う権利を手に入れるためにまずは地道な一歩から! と気合を入れたんだけど……。
「やっぱりそう甘くないですねー」
「世の中そういうもんさ」
朝が早すぎたのか、それとも私の料理があんまり美味しくないって知られているので来てくれないのか、はたまた両方か……。私としては両方の可能性が高いなあと思いながらカウンターに腰掛けてコーヒーを口にする。
「あれ? これさっきのコーヒーより甘いですね」
「カフェオレにした。ブラックより飲みやすいだろ?」
「へーコーヒーにも色々種類があるんですね」
淡い茶色のコーヒーを飲んでいると扉が開いた音がした。
「レナ、カワサキ! もーにんぐ? とかいうのを食いにきたぜッ!」
「朝から騒々しくてすまないな。出立前に軽く食事を頼む」
ロウガを先頭に、リオンさん、そして数人の獣人が食堂に入ってくる姿を見て、私は飲んでいたコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「いらっしゃいませ! ギリアム・ウェルナへ!」
ここからだ。お爺ちゃんの店を守って、私が子供の時からお世話になっていた人達の居場所を守る為に……そして私の我侭に力を貸してくれているカワサキに応える為に……笑みを浮かべて大きな声でいらっしゃいませと言うのだった……。
リオン団長とロウガが今日は出発前に食事にしようというのでついて来ましたが、店はまさかのギリアム・ウェルナ。ギリアムさんが倒れ、冒険者学校を中退したレナが一生懸命切り盛りしている宿屋だった。
(大丈夫かな……レナ)
私よりも2歳年下のレナは明るい良い子だ。だけど今は作り笑いを浮かべ、泣きそうになるのをぐっと堪えているのを見て私は辛かった。だけど私に出来る事は殆どなかった。レナは年若いが私よりも弓の腕前は上だし、何よりも魔法も使える。私に出来る狩猟ではレナの手伝いは出来ず、少しでもお金の足しになればと宿屋で泊まる事くらいしか出来なかった。日に日に暗くなっていくレナを見てどうしようと思っていた私は以前の、ギリアムさんが店を切り盛りしていた時の太陽のような笑みを浮かべているレナに驚いた。
「モーニングは牛乳か、コーヒーかを選べますけどどうしますか?」
「コーヒー? カワサキはコーヒーまで淹れれるのか? それなら私はコーヒーを」
「俺は牛乳で、ベジュとムーナはどうする?」
「僕も牛乳で良いよ。コーヒーはどうも匂いが苦手なんだよね」
「私はコーヒーをお願いしようかな、レナ」
「はーい。カワサキモーニング4つ、飲み物はコーヒー2つと牛乳2つ!」
レナが注文を大声で厨房に向けて叫ぶと厨房から1人の極東人が姿を見せた。年の頃は20後半くらいで、団長と同じくらいだろう。体格はかなりしっかりとしていて恐らく元冒険者だと思う。
「レナ。さっき説明したよな? 卵は目玉焼きか、スクランブルエッグか、ゆで卵かって……」
「あッ! す、すみません! えっと卵はどうしますか!?」
あっと声を出すレナが慌てて卵をどうするのかと尋ねて来て、私は目玉焼きと返事をし厨房に戻って行ったレナの姿が見えなくなってから団長に尋ねることにした。
「団長。あのカワサキって人……極東人ですよね? どこでスカウトしたんですか?」
「モンスターに襲われて川に落ちて流されていた所をレナ嬢が助けたらしくてな。その礼としてレナ嬢の手伝いをしてくれているらしい」
「モンスターに襲われて……それは不運でしたね。でもあの人は料理できるんですか?」
犬の獣人のベジュがちらちらと厨房を見ながら心配そうに団長に尋ねるとロウガが話に割り込んできた。
「ベジュ! 心配ねぇ! 昨日俺と兄貴はここで飯を食ったんだがめちゃくちゃ美味かった! あの赤ワイン煮込みとか最高だった!」
昨日団長とロウガから漂ってきた尋常じゃなく美味そうな匂い、外の店で食べてきたと聞いていたけどまさかギリアム・ウェルナだったとは驚いた。団長だけが知ってる隠れ家的な名店とかそんな所で食べてきたのだろうかと思っていたからだ。だけどその料理を作った料理人が今厨房にいるカワサキならレナが騙されているわけではないのだろうと安堵し、どれくらいで料理が出来るのだろうかと考える。馬車が出発するまではまだ時間があるが、余り時間が掛かりすぎると困るんだけどと思っているとレナがトレイを持って厨房から出てきた。
「お待たせしました。モーニングセットです」
「もう出来たの!?」
バターが塗られたパンが2枚と燻製肉が2枚と目玉焼き、野菜スープ。朝食として申し分のない品が湯気を立てていた。
「随分と早いな、レナ」
「なんかモーニングは回転が大事って言ってたから料理人の秘儀とかじゃないかな? 私はよくわかんないけど」
「こちらとしては待ち時間が短くて助かる。レナ嬢頼んでいた弁当も4人前準備してくれているのか?」
「そっちも大丈夫ですよ! お支払いの時にお渡ししますね。それじゃあごゆっくり」
レナはそう笑って厨房へ戻っていく、お弁当まで用意しているとは……あのカワサキは相当腕の良い料理人なのだろう。
「うおッ! 美味い! この燻製肉めちゃくちゃ美味いッ!」
「本当だ……これ多分手作りですよね。美味しいです」
ロウガとベジュがもう食べているのを見て私も燻製肉を食べてみようと思い、ナイフで切り分けて頬張り……目を見開いた。
「おいしッ……え、これぺトラさんの所の燻製肉よね?」
いつも食べているぺトラさんの燻製肉だ。だけど味わいが全然違うッ! 口の中で蕩ける豚の脂、そして赤身の適度な歯応え……そして抜群の香ばしさッ! ただ焼いているだけなのにご馳走と思うほどに味わい深かった。
「もう朝からこんなの食べれるなんて最高ッ!」
「はい! 朝からやってる食堂は少ないですしね、ムーナさん」
そう、そうなのだ。夜は酒呑みの為に夜遅くまで商売する。だから早朝からやっている店は希少だ、多少割り高でも食事が出来るほうが良いと我慢するが、味は正直あんまり良くないし、塩辛すぎたりであんまり美味しくない。だけどそれでも食べないよりましとボッタくりされていると分かっていても食べるのだが……とここまで考えたところで値段が心配になった。
「団長。そういえば値段って……?」
レナがいるからそんなに馬鹿げた値段ではないと思うけど、間違いなく銀貨5枚は取られるだろうと思っていた。だが団長の言葉に私は驚き目を見開いた。
「4人で銀貨4枚と銅貨4枚だな」
「安くないですか!?」
他の所で食べる相場の半分ほどだ。余りの安さに驚いていると厨房からカワサキが顔を出した。
「モーニングはメニューが固定だから安いんだよ。それに十分採算は取れる」
「っとプロが言ってるので私はそれを信じます」
いや、そうだとしてももう少し値段をとってもと思いながらスープを口にした瞬間尻尾がピーンっと立った。
「な、なにこれ!? お、美味しいッ!? え、えッ!?」
ごく普通の野菜スープと思ったら信じられいほどに美味しかった。野菜の旨味と甘みが全て溶け出した極上なんて言葉では片付けられない1品だ。
「お、おいし……え、これでいくらなんですか……絶対銀貨コースですよこれ」
「わ、私もそう思う。え、本当に採算取れてる?」
王都とかじゃないと食べれない味が庶民価格で提供されている、これはどう考えても値段設定が間違っているだろうと思う。
「そういえばさ! カワサキ弁当って何だ!?」
「特製のソーセージを使ったもんを用意してある。何かは食べる時までの楽しみにしとけ」
「ソーセージか! それも良いなぁ!」
朝食を食べているのに昼の心配をしているロウガに苦笑しながら、燻製肉の上に乗せられている目玉焼きの白身の部分だけを少し切り頬張って、私は何度目かの衝撃を受けた。
(あ、目玉焼きも美味しい……というか、こんな調理があるんだ)
絶妙な塩加減とハーブで香りが追加されていて、驚くほど美味しい目玉焼きをパンの上に乗せ、更にその上に燻製肉を乗せて頬張る。
「朝からこんな贅沢して良いのかしら……」
いや、依頼の前に腹を満たすのは大事だ。だから不味くても高くてもお金を払うのが冒険者にとっての当たり前。だけどここにその当たり前を壊そうとしている男がいる。昔ながらの料理人ならともかく、公益社に上納金を納めている店は間違いなく目の敵に……っとここまで考えた所で気づいた。
「団長……これを狙ってましたね?」
「さて、なんのことかな? カワサキ、コーヒーのお代わりを」
なんでもないようにコーヒーのお代わりを求める団長。銀狼のリオンが通う店となれば下手に手を出せば総スカンに合うのは目に見えている。だからよほどの馬鹿で無ければ、もっと言えばギリアムさんの事を知る人間ならば間違いなくこの店を襲おうとはしないだろう。
(そっか、この人が……)
公益社にこれ以上好き勝手させないために腕のいい料理人を探していると団長は言っていた。そしてこのカワサキが団長が認めた公益社とトラフロンの暴挙を食い止めるために協力を求めた料理人なのだと分った。腕前は間違いなく王都のトップクラスの料理人レベル、そしてそれでいてレナがギリアムさんが大事にしていた厨房に足を踏み入れることを許可する……それだけで腕前だけではなく人格面も良いのだと察しがつくのも当然だ。
「このコーヒーも美味しいわ。私もおかわり良いかしら?」
「あいよ、ちょいと待ってくれ」
かなり濃い目で、苦味も強い……だがコクがあり、華やかな香ばしさがあり後味がさっぱりとしている。ただ苦いだけだったり、妙に酸っぱいコーヒーと違って本当に美味しいコーヒーだったのでお代わりを頼み、残っているコーヒーを口にする。
「うん、やっぱり美味しい」
料理もコーヒーも最高だった。それにギリアムさんの味とは違うけど、凄く美味しくて優しい味だ。ただ高級で良い食材を使ってるだけのトラフロンとは違う、食べる人の事を考えた優しい料理を作れる人のようだ。
「はいよ、おまちどうさま」
「ありがと」
この人ならレナとそしてこの店を救ってくれる。私はコーヒーを口にしながら何の理由も根拠もないが、心からそう思うのだった……。
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