生きたければ飯を食え~とある料理人の異世界繁盛記~ 作:混沌の魔法使い
メニュー8 クリームシチュー
午後の穏やかなお茶の時間は私の魔力の暴発によって騒がしい時間になってしまった。ぐったりしてるレナさんと苦笑しているカワサキさんに向かって深く頭を下げる。
「大変お騒がせしました……」
「いや、良い。むしろそれほど動揺するって事が分っただけで俺としてはありがたい」
ありがたいと言われて私が困惑しているとカワサキさんは羊皮紙を手に私の前に腰を下ろしました。
「レナは祖父のギリアムさんだったか? それが値段の基準になってるんでな。俺の作れる菓子が金貨での支払いが相場となると値段設定を間違えると面倒な事になる。レナからケーキがあるって聞いたんだが、これっていくらくらいが相場なんだ?」
「そうですわね……大体金貨10枚からですわね」
ふわふわのスポンジとクリームと新鮮なフルーツ、見た目にも美しいので最低でも金貨は10枚からが相場で高いものなら20枚を優に越える。
「なるほど……大きさを小さくしてシンプルに纏めても安くするのは難しいか?」
「そうですね……小さめにすればあるいは……あのもしかしてケーキをお作りになる事が?」
「生クリームの準備が面倒だが出来ない事はないな。それにさっきのアイスだって中にフルーツを入れたり、パンケーキの上に乗せたり、クレープの生地で果物と巻いたりとかも出来るぞ」
王都の菓子専門のシェフよりもカワサキさんの方が技量が高いのでは? と思わずレナさんに視線を向けましたが、レナさんはアイスクリームの値段の相場を聞いて唖然とした表情でぶつぶつと呟いていました。
「これで金貨8枚……8枚かぁ……銀貨5枚くらいで売れないかなぁ……これ絶対女の子に人気出ると思うんだけど……」
あのレナさん。銀貨8枚でアイスクリンを売るのはちょっと無理があると思うのですが……いえ、でも店を立て直すにはそれくらいの強い刺激が必要なのかもしれないですわね。ただ相場の半額以下と言うのは少し問題があるような来もしますが……。
「チーズをクリーム状にしてケーキにするのはどうだ?」
「はい? チーズをクリームに出来るのですか?」
あの硬いチーズをクリームにしてケーキにする……とかなんかとんでもない事を言い出してきたのですが……。
「クッキーとか、ロールケーキ、それにムースとかはどうだ?」
「……あの知らないお菓子の事を言われても……でもクッキーは良いと思いますよ。ちょっと待ってくださいね、今王都で買えるお菓子の相場の値段を書きますので」
「すまん。助かる」
ロールケーキが何かは分らないですが、ケーキとついているので間違いなく甘いお菓子なのは間違いないでしょう。さっきのアイスクリームもそうですし、ケーキに対しても知識もある。そして何でもないように次々のお菓子の名前を口にするカワサキさんの姿に驚きを通り越して私は冷静になっていた。口で話すよりも王都や貴族が買うお菓子の名前と相場を羊皮紙にメモしながらカワサキさんの事を考えていました。
「失礼ですが貴方はどこから?」
「さっきも話したが世界各地を渡り歩いて料理の修行をしていてな。旅から旅の根無し草だったが、川で溺れている所をレナに助けてもらったから恩貸しとして力を貸そうと思ってな」
嘘……ではないと思いますが、全て真実でもない。すらすらと言った事が余計に私に疑惑を強めさせました。
(知識だけならまだ分ります。ですが作ることまで可能となると……彼は一体どこから?)
極東の人間だからという理由だけでは納得出来る訳がない。極東から来られる人は冒険者が一般的で、珍しい極東の食材を売る人もいるが料理人は殆どいないからだ。何か公に出来ない何かがあるのは間違いない。王都は勿論貴族お抱えの料理人でも作れない料理の知識を持っている極東人……それだけで怪しい、ヴェイル家の令嬢としては警戒するべきだと分かっています。ですが私個人としては彼を信用したいと思いました。
「貴方みたいな人がレナさんを助けてくれるのなら私も安心ですわ。色々と大変だと思いますが頑張ってくださいまし」
ギリアム様が倒れ、レナさんは学校を休学してディナプトへとお戻りになられました。お手伝いをしていても冒険者志望で料理の経験が殆どないレナさんではギリアム・ウェルナを維持するのが難しく、様々な事を試してギリアム様が復帰するまでなんとか店を維持しようと奮闘していたのは私も知っています。そこに現れた料理に詳しい行くあてもないカワサキさん……余りにも都合が良すぎるのが、それでもその都合の良さが今のレナさんに必要だと思ったから、カワサキさんの事は私の胸の中に留めることにしました。
「値段は多少安くても良いでしょう。ですがこれだけは徹底してくださいまし、絶対にレシピを他の人に教えないと」
「それはまたなんで?」
カワサキさんは理解していない。自分の知識がディナプトだけではなく、王都、いや周辺国家にまで影響を与える可能性を微塵も考えていない。
「料理のレシピと言うのは基本的にどの店も秘蔵の物です。それはその店の価値を高め、利益を得る為の物だから当然です。もしもその店の秘蔵のレシピと似たようなレシピが出回っていればどうなると思います?」
自分の店のレシピを他人に教える料理人がいる。そうなれば店の価値は暴落する、そうなれば間違いなく報復がある。特に良い料理店は貴族が裏についている事が多いので多少の悪事は揉み消される。カワサキさんのほかの料理の腕前はどうかは分らないが、それでもレナさんに危険が及ぶような真似はして欲しくないのだ。
「内通者か、レシピを盗み出した奴がいると思うな。なるほど、理解した。警告感謝する」
頭の回転は悪くないので私の危惧したことを理解してくれた用で何よりだ。レナさんは良く分かっていない様子で、何の話か聞きたそうにしていましたが、権力争い等が関わるこの話はレナさんには聞かせないほうが良いと判断し、私は席を立ちました。
「レナさん。また後日参ります。今度は昼食か夕食をご一緒しましょう」
「え? あ、うん! またね!」
「ええ、また。ではカワサキさんも御機嫌よう」
「おう。今度は俺の自慢の料理も食べてくれよ」
レナさんとカワサキさんに見送られ店を出て馬車へと乗り込む。
「申し訳ございませんが学校へ戻る前に1度家へ寄ってってくださいますか?」
「畏まりました。お嬢様」
ゆっくりと動き出す馬車の窓からギリアム・ウェルナに視線を向ける。確かにカワサキさんは妖しい点もありますし、どこか浮世離れした雰囲気もあります。ですがレナさんの助けになろうとしてくれているのは間違いなく、そして怪しい人物ではありますが危険な人物ではなく優しい人だと思います。
「お父様にも相談しておきましょう。今はきな臭いですしね」
サガーク公益社の暴走の件もあるし、トラフロンの大宿屋のオーナーからすればギリアム様が倒れた今はギリアム・ウェルナを潰す最大のチャンス。特にカワサキさんの存在が公になれば間違いなく圧力を掛けに来るのは目に見えている。
「ヴェイル家が支援すればお守りできるんですけどね……」
ギリアム様は若い時は高名なドラゴンバスターだった。権力や金に靡く事無く己の道を貫いた伝説の冒険者であるギリアム様は貴族や王族との繋がりを徹底して嫌っていた。私はレナさんの友人だから無碍にはされなかったが、ギリアムさんの権力者嫌いは変な話だがドラゴンバスターよりも有名な話なのだ。
「……後で謝るとして、カワサキさんがお父様が気に入る料理を作る事が出来れば良いのですが……」
馬車の座席に置かれた羊皮紙の束に視線を向ける。これはサガーク公益社の社長の暴利や暴走が記されている、だが問題はそこではない。問題は……誰も名前と容姿を認識出来ていないのに今社長室にいる人物を7代目だと思っている事だ。
「これが魔法なのか、それともモンスターによる物なのか……調査は慎重を期す必要がありますわね」
ただ権力欲が暴走しているだけなら良い、だが魔法で操られていたり、モンスターが成り代わっているとなれば最悪だ。だがそれだけの事が出来る魔法使いやモンスターが相手ならばこちらも慎重に動く必要がある。まずはお父様と話し合って裏付けを取ろうと思い本宅へと向かったのですが……。
「神域の森にアンデットが出たのですか? 見間違いではないのですか?」
「神狼のリオンからの報告だ。まず間違いない、遠目だが吸血鬼の姿も確認したとの事だ。7代目の暴走でも頭が痛いというのに……どうしたものか」
アルパーナ様の神殿がある神域の森で不死者が出た。比較的大人しいモンスターしか生息せず、採取や狩猟依頼があるくらいの穏やかな森で危険な不死者が出た。
「一体何が起きているというのですか……」
そのありえない出来事に私は半ば呆然とし、頭を抱えているお父様の背中を見つめながら、消えてしまいそうな声でそう呟くのでした……。
レナの友人のセレスから聞かされた話は俺にとっても衝撃的だった。レナから甘い物は高いと聞かされてはいたが俺の想像以上にスイーツ類の相場は高かったのだ。レナに自信をつけさせる為に考えたが、そのままで販売するのは難しいというのは想定外だった。
「ちょっと計算が狂ったな」
レナの氷魔法でスイーツ類を作りそれを売る事を考えていたが、値段が高い事を考えると安くしすぎれば当然衝突を生む事になるだろう。とは言え短期間でギリアム・ウェルナを有名にするには強烈な売りが必要なのでスイーツ類を作ることは決まっている訳だが……。
「軋轢を避けるためには色々と工夫が必要になりそうだ」
やれやれとぼやきながら鶏腿肉を1口大に切り塩胡椒を振って下味を付ける。
「玉葱と人参とじゃがいも、それと茸……普通のシチューの具材ですよね? ここから本当に牛乳くさくないシチューになるんですか?」
俺の調理を見ていたレナがここからで本当に牛乳臭くないシチューが作れるのかと尋ねてくる。
「牛乳臭くなる理由は色々とあるが、俺の予想だと伝聞が良くなかったと考えてる」
「伝聞ですか?」
「そうだ。例えば旅人が牛乳で野菜を煮たスープがあるという話をするだろ? それを真似て牛乳を入れたスープを作ったとかそんな感じだと思ってる」
詳しい調理法も知らずに牛乳で煮た。それだけだけが一人歩きした結果が牛乳臭いシチューというのは考えられる話だ。
「シチューって言うのは色んな隠し味や調理工程がある。1番簡単なのはチーズを入れたり、香味野菜を加えたり、バターで具材を炒めたりだな」
「でもだといって具材をバターで炒めるのは少し勿体無いと思います。だからバターで炒めてないんですよね?」
鶏肉と野菜を炒めているのだが、バターを使うレシピもあるといいつつ、バターを使ってないので勿体ないと思っているじゃないんですか? と尋ねられる。
「いや、バターは後で使う。今使うと味がくどくなるから使ってないだけだ」
玉葱が透き通って来たらベジブロスとコンソメに似た出汁を加えて火を少し弱くする。
「レナの知ってる調理だとここからどうなる?」
「え? そうですね野菜に火が通ったら牛乳を入れて終わりですね」
まぁ間違いでは無いが、それで美味しいシチューになるかといわれるとまずならないなと苦笑する。バターやコンソメ、香味野菜で臭み消しと旨味を加えてなければ味も旨味も足りず、更に長時間加熱すれば臭みも出てくる。
(ほんの一手間、ほんの僅かな工夫なんだが、それを知ってるか知らないかの差が大きいよな)
セレスの話が本当ならばレシピなどは共有されない、だからこそ料理の知識と技術には大きな差があるのだろう。でなければ具材を煮て牛乳を入れて完成とはならないだろうと苦笑しながら大鍋の中に牛乳を加えて軽く混ぜ合わせる、
「ここから味の決め手を作る。と言っても使う物は常温に戻したバターと小麦粉だけだけどな」
ホワイトソースを作ってシチューを作る手もあるが、レナでも再現性が高い料理という事でもっと簡単なブールマニエを使う事にしたのだ。バターと小麦粉を混ぜるだけでスープにトロミとコクをつけてくれる。ホワイトソースを作るよりも初心者ならばこっちの方が扱いやすいと思う。
「常温に戻したバターと同量の小麦粉を混ぜて良く練る。これだけで良い」
「それだけで本当に美味しくなるんですか? それにかなりの量を作ってますけど……大丈夫です?」
「大丈夫だ。まぁ見てろ」
バターと小麦粉を混ぜ合わせて粉っぽさがなくなりクリーム状になるまで良く練り合わせる。
「これがブールマニエだ。これをスープで溶かしながら鍋の中に加える」
スープを少量ブールマニエを作ったボウルの中に加えて、スープでブールマニエを伸ばし、鍋の中に加えて混ぜ合わせて蓋を半分ずらして鍋に蓋をする。
「これで後は煮れば完成だ」
「そのブールマニエを入れるだけで本当に味が変わるんです?」
「食べれば分るさ、大丈夫だ。俺の料理は美味い」
「まぁそれは分ってますけど大丈夫かなあ」
シチューの不人気をレナが不安に思っているのが分かり、俺は苦笑しながら鍋の蓋を空けた。
「ほれ、味見してみろ。まだちょっと味が薄いが飲めるだろう」
小さな皿にシチューをよそいレナに差し出し、レナはそれを受け取ると驚いた表情を浮かべた。予想外の反応にどうしたのかと思っているとレナは信じられないことを口にした。
「シチューがトロリってしてるッ!?」
「……そこからなのか?」
まさかのシチューにトロミがあることに驚かれるとは俺も想定外だった。レナは皿を傾けシチューがゆっくりと動くことに驚いていた。
「なんでスープが少し硬いんですか?」
「小麦粉の澱粉の糊化だ」
「澱粉? 糊化……ってなんですか?」
「小麦粉を煮るとそうなると思ってくれ」
思った以上に異世界の料理の技術は遅れているのかもしれない。いや、セレスとも話していたがレシピや調理技術の独占が原因なのかもしれないなと考えながら鍋を掻き混ぜる。
「お、美味しいッ! 牛乳臭くないし、凄く味が濃いのに優しい味がします」
「それは良かった。これなら売れるか?」
「絶対売れますよ! ちゃんとしたシチューがこんなに美味しいなんて知らなかったなあ」
ニコニコと笑ってシチューを食べているレナを見て正直に言って俺は少し安心していた。爺さんに出したのは焼肉だったし、レナにはパンケーキ、ロウガにはステーキ、リオンには赤ワイン煮込みを出した訳だが、正直に言って俺の味がこの世界の人間に通用するのかは未知数で不安に思っていた。だがシチューのような家庭料理が受けるのならば、きっと俺の料理はこの世界でも通用すると1つの自信になった。
「さてと、あとはこれはいくらで売るかだな。そこは任せるぞ、レナ」
「はーい! 任せてくださいよ」
料理の相場は俺には分からないので値段設定はレナに任せると話をしているとギリアム・ウェルナの扉が勢いよく開き、疲れきった表情のロウガ達が店の中に入ってきた。
「カワサキ! 腹減った! 晩飯くれッ! あいだッ!? なにすんだよ、ムーナッ!」
「店先で騒ぐからよ馬鹿。レナ、それとカワサキ。3人分の夕食頼めるかしら?」
「はい! 大丈夫ですよ、座ってください」
「すみません、お世話になります」
ロウガがムーナに叱られ、ベジュが小さく頭を下げる姿はでこぼこ姉弟みたいで微笑ましさを覚える。
「すいませーん、ギリアム・ウェルナが再開したって聞いてきたんですけど俺達も大丈夫ですか?」
「私も良いかな、レナちゃん」
「はーい! 大丈夫ですよ。今案内しますねー!」
リオン達に持たせた弁当の効果が出たのか依頼を終えたであろう冒険者達が店内に入ってくる。もしかしたら客が来るかもと思って大鍋でシチューを作って正解だったと思いながら俺はシチューを盛り付ける為の皿を棚から取り出すのだった……。
神域の森にアンデットモンスターが出現するという異常事態に俺達は慌ててディナプトに引き帰してきたが、その道中でも本来この近辺に出現しないモンスターの姿を何体も目撃した。
2つの首を持つ猛毒の蛇――サーペントに始まり、廃墟などに出現するガーゴイル、複数のモンスターの屍骸が融合したデスキマイラなど、A級冒険者でも苦戦するようなモンスターが神域の森の奥に溢れかえっていた。しかも遠目だったから確信は持てないがヴァンパイヤやアンデットソーサラーなどの明確な知恵を持ったモンスターの姿もあった。
(本当に何がどうなってるんだよ)
「なんだけど大丈夫? ちょっとロウガ聞いてる?」
「あ、悪い悪い。考え事してた。んでなんだって?」」
神域の森の事を考えていてレナの話を聞いてなかったので謝ってから何の話だったかと再度尋ねる。
「もうちゃんとしてよね。まだ本格的な営業の準備が出来てないからあんまり注文できるメニューは多くないだけど大丈夫って聞いてたのよ」
考えてみればそれも当然だ。カワサキがレナに雇われて1日しか経ってないのだ。まだ多数の注文に対応出来る準備は出来て無くて当然かと納得した。
「それは全然構わないわ。それで何が注文できるの?」
「今日はシチューとパン。それとシチューをかけたクリームパスタと……簡単な揚げ物ですよ、ムーナさん」
シチューと聞いて思わずムーナとベジュと目を見合わせる。シチューと言えば具材を煮て牛乳を入れたスープであんまり美味くない料理だ。普段ならシチューしか出せないと言われれば断る所だが……。
「ん、良い匂いだな。カワサキの特製シチューか?」
「うん、めちゃくちゃ美味しかったよ」
「じゃあシチューとパン、後は鶏肉と豚の揚げ物を頼む」
「私も同じで、揚げ物は豚肉でお願い」
「僕はクリームパスタをお願いします」
王都のレストランを食べ歩くこともある兄貴が認めたカワサキの作ったシチューなら美味いかもしれないと思い料理を注文する。
「シチューか……うーん。まぁ安いから良いか」
「営業再開したばっかりだから我侭は言えないよね」
「シチューと揚げ物だけかぁ……注文を聞いてから座ればよかったなあ……まぁいいや、じゃあシチューを」
「はーい。シチューとパンはすぐにお持ちしますねー」
レナが注文を取り、厨房へと走って行き。すぐに俺達のテーブルからシチューが運ばれてきた……のだが、運ばれて来たシチューは俺の知るシチューとは別物だった。
「ギリアム・ウェルナ特製シチューです。どうぞごゆっくり~」
白い、シチューが白いのは当然なのだが……牛乳臭くないし、しゃばしゃばしてない。スープにはトロミがあり、具材にしっかりとスープが絡んでいる。それにたっぷりの具材と見ただけで美味いと分る一皿だった。
「え? これがシチュー……? 別の料理じゃない?」
「マジ? これでマジで銀貨6枚ッ!?」
「シチューなんてって思ったけどうまそーッ!!」
俺だけではなく他のテーブルの客も運ばれて来たシチューに驚きの声を上げている。だがそれも当然だ、不味いと評判の料理が誰がどう見ても美味いと思う姿で出されれば誰だって驚くという物だ。
「驚いたわね。こんなに美味しそうなシチューを出されるなんて思ってなかったわ」
「これパスタの上にシチューが掛かってるんですね。パスタをこういう形で食べるのは初めてですね」
「美味そうなら良いじゃねぇか! いただきますッ!」
空きっ腹に染みる美味そうな匂いを前に我慢なんて出来る訳がなく、いただきますと言ってスプーンを手に取りシチューを掬って口へと運び、驚きに目を見開いた。シチューが甘いのだ、しかも砂糖などの甘さではなく野菜の甘さを丁寧に丁寧に引き出したかのような自然な甘さ、そして濃厚なコクと旨味が口一杯に広がる。
「うめえッ! これマジでシチューか!? 俺の知ってるのとは別もんだぜッ!」
牛乳臭くないし、濃厚だし、旨みが強い。俺の知ってる牛乳臭い、薄い、味が殆どないとは対極の味わいに思わず声を上げながらシチューを口にする。玉葱の甘さと牛乳の甘さ、そしてバターの濃厚な旨味が溶け出したシチューの味がしみこんだ野菜はどれもこれも美味い。人参はしっかりと煮られていて柔らかいだけじゃなくて甘い、じゃがいももホクホクとしていて口の中でホロホロとほどけながらシチューの旨味を口の中一杯に広げてくれる。茸の歯応えの良い食感と強い味わい……どれを食べても味わった事のない旨みが顔を出す。
「鶏肉もうめえッ! いや、これめちゃくちゃに美味いな!」
そしてメインの鶏肉も当然美味い。しっかりと煮られていて口の中でほろりと溶けシチューの旨味と鶏肉の脂の甘さが口の中に広がり、自然とシチューへとスプーンが伸びる。
「確かにこれは美味しいわね……凄い丁寧に作られてるのが良く分るわ」
パンをシチューにつけて頬張っていたムーナがしみじみと美味いと呟くのを横目に俺もパンを千切ってシチューにつけて頬張る。パンがシチューの吸い込み、そのまま食べるよりもずっと美味く感じる。
「これなら保存用の黒パンをつけても美味いな!」
「外でこのシチューを作れるならね」
ムーナの切り替えしに確かにと呻いた。このシチューが外で作れればそれもありだが、俺達ではこの味を作るのは不可能だし、鉄の水筒で保温して持っていくとしても完全ではないので安全な場所で無ければモンスターを呼び寄せることになりかねないので温める事も難しいだろう。
「だなあ、外で食えたら良いんだけどなぁ」
シチューが染み込んだパンを頬張り、無言でパスタを食べているベジュに視線を向ける。
「どうだベジュ? そのパスタ美味いか?」
「んぐっ! は、はい! 美味しいですよロウガさん。これチーズも入ってるみたいで凄く濃厚でパスタに絡んで美味しいです」
チーズと言われてベジュの更に視線を向けると摩り下ろされたチーズが振りかけられていて、それがシチューの熱で溶けてパスタに絡んでいるのを見てゴクリと喉が鳴った。
「はーい、唐揚げとトンカツお待たせしましたー」
「レナ! このクリームパスタってやつとパンおかわり!」
「私も、チーズ大目でよろしくね」
「はいッ! 一杯食べてくださいね!」
「レナちゃーん! こっちもおかわりー!」
「このトンカツってやつもねー!」
「はーい! 今行きまーすッ!!」
あちこちでおかわりという声が響き、嬉しい悲鳴を上げながら駆け回るレナの背中を見ながら揚げ立てのカツレツ……いや、トンカツを頬張る。サクっとした衣に、脂の甘みを際立たせる絶妙な塩胡椒の味加減ッ! そして何よりも肉の部分もジューシーで食べ応えがある。
「うまッ! カツレツって皆似た様もんだと思ってたけどこれは別物だなッ!」
「油がくどくないのね。それに下拵えが丁寧だから獣臭くないし、噛み切りやすいのね」
カワサキの料理は徹底して下拵えを丁寧にしている。だからこそシンプルな料理でもその味を際立たせているのだろうなぁとしみじみ思いながらレナが運んできてくれたパンに切れ込みを入れ、トンカツを挟んでその上にトンカツと共に出されたトマトのソースをたっぷりと乗せて齧り付いた。トマトの酸味と甘み、香辛料と調味料で味を際立たせたソースがトンカツに染み込んでいて、それをパンに挟んだ物が不味い訳がない。
「本当に美味いな! おーい! レナーッ! トンカツとパンおかわりーッ!」
「それなら最初からカツサンドにしてやろうかーって!」
「美味いなら何でも良いぜ! そのカツサンドってやつを頼むわーッ!」
「俺もそのカツサンドを頼むぜレナちゃーん!」
「私はクリームパスタねー」
「はーい! ちょっと待っててくださいねー!」
大声のやり取りと、美味いと舌鼓を打つ声が広がり、その料理に興味を持ったほかの客もその料理を注文する。
(なんか昔みてえッ)
ギリアムの爺さんが居て、乱暴な客を怒鳴り、あるいは殴り倒し、ニカっと笑って飯を薦めて、少し粗暴でも優しくて面倒見の良いギリアムの爺さんを慕う大勢の冒険者達が居た。あの時のギリアム・ウェルナの活気にはまだ遠いが、それでもそれを思い出させる優しくて暖かい場所が帰ってきたような気がした。
「カツサンドお待たせー」
「うほっ!! こりゃすげえッ! 見るだけで美味いって分るじゃねぇかッ!!」
分厚くてでかいトンカツとキャベツが挟まれたパン。それは見るだけで美味いと分る至極の一皿であり、勿論その味も見た目通りに極上の物なのであった……。
「おう。ロウガ、こいつ持って帰れ、リオンの夜食だ。俺の勘だが、なんかあったんだろ? こいつを持っててやれ」
「ありがとうよ! 兄貴にカワサキからって伝えておくぜッ!」
神域の森の異変でギルドや周辺冒険者との話し合いで缶詰になっている兄貴を気遣って夕食を持たせてくれたカワサキに感謝し、俺達はトラフロンへと向かって歩き出した。
「めちゃくちゃ美味かったな!」
「トラフロンの高いだけで量が足りない食事よりもこっちの方が全然良いわね」
「確かにですねー。あそこでお腹一杯食べようと思うとお金が飛んで行きますもんね」
勿論宿に戻るまでの話題が飯が美味かっただけなのはご愛嬌である。
メニュー9 エビフライ&壷焼きへ続く