原作と矛盾してたらゴメンネ
一人で行動するようになってそれなりの時間が経った。
魔族としてはこれが正常なのだろうが…。力が弱く最も殺されやすい幼少期を、他の魔族と過ごすことができたのは幸運だっただろう。
それに、収穫もあった。
同族が決して知らないようなことを、体験することができた。
「ソリテールだな」
呼び止められて足を止める。
フードをかぶった
「だれ…?」
「全知のシュラハトという」
「全知…? 聞いたこともないわ」
「私がそう呼ばれるようになるのはもっと先の未来の話だ。私は1000年後の未来まで見通すことができる」
未来予知、ということか。
何もかも見透かされたような気分。まるでエルカラートと話しているときと同じような気持ちになる。
正直心地のいいものではない。
だが、そういう相手との話し方は知っている。自分の聞きたいこと、話したいことを要求すればいい。
「それで、何の用?」
「お前を魔王軍に勧誘しに来た」
魔王軍。
聞きなれない響きだ。
「不思議な話ね。私たちに王様なんていないわ」
「これから作る。魔王様は最も長くのときを生きている魔族だ」
「へぇ、あなたが頂点じゃないの?」
「違う。私より魔王様の方が強いからな」
「……なるほどね」
つまり、私も魔王とやらに従えということだろう。
反抗すればどうなるかは分からない。拒否権など最初からないようなものだ。
正直、戦って勝てるのなら辞退したいところだ。
だが目の前のシュラハトに勝てるとも思えない。魔力量でも負けているが、そもそも自分の魔法では魔族相手に決め手に欠ける。
「……魔王軍の目的は?」
「それは魔王様に聞くといい。組織自体は、これから力をつけていく人間に対抗するためのものだ」
「人間、ねぇ」
以前までなら話すら聞かなかっただろう。
人間が力を得るなんて戯言を。
だが、ソリテールは知っている。
拙いながらも短期間で魔法を習得し、
『人間の見せる執着は、魔族の魔法をも上回るというのか……?』
あの時の、人の心に執着する魔族の言葉が頭をよぎる。
「断る理由もないだろう。お前の魔法では人間の軍を相手にするのは難しい。人間との”お話”も、好きなだけやって構わん」
「……本当に何でも知っているのね。じゃあ教えて。わたし長生きしたいわ」
「無名であり続けることだ。多くの未来でお前はそうしている」
無名であり続けること。
それはつまり、人間に認知されずに過ごすこと。
「素敵だわ。臆病な私らしくって」
◆
魔王軍には入ることになった。
早速、魔王様とも顔を合わせることになり、シュラハトに案内されて北の方へ向かっていた。
「こうして魔族を勧誘して回っているの?」
「そうだ」
答えは短く返ってきた。
まるで私が質問することも分かっていたかのようだ。だがそれも経験済み。慣れている。
「だったら、この近くにエルトラートという魔族がいるはずよ。彼の勧誘はしたの?」
「いいや、奴を勧誘するつもりはない」
「どうして?」
「遠くない未来に殺されるからだ」
穏やかではないその返答にソリテールの興味が惹かれる。
「へぇ、誰に?」
「人間の魔法使いだ。自らの撒いた種で殺される、実に情けない最期だ」
「人間の可能性に殺されるのね。死んじゃうのは残念だけれど、最後に人間の可能性を見られて彼も本望なんじゃないかしら」
人間の可能性を知りたいと言っていた。
私はそれに、魔族らしくもなく恐怖を感じたというのに。
「ちなみに、その未来予測が外れる可能性は?」
「ない。過去に一度も、エルカラートが生き残る未来を見たことはない」
心を見透かしてくる魔族を倒せるほどの人間の魔法使い。
是非ともお話してみたいところだが、死にたくはない。彼とは行動を別にしていて正解だったと思う。
魔王様と話した。
相対するだけで身が竦む。重厚な魔力。シュラハトが、最強の魔族だというのも頷けるものだった。
思想も変わっていた。
魔王様は人間が好きだと言っていた。
他の魔族がそう思っていないことをもったいないと思っているとも。
私は心が読めないけれど、魔王様の言っていることは本心であると思った。
話している中で、人間の魔法についての話題になった。
魔王様もシュラハトから未来を聞いているらしい。人間が作り出す、魔族とは異なる魔法体系。
「私は恐ろしいわ。人間が魔法で
本心を話したのは自分からだった。
何故かは分からない。
シュラハトは魔王の腹心だと言うし、この感情もすでに見透かされているかもしれないという思いはあったのかもしれない。
魔法は魔族のもの。
そう、人間も魔族も考えている。
それなのに、人間が魔法を使うようになるなんて…。
けれど、魔王様の考えは私とは正反対だった。
人間が魔法を使うということは魔族と共存できるということ。
今は共存などできていないが、きっと分かり合える時は来る。そうすれば、人間と魔族は殺し殺される関係から脱却することができる。
「それは素敵なことだわ」
人間との共存。
殺し合いの関係からの脱却。
そんな夢を掲げる魔王様を私は心底素晴らしいと思った。
魔王様との話が終わって、私も”お話”を頑張ろうと思った。
人間と魔族はまず生物として違う。体の構造がどうなっているか、身体能力の違いはどこから生じているのか、魔法適性の違いの原因は何か。その答えを私は知らない。
だから、まずはそこを知ることからスタートするのがいいだろう。
そう考えて、人間の村はどこだろうと思いを巡らせ──
「──待て」
呼び止められた。
相手は分かっている、シュラハトだ。
「なに? 魔王様とはしっかり話したわ」
「そうではない。人間の村を探しているのだろう。向こうに行けば、集落を見つけることができる」
そう言って私が進む方向とは正反対を示すシュラハト。
「……そう? 助かったわ。
私は言われた通りに進路を変える。
シュラハトの横を通り過ぎ、数歩歩いたところで足を止める。
「そういえば、魔王様とはシュラハトの話もしたわ。未来を予知する魔法、非常に素晴らしいわ。術式の構築には魔王様も深くかかわっていたそうね」
「……」
「魔王様が言っていたわ。魔法がまだ未完成だった時、あなたは自分の魔法で見た未来と違うことが起こると取り乱したと。それだけ自分の魔法に自信を持っていたのね。そのたびに術式を直して、全知とも呼ばれるにまで至る」
「……」
「でもそれは未来の話だわ。今のあなたはまだ全知ではない」
人間と魔族の違い。
その最たるものは、魔力を視ることができるかどうか。
感覚の鋭い人間はそれをなんとなく察知することができる。けれど、魔族のようにそれを直接観測することはできない。
「ふふっ、乱れているわ。魔王様の言うとおりね」
「気になるわ。いったいどんな未来を見たの?」
その答えを、ついぞシュラハトが答えることはなかった。
◆
勇者ヒンメルの死より600年以上前。
とある森の中。
「ようやく見つけたわ、エルカラート」
私が声を掛けるとその魔族は振り向いた。
「ソリテール。何をしに来た?」
「あなたを殺しに来たの。手負いの魔族なら私でも殺せるわ」
そう言って私は微笑んだ。
人間とお話をして、そうした方がいいと学習した行動だ。
そんな私を見て、エルカラートは目を細める。
「精神魔法に対する防御結界か。以前にシュラハトが用いていたものと構造が似ている」
「ふふ、魔王様に教えてもらったの。あなたを殺すにはこれだけ準備しないと足りないから」
「それだけで殺せるとでも?」
「問題ないわ。以前までとは違って私の方が魔力が多いから」
ソリテールは、エルカラートの角を指さす。
2対の角、そのうちの片方が根元近くから折れていた。
「その角、それが原因ね。
「よく調べているな」
「私は人間と魔族の違いについて調べているの。見た目はそっくりなのに中身は別物。その最たるものが角よ」
人間には角なんてものはない。
けれど、一部の人間だけではあるが魔力を運用できている。これは立派な違いだ。
「変幻のエルカラート。その名前もすっかり広まったわ。今では魔王様と同じくらい有名かも」
「そうか。人間の執念というのは凄まじいな。統一王朝の連中も、総力を挙げて俺を殺しに来る」
「ええ、器用なものだわ。人間の心理を覗いて、人間の魔法で返り討ちにする。まさに変幻自在。ぴったりな異名だと思うわ」
人間たちにとっては悪夢のようなものだろう。
何年もかけて構築した魔法理論が、一瞬で模倣されて返ってくる。しかも、元の魔法以上に優れた精度で。
だがそれは当然のこと。
人類と魔族の魔法体系には天と地ほどの開きがある。
手の内がすべて割れた人間が、純粋な魔法勝負で魔族に勝てるわけもない。
「ねえ聞かせて。その角を斬ったのはだれ?」
「……知ってて聞いてるだろう?」
「ええ知っているわ。人類の魔法体系の開祖フランメ。一部の才能ある物好きな人間が細々と行っていた魔法の研究を、国を挙げて行えるように整えた人間だわ」
統一帝国の魔法研究にもフランメは噛んでいるらしい。
お話しした人間がそう言っていた。
「そこまで知っているなら十分だろう。俺から答えられることは何もない」
「いいえ。当事者からお話を聞くのは大事なことだわ。是非聞かせてほしいの。あなたがどうやってフランメを退けたか」
ソリテールは魔王軍に入って、自分よりも強い魔族を何人も見た。
単純な魔力量だけではない。魔法を扱う技術も、扱う魔法の理不尽さも自分のものよりはるかに優れていた。
だが、それらのうちの何体かはフランメに討ち取られたと聞く。とてもまぐれとは思えない。
実際、ソリテールの知る限りフランメと会って生き残っている魔族はいない。
ただひとり、エルカラートを除いて。
「そんなもの、正面から捻じ伏せただけだ」
誇るでもなく、驕るでもなく。
まるで何でもないことのように語る。
「フランメの魔法の才能はずば抜けていた。人間であることが惜しいほどに。だが、いくら優れていようとあれは人間だ。魔法の勝負で魔族に勝てる道理はない」
それは自信に満ちていた。
魔族らしい、自身の魔法に対する絶対的な自信に。
「そもそも、魔法は魔族のためのものだ。人間に扱える代物ではない」
「でも、フランメはそこをクリアしていたわ。魔法を術式ではなく、イメージとして捉えることで」
「その結果が術式の単純化だ。とてもじゃないが技巧が足りていない。そんなだから俺に模倣されて負けるんだ」
人類が魔法を扱うにおいての課題が2つあった。
1つは魔法は魔族のものという先入観があったこと、もう1つは魔法そのものが人類が扱えないほどに難解であったこと。
それをフランメはクリアした。
前者は国に直接働きかけて意識改革を行うことで、後者はイメージにより魔法を行使できるように術式を書き換えることで。
「
「当然だわ。人間と魔族では生物として脳の構造が異なるもの」
「そうだな。だから、精神魔法に対する防御も不十分だ。どんな魔法を使っても、人間には
たとえ、人間が空を飛ぶ方法を見つけたとして。
元から空を縄張りとする鳥や虫には決して敵わないだろう。
魔法で魔族に挑むとはそういうことだ。
魔法は魔族の領分。たとえ人間が魔法を使うようになったとしても、それは変わらない。
「で、だ。人間では
──ミシィッ
「完璧な魔法など存在しない」
「あら、残念」
ソリテールの構築していた精神防御が崩れた。
それを受けて、ソリテールに動揺はない。
「俺を殺しに来たというのは嘘だな」
「ええそうね。でも残念だわ、せっかくあなたの動揺する姿が見れるかと思ったのに」
「そのためにわざわざ魔王から魔法を教わったのか」
「ふふっ。ねえ知ってる? 乙女の心を覗くのはイケないことなのよ?」
「恥を知らない魔族が何を言っている」
ソリテールの脳裏に浮かぶのは人間とお話する姿。
そして、およそ400年ほど前のシュラハトとの会話。
「……そうか。なるほど、あの時俺は死ぬ予定だったのか」
そしてエルカラートは知る。
自身の最期になるはずだった時を。
「誤解がないように伝えておくと、シュラハトにあなたを殺す意思はなかったわ」
「だろうな。フランメと遭遇した時、シュラハトは近くに待機していた。俺の魔力探知が及ぶぎりぎりの場所で、まるで見ているぞとでも言いたげに」
「魔王様は人間の魔法が発展することに肯定的だわ。フランメなくして、ここまでの魔法の発展は起こらなかった」
ソリテールは確信する。
あの時、シュラハトは何も語らなかったが、彼が見た未来はエルトラートが生存する未来だ。何が原因で未来予測が崩れたかは分からないが、フランメを殺されては困るというのは本当のはず。
「でも、残念だわ。シュラハトは未来を語らなくなってしまった」
「それだけ語るのが難しいということだ。人間の心でさえ、言語化した次の瞬間には変わっているんだ」
「分からないことがたくさんあるわ」
「そういうものだ、この世界は」
「魔王様も知らないことがたくさんあると言っていたわ。世界を創造したという全知全能の女神様なら知っているのかしら?」
「女神様、ねぇ」
エルトラートはそう呟くと虚空を見つめる。
心を読めないソリテールは、その心中を想像することもできない。
「エルトラート?」
「いいや、ちょっと気になることができた」
「急にどうしたの?」
「旅に出ようと思う。気になるか?」
「なぁにもったいぶって。聞いてあげないわよ?」
「じゃあ黙ってついてくるといい。歩む道が同じじゃないなら、また別行動になるだけだ」
そう言って彼はすたすたと歩いていく。
まったく、魔族らしいったらありゃしない。
「で、今度は何を探す旅に出るの? また人間の心?」
「違う。もっとこの世界の根本的なもの。全知全能の女神様だ」
【評価をつける魔法】
【感想を書く魔法】
【考察】ソリテールが臆病者の理由
魔族は自分が最強だと信じて疑わない。だから、傲慢で油断もするし、慎重な行動なんて取ろうともしない。その根底にあるのは、自分の魔法への自信だと思われる。
生物として、人間よりも魔法適性が高い。長く生きている分魔力量も多いし、研鑽も毎日積んできた。才能でも努力でも負けていない。だから自分の魔法が負けるわけがない。そういう自信が傲慢と油断を生み出している。
ソリテールがその傾向が弱いのは、自身の魔法に自信を持てていないから。ただ魔力を飛ばすだけの攻撃を魔法と呼んでいいのか、という迷いがあったからだと思われる。
【妄想】シュラハトが慎重な理由
魔族の性質から考えて、元々は未来のことを積極的に話すタイプだったんじゃないかと予想。自分の魔法は凄いと知らしめることができる。
ただ、どこかのタイミングでどれだけ術式を改良しようと完璧な未来予知はできないと思い知る。話すことにより、未来が変わることを知ってしまうため。
だから、慎重に行動するようになる。表情を隠したり多くのことを語らなかったりするのはそういう経験から学習した結果じゃないかと思われる。