はじめてですよ……。
このあたしをここまでコケにしたおバカさんは。
ソーちゃんと別れた後、ムカつく気持ちを抑えられないフリーザ様みたいになりながら、あたしは教室に帰ってきた。
お昼休みが、もう直ぐ終わる。
お弁当、食べ損なっちった。
「あ、と、おかえり、香穂ちゃん。用事、無事に終わった?」
「んー、事故っちったや」
「廊下走ってたら、人とぶつかっちゃったみたいな?」
「知り合い見つけたから声掛けるためにブレーキ踏んだつもりが、アクセルと踏み間違えちゃったみたいな」
「香穂ちゃんが加害者側!?」
気にしてくれたれなちんと話しながら、ちょっと頭に過ぎることがあった。
もしここで、れなちんとあたし、昔に会ったことあるんだよって言ったら、どんな顔してくれるかなって。
さっきソーちゃんには、今更って言ったけど。
でも、だからって、れなちんに忘れられたままなのは面白くない。
コスプレとかして役にのめり込んでる最中とかでも、ふと考えることがある。
実はれなちんは記憶を封印されているだけで、その封印が解けたのならあたしのことを全部思い出すんだーとか、そんな妄想。
あたしが、れなちんの特別だったら嬉しいなって、そういう空想を。
……ま、普通の時のあたしじゃ、れなちんと釣り合わないから、覚えられてないのも、しょーがないことなんだけどね。
けど、今はそんな個人的な事情より、もっと気になってることがあった。
それは勿論、ソーちゃん、天風そよぎちゃんのことだった。
彼女と出会ったのは、小学生時代の塾で。
引っ込み思案だったあたしに話しかけてくれた甘織さん、れなちんの後ろにピタってくっついてた女の子。
いつも甘織さんの背中に張り付いてて、何でか甘織さんもそれを普通に受け入れちゃってる。
あたしがおかしいのかなって思ったけど、やっぱり明らかに変だったのは二人の方。
けど、甘織さんがあまりに自然だったから、あたしも自然とおかしい状況を受け入れてしまっていた。
そして、そよぎちゃんとは、ちょびっとずつ、一歩一歩確かめるみたいに仲良くなっていった。
甘織さんを褒めると、自分のことのように喜ぶ。
十分に距離が縮まったって思ったら、急にすごい勢いでベタベタしてくる。
甘織さんが病気で休んだ日は、何でかあたしの背中にくっついてた時もあったっけ。
そんな彼女は、甘織さんが塾を辞めてから、後を追うように来なくなってしまった。
甘織さんにベッタリだったから、それも然もありなんって感じ。
……だけれど、最後の日。
あの子は、そよぎちゃんって呼んでって言ってくれた。
『私ね、香穂ちゃんのこと、大好き!』
『そ、そうなんだ……』
『……塾、辞めちゃってごめんね?』
『仕方、ないよね』
『うん、れな子ちゃん居ないと、なんか私、ダメダメなんだ……』
落ち込んでるあの子を励ましたくて、違うよって声をかけた。
『天風さんは、ダメなんかじゃ、ないよ。一生懸命なの、分かってるから』
ただ、一生懸命になれるのは、甘織さんがいるって時だけ。
天風さんは、本当に甘織さんが好きなんだって、ちょっと妬いちゃったりとかしたっけ。
『香穂ちゃん、ありがと!』
けと、わだかまりは抱かなかった。
天風さん、私のことも友達だって思ってくれてて、たくさん好きって伝えてくれたから。
……言葉が軽い感じはしたけど、好きなんて言われたのは全然なかったから、凄く嬉しかった。
あたしでも好かれることがあるんだって、ちょっとだけ自信になれた。
天風さんに、ギュッと手を掴まれた。
そのまま、握った手をブンブンって振り始めね。
『香穂ちゃん、あのね、私ね、香穂ちゃんにね、そよぎちゃんって呼んでほしかったの。友達、だから』
照れ照れしながら、一生懸命に言葉をたぐるこの子が微笑ましくて、あたしもそっとその名を呼んだ。
『そよぎ、ちゃん』
『香穂ちゃん!』
ひしって抱きしめ合ったの、オーバーリアクションだし結構恥ずかしかったけど、全然嫌じゃなかった。
むしろ、そよぎちゃんの一生懸命が伝わってきた感じがして、良いなって思えちゃった。
この時に、あたしの中にそよぎちゃんが住み着いたんだと思う。
いつも一生懸命で、甘織さんのことが大好きで、あたしのことを友達って呼んでくれた女の子。
コミュ障だけれど、知れば知るほど可愛い子。
あたしもいつか、誰かに好きを伝えてあげられる女の子になれたらなって。
ここまで明け透けにじゃなくても、そう思わされた友達、だった。
だから、入学式でそよぎちゃんを発見した時、本気でビックリしてしまった。
まるで別の人みたい、全部を諦めた世捨て人みたいになってたから。
そのせいで、素直にそよぎちゃんって呼べなくて。
ソーちゃんって、みんなと同じ風に呼んでみてる。
あれだけ好きだった甘織さん、れなちん相手にも寄り付かなくなってるし。
何かあったんだって、考えるまでもなく結論づけた。
隠の者だったあたしを友達だって言ってくれて、いつも一生懸命で甘織さん大好き人間だった子が、幾ら数年過ぎたっていっても、こんなに変わっちゃうには理由があるはずだし。
話さなくちゃって、思った。
あの時、友達って言ってくれたから。
あの言葉は、まだ有効だって思っていたから。
そうして、チャンスを見計らって話しかけようとしたんだけれど……。
そよぎちゃん、ソーちゃんは猫だった。
いつの間にか、教室からいなくなってる。
ずっと目をつけてないと、直ぐに見失う。
だから、ここ最近は目が離せなくって。
お昼休み、やっぱりソーちゃんはフラッといなくなった。
あたしも、みんなに断ってから、慌ててその後ろ姿を追いかけて。
「ソーちゃん、やっと見つけた」
途中で見失いそうになりながら、何とか追いつけた。
見つけたソーちゃんは、ぼんやりしてた。
動いている丸い雲を、ただひたすらに眺めてる。
……いきなり、消えちゃいそうな後ろ姿だ。
捕まえなきゃと思って、あたしはソーちゃんに手を伸ばした。
「えっへっへ〜、だーれだ?」
捕まえた、ちゃんと実体がある。
ソーちゃんは幽霊じゃない、そんな当たり前を実感した瞬間だった。
……で、あしたは激怒した。
ソーちゃんは幽霊じゃない、だって幽霊は生きてる人を怒らせたりしないし。
見た目こそ変わってるけど、中身は確かにソーちゃんだった。
最初は、そう思ったよ?
けどさぁ、ソーちゃん。
『──私は、陽キャ、なれなかった。だから、ダメ』
これはさ、ナシじゃん。
『何とか言いなよっ、そよぎちゃん!!』
『……気分、悪い』
そんなこと言われたら、流石にムカつくって。
だって、これってさ。
陽キャのれなちんがダメなら、あたしだってダメじゃん。
話しかけんなって、そういうことになる。
友達って、言ってくれたのは、そっちなのに……。
…………ムカつく。
ムカつくムカつくムカつく!
ソーちゃんの……そよぎちゃん嘘つき!
ドグサレ陰キャチビ貧乳!!
あー、もうっ、ソーちゃんなんかしらないから!
勝手に一人で、陰キャ満喫してれば良いんだ!!
ふんっだ、ふん!
翌日、ソーちゃんはフラッと教室からいなくなった。
……あたしのことなんか、どーでもいいだろうさ。
近寄るなって言われたし、別に気にすることじゃないし。
うん、気にするだけ無駄だし、気にしない気にしない。
「れっなちーん、構って〜!」
「わぁ!? 香穂ちゃん急にどうしたの」
「れなちん不足を検知したので、今からほじゅーしなくてはならないのだ!」
「い、いや〜、不足しといた方が良いんじゃないかな、そんなの」
「すりすりすり〜」
「って、香穂ちゃん話を聞いてよ!?」
ソーちゃんがその気なら、こっちだってれなちん独り占めするかんね。
後になって後悔したって、もう遅いよ!
そうして、れなちん独占令を布告した放課後、教室で。
「あのさ、香穂ちゃん。もしかしてだけど、そよ……天風さんと何かあった?」
「は、はにゃ?」
急に質問されて、れなちんの問い掛けに心臓がドキってした。
だって今日、ソーちゃんとは一言だって話してなかったから。
だから、分かるはずなんてない。
けど、それが分かるってことは……。
「ソーちゃんとあたしが、どうしたって言うんだい?」
もしかすると、思い出してくれたのかなって。
れなちんの中に、あたしが残ってたんじゃないかって。
「香穂ちゃん、授業中に天風さんのこと、たくさん見てたから。天風さんだって、香穂ちゃんの方見てたし。あっ、勘違いだったらごめん、お節介かもって思ったんだけど……」
……まあ、急に思い出してくれるなんて、都合の良いことはないか。
ていうか、そんな見てたっけ?
ソーちゃんは見てたけどさ、あたしの、こと……。
いや、ソーちゃんの視線に気付くくらい、あたしも見ちゃったたんだ。
むぅ、ソーちゃんめ……。
「んー、まぁ、ちょっと」
「ちょっと、ですか」
「ちょっと、ですヨ」
露骨に見ちゃってたみたいだし、だったら隠したってしょうがない。
れなちんめ、流石は歴戦の陽キャだけある。
素直に白旗あげて、参りましたと降参した。
それに、れなちんは知ってるはずだ。
ソーちゃんが何でああなったのか、ぼっちを選んでるのかを。
「れなちんは、ソーちゃんのこと知ってる?」
れなちんとは高校で会った体を続けてるから、わざとらしい質問をして確かめる必要があった。
すると、れなちんは夕暮れに照らされて、照れてるみたいに赤くなりながら、また教えてくれた。
「幼馴染、天風さん……ううん、そよぎちゃんとは小さい頃から一緒だったんだ」
塾で仲良くなった日、あの時もそうやって教えてくれたよね。
「へー、そうなんだにゃー」
「そういう香穂ちゃんは?」
聞かれて、一瞬だけ魔が差しそうになった。
塾であった友達だよって言ったら、れなちんはどうなるのかなって。
けど、そんな匂わせはしない方が良い。
れなちんに、昔のことに拘る重い女とか思われたくないし。
今だって十分、れなちんとは、楽しくやれてるわけだしね。
「実はさ〜、毎年5月に芦ケ谷高校では、全国猫サミットが行われててさー」
「そ、そうなの?」
「そうそう。各地の名だたる猫たちが、芦ケ谷高校に集まるワケ」
「集まるの人じゃなくて猫なの!?」
「で、あたしも芦ケ谷高校みんなの妹代表枠で参加したら、私は猫です〜って顔で、ソーちゃんもサミットに参加してたってことなんだけど」
「猫のサミットなのに、みんなの妹枠って何! あと、そよぎちゃんは猫じゃなくて人間だから!!」
れなちん、ボケたら全部拾ってくれるの律儀だよね。
昔はれなちんを揶揄ったりなんて出来なかったから、新鮮だし楽しい。
れなちん、結構まめだよね。
「ソーちゃん出る会議を間違ってるんだろうなーって思って、全国和風美少女コンテストの会場は中庭だよーって教えてあげたら、ここで合ってるって言い出してさ」
「いや、何でだよ!」
「そんな筈は〜、合ってる〜って、言い合ってるうちに、ちょっとね……」
ここまで話せば、れなちんは分かってくれた。
「…………喧嘩、したの?」
「喧嘩っていうか、猫性の違いについて揉めちゃったっていうか」
れなちんの顔を見れなくて、そっぽを向く。
喧嘩にすらなってない、一方的にキレただけ。
その事実が、何だか痛い。
ソーちゃんは、喧嘩すらしてくれなかったって気持ちにさせられる。
「な、何でそうなったか、聞いていいかな?」
踏み込むことに躊躇しながら、それでもって、れなちんは尋ねてくれた。
……れなちんは、昔と良い意味で変わんないね。
「その前に、れなちんとソーちゃんのこと、聞かせて」
「え、わたしの方?」
「れなちんはソーちゃんのこと、嫌いじゃなさそうなのに、なんでお喋りしないのかーって、気になってたんだよね」
そう、結局問題はそこだ。
ソーちゃんがぼっちになってるのは、れなちんと距離をとってるから。
例えソーちゃんが、れなちんにメイワクが〜とかほざいていても、れなちんに知るか! ってされたら、絶対に堕ちる。
ていうか、そこがおかしい。
れなちんなら、それくらいしててもおかしくないのに。
「れなちんの方こそ、ソーちゃんと幼馴染なんだよね。なのにそれって、喧嘩とかして気まずくなってたりしてない?」
原因があるとしたら、考えれば考えるほど、それしかない気がしてた。
だから、その辺をハッキリさせようってした質問だったんだけど……。
「き、気まずくなんてないよ。そよぎちゃん、家によく遊びに来てくれるし!」
「…………うにゃ?」
れなちんの返事で、頭がショートした。
あたし、何か前提の部分で勘違いしてたんじゃないかって気が付いて。
れなちんとソーちゃんは、絶縁とまではいかなくても、距離がかなり離れたんだって思っていた。
だって二人とも、お互いを気にしてるのに、意識的に関わり合いにならないように心掛けてるみたいだったから。
なのに、家で会ってるって……。
「ど、どゆこと?」
意味がわからなさ過ぎて、真顔になる。
そんなあたしに、れなちんは困り顔で繰り返した。
「そよぎちゃん、よく遊びに来て、晩御飯まで食べて帰るから……」
「は?」
…………ソーちゃん、どーゆーこと?
表でれなちんと不仲を装いながら、裏で繋がってリア充堪能してたの?
「じゃあ、学校だと気まずそうなのは?」
それでも、それでも何か理由がある、無いとおかしいし!
そう思って聞き返すと、れなちんは酷く深刻な顔になって。
「噂されると恥ずかしいから、ダメって──」
「──どこのメモリアルかーーっ!!」
「イタッ、なんでわたし叩かれたの!?」
「てんちゅーっ!!」
想像以上にしょーもないことを言うものだから、思わず手が出てしまった。
れなちん相手とはいえ、流石に耐え切れるものじゃなかった。
爆弾イベントがあるなら、あたしのが爆発してると気がついて欲しい。
全部が杞憂で勘違い。
バカみたい、いや、バカそのものだ。
「ていうか、香穂ちゃん……元ネタ、分かるの?」
「むちゃ好きだし、シリーズ制覇してるよ。他のゲームにアニメ、マンガとか、色んな話題もどんとこいってね」
「そ、そうなんだーっ」
れなちんの目の色が変わる。
分かる、分かるよ。
同志を見つけたーってなる時の気持ち。
「また語り合おうゼ、れなちん」
「うん、こっちからお願いしたいくらいだよ!」
……ま、れなちんと昔みたいに、こーゆー話ができるようになるきっかけになったのは、悪くないかな。
怪我の功名っていうには、全心傷だらけだけど。
「でも、それなら話は早いって言うか。幼馴染の女の子がこのセリフを言う意味、香穂ちゃんなら分かるよね……」
はぁ、とため息吐くれなちんは、どこか憂鬱そう。
けど、分かってくれるよね、と試されたら応えなくちゃサブカル好きが廃るし、敢えて全部を口にした。
「要するにれなちんは、"えー、好感度足りてないくせに図々しいんですけどー! ていうか、パラメーター低すぎて笑えるw アンタみたいなザコと話したって知れ渡ったら人生の恥だし、せめて学校では話しかけないでね"って受け取ったってこと?」
「な、なんで全部言ったーー、ゴフッ!?」
れなちんは床に沈んだ、慟哭してる。
悲しいまでに、数多の攻略に失敗してきたラスボス系幼馴染ヒロインの幻影を、ソーちゃんに重ねちゃっていた。
うん、気持ちはわかる。
攻略難易度高すぎて、何度も心を折られそうになったし。
……でも、そっか。
バカだけど、バカやれるくらいに、れなちんとソーちゃん、まだ仲良いんだ。
「あのさ、れなちん」
「なんでせうか、香穂ちゃん。……まさか、トドメを刺す気!?」
「違うって、色んな意味で」
色々思うところはあるけど、取り敢えずは分かった。
れなちんと釣り合わないから、ソーちゃんは離れようとしてるんじゃない。
陽キャコンプレックスがあるなら、れなちんの家にだって遊びにいかない筈だし。
ただ、一方で……。
"えー、好感度足りてないくせに図々しいんですけどー! ていうか、パラメーター低すぎて笑えるw アンタみたいなザコと話したって知れ渡ったら人生の恥だし、せめて学校では話しかけないでね"
これは多分、ソーちゃん自身が思ってること。
自分自身のパラメーターが足りないから、れなちんに恥を掻かせないように近付かないんだ。
……やっぱ、ダサい。
別にソーちゃんは、言うほど色々悪いわけじゃないのに。
そもそも、今のソーちゃんは陰キャを超越して、グレた小さいサーちゃんみたいな異端児状態だし。
自分のことクソ地味だと思ってそうだけど、バカ目立ってる。
そんなので陰キャを自称しようなんて、ちゃんちゃらおかしい。
人付き合いに格付けとかバカみたいって思うけど、ソーちゃんの格が劣ってるなんて微塵も思わない。
「ありがと、れなちん。お陰でなんかスッキリした!」
……うん、そうだ。
ソーちゃんは勘違いしてるから、わからせる必要があるんだ。
「え、なんで?」
「ソーちゃんにわからせをする、その覚悟がキマったからだよ!」
「うちの子に何するつもりなの香穂ちゃん!?」
「んー、ナイショ」
喚いてるれなちんから元気を供給して、やる気が溢れてきた。
別に、あたしは嫌がられた訳じゃなかった。
ただ、自分なんかに関わると格が下がるから、やめといた方が良いよって遠ざけようとしただけ。
ソーちゃん、何年経ってもほんとバカだなぁ。
──その思い違い、木っ端微塵にしてあげるから、覚悟しててよネ。