逃げるには長すぎるワンデイ1
芦ケ谷高校に入学してから、2ヶ月。
私はすっかり、学校に慣れちゃってた。
平穏って言うには、ちょっと騒がしいけど。
『ソーちゃーん、かまちょー!』
『飴玉、あげる……』
『わーい! ……ソーちゃん、これ薄荷味じゃん! って、もう逃げてるし!!』
香穂ちゃんがね、時々っていうには頻繁に声を掛けてくれるから。
悪気があるわけじゃないし、すごくカワイイから全然問題ないんだけどね?
でも、クラスの人気者の香穂ちゃんに構われると、みんなから注目されちゃうのです。
そうなっちゃうと、背中がムズムズする。
クソ陰キャ殻篭り虫の私としては、みんなの生暖かい優しい目がくすぐったすぎちゃうんだね。
だから、直ぐにピューって逃げちゃう。
MP(マインドポイント)が、スリップダメージ入るみたいに減ってっちゃうから、仕方がないことなんだよ?
お陰様で、私はMPが結構残ってる。
でもね、逆にMPをバンバン使っちゃって、凄く消耗しちゃってる子も居ちゃってたの。
「そよぎちゃん、うぅ……」
「れな子、ちゃん。よし、よし」
はい、れな子ちゃんです。
甘織家のれな子ちゃんの部屋で、グニャッてなっちゃってた。
凄いしおしお、名探偵ピカチュウに主演として出演できちゃうくらいに。
でもね、それも仕方ないって思うんだ。
この2ヶ月、れな子ちゃんはずっと陽キャとして頑張ってたもん。
金髪スパダリ美少女な王塚さんのグループに所属して、スーパー美少女五人組として、一年A組(私たちのクラスだよ!)を明るく照らすキラキラ星だったんだけれど……。
「うぅ、このテンポが分かりきってる会話、落ち着く。陽キャの会話スピードは早すぎるんだよぉ」
2ヶ月ずっと頑張りすぎちゃったから、すっかりれな子ちゃんはお疲れモード。
一人じゃどうにもならないよーってなって、中学時代の最後の方みたいに、私に甘えてくれてたのです。
私も疲れのせいか、今日は頭がボーってしちゃってるし、疲れたーってのを自覚しやすい時期なのかもしれないね?
「何か、あった?」
そんなおつかれな子ちゃんを前にして、私はやる気マンマンだったの。
久しぶりに頼ってくれたんだから、しっかり応えたくて。
だからね、解決できるかどうかは分からないけど、ちょっぴり背伸びして、どうしたのって聞いてみちゃった。
れな子ちゃんがしんどい時、休める日陰になるって決めたんだもん!
「わたし、4月からずっと、王塚さん達と会話してるって思い込んでた。みんなの話、聞いてて楽しかったり頷けたり、共感とかも出来て……」
「ん」
ギュッてしながら頭をナデナデしてると、れな子ちゃんは話し始めてくれたの。
お顔をお腹に押し付けて、ふにゃってなっちゃいながら。
「でもね、最近になって気がついたけど……。わたし、全然話せてなかった。みんなの話に、味気なくうんうんって頷いてるだけっていうか……」
学校に慣れて、落ち着いて。
そうして自分を客観視できるようになると、あれれってなっちゃったんだね。
ずっと聞いて、話題に便乗してただけで、何一つ提供出来てないって。
そのことに、れな子ちゃんは、申し訳なくなっちゃったみたい。
「自分から話題を振るなんて稀だし、ゲームやアニメとかオタク系の話題が触れられないから、当たり障りないことしか喋れてないし……」
れな子ちゃん、生まれたての子鹿みたいにプルプルしちゃってる。
怖い想像を沢山しちゃって、それが止まらなくて胸がいっぱいいっぱいみたい。
「うぅ、きっと陰キャだってバレてるんだ! それで、"陰キャであることをひた隠しにして、わざわざ近づいて来るなんてね。そんなにこの王塚真唯の友達という称号が欲しかったのかい? ──れな子、君には失望したよ"とか思われちゃってるんだ!」
「……王塚さん、そんなこと、言う、の?」
「絶対に言わないけど、内心で思われちゃってるかもしれないじゃん!」
自分は楽しませてもらってばかりな上、何も返せてないから後ろめたい。
だから、陰キャだって見破られちゃったんじゃないかって思っちゃう。
れな子ちゃんの自認は、白鳥の群れに紛れたアヒルさんだから、その心配事でれな子ちゃんのFカップは溢れ返っちゃったみたい。
……そーゆー心配をいっぱいしてるから、れな子ちゃんはデカパイになっちゃったんだね?
「れな子、ちゃん、だいじょぶ。ちょっと、疲れてる、だけ。そんな人たちじゃ、ない」
「そうだけどっ、そうだけどぉ〜」
グズるれな子ちゃんをあやしながら、杞憂だから安心してねと、よしよしを続けた。
れな子ちゃんが所属してる、クラストップのグループは5人いてるの(れな子ちゃん含む)。
その中で、王塚さんや琴さんについては、よく分かんない。
けど、普通を超越しちゃってる二人だから、れな子ちゃんが心配してるみたいなこと、思ってる感じはしないと思うし。
次に瀬名さんは、凄く親切で優しい人。
体育で、二人組作って〜って悪魔みたいな指令が出た時、れな子ちゃんか香穂ちゃんと組もうとしたのに、当の二人がペアになって私は一人あぶれちゃったの。
2人とも酷いよ〜、とセルフ脳破壊を受けちゃってる時に、声を掛けてくれたのが瀬名さん。
とっても安心できちゃう微笑みと一緒に、ペア組もうよって声を掛けてくれた聖女様。
それ以降も、私が困ってたら声とかよく掛けてくれるの。
多分、処女受胎とかで産まれて来た女の子なんだよ?
そして、最後に香穂ちゃんは……言うまでもないよ。
私と一緒で、れな子ちゃんのことが大大大好きなんだもん!(私のことも、0.001%の確率で大好きなんだけどね?)
「みんな、優しい、陽キャさん。れな子ちゃんを、友達って、思ってる」
「で、でも〜」
「れな子ちゃん、自分で声、掛けて作れた友達。もう少し、信じて、あげ、て?」
れな子ちゃんが、友達を自分で選んだんだよ。
誰でも良かったわけじゃ、ないよね?
そう言うと、れな子ちゃんの駄々っ子は、ピタって止まっちゃって。
深いため息を吐いて、うにゃうにゃして。
そうして、やっと心の奥を見せてくれたの。
「…………本当は、さっきの全部、わたしが自分に対して思ってること」
「ん」
「みんなは良い人ばっかりだし、そんなこと思ってないの、本当は分かってる……」
しょんぼりと、あんな良い人達にこんなこと思っちゃうわたしは、本当にダメな陰キャなんだって、れな子ちゃんはしゃんぼりしちゃった。
コミュニケーションについていけてない不安から、凄く思い詰めちゃってたんだね。
理由が分かったなら、あとはギューってしてあげるだけだよ。
「れな子ちゃん、頑張ってる。頑張ったら、疲れる。仕方、ない」
「普通の人は、頑張らなくても普通なのにぃ」
「私は、普通が、出来ない。だから、れな子ちゃん、尊敬、してる」
私の胸元でしくしくしてるれな子ちゃんは、もうムリ限界ギリのマジヤバなのかもしれなかった。
そんな一生懸命な幼馴染さんを、私はよしよしした。
よしよししながら、れな子ちゃんが自分を褒めてあげられることを、一生懸命探す。
「れな子ちゃん、クラスで、人気、者」
「そ、それは、王塚さん効果で……」
「違う、れな子ちゃん、推され、てる」
私の隣の席の平野さんとか、無茶苦茶れな子ちゃんを推してくれてる。
甘織さんは今日も素敵ですよね、とか話を振ってくれる心優しき女の子。
れな子ちゃんへ、一緒に熱い視線を送ったことのある仲なの。
そーゆー訳で、れな子ちゃんはちゃんとクラスでも人気者なんだよ?
「それ、に、香穂ちゃん。れな子ちゃんのこと、陽キャの鏡って、言ってる」
香穂ちゃんは、れな子ちゃんが無敵で陽キャの権化だって思い込んでた。
香穂ちゃんは、弱々れな子ちゃんを知らない。
つまりは、普段の格好いい姿だけを見せれてるってこと。
れな子ちゃんは、みんなから見たら立派に陽キャさんなんだよ!
「香穂ちゃん、信じて、あげて?」
これでトドメだよ! って気分で、水戸のご老公が肛門を見せつけちゃうが如く、香穂ちゃんの名前を出したの。
陰キャの私の言うことが信じられなくても、キラキラ陽キャに転身した香穂ちゃんの言葉なら、信用できちゃうよねって。
「……そよぎちゃん、いつの間にか香穂ちゃんと仲良くなってたよね」
そしたらね、れな子ちゃんってば、関係ないこと話し始めたの。
れな子ちゃん、褒められ論破されちゃったのが悔しくても、言い負かされちゃったなら、自分が頑張り屋さんで素敵な女の子だって認めなきゃダメなんだよ?
「ちょっと、あって」
「香穂ちゃんもそれ言ってたけど、ちょっとって?」
でもね、れな子ちゃん、何だか興味津々みたい。
……興味持ってもらえちゃってるなら、答えてあげたくなっちゃうね?
「ん、とね」
あ、でも、香穂ちゃんから、昔塾で一緒だったことナイショにしてって言われてるね。
じゃあ、昔から友達だったって言えないや。
どうしよ、なんて答えちゃおっか?
うーんと、えーと……。
「香穂ちゃん、とは──芦ケ谷、ド貧乳コンテストで、出会った」
「芦ケ谷ド貧乳コンテスト!?」
……半分くらい内容が合ってたら、四捨五入して合ってるから問題ないよね?
「香穂ちゃんとは、そこで……乳を、凌ぎ合った、仲」
「乳を凌ぎ合うって何っ。あと、うちの高校がそんな、え、えっちなコンテスト開催してる訳ないんですけど!」
でもね、れな子ちゃんは貧乳は競い合うモノじゃなくて、貶め合うものって固く信じちゃってるのか、全然納得してくれた感じじゃなかったの。
酷いサベツ的な選乳思想だね?
ただ、もしかしたらワンチャンくらい、れな子ちゃんは歴史から学んでるのかもしれないの。
平家が滅んだ理由は平らだったから。
だから、敢えて乳的階級社会を成立させることで、滅びを回避しようとしている。
れな子ちゃんは、そんな源氏思想を体現しようとしてるだけなのかもしれなかったの。
もしそうだとしたら、れな子ちゃんってば乳の御名の下に置いて、救性主様を名乗れちゃいそうだね?
「……じゃあ、乳を、削り合った、仲」
「じゃあじゃないよ、じゃあじゃ! 香穂ちゃんと、血で血を洗う……ううん、乳で乳を洗う抗争でもしてたのかな!?」
「チチブ事件、一文字、変えると……チクビ、事件……」
「全然意味わかんない上に、絶対二文字変わってるんですけど!?」
れな子ちゃん、多分ツッコむとこ、そこじゃないんじゃないかな?
「れな子ちゃん、文句、多い……」
「そっちが無茶苦茶言ってるからでしょうがぁ!!」
れな子ちゃんは、幾らお乳の理屈を揉みしだこうと、全然譲歩しない無敵のレスバモンスターと化しちゃってた。
SNSで百戦百勝間違いなしの逸材さんだね?
こうなったら、私の言葉も全部効かない無敵のれな子ちゃんになっちゃったし、適度なところで会話を打ち切らなきゃだよ。
「結論と、して。れな子ちゃんの、お乳で、乳繰り合った。私と、香穂ちゃんは、そういう、友達……」
「どういう友達!? まるで覚えがないっ」
どうしてか、無敵モードで議論に勝ったれな子ちゃんの方が、その場に崩れ落ちちゃってた。
もしかすると、最後の結論が何処か引っ掛かったのかもしれない。
私と香穂ちゃんは、れな子ちゃんに繋げて貰った、お乳の片方ずつみたいな存在だから。
部分的に本当のことを言っちゃって、小学生時代の記憶野が刺激されちゃったのかもしれないの。
「……何でこんな話になっちゃったの?」
「れな子ちゃん、頑張ってって、褒めようと、して?」
「話が複雑骨折したんだ……」
「れな子ちゃん、お乳に骨は、ないよ?」
「頭おかしくなるから、もうその話は禁止!!」
よく分かんないけど、れな子ちゃんに言論弾圧を敷かれて、お乳の絆は闇へと葬り去られることになっちゃったの。
けど、結果として香穂ちゃんの秘密は守られ、おつかれな子ちゃんも元気になったのでした。
『お姉ちゃん、そよぎちゃん! さっきから煩い!!』
「今日は100%そよぎちゃんのせいなんですけど!?」
えへへ、おっきな声出せるくらい元気になってくれて、とっても嬉しいんだよ?
「ふぅ、ちょっと疲れた……」
「陽キャするの、大変、だよ、ね。疲れた時は、逃げて、いい。一緒に、校舎の隅っこで、休もう」
「違う、そうだけどそうじゃないっ」
元気出たけど、それでもやっぱりお疲れ気味なれな子ちゃん。
ふにゃふにゃなまま、頭を抱えちゃっていた。
れな子ちゃん、MP不足で常時混乱状態なんだね……。
「今日のそよぎちゃん、会話テンポおかしいよ。陽キャの人以上についていけないっ」
「だいじょぶ、一緒に、いるから……」
れな子ちゃんは、ちょっと錯乱しちゃっていた。
私は全然陽キャさん達みたいになんて喋れてないから、混乱しちゃう情報量なんて微塵もないのにね?
疲れちゃって、れな子ちゃんの情報処理能力がパンクしちゃってるのかもしれなかった。
「ていうか、ここまで様子がおかしいってことは……。そよぎちゃん、ちょっとごめん」
「……にゃ?」
急にれな子ちゃんは、私のおでこに手を当ててきたの。
それから、自分のおでこにも手を当てて、ハッてした目をする。
「そよぎちゃん、熱ある。結構熱いよ!?」
「熱?」
言われて、そういえばって思い当たる。
思えば今日、頭がボーッとしちゃってたなって。
「知恵、熱?」
「絶対違うし、今日は早く休んだ方が良いから!」
そう言われて、今日は甘織家を出ることになっちゃったのでした。
ただね、れな子ちゃんは親切だから、風邪ひいてる私を家まで送ってくれようとしたんだけど……。
「お姉ちゃん、そよぎちゃんを荷台に乗せて。病院連れてくから」
「ごめん遥奈、お願い」
熱測ったら38度あったから、診察して貰った方がって話は進んで。
遥奈ちゃんにより、私は甘織家の自転車に括り付けられて、そのまま病院送りにされちゃうことになったのでした。
「あの、ね、遥奈ちゃん。れな子ちゃん、ね、すごく頑張ってて、ね」
「うん」
「友達、作って、毎日、一生懸命。褒めて、あげて?」
「……また今度聞くから、あんまり喋ってると舌噛むよ」
「遥奈ちゃん、私の舌、噛んじゃう、の?」
「そよぎちゃん、熱出る度にすごいバカになるよね」
元から賢くないのにって、酷いこと言われちゃったけど、遥奈ちゃんは終始優しかった。
病院の先生にも、熱出ててヤバですって遥奈ちゃんが説明してくれたし。
「遥奈ちゃん、優しい……ママ?」
「病人じゃなかったら、自転車から蹴り落としてた」
「ツン、デレ?」
「今すぐ蹴り落としていい?」
やっぱり、いつもの遥奈ちゃんかもしれなかった。
けど、家に着いてからも遥奈ちゃんは、私をベッドに寝かしつけてから冷えピタをおでこに貼ってくれたし、本当は私のことをプリンセスそよぎと思ってくれてるに違いなかった。
遥奈ちゃんてば、私だけにはスパダリさんだよね!
そうして、私のお熱は、早期発見してくれたれな子ちゃんと、病院に連れて行ってくれた遥奈ちゃんのお陰で、二日で下がりきったのでした。
甘織姉妹に、大感謝しないといけないね?
ありがとうの気持ちを胸に、私は無表情で意気揚々と登校したの。
そしたらね、私が休んでいる間に、なんか色々あったみたいなのに気が付いたんだ。
──れな子ちゃん、何か王塚さんと仲良くなってないって。