※作者が骨組みを作りAIに肉付けしてもらった小説です
私たちが毎日耕している畑の土は、じっと見つめればいつも同じ色をしている。
麦を育てる父がいて、その前にも麦を育てる父がいて、代々この小さな村で土にまみれて生きてきた。我がアルフレッド家には、吟遊詩人が歌うような「伝説の英雄」の血など一滴たりとも流れていない。
だからこそ、教会から使いがやってきて、十五歳になった息子・ルーカスが「世界を救う勇者」に選ばれたと告げられたとき、私は喜びよりも先に深い困惑を覚えた。
村の広場でルーカスが聖剣を引き抜いた瞬間、天からまばゆい光が降り注いだ。
息子は光に包まれ、まるで絵画の中の英雄のように神々しく立っている。村人たちは大歓声をあげ、私の肩を叩いて祝福してくれた。
「すごいぞアルフレッド! お前の息子が勇者様だなんて!」
私は生返事をしながら、胸の奥で冷たい汗が背中を伝うのを感じていた。
(……おかしい)
ルーカスは我が子だ。目元のあたりや、困ったときに眉をひそめる癖は私によく似ている。
だが、あの凄まじい魔力と、剣を握った瞬間に溢れ出た圧迫感はなんだ?
私の家系は、記録にある限りずっと農民だ。曾爺さんも、爺さんも、父さんも、一番の自慢は「大きなカブを抜いたこと」くらいである。
ならば、妻のマリアの家系か?
いや、マリアの家も隣村の木こりの血筋だ。せいぜい斧の振りが強い身内がいるくらいで、天変地異を起こすような魔法の才など聞いたこともない。
「……なぁ、マリア」
その夜、ルーカスが村の若者たちに担ぎ上げられて酒場へ連れていかれた後、私は家で静かにスープを啜りながら妻に切り出した。
「ルーカスは……本当に、俺たちの子なんだよな?」
マリアは一瞬、目を丸くした後、呆れたようにため息をついた。
「なにバカなこと言ってるのよ、アルフレッド。あんたが一番よく知ってるでしょう? 陣痛で苦しんでる時、あんた私の手を握りすぎて突き指させたじゃない」
「いや、そうだけどさ……。血筋ってものがあるだろう? 我が家にも、お前の家にも、あんな『勇者』なんて化け物みたいな才能の持ち主は一人もいない」
「偶然よ、偶然! 神様のお戯れってやつじゃないの?」
マリアは笑って取り合わなかったが、私の胸のモヤモヤは消えなかった。
疑うのは妻への裏切りだ。マリアは真面目で、私を心から愛してくれている。それは痛いほど分かっている。
だが、男のくだらないプライドと不安は一度膨らむと止まらない。
(もし……もし本当に浮気じゃないとしたら)
暗い部屋で一人、私は自分のゴツゴツとした手を見つめた。
(ルーカスが俺の本当の息子なら……その源流である俺にも、何か恐ろしい才能が眠っているんじゃないのか?)
遺伝だ。血だ。我が家に伝説の才能が眠っているのだとしたら、その種は私の中にも絶対にあるはずだ。
もし私に何の才能もなかったら——ルーカスは、どこかの見知らぬ貴族か英雄の子ということになってしまう。
「……確かめなきゃ、夜も眠れん」
翌朝、私は畑仕事で使う愛用の「くわ」を背中に縛りつけ、旅の支度を整えた。
「アルフレッド!? どこ行くのよ!」
驚くマリアと、勇者として旅立つ準備をしていたルーカスに向かって、私は力強く言った。
「ルーカス、お前が魔王を倒しに行くのは知っている。だが、父親として……お前が本当に俺の血を継いでいるのか、己の力で証明する! 俺も旅に出る!」
「えっ!? 父さん、何言ってるの!?」
「待っていろルーカス! 父さんがお前より先に魔王を倒してみせる! もし俺が魔王を倒せたら、お前は間違いなく俺の最高で最強の息子だ!」
こうして、三十五歳のしがない農民である私は、息子への疑惑と「自分にも絶対に才能があるはずだ」という意地だけを胸に、一足先に魔王城を目指して旅立ったのだった。
旅に出て三日目。私は最初の壁にぶち当たった。
街道で、鋭い牙を持つ体長二メートルを超える猛獣「ウルフベア」と遭遇したのだ。
普通の農民なら腰を抜かして逃げ出す場面だ。だが、私は背中の「くわ」を引き抜いた。
(落ち着け、アルフレッド。俺の中には勇者の父親としての血が流れているはずだ。覚醒しろ、俺の才能……!)
襲いかかってくるウルフベア。
私は目を閉じ、全身の血が煮えたぎる感覚を待った。古代の英霊の記憶、あるいは全知全能の魔法——何でもいい、来い!
……何も来なかった。
「うわああああっ!?」
死に物狂いで振るった「くわ」が、偶然ウルフベアの眉間に深く刺さった。
ドスン、と倒れる猛獣。私は恐怖でガタガタと震えながら、血だらけのくわを握りしめていた。
(おかしい……覚醒しなかった……。やはり俺はただの農民で、ルーカスは……)
いや、諦めるな。天才の開花には時間がかかるものだ。
私は必死で自分に言い聞かせた。
それからというもの、私の旅は地獄のような試練の連続だった。
才能が覚醒しないなら、才能が出るまで自分を追い詰めるしかない。
ゴブリンの群れに囲まれれば、毎日畑の畝(うね)を彫る要領で地面に溝を掘り、敵をハメ殺した。
巨大な飛竜(ワイバーン)が出れば、畑荒らしのカラスを追い払う時の要領で、風向きと石の軌道を完璧に計算して目を撃ち抜いた。
私は必死だった。
「覚醒しない=浮気確定」という恐怖が、私を異常なまでの集中力と生存本能へと駆り立てていたのだ。
「まだだ……これじゃない! 魔法陣が出たり、光の剣が出たりするはずだ!」
私は毎日、自分の「覚醒」を待った。
だが、どれだけ強敵を倒しても、手から光が出ることはなかった。
その代わり——
私の身体は、長年の農作業で培われた「休まない筋肉」と、極限の恐怖によって研ぎ澄まされた「察知能力」、そして「どんな雑草(敵)も根絶やしにする根気」によって、常軌を逸した領域へと変貌していった。
本人は「自分はまだ覚醒していない普通の農民だ」と思い込んでいる。
だからこそ、相手が魔界の将であろうが、伝説の魔獣であろうが、「覚醒していない俺が勝つには、本気で殺しにいくしかない」と、容赦ない一手で瞬殺し続けた。
街道沿いの町や村では、奇妙な噂が広がり始めていた。
『ボロボロの作業着を着て、くわ一本で大魔導士の実験体(ゴーレム)を耕して粉砕した男がいる』
『どんな攻撃も「土の柔らかさに比べたら大したことない」と笑って受け止める化け物がいる』
当の私は、そんな噂など知る由もない。
ただ「ルーカスが魔王城に着く前に、俺が魔王を倒して血統を証明しなければ」という一心で、最短ルートを突き進んでいた。
旅に出てからわずか半年後。
私はついに、暗雲立ち込める魔王城の玉座の間にいた。
途中、四天王やら何やらが立ちふさがった気もするが、「道を塞ぐ害虫」としてくわで叩き潰してきたのでよく覚えていない。
「……何者だ、人間」
玉座に座る魔王が、威厳に満ちた声で私を威圧する。
その凄まじい魔圧は、部屋全体を揺らしていた。
「私はアルフレッド。東の村の農民だ」
「農民だと? 戯れ言を。我が精鋭たちを一人で壊滅させておいて……! 貴様、伝説の勇者か!?」
「違う! 勇者は俺の息子のルーカスだ!」
私は悔しさに歯を食いしばりながら、くわを構えた。
「俺は……俺はただの父親だ。息子に凄まじい才能があるのに、俺には何も才能がない。手から光も出ないし、空も飛べない! だから……だから俺は、自分の中に眠る才能を確かめるためにここまで来たんだ!」
魔王は困惑した。
「何を言っているのだ貴様は……? 光や空など、小細工に過ぎん。貴様から溢れ出ているその理不尽なまでの『極致の力』が見えんのか!?」
「うるさい! 俺はまだ覚醒してないんだよ!!」
私は叫びながら飛び出した。
魔王が放つ漆黒の極大魔法。世界を滅ぼすと言われたその一撃を、私は「あ、これ、いつも耕してる固い粘土質の土と同じだな」と感じた。
ただ体重を乗せ、長年培った腰の回転で、くわの刃を斜め下から振り抜く。
ズガァァァァンッ!!
空間ごと魔法が叩き割られ、魔王の身体がまっ二つに裂けた。
「バカな……我が魔力を、ただの物理的な振るいだけで撃ち破るだと……? 貴様……一体、何の才能が……」
魔王は絶望の表情を浮かべながら、崩れ落ちて消えていった。
静まり返る玉座の間。
私はぜぇぜぇと息をつきながら、自分の手を見た。
光っていない。何も起きていない。
「……ダメだったか」
私はがっくりと膝をついた。
魔王を倒してしまった。だが、最後まで伝説の力のようなものは目覚めなかった。
やっぱり、私はただの農民だったのだ。
(ルーカス……お前は、一体誰の子なんだ……)
絶望に打ちひしがれていると、玉座の間の扉が勢いよく開いた。
「父さんッ!?」
そこに立っていたのは、黄金の鎧に身を包み、聖剣を携えた息子・ルーカスと、その仲間たちだった。
ルーカスは、転がっている魔王の残骸と、くわを持って佇む私を交互に見比べ、目を見開いた。
「な……なんで父さんが魔王城に!? それに、魔王が……倒れてる!?」
「ルーカスか……」
私は力なく立ち上がり、息子のもとへ歩み寄った。そして、息子の肩にぽんと手を置いた。
「ごめんな……ルーカス。父さんは……お前より先に魔王を倒してしまった。だけどな、結局……父さんには何も特別な才能なんてなかったよ」
「え……? 何言ってるの父さん……?」
「光の剣も出せなかったし、魔法も使えなかった。俺はただの農民だ。だから……お前のその凄まじい才能が、どこから来たものなのか……父さんには分からなかった……」
泣きそうになりながら謝る私を見て、ルーカスの後ろにいた凄腕の魔法使いや剣聖の仲間たちが、ひいっと息を呑んだ。
『……おい、あの男、魔王を素手同然で倒しておいて「才能がない」って言ってるぞ……』
『狂ってる……あの圧倒的な身体能力と魔力無効化の領域、才能以外の何物でもないだろ……』
仲間たちのひそひそ話が聞こえていない私は、切ない目で見つめてくるルーカスに告げた。
「家に帰ろう、ルーカス。お母さんに……ちゃんと話を聞こう」
「あ、いや……父さん」
ルーカスは呆れたような、でもどこか誇らしげな苦笑いを浮かべて、私の肩を叩いた。
「母さん、浮気なんてしてないよ。旅の途中で、ひい爺ちゃんの代に我が家を飛び出したっていう『伝説の拳聖』の文献を見つけたんだ。我が家はもともと、極めすぎた結果『魔力を使わずに物理で世界を破滅させる血族』だったらしいよ」
「……え?」
「父さんが才能開花してないと思ってるのは、手から光が出ないからでしょう? 父さん、自分の足元見てみなよ。魔王城の床、父さんが歩いただけでヒビが入ってるよ」
私は驚いて足元を見た。
確かに、私が一歩踏み出すたびに、頑丈な魔王城の石畳が粉々に砕けていた。
「俺の……血筋だったのか?」
「そうだよ! だから母さんを疑うのはやめてあげてね。帰ったら絶対怒られるから!」
私は溢れ出る涙を拭った。
よかった。本当に、よかった。マリアは浮気なんてしていなかったんだ。ルーカスは、間違いなく俺の可愛い息子だった。
「よし! じゃあ帰るか、ルーカス!」
「うん! ……あ、でも父さん」
「なんだ?」
「僕、勇者として旅立ったのに、魔王倒す出番なかったんだけど……これから村でなんて説明すればいいの?」
「なぁに、大丈夫だ」
私は息子の背中をポンと叩いた。
「村に帰ったら、二人で最高の麦を作ろう。お前のその聖剣なら、雑草を抜くのに調度いい!」
後日、世界を救った「最強の親子農民」として二人の名が歴史に刻まれることになるのだが、それはまた別の話である。