――アステラ学園公式による自治区紹介生配信。
それは、キヴォトスの片隅に存在する、広大でありながらほとんど知られていなかった自治区を紹介するための企画だった。
美しい大自然。
巨大なモンスター。
空を行き交う飛行船。
堅牢な要塞都市と、そこで暮らす人々。
そして、アイルーと呼ばれる不思議な隣人たち。
配信は多くの視聴者に驚きを与え、無事に終了した。
……一応、無事に。
なにしろ最後に、生徒会長が全力で叫んだのである。
「刀は最高ーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
その結果。
キヴォトスのネット上では、少々予想外の事態が発生していた。
【キヴォトス総合掲示板】
【話題】アステラ学園の配信見たやついる?
1:名無しのキヴォトス市民
今日のアステラ学園の公式配信見た?
色々と衝撃的すぎたんだけど。
2:名無しのキヴォトス市民
見た。
3:名無しのキヴォトス市民
見た見た。
4:名無しのキヴォトス市民
刀は最高ーーーーーーーーー!!!!
5:名無しのキヴォトス市民
>>4
早い早い早いwww
6:名無しのキヴォトス市民
あの締め方は卑怯だろ。
7:名無しのキヴォトス市民
途中までめちゃくちゃ真面目だったのに最後だけ全部持っていった。
8:名無しのキヴォトス市民
いや待って。
あの配信、最後の絶叫以外にもツッコミどころ多すぎない?
9:名無しのキヴォトス市民
例えば?
10:名無しのキヴォトス市民
・自治区がとんでもなく広い
・野生の巨大モンスターが普通に生息している
・空を飛ぶ古龍がいる
・飛行船が交通手段
・要塞都市がある
・猫みたいな人たちが普通に働いている
・学園が巨大な古龍の骨の上に建っている
・生徒会長が襲ってきたモンスターを一分ちょっとで討伐
・その生徒会長より狩猟が上手い人たちがいる
・生徒会長が昔、古龍の逆鱗を勝手に取って怒られた
・刀は最高
11:名無しのキヴォトス市民
>>10
情報量。
12:名無しのキヴォトス市民
最後だけ急にIQ下がるのやめろ。
13:名無しのキヴォトス市民
いやでも一番印象に残ったのそこだし。
14:名無しのキヴォトス市民
私はアイルーが気になる。
15:名無しのキヴォトス市民
わかる。
あの子たち可愛すぎない?
16:名無しのキヴォトス市民
しかも普通に喋るし料理するし働いてる。
17:名無しのキヴォトス市民
レストランの料理めちゃくちゃ美味しそうだった。
18:名無しのキヴォトス市民
観光したい。
19:名無しのキヴォトス市民
>>18
午前中の襲撃見た後でも?
20:名無しのキヴォトス市民
…………。
21:名無しのキヴォトス市民
街の中だけでお願いします。
・
・
・
ーーーーーーーーーーーーーーーー
《ミレニアムサイエンススクール》
「……興味深いですね」
ミレニアムのとある研究室。
モニターには、アステラ学園の配信アーカイブが表示されていた。
画面に映っているのは、巨大な古龍の骨格。
それも、建造物として利用されるほどの大きさである。
「この骨格、本当に一個体のものなのでしょうか?」
「少なくとも、映像を見る限りではそう見えるね」
別の生徒が、画面を拡大する。
「問題はこっち。生きている個体の写真まで公開されている」
「……こんな生物が、現在も存在しているんですか?」
「らしいね」
研究室に、しばし沈黙が落ちる。
やがて、一人が口を開いた。
「……これ、研究対象としてはものすごく魅力的では?」
「それはそう」
「素材の強度、骨格構造、運動能力、エネルギー代謝……」
「調べたいことが多すぎる」
「でも、現地調査は難しそうだよね」
画面には、配信冒頭のイャンガルルガ襲撃映像が流れ始めていた。
空から急降下する巨大な鳥竜。
そして、刀を抜く少女。
「…………」
「…………」
「……まずは安全な共同研究から始めようか」
「賛成です」
こうして、ミレニアムの一部ではアステラ学園との研究交流について、早くも関心が高まり始めていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
《トリニティ総合学園》
「まあ……とても綺麗な場所ですのね」
画面に映し出されたのは、飛行船から見下ろすアステラ自治区の風景だった。
どこまでも続く草原。
深い緑に覆われた森林。
遥か彼方に連なる山脈。
「自然が豊かで、素敵ですわ」
「そうですね。ですが……」
隣の生徒が、少し不安そうに画面を見る。
「先ほどの、あの巨大な生物は……?」
「ああ、イヴェルカーナという古龍だそうですわ」
「古龍……」
「ええ。とても美しい姿でしたね」
「……美しいのは認めますけれど、あれが普通に飛んでいるんですよね?」
「…………」
「…………」
「……観光には、少し勇気が必要そうですわね」
一方、別の場所では。
「この料理、すごく美味しそう!」
「アイルーさんたちが作っているんですって」
「えっ、あの可愛い子たちが?」
「そうみたい!」
「行ってみたいなぁ……」
こちらでは、モンスターよりも食事とアイルーへの関心が高まっていた。
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《ゲヘナ学園》
「はぁ!? なんだよこれ!!」
端末を覗き込んでいた生徒が、思わず声を上げた。
画面では、イャンガルルガが空から襲いかかってきている。
「でっか!!」
「何これ、怪獣!?」
「モンスターって言うらしいぞ!」
「うわ、すげえ!」
そして、次の瞬間。
画面の中の少女が刀を抜いた。
「おっ、戦うのか!?」
「一人で!?」
「いやいや、無理だろ――」
数十秒後。
「…………」
「…………」
「……は?」
「……え、終わり?」
「一分ちょっと?」
「マジで?」
沈黙。
そして。
「……もう一回見ようぜ」
「おう」
再生位置が冒頭に戻された。
その後、同じ場面が何度も繰り返されることになる。
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《アステラ学園・生徒会室》
一方、その頃。
話題の中心となっている本人はというと。
「ふんふふーん♪」
机に向かい、楽しそうに書類へ目を通していた。
「……会長」
「んー?」
「配信の反響が、予想以上に大きいようです」
「おお! それはよかった!」
「みんな、自治区に興味持ってくれたかな?」
「ええ。少なくとも、認知度は大幅に上がったと思います」
「観光についての問い合わせも、いくつか届いていますね」
「やった!」
静羽は嬉しそうに声を上げる。
「ただし、会長」
「……少々、気になることがありまして」
「ん?」
澪は端末を操作し、一つの画面を見せた。
そこには、配信の切り抜き動画が表示されている。
タイトルは――
【アステラ学園】生徒会長、感動的な演説から突然の刀愛絶叫【公式配信切り抜き】
「…………」
「……現在、こちらが最も拡散されているようです」
「…………」
数秒の沈黙。
そして。
「……やっぱり刀の良さって、みんなに伝わるんだね!」
「違います」
即答だった。
「えっ」
「違います」
「二回言わなくても!?」
澪は深くため息をついた。
しかし、端末に表示された数字を見て、少しだけ表情を緩める。
「……まあ、結果としては大成功でしょう」
「学園の認知度向上という目的は、十分に達成できましたから」
「でしょー?」
「じゃあ、またやりたいね!」
「…………」
「……澪?」
「……次回は、事前に台本を用意しましょう」
「えー」
「必ず」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
その頃、ハンターズギルドでは。
「…………」
「………………」
「…………………」
数名のギルド職員が、一つの端末を囲んでいた。
画面に映っているのは、配信中の久世静羽。
正確には、ダラ・アマデュラの逆鱗を持ち帰った過去を、妙に楽しそうに語っている場面だった。
「……あいつ、全国配信で何を喋ってるんだ?」
「……昔の話ですね」
「見りゃわかる」
「……しかも、あのとき隠していた鱗のことまで話してますね」
「…………」
「…………」
一人の職員が、額を押さえた。
「……本当に、落ち着いたよなぁ」
「……ええ」
「昔だったら、配信の途中で古龍を見つけたら、そのまま飛行船から飛び降りかねませんでしたからね」
「……今はちゃんと仕事してるしな」
「生徒会長になってからは、かなりまともになりましたよ」
「……そうだな」
しばらく沈黙が続く。
やがて、年配の職員がぽつりと呟いた。
「……あいつを生徒会長にした判断、正解だったな」
「ですね」
「……まあ、本人は知らないでしょうけど」
「……知らない方がいいでしょう」
端末の中では、静羽が満面の笑みで叫んでいた。
『刀は最高ーーーーーーーーーーーーー!!!!!!』
「…………」
「…………」
「……うん」
「……平和だな」
「……平和ですね」
昔を知る彼らにとって。
刀が好きだと叫んでいるだけの久世静羽など、実に平和なものだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
【キヴォトス総合掲示板】
・
・
・
156:名無しのキヴォトス市民
ところでさ。
157:名無しのキヴォトス市民
ん?
158:名無しのキヴォトス市民
あの生徒会長って、何者なんだ?
159:名無しのキヴォトス市民
一年生の生徒会長だろ?
160:名無しのキヴォトス市民
それは知ってる。
161:名無しのキヴォトス市民
でも、あの戦闘能力で、書類仕事もできて、ギルドとも顔見知りって……
162:名無しのキヴォトス市民
しかも古龍の逆鱗事件とか、普通じゃないだろ。
163:名無しのキヴォトス市民
……そういえば。
164:名無しのキヴォトス市民
何?
165:名無しのキヴォトス市民
アステラ学園の知り合いから、昔ちょっと変な噂を聞いたことがあるんだけど。
166:名無しのキヴォトス市民
変な噂?
167:名無しのキヴォトス市民
うん。
168:名無しのキヴォトス市民
あの会長、昔――
169:名無しのキヴォトス市民
三日間、行方不明になったことがあるらしい。
170:名無しのキヴォトス市民
……は?
171:名無しのキヴォトス市民
え?
172:名無しのキヴォトス市民
何それ。
173:名無しのキヴォトス市民
詳しく。
174:名無しのキヴォトス市民
いや、俺も詳しくは知らない。
ただ、その三日間。
175:名無しのキヴォトス市民
空がおかしかったらしいんだよ。
――その書き込みを最後に、しばらく投稿が途絶えた。
やがて別の話題が流れ始め、噂は掲示板の奥へと埋もれていった。
けれど。
その話を読んでいたアステラ学園の上級生の何人かは、画面を見つめたまま、静かに表情を曇らせていた。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
アステラ学園
巨大な古龍(おそらくダラ・アマデュラもしくはその近縁種)の骨格を利用して建設されたこの学園では、今日も生徒たちが勉学に励み、ハンターたちが狩猟に出かけ、アイルーたちが忙しそうに働いていた。
窓の外には青い空。
遠くから聞こえる鍛冶場の金属音。
そして、学園の一角にある生徒会室ではーー
「……終わったー!」
久世静羽が、机の上に置かれた書類の最後の一枚に判を押した。
時刻は午前十時三十二分。
本日の生徒会業務開始から、わずか一時間半ほど。
「会長、もう終わったんですか?」
隣の机で議事録を整理していた白峰澪が顔を上げる。
「うん!昨日届いたギルドの報告書と、今月の予算監査と、飛行船発着場の拡張計画の資料!」
「……全部ですか?」
「全部!」
澪は静羽の机を見る。
綺麗に分類された書類。
必要な箇所には付箋。
修正が必要な項目には、理由と改善案まで添えられている。
「…………」
「澪先輩?」
「いえ。いつものことですが、相変わらず仕事が早いですね。」
「えへへ、ありがと!」
静羽は嬉しそうに笑った。
その様子だけ見れば、どこにでもいる明るい後輩である。
もっとも、
「……静羽」
生徒会室の奥から、小さな声がした。
篠宮千景
生徒会の会計担当であり、静羽と同じ一年生。
淡い灰紫色のボブヘアに、細い銀縁の眼鏡。
彼女は無表情のまま、手元の端末を操作している。
「なに?」
「千景から確認がある」
「うん!」
「昨日、武具屋から請求書が届いた」
「…………」
静羽の笑顔が止まった。
「金額、八万七千クレジット」
「…………」
「購入品目、希少鉱石三点、古刀の鍔二点、研磨剤十二種類」
「…………」
「静羽」
「……はい」
「これ、何?」
「…………趣味」
「知ってる」
千景は淡々と答えた。
「千景が聞きたいのは、どうして生徒会宛てに請求書が届いたのか」
「えっとね!」
静羽は勢いよく立ち上がり言った。
「武具屋のおじさんが、いつものところに送っとくって言ったから!……だと思う」
「…なるほど」
千景は端末を操作する
「請求先の誤登録。個人購入。学園予算への影響なし」
「そうそう!」
「じゃあ静羽。自分で払って」
「もちろん!」
「支払期限は明日」
静羽が固まった。
千景は眼鏡の位置を直す。
「……まさか」
「……えへへ。見間違えてたみたい」
「静羽」
「はい」
「残高は?」
「………あと、2万くらい」
千景は静かに目を閉じた。
そして、
「計画性がない。」
「グハッ!」
「千景は、趣味にお金を使うこと自体は否定しない」
「うん」
「でも、支払能力を確認せずに購入するのは非合理的」
「……はい」
そのやり取りを聞いていた澪は、静かにお茶を飲んだ。
―ー今日も平和ですね。
そう思いながら。
(ちなみに支払いは武器屋のおじさんの欲しい素材を一定数納品することで1週間以内に伸びた。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おっはよーございまーっす!」
勢いよく生徒会室の扉が開いた。
現れたのは、鮮やかな朱色のポニーテールを揺らす天城朱音。
生徒会副会長にして広報担当。
「いやー、今日もいい天気っすねぇ」
「おはようございます、朱音先輩」
「おはよー!」
「おはようございます」
三人がそれぞれ挨拶する。
朱音は机の上に置かれた書類を見て、目を丸くした。
「…あれ?静羽ちゃん、もう仕事終わったんですか?」
「うん!パパッとね」
「相変わらず化け物みたいな処理速度っすね!」
「褒めてるっすよ?」
「分かってるよ!」
朱音は笑いながら、自分の席に腰を下ろした。
「いやー、助かるっす。ちょうどギルドから新しい広報案件が来てるんすよ」
「広報案件?」
「なんか面白そう!」
「お、興味あるっすか?」
「ある!」
朱音は一枚の資料を取り出した。
「来月、自治区の物産紹介イベントを開催することになったんすよ」
「おお!」
「各地の特産品とか、加工品とか、料理とかを紹介する予定っす」
「料理!」
静羽の目が輝く
「あと、装飾品の展示も検討中っすね」
「装飾品!」
さらに輝いた
「希少素材を使った工芸品も――」
「行く!」
「まだ何も聞いてないっすよ!?」
静羽は机に身を乗り出して言う
「朱音先輩!僕、絶対行く!」
「いや、会長なんで参加はほぼ確定っすけど」
「やった!」
「ただし」
朱音ぎにっこり笑う
「今回は運営側っす」
「…………」
「会場の設営、来場者の案内、各店舗との調整、予算管理。やることいっぱいあるっすよ!」
「………」
「静羽ちゃん?」
「……お店を回る時間は?」
「仕事が終わったらっすね!」
「…………」
静羽はゆっくりと椅子に座った。
「……僕、仕事頑張る」
「切り替え早いっすねぇ」
その目には煌々と炎が灯っていた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
午前十一時十五分
「おーっす!みんな元気にやってるかー?」
今度は鳴海琥珀が入ってきた。
焦げ茶色のショートウルフ。
紺色の制服の上には、短い革製ジャケット。
その手には、大きな紙袋が二つ。
「おっ、全員いるな!」
「琥珀先輩、それなに?」
「差し入れだ!」
「食堂のアイルー達がな、焼きたてのパンをくれたんだよ」
「わぁ!」
「ほら、皆の分もあるぞ」
琥珀は紙袋を机の上に置いた
中には、香ばしい匂いを漂わせるパンが並んでいる
「おおー!美味しそうっす!」
「ありがとうございます、琥珀先輩」
「……千景は、この丸いのがいい」
「おう、好きなの取れ!」
「いただきまーす!」
ぱくっ
「…………!」
目が輝いた。
「おいしい!!」
「だろ?」
「食堂の連中、新しいレシピを試してるらしくてな。感想を聞かせてほしいんだと」
「じゃあ僕、あとで直接伝えに行く!」
「おう、喜ぶと思うぞ!」
そこで澪が時計を確認した。
「……ところで琥珀先輩」
「ん?」
「午前中はギルドの倉庫で、物資の確認作業ではありませんでしたか?」
「ああ、終わったぞ」
「もうですか?」
「おう。アイルーたちが手伝ってくれたからな」
「そうでしたか」
「ただ、ちょっと面白いもんが見つかってな」
「面白いもの?」
静羽が反応した。
琥珀は懐から一枚の紙を取り出す。
「昔のギルドの備品管理記録なんだけどよ」
「うん?」
「これ」
静羽に差し出された紙。
そこには。
『特別監督対象者:久世静羽』
と書かれていた。
「…………」
静羽が固まった。
朱音が覗き込む。
「あー! 懐かしいっすね、これ!」
澪も視線を向けた。
「……まだ保管されていたんですね」
千景はパンを食べながら一言。
「歴史的資料」
「千景!?」
琥珀は豪快に笑った。
「はっはっは! いやー、昔は大変だったよなぁ!」
「ちょっと待って! なんでそんなもの持ってきたの!?」
「いや、見つけたから」
「理由が軽い!!」
朱音が記録を読み上げる。
「えーっと……『対象者の単独行動には十分注意すること』」
「うわあああ!!」
「『希少素材の存在を不用意に伝えないこと』」
「朱音先輩!!」
「『大型モンスターとの接触を確認した場合、速やかにギルドへ報告すること』」
「やめてえええ!!」
琥珀は笑いすぎて机に突っ伏していた。
澪は額に手を当てる。
「……よく会長になれましたね、本当に」
「僕だってそう思うよ!!」
千景は無表情でパンをもう一口。
「静羽」
「なに!?」
「千景は今の静羽なら、そこまで警戒する必要はないと思う」
「千景……!」
静羽の表情が明るくなる。
「昔より、ずっとまとも」
「……褒めてる?」
「褒めてる」
「そっか!」
「ただし、金銭管理は改善の余地あり」
「うぐっ!」
「そういやさ」
琥珀が椅子に座り直しながら言った。
「ギルドの人に、最近の静羽はどうだって聞かれたぞ」
「え?」
「まあ、いつもの確認だな」
朱音が肩をすくめる。
「まだ一応、監督のお願いは続いてるっすからねぇ」
「……ああ、そうだったね」
澪も頷く。
「もっとも、最近は特に報告することもありませんが」
「そうそう!」
琥珀が笑う。
「だから『元気に仕事してるぞ』って答えといた」
「……それだけ?」
静羽が首を傾げる。
「それだけ」
「へぇー」
朱音が静羽を見る。
「昔だったら、ギルドに毎週報告書を出してたっすけどね!」
「毎週!?」
「いや、ひどいときは毎日っす」
「…………」
静羽は遠い目をした。
「……昔の僕、そんなに?」
四人が静羽を見る。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「えっ、なにその沈黙!?」
琥珀が口を開く。
「静羽」
「はい」
「今のお前は本当にいい子だよ」
「……うん?」
「だから、昔のことはあんまり気にすんな」
「琥珀先輩……!」
「ただし、反省はしろ」
「はい!!」
朱音が笑う。
「ま、今は刀が好きだーって叫んでるくらいっすからね!」
澪も頷く。
「以前と比較すれば、非常に平和です」
千景は静かに言った。
「千景は、今の静羽の方が好き」
「…………」
静羽が目を瞬かせた。
「……えへへ」
そして。
「僕も、今の皆と一緒にいるの好きだよ!」
にっこりと笑った。
一瞬、生徒会室が静かになる。
朱音が目を細める。
「……そういうこと、さらっと言うっすよねぇ」
澪は小さく息をついた。
「……まったく」
琥珀は満足そうに笑った。
「おう! これからもよろしくな!」
千景はパンを食べ終える。
「……千景も」
そして、小さく付け加えた。
「よろしく」
午後十二時。
昼休み。
静羽は窓の外を眺めていた。
青い空。
遠くに見える巨大な山脈。
学園の外を行き交うハンターたち。
「……ねえ、皆」
「なんすか?」
「僕、ちょっと出かけてきてもいい?」
澪が顔を上げる。
「どちらへ?」
「武具屋!」
千景が顔を上げる。
「……静羽」
「なに?」
「八万七千クレジット」
「…………」
「支払期限、明日」
「…………」
「新しい買い物は禁止」
「…………」
静羽は、ゆっくりと椅子に座り直した。
「……今日は大人しくしてます」
朱音が吹き出す。
「ははっ! 千景ちゃん、最強っすね!」
琥珀も笑う。
「いやー、静羽を止めるのが一番上手いの、千景かもしれんな!」
澪は静かにお茶を飲む。
「……平和ですね」
千景は端末に視線を戻した。
「合理的な判断」
静羽は机に突っ伏す。
「……刀、見たかったなぁ」
――アステラ学園生徒会。
かつて自治区を騒がせた問題児が会長を務める、少し変わった五人組。
今日も彼女たちは、膨大な仕事を片付けながら、笑い合い、ときには言い争い、賑やかな日常を送っている。
そして、その平和を誰よりも喜んでいるのは――
きっと、昔の静羽を知る人々なのだろう。
過去の事件①
生徒会に入る数年前。
ある狩猟区域で救助を必要とする人々がいた。
しかし、その近くには静羽がどうしても戦ってみたいモンスターがいた。
静羽は、自分ならモンスターを倒し、救助も間に合わせられると判断した。
そのために同行者を危険な場所へ配置する計画まで立てた。
千景は、その計画を聞いて静羽を問い詰める。
「……静羽。救助を先にしない理由は?」
「だって、今逃したら次はいつ会えるか分からないし」
「救助を待っている人がいる」
「分かってるよ? でも、僕なら両方できるから大丈夫」
「同行者が怖がっているのは?」
「……? 僕が守るんだから、怖がる必要なくない?」
「…………」
「それに、この方法が一番早いと思うんだよね」
「……そう」
次の瞬間、千景は静羽を殴った。
「っ!? ……え?」
「……ムカついた」
「えっ、なんで!?」
「実行しても成功したんだろうけど、人には心があるの」
「人の心を勘定に入れないなんて、その方がよっぽど非合理的」
「…………」
「千景は、静羽が強いことを否定しない」
「でも、強いからって他の人が怖がらなくなるわけじゃない」
「助けを待つ人が、どんな気持ちで待っているかも考えて」
「……でも」
「でも、じゃない」
「千景は今、静羽に怒ってる」
「合理的かどうか以前に、千景が嫌だから」