お医者さんは過労気味   作:マシュマロ

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お医者さんと挑戦

 

あれからしばらくの月日が流れた。

少しばかり感情の整理がついて、調子は良好。

わたしは今日も他人を助けるためにここにいる。

いったいなぜそんなことをしているのか、いっときはわからなくなっていた。

しかしこの前彼女と決別した際、ようやくその意味が掴めた。

わたしは誰かの夢を叶える存在じゃなかった。

今やその延長線上にすらわたしはいない。

わたしは、患者に現実を教えるためにここにいる。

苦い現実を突きつけるために。

トレーナーが夢を叶えるなら、わたしは現実へ引き戻す。

おそらく、好まれるのは前者だろう。

だが、好悪というのは正しさに比例しない。

 

「正しいというのも、自惚れなのかもな」

 

それでもやはり、成すべき事は変わらない。

進むべき方向に迷いはない。

わたしは今も、北側へ進んでいる。

怪我というのは軽んじられるべきではない。

決して、ドラマのように消化されるべきではない。

演出になんてなりはしない。

 

正しい、正しくないは問題ではないのだ。

良いだとか悪いだとか、好きだとか嫌いだとか。

わたしは正しくて、彼女は正しくない。

絶対に、そんなはずはない。

ただ、やるべきなのだ。

徒労に終わろうと、彼女との距離が離れることになろうと、わたしはそれを諦められない。

 

「今更だが、やってみせる」

 

結果は二の次で、過程が大切だなんて歯の浮くような綺麗事だって言いはしない。

そんなのは、未来に怯えた敗北主義者だ。

以前、わたしがそうだったように。

それも決して、おかしくはないのだが。

 

 

そんなことを考えていると、足音が聞こえた。

今回は軽快な音でなく、普通の音だ。

いやしかし、少しだけ慎重にも聞こえる。

医者を訪ねるならそれ自体はおかしくはないが…

さて、いったい誰だろうか?わたしはその相手を迎えに行った。

 

「…キミから来るなんて、珍しいね」

 

ドアを開けたのはシービーだった。

わたしが出迎えたことに驚いたらしい。

はて、わたしはそこまで冷たかっただろうか?

 

「待ちの姿勢というのは、臆病風に吹かれすぎだと思ってな」

 

そんな言葉を発したわたしを見て、また彼女は目を丸くした。

あまり愉快ではないが、それは心の内にしまっておく。

 

「歓迎しよう。ミスターシービー」

「随分な変わりようだね。ちょっとだけ気まずいと思ってたのはアタシだけ?」

「これは驚いた、君にそういった感情が備わっていたとは」

「意外と性格悪いね。この前の仕返し?」

 

そう言ったものの、その表情は決して堅くない。

わたしからすれば、あまり面白くないのが本音だ。

これではわたしだけが気にしていてフェアではない。

 

「さて、どうかな。別にやるべきことは変わらない。だが、やり方は変えるべきだと思っただけだ」

 

仕方がなく不利な土俵を避けて話題を転換した。

 

「そこは変えないんだ。キミも頑固だね?」

「変えないさ。しかし、君に強制することができないのも事実だ。だからこそ、条件を変えた」

 

わたしの物言いに予想もつかないのか、彼女は首を傾げた。

 

「君のそれに付き合おう。俺が君に、挑戦してやる」

「…へぇ?」

 

顔に喜色を浮かべて、相槌を打った。

今度はわたしから、挑んでやる。

 

「それ、っていうのは?」

「野暮なことを聞く。わかるだろう?」

「アタシの予想通りなら、キミにとっては随分大変だと思うけど。それでも、挑戦してくれるんだ?」

「君の考えを変えるのには十分な対価だ。むしろ釣りがくる」

 

何かを得るには、何かを差し出さなければならない。

わたしはそれを、どこか甘く見ていたんだろう。

 

「うーん、キミに何してもらおうか迷うな〜」

「別にわざわざ振り回す必要はないんだが?」

「せっかくチャンスを貰ったのに、逃す手はないでしょ?キミの気が変わるかもしれないしさ」

「提示した以上、結果が出るまで覆す気はない」

 

思いの外彼女は疑り深いらしい。

これもまた少し、わたしにとっては意外だった。

思えば、彼女とこうした自然な会話をしたことはなかった。

いや、わたしが取り合っていないだけだったか?

 

「君への態度は改めよう。だが、仕事は仕事だ」

「わかってるって。これからよろしくね、ドクター」

 

最初から手を取り合うのをやめていたのかもしれない。

わたしがそう言った姿勢を見せなくなったのは、いつからだったか?少し考えたが、やはり思い出せない。

だがまあ、わたしのことだ。

きっとやめたのにも理由があったのだろう。

しかし、今はこうした方が良い。

わたしは、そのほうが楽だ。

 

「それじゃあさ、今からどこか行かない?」

 

彼女は早速勝負をわたしへけしかけてきた。

どこか、と言ってあえて指定しないのも彼女らしい。

 

「俺はもう眠いから帰らせてもらう」

「…言ってたことと全然違うじゃん」

「別に行ってもいいが、こんな状態では床に寝そべる俺を君が運ぶだけになってしまうぞ」

「ええ…そんなに疲れてるの?」

 

何をそんなに驚くことがあるのだろうか?

いや、まさか彼女は知らなかったのか。

そういえば、誰にも話したことがなかったかもしれない。

それなら知らないのも当然だろう。

 

「ここに来てからは睡眠の質が悪い。ずっと白昼夢の中で過ごしているような気分だ」

「いや、先に自分のことどうにかした方が良いよ」

 

そう言って、彼女はわたしの状態を測るように顔を見た。

しかし、それに意味はないだろう。

わたしは表情を変えないことには自信がある。

 

「日常的な動作に支障はない。ただ、そうでないことをするには少しばかり心許ないというだけだ」

「そういうことなの、それ?」

「まあなんにしても今日は難しい。君に挑むなら、万全の状態でなければフェアじゃないだろう?」

「いいね、それ。便利な言い訳」

「なんとでも言い給えよ。何事にも機会はある」

 

果報は寝て待て、と言うだろう。

それと同じことなのだ。

まあ少し、大人げない気もするが。

 

わたしは白衣を畳んで、手にかける。

そうすれば、やることはもうない。

 

「さあ、仕事は終わりだ。君も帰るといい」

「しょうがないなあ。そこまで言うなら帰るよ」

 

わたしの予想を裏切るように、彼女は素直だった。

もう少し粘られるのかと思っていたが…

 

「その代わりさ。明日はもっと忙しくなるかもね?」

 

なるほど、そういう算段だったか。

しかしまあ、付き合うと言ったのも事実だ。

憂鬱だとは言っていられないらしい。

 

「どこへも行かないさ。いつでも訪ねてくると良い」

 

わたしも、彼女も。

以前と全く同じとは言えないだろう。

しかしその変化は、存外に悪くなかった。

 

わたしたちは別々の方向に向かって歩き出した。

その道筋は、決して重ならないだろう。

それでも、交わることはある。

視界は良好、歩様だって悪くない。

いい調子だ。

 

 

以前、怪我をしたウマ娘のことを思い出した。

結局出走は叶わず、未勝利で引退ということだ。

哀しいという感情は余りない。

だが、多少の悔しさが今も滲んでいる。

だからどう、ということではないのだが。

 

「良いまま1日は終われないか…」

 

それでもわたしにとっては、救いがあった。

彼女にはやりたいことが見つかったらしい。

それをわたしが言うべきではないため、誰かに話すこともなければ話す相手もいない。

しかし、一つ言うのであれば…

 

「トレーナーというのも、大変な職業だな」

 

やはり、奉仕者というのは総じて労力を要する。

だが、達成感というのがないわけでもない。

わたしのおかげというのにはあまりに烏滸がましく、自惚れている。

でもまあ、明日を見たからこそ取れる選択肢もある。

彼女がそれを得られたことは、決して悪いことではない。

 

「なら、少しくらいは喜んでもいいだろう?」

 

誰に言うでもなく、わたしは一人呟いた。

今日の天気は曇りがかっていて、良いとは言えない。

それでもわたしの気分は、ずっと良かった。

 

 






顔色はそこまで変わらないけどお医者さんは多分急に運動とかしたら倒れるくらいには普段の調子は悪い。

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