本当にさ…いや、書くしかなかった…
と言うことで楽しんでもらえればと思います
旧都がまだエリー都と呼ばれ、人の営みが溢れて繁栄の勢いが衰える事を知らなかった頃
一人の男性が防衛軍で仕事をしていた
名前はエドガー、元はとある著名な家で執事をしていた人物
エドガーは正式な軍人ではない
『外部協力者』である
軍服に袖を通したことはほぼ無く、それでいて正式な階級は存在しない
ただ必要な時に招集され、必要な場所に行き、必要な任務を受け負う外部協力者
危険区域に行き、必要な物資の回収、またはホロウ内での人員の救出などを請け負う…それが彼の仕事であった
俗に言う『何でも屋』である
ホロウ周辺の先行調査及びホロウの観測、ホロウレイダーからの物資の護送、発生したホロウ災害の民間人の避難補助、軍が正規に部隊を動かす必要のない警護、時には表立って軍を動かしずらい区域への調査などを行なっていた
そのような仕事をしている割にはエドガーは荒事を生業とする者たち特有の粗暴さはなく、元執事と言うこともあり、丁寧な人物として記録されている
黒を基調とした実用的な服装、作業を行うために工夫された作業バック、そして腰には無骨ながらも長年使い込まれたハンドガンが一挺…
派手な装飾等は行われてはいないが、グリップやサイト、スライドにハンマーなど操作を行うパーツは本人の手に合わせて細かな調整が行われていた
そしてなにより周りが彼を覚える理由としてその特徴的な口調にあった
「以上が現地の状況になります。西側搬入口については、現状のままでは大型車両の通行は難しいかと存じます」
提出した簡易報告書と同じ物を手に持ち、エドガーは責任者の軍人に静かに告げた
向かいに座る軍人はもう何年も仕事を一緒にしている男だったため、ふぅ…と頭を書きながらも報告書を流し読みにし、軽く肩を竦める
「相変わらず丁寧な口調で硬いな…お前は…」
「そうでしょうか…?」
「あぁ…軍人より軍人らしい、新兵の教養にも使いたいくらいの喋り方だ」
「以前の職業柄でございます」
エドガーは薄く静かに頬を緩める
『元執事』
誰であれ、これを聞いたものは大体、一度は冗談だと受け取る
だがホロウに入り、拳銃を扱い、必要ならば接近戦までこなし、崩落しかけた建物から人間を担いで戻ってくる男が、かつて誰かの屋敷で紅茶を淹れ、食事を整え、衣服を管理していたというのだから無理もない
だがそんな仕事ぶりを見ればすぐに納得してしまうくらいには人に奉仕する仕事や行いが板についていた
疲れて入れば紅茶を差し入れ、資料が乱雑に積んであれば見やすく直し、壊れている設備の箇所があれば手を入れ、武器や装備の手入れに悩めば教えながらも綺麗に…そして確実に動くように整備する
しばらく経つ頃には執事であったと疑問に思う者がほぼいなくなるのも同然の働きぶりは、外部協力者だとしても周囲に馴染み、そして頼られるほど信頼を産んでいた
そんなある日のことエドガーと長く仕事をしていた責任者の軍人がエドガーを呼び出した
「どうなされましたか?」
気さくに、されど敬意が含まれる問いかけ
長く一緒に居たからこそ…いやエドガーだからこそできる雰囲気をそのまま言葉に落とすように責任者へと問う
「今度、ここの担当が変わるから伝えておこうと思ってな」
そう言いながら責任者の軍人は引き継ぎの書類をカバンから取り出してエドガーに渡す
「今度、士官学校から出てくるエリート様だ、しかも首席で評判もよい、良かったな」
「なるほど、お若いのに中々に優秀な方なのですね」
「俺よりも優秀かも知れんぞ?」
2人して少し笑い声をあげる
「まぁなんだ、世話になったなエドガー…」
いつもより優しい口調、だがそれ以上に少し憂いを帯びた声
「いえいえこちらこそ、大変お世話になりました、わたくしも、あなた様にお仕えできたこと、大変光栄に存じます」
「最後まで執事らしいな、お前らしいよ」
「まぁ『元』執事ですから」
二人してまた笑い、執務室に笑い声が響いた
□
「失礼します」
コンコンとなじみの執務室のドアをノックする
何度この扉をノックしただろうか、エドガーはいつも通り、いつもの位置を丁寧にノックしながらも思う
馴染み深いドア、馴染み深い廊下、馴染み深い位置でありながらもこの場では新鮮な気持ちが勝っていた
「どうぞ」
中から若い声が聞こえる
エドガーはゆっくりと丁寧にドアを開けた
最初に目に入ったのは軍服であった
襟元はキッチリと乱れはなく、しかしどこかまだ着慣れていない
仕立ては悪くないが、その服を着てまだ時間が短い事がわかる
若い女性であった
背筋をきちんと伸ばし、帽子を抱えるように片手で持っており、明るい色の髪は丁寧に整えられ、表情には少しだけ硬さが残っていた
緊張している
エドガーは自然とそう判断した
「はじめまして、本日より担当いたします、イゾルデ少尉です」
若い…改めてエドガーは思った
胸元に綺麗に輝く新品の階級章は確かに少尉
士官学校を卒業したばかりと聞けば、違和感ない年齢と出で立ち
「外部協力者のエドガー様でお間違いありませんでしょうか?」
「ええ、エドガーと申します、ただ様は必要ありません、わたくしは軍属ではありませんし、あなたの上官ではありませんから…」
イゾルデは一瞬、目を瞬かせた
「ですが、外部から協力していただいている方に失礼があってはいけませんので」
「では、そのあたりはお任せしましょう」
エドガーは柔らかく僅かに微笑む
イゾルデは一瞬、迷ってから頭を下げた
「承知いたしました、エドガーさん」
距離がある、だが不快な距離感ではなかった
根が真面目なのだろう
だが下手に馴れ馴れしくされるよりも見た目通り、ずっと彼女らしい気がした
エドガーは使いの席を示した
「どうぞ。前任者から引き継ぎは?」
「一通り受けています。現在進行中の調査区域、物資搬入の経路、現地で確認されているエーテル濃度の変化、そして……」
イゾルデは持参した資料と引き継ぎされた書類を開いた
そこからは淀みなく話が進んだ
報告の順序は明快で、数字も正確だった。質問を挟めば少し考え、それでも必要な情報をすぐに返してくる
士官学校を出たばかりであるという肩書きはエドガーが無意識に想像していた新兵特有の危うさは見られず、知能面に関してはほとんど心配せずに済むほどであった
優秀なのだろう、だがそれ以上に彼女の真面目さは高く評価できる
しかし……
「少尉…」
「はい?」
「そこは昨日、変更されています」
エドガーは資料の1行を指さす
イゾルデは動きを止めた
「昨日…ですか?」
「ええ、昨日の夕方頃ですが…」
イゾルデは引き継ぎの書類と持参した資料を見比べて、僅かに眉間にシワを寄せる
「申し訳ありません。引き継ぎ資料には反映されていませんでした」
「あなたのミスではありませんよ」
「しかし、確認不足です」
「着任初日の人間に昨日の夕方更新された情報まで把握していろというのは、さすがに酷でしょう」
イゾルデは黙る、その表情は納得したようには見えなかった
自分に厳しい人だとエドガーはそう少し認識を改める、優秀なだけではなく、失敗を嫌う
あるいは、自分が失敗することを許せない…そう言う人なのだと…
「少尉」
「はい」
「仕事はこれからも長く続きます」
「はい」
「最初からすべて完璧にこなそうとすれば人は疲れてしまいます、ですから…完璧さよりも先ずは進歩、それを重ねていきましょう」
「進歩…ですか…」
「ええ、そのとおりです」
きょとんとするイゾルデ、ほんの数秒間の間
優しく見守るようなエドガーの視線、そしてイゾルデは少しだけ目を逸らした
「……努力します」
エドガーの気遣いの言葉をイゾルデは少し考え込むように言葉を反芻し、飲み込む
人は誰しも完璧な物ではない、間違えもするし、失敗もある
今大切なのは躓きに目を向けるよりもどうリカバリーしていくか
イゾルデは優しい視線に少しだけ居心地が悪そうに姿勢を戻し、ページを見た
「ではエドガーさん、修整された書類はありますでしょうか?それか前と違うのを纏めた物等があれば…」
スッとエドガーを見るイゾルデ
そこには失敗したことによる戸惑いは無く、今やるべきことを考え、実行する新米の少尉がいた
「ええこちらに、私個人が昨日修整したものですが」
スッと出される書類
そこには正式なものではないが、括弧に修整された内容と数日が軽く纏められ、また気になる部分に注釈がつけられているものであった
イゾルデは先に出してくれれば…そう思いもしなくはなかった、だがエドガー本人は念のために昨日、修整された物を個人的に纏めただけであり、個人的な製作物を突然渡すわけには行かなかったのだろうと彼女は考えを改める
イゾルデは書類を見ながら
「ありがとうございます」
そう一言だけ、エドガーに感謝した
初日の仕事は特別なものでは無い、ただ書類を見てエドガーから説明を受ける
そして翌日の予定を調整し、軍側で必要な申請をイゾルデが行い、民間側で用意される装備や用意された書類をエドガーが確認する
なんてことの無い初日
むしろ淡々としているからこそ、二人の始まりとしてはひどく似合った始まりであった
翌日、出勤の10分前にイゾルデで部屋に入ると既にエドガーがいた
「随分とお早い出勤ですね?」
「ええ、昔の仕事の癖でして…」
元執事ですからとそう軽く付け加えるエドガー
イゾルデはその言葉に初めて少しだけ興味を持った
「執事…ですか?」
「ええ」
「なるほど…」
妙に納得するイゾルデ、その姿にエドガーは少しだけ首を傾げた
「何か?」
「いえ、ただ軍人とは立ち振舞が違うと思っていたので」
「褒め言葉として受け取っておきます」
エドガーの言葉に納得するイゾルデであるが彼女は、笑うことはなかった
まだ新米と言うこともあり、ただ軍人として規律を重んじ、正しくあろうと振る舞おうとしていたのだろう
士官学校を出たばかりで、肩に階級が乗ったばかり
新米と言えど部下もいる、上司もいる
今の仕事について責任が一気について回る
自分より年上の人へ指示も出さなければならないこともある
そして外部協力者のエドガーとは上下関係もない、『どう接すればよいか』
彼女はまだそこに距離感を測りかねていたのだろう
最初の現地調査ではそれが如実に表れていた
「このルートですが、この先はエーテル濃度が比較的低い、ですが数日前から濃度が上がりつつあるので、念のために別のルートを使いましょう」
イゾルデは端末の書類を見て告げる
「同感です」
エドガーはそれに反抗することも疑問を呈することなくただ同意した
「では予定地点を変更します、それで決めても良いでしょうか?」
イゾルデが軽く修整案を書き、エドガーへ確認する
「少尉」
「はい?」
「そこは決定で良いですよ」
イゾルデは端末から目を離してエドガーを見る
「私へ確認を取らなくても」
「でも現場の経験はエドガーさんの方が上ですので…」
「意見や質問は行います、ですが現場監督はあなたです」
イゾルデは少し考えて、頷いた
現場の判断、決定権は自分にある
「…分かりました、では予定を変更します」
そこ後、何度か似たようなやり取りが続いた
だが先と変わり決定権を少し委ねるのではなく、意見を必ず聞く程度のものだ
彼女は慎重な性格だったのであろう、慎重すぎるほどだ
無謀さもない、無茶な物もない、憶測で大丈夫であろうと言う物も排除して慎重に決めていく
だが慎重すぎて止まる事はなく、判断力を活かして流れるように決定する
その姿は軍人としての鏡のような姿であるが、それと同時に別の姿も浮かんだ
彼女は人が傷つく可能性を恐れているようにも見えた
欠点ではない、まさしく軍人としての正しい姿
だが、それが後々に彼女を苦しめる原因になることを今はエドガーもイゾルデすらも知らない
帰り道、エドガーが運転する車両の後部座席でイゾルデは資料を精査している
「少尉」
「はい」
「酔いますよ?」
イゾルデは少しだけ資料から目を離して前のエドガーを見る、だがすぐに資料に目を戻した
「大丈夫です」
それから数分後、資料を読む速度が落ちた
そしてさらに数十分後、イゾルデは目頭を少し抑えて資料を閉じる
エドガーは何も言わず、一瞬だけバックミラーのイゾルデを見てすぐに目を戻す
「何でしょう?」
「いえ、何も」
「今、少し笑いましたか?」
「気のせいでしょう」
「そうですか…」
「ええ」
イゾルデは少しだけ納得のいかない顔をして前を向く
そこに初日のような硬さはなかった
小さな小さな変化だった
それから数日、イゾルデは名前を呼ぶ回数が増え、報告書を見る前に一度は必ずエドガーを見るようになった
エドガーの意見や質問に対して初日のような緊張は徐々に薄まり、消えていった
数週間も立つ頃には自然と隣り合わせで仕事をするようになっていった
特別ではない、自然な距離感
それでもまだ二人には明確な線がしかれていた
イゾルデは軍人、エドガーは外部協力者
お互いそれ以上でもそれ以下でもない
仕事が終われば別れ、私的な会話をすることも、互いの私生活に踏み込むことなどもない
ただ書類を広げ、現場へ行き、意見を交換し、また明日と別れる
そして今思えばそれが幸せだったのかもしれない
二人にとっての幸福の時間とはこう言った小さな事から始まっていた
大きな出来事もなく、血も流れず、銃を撃つことも
そして誰かが傷つくことも、死ぬこともない
ただ仕事を終えて、隣を歩き、時には他愛もない話題を話し、そして仕事を終えれば別れる
それだけだった
だからこそエドガーは後になっても覚えていたのだろう
若い少尉が前任と交代して初めて前に立った時
扉の前で少し緊張しながらこちらを見る視線
「はじめまして、本日から担当いたしますイゾルデ少尉です」
そう告げたあの声を…
まだ何も背負わず、仲間よりは同僚や部下としか名前がないものしかおらず、ただ新米の軍人としての姿を…
まだ仲間の死を背負わず、何も失わず、ロレンツの罪も…旧都が沈むことも……
そして彼女は知らなかった…
何一つ…残酷なまでに…
思ってもいなかったのだ…
最愛の人物に刃を突き立てることになることも……
泣きながら書きましたよ…本当に…いや…泣くしかないでしょ…
あの原作の話は…