未来へ……愛す者と愛し続ける者   作:フランシス・アルバート

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3話目だよ、3話目…苦しくなってきたよ…
と言うことで感想や評価お待ちしています

みんなも曇らせの沼に沈むのだ


重なり始める物

「この前の本、ありがとうございました」

 

「いえいえ」

 

「その…またお借りしても良いですか?」

 

「是非とも」

 

あの日、イゾルデの部屋にエドガーが料理を作りに行ってから二人の関係は近くなった

イゾルデは相変わらず真面目に調査区域に足を運び、資料を読みこみ、自分の判断に少しでも不確かな部分があれば納得するまで精査する

 

だが仕事が終われば別、今では二人で歩く帰り道がとても自然となっていた

 

「そうだ、エドガーさん」

 

「はい?」

 

「この前、お借りした本をお返ししようと思って」

 

もうすぐ別れる分岐場所、そこでイゾルデは話題を切り出す

 

「あぁ、お楽しみ頂けたでしょうか?」

 

「えぇとても」

 

少し微笑みながら歩く二人

 

「それで…なんですが…もしよかったら…その…エドガーさん」

 

「はい」

 

「あなたのお家に行っても?」

 

「はい?」

 

「その…感想を語りたくて…」

 

少し目を伏せるイゾルデ、その姿にエドガーは少しきょとんとした

 

「もちろん、無理にとは言いませんが…」

 

「良いですよ」

 

あっさりと…本当にあっさりとエドガーはなんてことの無いように返す

これには逆にイゾルデが目を丸くした

 

「それに夕飯が近いですから、もしよかったら私の家でおもてなしさせてもらいますよ?」

 

「良いのですか?」

 

「はい、喜んで」

 

そうして二人は帰りに食材を買う

今日の夕餉に使う食材、しかし今日はエドガーよりイゾルデが食材を手に取ることが多く、普段より真剣に悩みながら選んでいた

エドガーは彼女を見て少し不思議そうに首を傾げたが、あまり気にせずに食材を購入し、そして家へとついた

 

「お…おじゃまします…」

 

「どうぞ、狭いですがゆっくりとおくつろぎください」

 

玄関で靴を並べて入る二人、イゾルデが上着を脱ぐとエドガーはそれを自然に受け取りハンガーラックへと掛ける、完璧に職業病と言われるものであった

 

その姿にイゾルデは少しだけ微笑み、そして納得した様子を見せた

 

「何か?」

 

「いえ、本当に執事だったのですね」

 

「まだ疑っていたのですか?」

 

「いえ、ただ…さらに納得しただけです」

 

前にも似たようなことを言われた気がする

だがエドガーはその事は触れずにかわりに小さく微笑みながら紅茶を淹れ始めた

 

エドガーの部屋は元執事らしくしっかりと整理されていた

洗濯物は角を寸分の狂いもなく折りたたまれ、家具はイゾルデの部屋のように最低限ではなく、しっかりと生活感がある

人のために整えた、と言うよりは『誰もが過ごしやすい』そこに居るべきゆったりとした空間と言ったところだ

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

イゾルデはソファの端に腰を掛けて、差し出された紅茶を頂く

その姿はまだ来客、来たばかりの人が緊張しながらも遠慮して座っているような、いわゆる居場所を借りて座っている姿であった

 

「では語りましょうか」

 

エドガーは自分の紅茶を持ち、イゾルデの隣に座った

 

それから紅茶を淹れたカップが減り、底が見えなくなるくらいまでの間、二人は語り合った

あのシーンはこう思った、ここはとても面白かった

 

他愛の無い、しかして二人にとっては優しく落ち着きが含まれた時間

 

途中、意見が別れてイゾルデが珍しく少し熱く語っていた

仕事の時には見せない素の姿、それがどうにもエドガーには微笑ましく、楽しそうに語る彼女を眺める

 

自分の好きなものについて話している時は口数が増えるイゾルデ、しかしそれでも話し過ぎたと思い、途中で我に返って口を閉じることがあった

 

「すみません」

 

「何がですか?」

 

「いえ、つい話し過ぎてしまって…」

 

「構いません」

 

エドガーは穏やかに答えた

 

「むしろ少尉がそこまで本について語るとは思っていませんでした」

 

「嫌いではありません」

 

「存じませんでした」

 

それを聞いたイゾルデが少し困ったような表情をする

 

「…エドガーさんは私について知らないことが多いようですね」

 

「当然でしょう、まだ知り合ってからそこまで長くはありませんから」

 

「そう…ですね…」

 

僅かに残念そうな顔、エドガーはそれを見逃さなかったが、口には出さなかった

 

それからしばらくして時計の長針が周り、短針が動く頃…エドガーが話題を少し打ち切り、切り出しす

 

「ちょうど良い時間ですね、夕飯にしましょうか?」

 

エドガーが立ち上がる

 

「エドガーさん」

 

だが移動する前にイゾルデがエドガーに声をかけた

少し緊張した声、うわずってしまった声を上げかけたが、それは置いといて彼女は緊張が抜け切らない顔をした

 

「今日は私も手伝って良いですか?」

 

「はい?」

 

再びエドガーのきょとんとした顔、今回は目も丸くしている

 

「その…こないだ作ってもらったので…」

 

「あれは私が勝手にやったことなので…」

 

「でも…」

 

「……わかりました、ではお願いできますでしょうか」

 

エドガーは包丁やまな板、フライパンやボウルなどを並べ、冷蔵庫から食材を取り出して置く

イゾルデは緊張し、肩に力が少し入ったまま食材

を洗い、そしてまな板で食材を切る

 

その姿は妙に真剣で、まるでエーテリアスを前にしたときのように緊張した佇まいであった

 

エドガーはその姿を優しく見守りながら、サラダ用のソースを手早く混ぜて完成させる

 

トン…トン…トン…静かに規則正しく響くまな板の音

 

イゾルデは少し危なっかしいところもあったが、慎重な性格故に…そして几帳面なところもあることから食材の大きさを確認しながらゆっくりと食材を切る

 

それから数分後、切った食材をエドガーが炒め、イゾルデが用意したさらに盛り付けて夕飯となった

 

穏やかな時間、二人で始めて協力した料理

なんてことはない日常の一部、ただそれだけ

しかし今思えばこの時から二人の距離はぐっと縮まったように思える

 

お互いの自然な態度、疲れない関係、居心地の良さ

イゾルデにとっても、エドガーにとっても自然なその距離は優しく、静かで心地よい

 

それからイゾルデが帰ったのは1時間と少し経った頃であった

 

軍人とは言え女性、エドガーはイゾルデの隣を歩きながら彼女の自宅へと一緒に歩く

 

「エドガーさん」

 

「はい」

 

「その、迷惑でなければまたお家に伺っても?」

 

自然に、イゾルデは切り出す

エドガーは少しだけその言葉を反芻しながらも答えた

 

「喜んでお待ちしておりますよ」

 

 

□

 

 

翌週のこと

 

そこからイゾルデはエドガーの家に通うことになる

最初はまた本の貸し借り、次には珍しいお菓子が入ったから…その次にはエドガーが新しい茶葉が入ったから…

 

何度か続く内に理由はいらなくなった

 

「おじゃまします」が緊張のない物になり、そしてイゾルデのソファの位置はエドガーと開いていた間が徐々に寄り、エドガーが自然と彼女の手に取りやすいようにお茶を置く

 

それが数日続いたある日の事、今日はイゾルデが自前の本を持ってエドガーの家で読み、そして夕飯を終えた頃の出来事

 

明日は休みと言うこともあり、イゾルデは少々長居してしまい、帰ろうとした時、外は雨が振っていた

 

天気予報にはなかった突然の雨、それはどんどんと強まり、カーテンで区切られた窓であってもはっきりとわかるほどノックして存在を知らせる

 

「雨…ですね…」

 

「そうですね」

 

「もう少しここにいても?」

 

「かまいません」

 

小さなやりとり、だがしばらくして雨は止むどころか徐々に強まっていき、雷すら鳴り始める

イゾルデはこのまま長居するわけにはいかないと思うも外の雨の強さを言い訳にして、もう少し、あと少しと時間を言葉なく引き伸ばした

 

エドガーは何も言わず、ただイゾルデの横で本を読む

 

そして雨が止む気配が無いと悟った時、イゾルデは小さくあくびをした

あっ…と思った時には既に遅い、少し恥ずかしそうに読んでいた本で顔を半分隠して目だけで隣のエドガーを見る

 

「見ましたか?」

 

「いえ、何も見ていませんよ」

 

「嘘です、聞こえましたよね?」

 

「何のことやら」

 

「忘れてください」

 

「……努力しますとだけ言っておきます」

 

忘れるつもりはない、何度か話している内にイゾルデが学んだエドガーの口癖のようなものである

それが恥ずかしくて、イゾルデは本でさらに顔を隠した

 

んっ…と軽く咳払いをして場を濁すエドガー

 

「雨…止みませんね…」

 

「ええ…」

 

しばらくの間の沈黙…

 

「「あの…」」

 

お互いの声が重なって、また黙る

しかしエドガーは軽く咳払いをして場を濁した

 

イゾルデは本を閉じる、エドガーも同じく本を閉じた

 

「そちらからどうぞ?」

 

「いえ、そちらから…」

 

お互いの譲り合い、多分…と言うより確実にお互い同じ事を思っていた

 

「では私から、少尉、もしよかったら泊まっていきませんか?」

 

イゾルデはやっぱり同じ考えだったと言う顔をした

 

「良いのですか?」

 

「ええ、構いませんとも」

 

エドガーの顔にはそちらも同じ事を考えていたでしょう?と顔に書いてある

それがイゾルデにとって自然に分かってしまい、見透かされていた事に少し恥ずかしさが混じった

 

「では…お言葉に甘えて…」

 

「わかりました、では先にお風呂をどうぞ」

 

「いえ、そちらから…」

 

「私は先に寝室を用意いたしますので」

 

そう言ってエドガーは横に畳まれていたタオルと着替えのTシャツを渡す

エドガー用の少し大きな物であるが、イゾルデはそれを受け取った

 

「シャンプーは入って右の棚の1段目にございます、ボディーソープはその左側になります」

 

イゾルデは受け取った着替えとタオルを持ちながら、お言葉に甘えて…と先にシャワーを浴びた

 

そしてしばらくシャワーを浴び、着替えてリビングに出た頃、イゾルデの姿を見たエドガーは立ち上がり、部屋の奥に指をさして彼女に言う

 

「寝室はあちらに用意してあります」

 

「ありがとうございます」

 

軽く頭を下げるイゾルデ、すぐに寝室へと足を運び、扉を開くときっちりと整えられた寝具がそこにはあった

 

イゾルデは妙に落ち着かないまま、横になる

 

始めてのお泊り、しかも男性の家と言うこともあり、少し落ち着かないと言うのが答えだろう

 

しかし次第にまぶたが重くなり、そして小さく寝息を立てた

 

 

□

 

 

翌朝、スッキリした顔でイゾルデは目を覚ます

外の雨は止み、朝の眩しい日差しがカーテンから漏れ出ており、イゾルデは周りを見渡して改めて男性の家に泊まったのだと自覚して少し恥ずかしくなった

 

そしてリビングへ足を運ぶと先にエドガーがキッチンにおり、芳しい香りとともに寝ぼけ眼な脳が朝食を作っていると本能で感じる

 

「おはようございます」

 

「お…おはようございます…」

 

まだ少し寝ぼけ眼のイゾルデはエドガーに挨拶をして時計を見た、そしてそこに置いてある時計を見て、顔色が変わった

 

「どうして起こしてくれなかったのですか…」

 

「お疲れのようだったので」

 

「ですが…」

 

そう言いながらもまたもや恥ずかしそうにイゾルデは指先をいじり、目を明後日の方向に向けながら耳を赤くする

快眠だった…それも深い安心しきった眠り…誰かが、気の張らない相手がいるそれだけで安心してぐっすりと寝てしまった事実にイゾルデは怒るべきなのか、恥ずかしがるべきなのか、それとも礼を言うべきなのか…途端にわからなくなってしまう

 

結局、全部混ざった顔になった

 

「……その、申し訳ありませんでした」

 

「謝ることではありませんよ」

 

「人の家で寝入ってしまいました」

 

「犯罪ではありませんよ?」

 

「いえ、そういう問題では…」

 

そこでイゾルデは言葉を切った、ここで誤っていても仕方がないからだ

 

「でも……よく眠れました」

 

少し照れくさそうに、しかしほんのり微笑むとお礼をイゾルデは告げる

その問いにエドガーは微笑んだ

 

「それは何よりです」

 

その答えに今度ははっきりと微笑むイゾルデ、だが次の問いでさらに恥ずかしがることになった

 

「少尉、洗面所はあちらにありますのでどうぞ、歯磨きは置いてあります」

 

イゾルデはハっとして自分の髪を触る

少しはねた髪、寝癖がついていることは今見ることはできないが、それでも手に触れた感触でわかった

それが恥ずかしくてそそくさと洗面所に足を運んだ

 

□

 

それからイゾルデの来訪は少しずつ、本当に少しずつさらに増えることになる

 

イゾルデは失敗した日は静かであった、疲れた日はほとんど動かない時もあった、良いことがあれば自分から話すようになった

 

エドガーも質問しすぎない時もあれば、一緒に笑いながら雑談することもあった、黙りたいときはお互い無言のまま同じソファで過ごした

 

いつしかイゾルデにとってそこは軍人でいなくてもよい場所になった

階級章も…部下への指示も…全部まとめて扉の外に置いてこれる場所

 

そしてエドガーにとっても扉を叩く音を聞けば誰なのかわかるようになった

 

コン…コン…コン…

 

少し間を開けてもう一度なる彼女の音…

エドガーも彼女が来るのを楽しみにしており、その夜もまた同じノックの音が聞こえた

 

エドガーは本を閉じて扉へと向かう、扉を開けると見慣れた髪色の女性が立っていた

 

「ただいま戻りましたエドガーさん」

 

「ええ、おかえりなさいイゾルデさん」

 

二人はまだ恋人ではない、お互い手をつないだことも、好きと告白すらしたことも…そして意識したこともない

 

ただお互いの関係は変わっていった「おじゃまします…」から「ただいま」へ…

「お待ちしておりました」から「おかえりなさい」へ…

「少尉」から『イゾルデさん』へ…

 

その変化を二人は特別なことだとは思っていなかった、今日も帰ってくる人がいて、その人を迎える人がいる

 

イゾルデが扉の前にいることも、エドガーが必ず扉を自分のために開けてくれることも…

 

明日も明後日もきっとそれは変わらない、ほんの一部の日常…それを当たり前だと思うようになっていった

 

 

 

 

小さな積み重ね…小指の先のほんの僅かな幸せ

 

 

静かな幸せにかき消されたかのように大きな悲劇の足音はまだ二人には聞こえていなかった

 

 

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