――ディーンは、ようやくラクーンシティ総合病院へと辿り着いた。 複数の声を聞いたディーンは、近くに停めてあった車の近くに身を寄せると、双眼鏡を取り出して、正面入口を見てみた。
正面入口は、無数の感染者の群れで埋め尽くされており、扉を激しく叩いていたり、廊下を歩いている感染者もいた。
小さくため息をつくとディーンは、無線機に手をかけながら、話しかけた。
「父さん、ラクーンシティ総合病院に到着した。 正面入口は、感染者で溢れ返っている。正面突破は無理そうだ」
すると、すぐに返事が来た。
『確認した。 今お前がいる地点から、近い所に、地下駐車場の入口がある。 その中にある監視カメラをハッキングし、確認したところ、すでにブライアンが通過したようだ』
「…なるほど。 また遅かったか」
父の言葉を聞いたディーンは、小さく舌打ちした。 ブライアンの痕跡を辿っては、あと一歩の所で追い付けないイタチごっこを繰り返しているのだ。
息子の苛立ちを感じたノアは、『落ち着きなさい。 ディーン』と声をかけたあと、続けて言った。
『時間がないことは、確かだが、慌てる必要はない。 彼もまた最上階に向かっているだろう。 そこでお前には、私が考えた別ルートでブライアンの追跡をしてほしいんだ』
「……了解」
こういう時は深呼吸するんだったな。
特殊部隊に入ったばかりの時に、教官が言っていたことを思い出したディーンは、深呼吸をした。 その間にミリタリー端末の通知音が鳴った。
「…マジか……」
『?』
ノアが考えた別ルートに思わずディーンは、口に手を当てると左腕の触手を見つめた。 触手は視線を感じると花のように開いた目を開き、首を傾げたような仕草を見せた。
『性別は分からないが……一先ず、彼らを信じろ。ディーン。 お前ならできるさ』
「…はぁ。 分かったよ。 父さん。 やってみる」
父の言葉に背中を押されたディーンは、立ち上がると、触手に、作戦を伝えた。 触手はすぐに、頷き、やる気満々と言った様子で複数の触手を出していたのであった。
***
ノアの考えた作戦はこうだ。 階段を上がっていては、ブライアンに追いつけない。 それならば、一旦階段を2階分上がると、そこから非常階段の外側へと出る。 そこで触手の出番だ。
花のように開いた目の指示で、複数の触手が鋼鉄のワイヤーのように伸び、5階分ほど上のコンクリート梁へ深々と突き刺さった。
次の瞬間、凄まじい収縮力でディーンの身体が一気に宙へと吊り上げられた。
風を切り、重力を置き去りにするような垂直の立体機動。
吹き抜けの鉄骨を足場に蹴り飛ばし、ディーンは空中を滑空しながら、さらに上階のパイプへと触手を打ち込んでいく。
特殊部隊の訓練で使っているアンカーよりも丈夫だなと思いつつ、確実に上階へと登って行った。
一跳びで3階、4階と、垂直の空間を文字通り駆け上がっていく。
「よし……いいぞ...!!」
10階、15階、20階――。
薄暗い非常階段の窓ガラスや吹き抜けの外郭を猛スピードでショートカットしていく最中、建物の腹の底から、空気を激しく震わせる重低音が響き渡った。
――ドォォォォンッ!!!!
まるで巨大な爆薬が炸裂したかのような衝撃波。ガラス窓が激しくビリビリと震え、轟音が病院全体を揺るがす。
「な、なんだ……!?」
ディーンは外壁のキャットウォークに滑り込み、身を乗り出して下方を覗き込んだ。触手も驚いているのか、花の中にある瞳は、大きく目を見開いていた。
連絡通路の直下、中庭のアスファルトに叩きつけられていたのは――潰れたトラックほどもある、グチャグチャに弾け飛んだ肉塊だった。おそらくあれは、執拗にブライアンのことを追いかけていた肉塊だろうということをディーンは察した。
肉塊の周囲には、巻き添えを食らってミンチになった無数の感染者の残骸が赤黒い花のように散乱していた。
「………」
――ディーンは、唐突に嫌な予感がした。
一般人であるはずのブライアンが、あんな芸当ができるだろうか?
ふと上を見上げると、ブライアンは、崩落している連絡通路の手すりに掴みながら、何事かを言っていたようだった。
(まさか…...お前――)
―感染してないだろうな...?―
父に聞いたことがある。 ウィルスに感染したものは、一時的な身体能力が飛躍的に上がるのだと。
ただ、それと同時に、過剰なストレスで体の免疫力が低下すれば、ウィルスの感染は一気に進んでしまうのだという。
ディーンは、そこまで考えたところで、頭を激しく振った。 とにかく...急がなくては。
触手に指示を出すと、再び彼らは、ディーンを上階の壁をアンカーのように固定しながら、屋上のヘリポートまで連れて行ってくれた。
雪風が舞う中で、ディーンは、インカムに手を当てながら、言った。
「父さん、着いたぞ」
『よくやった。 ブライアンも最上階の研究室ラボに着いたようだ』
「……映像を送ってくれ」
『...分かった。 少し待っていなさい』
「…………」
ブライアンが研修室ラボに着いた。
父の言葉を聞いて、益々ディーンの中で、嫌な予感は風船のように大きく膨れ上がっていった。
父からミリタリー端末に研究室ラボの様子が写った映像が送られてきた。
そして――ディーンの嫌な予感は、的中することになったのであった。
END