それから数日後、メイアが送った宛先から返事が届く。封を開き、内容を確認したメイアは一度深く息を吐きだすと、天を見上げる。
「クララ、わたくしはこれから親不孝者になるわ。おかしいわね、家に恥じない人生を送るつもりだったのに」
「わたしはお嬢様の覚悟を尊重しますよ。お嬢様がどれだけ悩んできたか知っていますから」
数週間後、ドスドスと足音を鳴らしながら公爵が屋敷に駆けこんでくる。
「メイアはどこにいる!?」
「あら、お父様。血相を変えてどうかしたのかしら?」
怒声を上げながら使用人に当たり散らす公爵の前に悠然とメイアが姿を現す。使用人たちは激昂している公爵に恐れをなし、メイアに部屋に戻るように無言で促すがメイアは使用人に気づくと笑みを浮かべる余裕を見せる。余計に使用人たちの顔色は白くなる。
「どうしたではない! これはどういうことだ、軍学校に入学だと!? いつ試験を受けた? お前は公爵令嬢なんだぞ。一体何を考えている!?」
公爵の手にはメイアの軍学校の試験結果が記された紙。主席での合格だった。
「何を、ですか……国に殉じる、それでは駄目ですか?」
「忠義者を演じるつもりか。お前が向かう先は軍ではない、宮廷だ。女には女の役割がある。それもわからないような愚かな人間に育てた憶えはないぞ」
公爵の言葉はある意味正しかった。公爵令嬢ならば王族や高位貴族に嫁いで子を成すのがこの時代の常識だ。公爵もメイアに自由を与えていたが、将来的には王族に嫁がせるつもりだった。メイアもその常識を認識しており、公爵の言い分も理解していた。
「お父様が言いたいことはわかっておりますわ。わたくしが如何に常識はずれな行動をしていることも」
「ならばなぜ!?」
「それでも譲れないものがあるのです。わたくしは守りたいものを守れずに宮廷で震えながら救世主の登場を祈るのは御免ですので」
「なにを訳がわからないことをっっ!?」
公爵が業を煮やしてメイアを掴みにかかろうとした瞬間、メイアの姿が消え公爵のすぐ背後に立っていた。その手は首筋をなぞっている。公爵が自身の背後を一瞬でとられたと理解するにはしばらく時間を要した。
「馬鹿な、この動きは軍部の奴らの……いつから軍部と繋がっていた?そんな素振りはなかったはずだ」
「流石お父様、聡いですわね。この動きだけで気づかれるとは。お父様には内緒で実はちょっとしたコネを使わせていただきました。ご安心を。公爵家には害を与えません。あくまで個人的な付き合いですので」
「メイア、お前は私の思惑を知っていたはずだ」
「ええ、今は自由にさせていただいていますが、いずれは第一王子と婚約するだろうと思っていました。乗り気ではありませんでしたが」
「ならば……」
「戦争が起きるから」
その言葉に公爵は硬直する。なぜ知っているのかと。国境付近では不穏な噂が流れつつあるのを公爵ら上層部は把握していた。だがまだそれは上層部止まりのはずだった。
「……だからと言って、今までの努力を捨てるつもりか? お前はそんなに愚かではなかったはずだ」
父の言葉にメイアは一瞬言葉を呑み込む。
メイアは夢でこの国の未来を知っていた。はじめは夢に過ぎないと思っていたが、知識を身につけたことによって戦争が現実味を帯びていることを察してしまった。国の上層部である公爵も帝国の不穏な動きから遠からず戦争が起きることを予期していた。
「たしかにわたくしの決断は愚かなものでしょう。ですが守りたいものを守るためにわたくしは国に殉じたい」
「国に殉じるなら妃になることでも叶えられるだろうに」
「それでは守りたいものが守れませんもの」
メイアは儚く笑う。その笑みは父である公爵すら見惚れてしまうほど美しく、飴細工のように繊細なものだった。
メイアが軍に向かう理由はそれだけではない。以前よりメイアは第一王子とは合わないと感じていた。レオポルトに非があるわけではない。夢のこともあって苦手意識もあるが、純粋に相性が合わないのだ。あの仮面のような笑みがどうしても好きになれなかった。仮に偽りだとしても。
「だが小娘がひとりで何ができる?」
「さあ? でも部屋で縮こまるよりは何かできるでしょう」
「折れぬつもりか……頑固者が、好きにしろ」
公爵は舌打ちするとメイアに背を向けて部屋を後にする。そして部屋を出る直前にこう言い捨てる。
「だが私は諦めてはいないぞ。幸いライバルになりそうな令嬢はいない。多少の失点程度で婚約から免れるとは思うな!」
「感謝いたしますわ、お父様」
「……お前を死地に送るために妻に誓いを立てたわけではないのだぞ」
「……っ!」
結局公爵は渋々メイアの軍学校の入学を許可する。いや、許可せざるを得なかった。メイアは試験に受かっただけでなく、軍部の要人から推薦状を貰っていたからだ。
メイアに推薦状を出した人物こそ王国の少将を務めるルイス・アランスビア。ルイスはメイアが師事している学者と友人関係にあった。
軍部とつながりを得たいメイアは学者を通じてルイスとの交流を持ちかけた。メイアの覚悟を知ったルイスから密かに軍学校への入学の支援と武術の鍛錬を受けていたのだ。多忙な公爵がメイアの動きを把握したのは彼女の入学後だった。
公爵が去った後、メイアは大きく息をつく。
「言ってしまったわね。お父様、怒ってらっしゃるわ」
「当然です。公爵様は亡き奥方様に代わってお嬢様を育ててきましたから。まあ、私も共犯ですが」
「他のメイドたちにも謝っておかなきゃ。怖がらせてしまったわ」