「お嬢様は元気でやっているでしょうか」
「ふん、ひと月もすれば音を上げるだろうよ」
公爵は家令の心配を鼻で笑う。温室育ちの令嬢が軍の厳しさに耐えきれると思っていなかった。
「もしメイアが自身の選択を悔いるのなら温情を見せてやらんでもないな」
「はあ……」
しかし公爵の思惑は大きく外れることになる。そもそも公爵はあることを失念していた。なぜメイアが軍部の人間から推薦状を貰えていたのかを。
公爵のもとに届いた情報はメイアの窮状ではなく、軍学校に入学したメイアが平民などに混じりながらも、いかにその鬼才ぶりを見せつけていたか、だった。
しかも座学だけでなく運動神経が問われる実技でもトップの成績を修め、レイストの操縦技術でも他の学生を凌駕するなど。
「やーる。まさか教官からレイストの模擬戦で勝つなんて!」
「ちょっとニコ、強く背中叩かないで。ほら、次はニコの番よ」
「よーし、メイアに続いて教官に勝つぞー! あぎゃー!」
「あ、瞬殺された」
また公爵令嬢ながら貴族らしい高慢さがなく、教官からの評価も高いメイアの存在は軍部にも伝わっているとのこと。上層部の中には今すぐにでも軍に取り込もうとする動きもある。
動揺したのは公爵だ。メイアの情報が入るたびにこのままリタイアしないのではないかという焦りが生まれてくる。
「メイアを甘く見ていた。まさか軍のしごきに耐えられるとは。このままでは……」
公爵令嬢が軍学校にいるという情報は国の上層部に把握されており、このままではレオポルトとの婚約に持ち込めなくなる。
それでも公爵にとって幸いだったのはメイアを超えられるような令嬢が高位貴族にいなかったことだ。
ゆえにレオポルトの婚約話はいまだに宙に浮いたままだった。
奇行に走る公爵令嬢と彼女に劣等感を抱き続ける令嬢たち。親である高位貴族たちはなんとかして娘をレオポルトに宛がおうとするが、王族の頭の片隅には常にメイアの存在がいた。公爵の存在が厄介だとしてもメイアのような逸材を逃がしたくなかったのだ。
いつからかレオポルトの婚約者の有力候補としてメイアの名前が挙がるようになり、メイアは知らないうちにレオポルトの事実上の婚約者として認識されてしまっていた。
公爵の口止めもあり、そんなことをまったく知らないメイアはあっという間に軍学校の卒業の時期を迎えていた。
「メイアは進路ってどうすんの?」
メイアのルームメイトで数少ない同性の同級生であるニコ・クワイエットがベッドに寝転びながらメイアに問いかける。
本来平民であるニコが公爵令嬢であるメイアにため口を叩けばその場で無礼だとして殺されてもおかしくないのだが、ここは軍学校。身分の格差は不問とされている。とはいっても公爵令嬢にため口を叩ける人間は多くないのだが。
しかしメイア自身がため口を歓迎していることや数少ない同性ということものあり、ニコは入学初期からメイアに対してため口を使っている。
休日には一緒に街で買い物をしたり、食事を楽しんだりと貴族との令嬢と違ってフランクなニコとの関係を心地良く思っており、気づけば親友に近い関係に発展していた。
「う~ん、第一希望はやっぱりこのまま軍に進むことだけれども、お父様のことがあるからなんとも言えないわね」
メイアは机で自分宛ての手紙を確認しているとハアと溜息が漏れる。
「ん? どした?」
「お父様からの手紙が混ざっていたわ。何年ぶりかしら?」
何故だか嫌な予感がする。
メイアはナイフを使って便箋の封を切り、憂鬱な気持ちで中身を検める。
公爵とはほぼ喧嘩別れのような形で軍学校に入学してしまっており、手紙も入学から一か月くらいに届いた自身の選択を詫びて家に戻ってくれば悪いようにしないという内容以来だ。あのときは思わず破り捨ててしまったが、今回はどんなことが書かれているのか。
『軍学校を卒業したら家に戻れ。頃合いを見てレオポルト殿下との婚約を正式に発表する』
てっきりレオポルトとの婚約争いから脱落したと思っていたメイアにとって最悪に近い内容だった。王族との婚約となれば妃教育も受けなければならないので軍に進むことは叶わない。
メイアがどれだけ軍部から評価されていてもアクトバーン公爵家の当主はメイアの父だ。貴族派に属するアクトバーン公爵家は軍部との折り合いが悪く、軍部の中にもアクトバーン公爵家出身ということだけでメイアを嫌う人間もいたりする。
「ニコ、残念な話よ。どうやらわたくしは家に戻──」
窓際のベッドにいるニコの方を振り向いたその瞬間、窓の遥か先から何かが光るのを目撃する。ぞわりと悪寒が走る。
「ニコ! ふせっっ!?」
咄嗟に叫びながら窓から離れる。
それからすぐの出来事だった。
窓全体が赤い光に包まれたと思いきや、直後に轟音と衝撃がメイアたちのいる宿舎を襲う。
風圧が内臓を押し上げる感覚のあと、身体が宙に投げ出される。
焦げ臭さでメイアは目を覚ます。どれだけ意識を失っていたのだろうか。数分か、数秒か。幸い外の茂みに身を投げ出されていたため、致命傷は逃れたようだ。
全身に僅かな痛みを覚えたメイアがゆっくりと身体を上げるとそこは地獄だった。
そこに宿舎はなかった。かつて宿舎だったものは瓦礫と化し、ところどころから火が上がっていた。メイアは運が良かったのか、外まで吹き飛ばされたおかげで瓦礫の下敷きになるのを避けられていた。
「ハッ……、ニコは!?」
しばらく何が起きたのかわからず茫然としていたが、我に返ってルームメイトを探しに瓦礫となった宿舎に近づく。
ニコはすぐに見つかった。いや、見つかってしまった。瓦礫で上半身の半分が圧し潰された状態で。
わずかに出ていた腕にはかつて休日のときに露店で買ったブレスレットが巻かれている。令嬢であるメイアにとっては安物だったが、思い出の品としてニコとお揃いにしたのを鮮明に覚えていた。
ニコは風呂のとき以外、このブレスレットを外したことがなかった。