名も無き悪役令嬢に捧ぐ護唄〈リート〉   作:Rosen 13

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5.黒の襲来

「嘘……ニコ……っっ!」

 

 

 突然失われた親友の命。その喪失感を嘆く暇なく事態は進んでいく。ズシン、ズシンと規則性のある地響きを感じてその方向に目を向ける。その先には銃を構えた漆黒の人型兵器レイスト数機の姿があった。

 

 

「あのレイストは帝国の……! まさか帝国の奇襲!? 国境の見張りは何をしていたの!?」

 

 

 軍学校が帝国に近い辺境にあるといっても国境からはそれなりに離れている。敵が少数とはいえ、国境の警備隊が仮想敵国のレイストの侵入を許すなんて想定外だった。

 

 メイアは震える指で親友の亡骸の手を握りしめる。その手は冷たくなりつつあった。この手を離せばきっとニコは瓦礫の中に埋まることになるだろう。彼女を野晒しにはしたくない。けれど事態は逼迫している。決断しなければ。

 

 最期となる親友の感触を確かめたあと、名残惜しそうにゆっくりと地面に下す。あの明るい声が脳裏をよぎる。

 

 

「ニコ……ごめんなさい」

 

 

 一瞬躊躇するが、事態の把握のためにも宿舎から離れてレイストが格納されている武器庫へと駆ける。いくつかの武器庫は損傷していた。メイアは無事な武器庫に到着するとそこには動揺する学生と僅かな整備士が避難していた。

 

 

「メイア嬢、無事だったか!」

 

「ウェスティンさん。教官たちはどこにいますの?」

 

 

 メイアの問いにレイストの整備士であるウェスティン・ブーバーは顔をしかめて首を横に振る。

 

 

「教官たちは……駄目だ。どうやら砲撃が教官たちのいる部屋に直撃しちまったらしい。生き残りもいるかもしれねえが、無事なのはほとんど学生ばかりだ」

 

「そんな……!」

 

「一応軍に救援要請もしたが、いつ到着するかわからねえ。多分間に合わんかもな」

 

「……ウェスティンさん、ここのレイストは今すぐ動かせる状態かしら」

 

「えっ、ああ、一応レイスト訓練のために動かせる状態にはしてたが。メイア嬢、なにを?」

 

 

 動かせると聞いたメイアはすぐに近くのレイストに駆け寄る。ウェスティンは慌ててメイアを追いかけるが、メイアは抜群の身体能力でスルスルとコックピットに飛び乗り、レイストを起動させる。

 

 

『ねえ、実弾が入った武器ってあります?』

 

 

 メイアの声がレイストに内蔵されているスピーカーから発せられる。

 

 

「おい、待て! そんな訓練用の型落ちで何をする気だ!?」

 

『わたくしが時間を稼ぐわ。どの道、このままでは全滅ですもの。帝国はレイストを投入してまでここを攻めてきた。不意討ちしてくる奴らが素直に投降を受け入れるとは思えない。教官がいない今、この場で一番レイストを動かせるのはわたくしだもの。その間にウェスティンさんは皆と一緒に避難を!』

 

 

 ウェスティンは自ら盾になろうとするメイアを叱り飛ばしたかったが、それをグッと堪えて、近くの学生たちに実弾入りの兵器を運ぶように命じる。本当は行かせたくなかったが、メイアだけが事態の打開をできるのもまた事実だった。

 

 敵はレイストが複数機。通常兵器ではとても歯が立たない。それでも生き残った数少ない大人たちが己の犠牲を省みずに外に設置してある機銃などを帝国のレイストに向けて時間を稼いでいるが、ほぼ全滅に近い状態で今いる学生らをレイストの脅威から逃がすほどの時間を作ることはできなかった。

 

 

『アサルトライフルにブレード。それにスタングレネードがひとつ。悪くはないわね』

 

「メイア嬢、無理はするなよ」

 

『それは、できない相談ねッ!』

 

 

 メイアは格納庫から王国の旧型レイストであるクルーガーを出撃させ、戦場へと駆る。

 

 外では帝国のレイストが必死に抵抗している軍学校の大人たちを虐殺しており、設置してあった対空機銃はほとんど破壊されていた。

 

 

『おらおらおら泣き叫べ。ひゃはははは、イルガンティア野郎の悲鳴はいつ聞いても最高だぜ』

 

『気持ちはわかるが遊びすぎるなよ。目的を忘れるな』

 

『んだよ、結局皆殺しだろ?ちっとは殺し合いできるかと思ったが、平和ボケが酷いぜ。ぬるすぎんだよ』

 

『仕方あるまい。ここ十数年は争いという争いがなかったからッ……!?』

 

 

 突然帝国のレイスト達を眩い閃光が襲う。光を直接浴びてしまった帝国兵は苦悶の声を上げながら咄嗟にそこから離れようとしたが、すでに手遅れだった。

 

 帝国兵の通信に鈍い音と断末魔の声が響き渡る。無事だった帝国兵の視界が戻ったときには帝国のレイスト一体が背後からコックピットを串刺しにされていた。ブレードを引き抜かれるとレイストは力なく倒れる。応答もない。あれに乗っていたパイロットはもう死んでいるのだろう。

 

 

『おいおいおい、注意してた側がやられてるじゃねえかよ』

 

『──おい、何が起きた?』

 

 

 離れていた別の帝国兵から通信が入るが、無事だったパイロットは興奮しながら武器を構える。

 

 

『ようやく骨のある奴が出てきたみてえだ。手出しすんな、俺の獲物だ』

 

 

 そう言うと、無事だった敵レイストはメイアが乗るクルーガーに向けて発砲する。メイアはそれを予測して最小限の動きで隣の学び舎に身を隠して弾丸から逃れるがわずかに被弾。そのまま反対側から身を乗り出すとアサルトライフルを放つ。

 

 舌打ちしながらも敵レイストは回避行動に移る。僅かに被弾しながらもメイアと同じく学び舎を盾にしようとした。その次の瞬間、メイアは一気に距離を詰める。

 

 

『ハッ、焦ったな! バーカ!』

 

 

 罵声とともに敵レイストが学び舎の陰から単身飛び出したメイアに銃口を向ける。あとは引き金を引くだけ。それだけで無防備なクルーガーは全身を蜂の巣にされるはずだった。パイロットがメイアでなければ。

 

 

『………………!』

 

 

 敵レイストの銃口から火が吹く直前、クルーガーが動きを一変させる。まるでスライディングするかのように足を前方に伸ばし重心を落とす。そして背部のスラスターの出力を全開にすることで機体が地面すれすれを滑空するかのように移動する。その結果、どうなるか。

 

 移動しつつ重心を一気に低くしたせいで敵レイストのライフルから放たれた弾丸はメイアの駆るクルーガーの頭上を通過してしまう。弾丸の雨を強行突破したメイアはその勢いのまま敵レイストの真横まで接近する。その手にはアサルトライフルが構えられており、指は引き金を握っている。

 

 

『なんつー無茶な動きしてやがる、本当に旧型かよ……!』

 

 

 それが帝国のパイロットの最期の言葉となる。直後、敵レイストは銃弾によって蜂の巣にされて炎上しながら地面に崩れ落ちる。

 

 

『ちっ、デイビット! やられたかっ!』

 

 

 そして味方のシグナルが消えたことに気づいた最後の敵のレイストが校舎の反対側から現れる。

 

 

『何者だ? ここには君のような手練れがいるなんて聞いてないが』

 

『生憎、ただの学生でしてよ』

 

『学生だと? なるほど、ならばこれ以上の抵抗をやめて投降してもらいたい。旧式の機体でその動き、喪うには惜しい』

 

『残念ながらできない相談ね。友を、仲間を奪った相手に命乞いはごめんですわ』

 

 

 そう言い合ってる間にも弾丸が飛び、刃が交わる。

 

 出力の違いでクルーガーが押されているが、敵のレイストも油断していない。相手は学生かつ旧式の機体ではあるが既に同胞を撃墜している。しかし作戦の都合上、これ以上時間はかけられない。

 

 敵レイストのパイロットは半分覚悟を決めると被弾覚悟でクルーガーに急接近し、一瞬で右手に構えていたライフルを左手に持ち替える。そして空いた右手でブレードを取り出すと空になったライフルをクルーガーに投げつける。

 

 投げられたライフルに一瞬視界を遮られたメイアは僅かに動きを止めてしまう。気づいたときにはクルーガーの胸部に向けてブレードの先端が迫っていた。

 

 このままブレードがクルーガーを貫いてメイアは絶命する、はずだった。

 

 

『!?』

 

 

 手応えが浅い。

 

 レイストのパイロットがまず最初に感じたのは違和感だった。そして気づく。

 

 ブレードが胸部に刺さっていない。正確には貫いてはいた。但し胸部ではなく、クルーガーの左腕に。

 

 

「くうぅぅぅっっ!」

 

 

 メイアは超人的な反応で機体を僅かに傾けると左手でブレードを受け止めたのだ。無茶な機動のせいでかかるGの圧力に苦悶の声を漏らす。

 

 胸部への直撃を避けた代わりに左腕は貫かれるが、その手はブレードの柄を掴んでいた。そして反対の右手にあったライフルはレイストの胸元に突き付けられている。

 

 

『しまっっっ!?』

 

 

 ありったけの弾丸がレイストに撃ち込まれる。コックピットに風穴を開けられたレイストはそのまま後ろに倒れ伏せた。

 

 メイアは息を殺したままオーバーヒートを起こしたライフルを捨てて敵のライフルに持ち替えると周囲の音を聞き漏らさないように全神経を集中させる。

 

 敵影も音もない。だが油断はできないとはち切れそうな緊張を維持せんとしていると遠くから聞き慣れた駆動音がかすかに聞こえてくる。レイストの音だった。

 

 

「まさか、敵の増援?」

 

 

 メイアの額に冷や汗が流れる。先程の戦闘で機体は半壊しており、集中力も使い果たしてしまった。もし敵が単体であったとしても勝てる気が起きなかった。

 

 半分悲壮な覚悟を決めたメイアだったが音がしてくるのは国境とは真逆の方向。そしてその正体はイルガンティア軍のレイストであるランギスという機体だった。

 

 

『そこのクルーガーのパイロット。我々はイルガンティア軍である。よくやった、あとは我々が対処しよう』

 

 

 敵がいなくなり、味方の救援の到着によって悪夢のような状況から抜け出せたことに安堵したことがメイアの最後の記憶だった。

 

 闇が落ちる。

 

 次に目を覚ましたのは軍病院の中だった。

 

 ニコは当然ながらいなかった。

 

 星暦一〇二九年三月十七日、ザルガイマータ帝国の特殊部隊によるイルガンティア王国侵攻及び軍学校襲撃。

 

 のちにエアガーツの戦いと呼ばれることになる帝国による宣戦布告なしの完全なる奇襲作戦を皮切りに両国は戦争に突入するのだった。

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