名も無き悪役令嬢に捧ぐ護唄〈リート〉 ─己の破滅を夢で見た少女は戦場を駆ける─ 作:Rosen 13
エアガーツの戦いから数ヶ月後、メイア・アクトバーン公爵令嬢はイルガンティア王国軍の少尉として量産型レイストであるランギスとともに戦場を駆け抜けていた。
鉄とオイルの匂いが漂う中、メイアの駆るランギスの銃口が故郷を荒らす蛮族に照準を定める。放たれた銃弾は敵レイストの胸部装甲に直撃し、黒き巨体は火を吹いて崩れ落ちた。
「まずは一機」
仲間からの無線や機体からの警告音が飛び交う中、ただ黙々と敵を葬っていく。
メイアはルーキーながら正確な射撃と状況判断は部隊の中でも飛び抜けていた。冷酷に敵を見下ろすメイアはすでに公爵令嬢というより軍人に相応しい。
だがメイアの脳裏にふとよぎる。あの悲劇がなければ自分はどんな運命を辿っていたのかと。
(もしあのとき軍学校が襲われなかったら今頃王太子との婚約は成立していた。夢の中のわたくしのように)
当初父である公爵はメイアを王太子であるレオポルトと婚約させる予定だったが、エアガーツの戦いですべてが狂うことになった。
夢の中のメイアは望み、今を生きるメイアが望まなかった婚約。だが事態は婚約どころではなかった。
ザルガイマータ帝国に完全なる奇襲を受けたイルガンティア王国側が激怒し帝国に抗議するが、謝罪を受けるどころか帝国に向かわせた使者が殺害される事態に発展したのだ。
この帝国の暴挙を前に王国側もついに重い腰を上げて両者は戦争状態に突入することになる。
先の戦いで軍学校を死守したメイアの活躍は上層部の耳に入ることになり、学生ながら敵レイストを三機撃破した才覚を評価した軍部は当然メイアを戦力として欲しがった。
メイアの政略結婚を目論んでいた公爵はその要請を拒絶して予定どおりレオポルトとの婚約を進めるつもりだったが、帝国の戦力が想定以上だと判明したことで事態は一変する。強大な軍事国家となった帝国相手にメイアの才覚を惜しむ余裕など王国にはなかった。
公爵の味方だった貴族派ですら遠回しにメイアを軍部に入れるべきではないかと諭してくる状況に公爵はついにメイアの軍部入りを認めることとなる。
戦火に包まれる街並み、逃げ惑う人々の光景を目に焼きつけたメイアは帝国だけでなく、この状況に加担した者にも憤る。
「しかし寝返り、ね。笑えないわ」
メイアは自嘲するように吐き捨てる。
軍学校への奇襲が起きた背景。それは帝国との国境を守るブロングマン辺境伯の寝返りにあった。そして夢の中のメイアもまた我欲のために敵国に通じていたことを思い出し、溜息が漏れる。
辺境伯の寝返りがエアガーツ防衛によって発覚し、すでに一族含めて処刑されていた。
辺境伯が寝返った理由など一兵卒のメイアの耳に入ることはない。それでも国境を守る辺境伯の寝返りが王国に打撃を与えることは理解できていた。事実、辺境の空洞化により王国は帝国の侵攻を許していた。
軍学校がある地方都市エアガーツやブロングマン領の中心都市ガロンティスの陥落こそ免れることはできた。だが、それ以外の小規模な街は辺境伯配下の守備隊が逃走したことで帝国の手に落ちる。
中には街に残り、決死の抵抗をした者もいたが、業火によって焼き尽くされた。街は瓦礫と化し、運良く焼け残った建物も帝国兵によって荒らされた。
王国の民たちは虐げられ、奴隷扱いはまだマシな方、酷いときは帝国兵の機嫌ひとつでその生命を消し飛ばされた。
メイアたち王国軍は命懸けで街を守ろうとした彼らの奮闘に報いるべく、ひとつひとつ帝国の支配に置かれた街を取り戻すべく戦場を駆け抜けた。
ひとつの街を取り戻したとき、そこにあったのは家族を失い嘆く少女、呆然と我が家だったであろう瓦礫を見つめる老人、もはや息をしていない赤子を抱きしめる母親、幼子を庇い生き絶えた父親といったこの世の地獄と呼べるような光景だった。
故郷を焼き尽くされた民たちから惨状を聞かされたメイアは帝国の蛮行に言葉を失い、拳を強く握りしめる。それこそ手袋越しでも痛みを覚えるほどに。それはメイアだけでなく、経験豊富な他の軍人たちも同様だ。
だが同時にメイアには程度は違えど帝国の蛮行と傍若無人だった夢での自分の振る舞いが重なって見えた。
(夢でのわたくしも、帝国兵も人を人として見ていないからあれほど非道なことができた)
我儘な悪役令嬢だった夢のメイアは癇癪によって多くのメイドを路頭に迷わせ、他の令嬢を虐げていた。目の前のものをひとりの意思ある人間だと思っていなかった。それがなんて無知で愚かな真似だったか。
夢の中での悪役令嬢は泣き縋るメイドを乱暴に振り払っていたが、今ここにいるメイアは己の手が汚れることを気にせず、手袋を外して傷だらけの老婆の手をとる。
「これは軽々しく言う言葉ではないかもしれません。民を守り切れなかったわたくしに言う資格があるかわかりません。それでも……どうか誓わせてください。必ずや、イルガンティアの明日を取り戻すと」
初めは自分の運命から逃れるためだけだった。けれどメイアなりに人生を積み重ねて国を、民を、大切な者を守るための覚悟は強固に育っていく。
「行くぞ、アクトバーン少尉。お前の言う通り、イルガンティアの明日を取り戻すために俺たちは戦い続けるしかないんだ」
「……はい、隊長。わたくしも覚悟は決まっています。お婆さん、わたくしは行きますね。貴方たちに女神のご加護があらんことを」
メイアは上官のマークス・ノリスの言葉に従い、老婆たちに別れの言葉を交わし、再び戦場にその身を投じる。すべてはイルガンティアの明日を取り戻すために。
そして運命は廻り出す。その出会いは偶然か、必然か。