だから、私はれな子ちゃんとご飯が食べたいだけなんですって 作:えれくとろきゅーしょにすと
「……六華さん、いっつもこれくらい買うの?」
「そうですね、大体これくらいは」
放課後、六華さんに晩ご飯をごちそうになることになった私は大型スーパーでの買い出しを終えて彼女の家に向かっていた。
彼女がポケットにねじ込んでいた見たこともない長さのレシートの一番上の数字は「4」。
2日分らしい。
あり得ない。
健啖の悪魔にも程がある。
というかその量でそのスタイルとか、私がどれだけダイエット頑張ったと……?
いや、待てよ。
そもそもどっちなんだ?
あの量を食べるが故のあの運動能力なのか、あの運動能力故にこの量を食べないといけないのか。
……あ、これが鶏が先、卵が先というやつか。
「れな子ちゃん、考え事ですか? それとも、やっぱり生魚は苦手でした、とか?」
「いえ、全然! 大好物! お寿司とかも大好きだし!」
私が答えると「ならよかった」と言わんばかりにわずかに目を細める六華さん。
彼女は王塚グループの中でも目立った人気があるわけじゃない。
クラスメイトから声を掛けられる回数なら私の方が多いくらいだ。
けれど高い身長に物静かな雰囲気、掴みどころのない自由な性格も相まってミステリアス枠としての人気は根強く、一人一人のファンの熱意……信仰心で言えば真唯にも負けないほど。
私や紫陽花さん経由で彼女の連絡先を聞こうとして勝手に諦めていった同級生も数知れず、常に何かを喰らい続ける尋常ならざる胃袋と食欲、あまりに強く惹かれている六華さん推しの熱量も相まってついたあだ名は「ブラックホール」。
「スパダリ」「大天使」「芦ケ谷の妹」と並ぶ「ブラックホール」である。
「着きましたよ。どうぞ、上がってください」
学校からスーパーまで20分、スーパーからさらに15分ほど歩いたところで六華さんのご自宅に。
両親は夫婦で赴任中とかで一人暮らしと聞いていたからマンションや小綺麗なアパートなんかを想像していたが、目の前に姿を現したのは私の家と同じか、一回り大きいくらいの一軒家。
……いや、よく考えたら日頃あれだけご飯食べまくってるんだから食費もすごいことになってるに決まってるし、真唯ほどじゃないにしても六華さんも相当なお金持ちなんだろう。
私は身体の端々が少しカクつくのを感じながらも、いざ行かんと気合を入れ直して彼女の家に上がった。
「……! 良い匂い……!」
「気付きましたか? おやつにおでんを仕込んでたんです。よかったら、ぜひ一緒に」
「あ、うん! 食べる食べる! 六華さんの手料理楽しみ!」
もうこの際ツッコまない。
我が家の夕食どころか間違いなく翌日の朝食まで回るサイズの鍋をおやつと言われようがもう動じない。
私は彼女に言われた通りにリビングのソファに荷物を置き、出された1皿分のおでんとともに一息ついた。
「っていうか……めっちゃ綺麗だね、六華さんのお家。一人暮らしってことは……あ、家政婦さんとか呼んでるの? 王塚さん家ではそんな感じだった!」
「いえ、特にそのような方は。ですが、そう言っていただけて幸いです」
「えっすご! もしかして掃除洗濯とか全部やってる感じ!? デキる女だ!」
「恐縮です」
大食いタレントが挑戦してるのしか見たことないサイズのお皿におでんを盛り付けながら笑う六華さん。
お鍋から直で食べそうなのに、なんて思ったところで、これは私がおかわりしてもいいようにする配慮だということに気がついた。
くっそぉ、また私の人間偏差値が落ちる……!
「……あっ、ウマっ」
「……! お口に合ったみたいで何よりです」
私の呟きに六華さんはぱぁっと顔を輝かせた。
どのコンテンツでもそうだけど、無表情キャラの表情が崩れる瞬間というのはとんでもない栄養が含まれている。
近くで笑顔を見てみると案外幼い顔立ちだ。
いや、それにしてもおでんが美味い。
何より出汁。
なんていうんだろう、濃厚なのに上品で……駄目だ、甘織れな子の脳内ストレージには食レポ向けの語彙が少なすぎる。
とりあえず美味しいという他ないのでたくさん言ってみると、食べ終わった彼女はずっと嬉しそうだった。
……食べ終わった?
「焦らなくて大丈夫ですよ、れな子ちゃん。私は先に手巻き寿司の仕込みをしているので」
時間は大体16時半といったところ。
晩ご飯にはまだ早いが、「帰るのが遅くなってしまったら、親御さんに申し訳ないので」と六華さん。
すっかり空っぽになった大皿を飲食店のような大きな洗い場に置いた彼女は、制服の袖をまくると冷蔵庫から先程買ってきたマグロやサーモンの塊……柵だっけ?を切り始める。
ごちそうになるのに六華さんに任せっきりは申し訳ない、けれど六華さんの作ってくれた料理をやっつけで詰め込むのも申し訳ない、そんな二律背反。
結局私は料理を味わうことを選び、充分な時間を掛けておでんを頂いてから彼女のお手伝いに乗り出した。
「六華さん、私も何か手伝うよ!」
「そうですか? でしたら……そうですね、教えますから、真鯛を捌いてみませんか?」
「えっと、それは……私のような若輩者でも許される行為なのでしょうか……?」
「そんな緊張しなくても大丈夫ですよ、やり方さえ分かっていれば難しくありませんから」
そう言って手招きする六華さん。
よく考えてみると一緒に晩ご飯を作る、同じキッチンで料理するってすごくリア充っぽいしアリだ。
大アリだ。
(いや、出来るわけなくない? あの美人の無表情が今度は失望で崩れるかもよ?)
(うるせー! しらねー! 私は変わるんだ!!)
脳内中学時代冷笑癖れな子を突き飛ばし、私は髪を後ろでまとめていざキッチンへ。
そこにはいかにもお高そうなまな板と包丁が置かれ、その上には立派な真鯛が一匹ドン。
真鯛さん、私の陽キャ道の糧になってくれてありがとう。
「それで六華さん、いえ、六華先生! 私はどうすればいいですか!」
「そうですね、まずは──」
私が尋ねると、六華さんは二人羽織のように、後ろから覗き込むような形で教えてくれた。
私が158cmで六華さんが174か5と言っていたから、私達の間にはそこそこの体格差がある。
そしてその体格差は必然的に、とある問題を生み出した。
そう。
頭に当たるのである。
「そうですそうです。そしたら次は──」
むにゅん。
たぷん。
ばるん。
「……? あれ、れな子ちゃん? どうかしましたか?」
「アッイエナンデモ!!」
……何カップだ、これ。
▽
「っ……どうかな? 出来てる……?」
「はい、とっても上手ですよ。初めてなんて思えないくらいです」
その感触は名前をつけて保存された。
ともかく、どうやら人間は極限状況の方が力が出せる、というのはあながち間違いでもないらしい。
気づけば耳までアチアチにあったまってるのを感じながらも目の前の真鯛は見事によく見る刺身の形へと転生完了。
隣では少しだけかがんでくれている六華さんがパチパチと拍手を送ってくれている。
小っ恥ずかしさと凄まじい達成感を抱えながら、私は用意された酢飯の桶の隣に、私が生まれて初めて捌いた真鯛の切り身を並べた。
「お疲れみたいですし、残りは私が用意しておきます。れな子ちゃんは少し休んでいてください」
「あ、なら、お言葉に甘えて……」
私はよその家ということも忘れてソファへ倒れ込み、今度はまな板の上で捌かれる魚のような体勢でキッチンの彼女を眺めていた。
あんなに褒めてくれたけれど、それでも私と比べ物にならない、比べてはいけないほどその手際は凄まじい。
short動画で流れてくる職人さんのような手捌きで魚の柵や頭付きのエビが私のよく知る寿司ネタに変わっていった。
……こうして見ると、無表情の中にもほんの少しの感情の機微は見て取れる。
「嬉しそう」だったり「楽しそう」っていうのは確かに感じられるものだ。
というか、この距離感。
お互い別に休んでたり別のことしててもいいけど共同作業はしているこの感じ……すごく「友達」だ!
手巻き寿司ってチョイスもすっごく友達だし!
お金も各自の食べる分だけっていうのも友達ポイント高い!
いや、割合で言えばめちゃくちゃ六華さんなんだけど、でも全おごりじゃないのがいい。
王塚真唯ではこうはいかない圧倒的な友達感。
うんうん、私も一生六華さんとご飯食べたいなー!
「れな子ちゃん、準備出来ましたよ」
「あっ、うん! 今行く!」
こうして気づけば食卓には豪華なネタが並び、さらにはいつのまにか作られていた茶碗蒸しまで添えられている。
「れな子ちゃんいるから張り切っちゃいました」とは六華さんの談。
身体能力お化けのキャラは家庭科苦手なのが相場だよなぁ、とか思いつつ、「「いただきます」」と2人で声を揃えて手を合わせる。
一口目は手巻き寿司じゃなくて、六華さんのおすすめで捌いた真鯛をお刺し身で。
「……、……!」
「どうですか? れな子ちゃん」
「美味しい! 超絶美味しいです!」
「まあ。でしたら私も──」
一口頬張ると、彼女は口元を抑えながら今日一番というほどに目を輝かせた。
「あは、美味しいです。とっても、とっても美味しいです。きっとれな子ちゃんのおかげですね」
「いや、そんな……結局ほとんどつきっきりでしたし……」
「それでも、捌いたのはれな子ちゃんです。切るのも上手でしたし、食べたらこんなに美味しい。100点満点ですよ、れな子ちゃん」
六華さんは大食い。
菓子パン一つを一口で終わらせちゃうくらいの大食いだ。
けれど、今は私のペースに合わせてくれている。
ネタを一つずつ乗せて、一口サイズを海苔で巻いて、それを普通のスピードで。
「あの……六華さん、もっと食べなくていいの? お腹空いちゃわない?」
「いえ、大丈夫ですよ。だって今は、れな子ちゃんと一緒に、同じものを食べてるんですから」
「あ……そうだよね! 好きな人と同じものを食べるともっと美味しくなるって言うし!」
「……! ……そう、ですね。はい、そうだと思います。私も、れな子ちゃんのことが好きなので」
「うん! 私も六華さんの……ううん、六華のこと大好きだよ!」
「!! ……ふふっ、あは、ありがとうございます、れな子ちゃん」
この距離感、この雰囲気!
間違いない、六華はもう最高の友達だ!
この調子で真唯も説得して!
リア充基盤固めて!
もっともっと友達増やして!
この甘織れな子!
最高の高校生活はすぐそこだ!
よし、いくぞ!
えいえいおー!!
「……あは、大好きですよ、れな子ちゃん」
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