出が速くて、力もいらない。何より、静かだから。
古い家の娘として、父に殴られ、母に嘲られ、「家名」のために生きることを求められていた「私」。舞台の上で求められる自分を演じながら、本当の私は観客席であくびを噛み殺していた。
生きている、と感じられたのは、夜の街で喧嘩をしているときだけだった。
喉を潰すこと。コンビニ前のあんまん。甘すぎる缶コーヒー。
それもまた、私の青春の一ページ
昔から、なぜだろう。喧嘩、となったら喉ばかり狙ってきた気がする。
狙いは喉仏のやや下のくぼみ。そこを斜め下から突き上げるというか、押し潰すというか。そんなに大きな力はいらない。それこそ、揃えた4つの指先で、トンッと突くだけ。もしくは、握りしめた握りこぶしから、親指だけをピンと突き立て、伸ばした親指で押しつぶしに行く。
余計な力みはいらない。気取られる。初動が分かりやすくなる。出が見えやすくなってしまう。それに無駄な力みがあると速度が死ぬ。教わったことでもあるし、身をもって学んだことでもある。
あまり狙うべき喉元も見ない。やっぱり気取られる。場所を認識し、必要があれば狙うだけ。必要と言っても、基本私から手を出さない。先に手を出すとしたら、囲まれたとか、相手が複数とか。頭数を先に減らしたい時ぐらい。
しかもそういう時って逃げるべきだし、逃げるためには怯ませて包囲網に穴を開けたい。となれば狙いは喉じゃない。喉は静かすぎるから。馬鹿みたいな悲鳴をあげてもらわないと怯んで貰えない。だからせめて股間。あるいは腎臓。盛大に悲鳴をあげてのたうち回ってもらわないと困るから。
でもそれ以外の局面で原則、こちらから手を出すことはない。生まれて初めて喧嘩をした時。小学校高学年のころ。確かいじめの走りみたいな嫌がらせを受けていて。犯人を突き止めて。謝って貰いに行ったらだいぶ舐めた態度を取られて。
むしろ私を囃し立ててきて。お仲間というか、取り巻きと一緒に。うるさかったし、舐めたツケは払ってもらわないとと思って。どこを攻撃したのかは忘れたけど、少なくとも泣いて抵抗しなくなるまでは痛い目にあってもらって。その場にいた全員を泣かせたらなぜか私が悪いことになった。
先生には暴力はいけない、ましてや女の子が手をあげるなとかなりきつく叱られた思い出。どんな理由があっても先に手を出すのは人間として最低のことだ、みたいに。君も女の子なら分かるだろう。いきなり殴られることがどれだけ怖いことか、なんて。
まあ、わかりますよ。なんて頷いた思い出。しょっちゅう父親には殴られたり怒鳴られたりしてますし。勉強の出来が悪い。お稽古事の出来が悪い。塾の成績が悪い。よくもまあ、そんな怒れるもんだと思うぐらい毎日キレ散らかしたり怒鳴りまくったり。気が済むまで私を殴ったり。
私、よく知ってますよ。どこをどう殴られるのが一番嫌で、どこをどう蹴られるのが一番嫌かなんてよく知ってます。よく父親がそういう風に私を殴ったり蹴ったりしますし。
でも誰も怪我してないからいいじゃないですか。多分かすり傷一つついてない。アザにすらなってないはずですよ。父親はその辺り調整めちゃくちゃうまいんで。怒りに任せて殴ってきているくせに、アザ一つ残さない。万が一アザが残ってもバレない場所ばかり狙ってる。そしてそのくせめちゃくちゃ痛い。その加減がめちゃくちゃうまいんですよねー。
だから交番のお巡りさんに毎日毎日殴られて殺されちゃうって言ってもニコニコ笑うばかりで信じてくれないし、スクールカウンセラーの先生も信じない挙句に、こんな相談ありましたけど本当ですかー?みたいな馬鹿みたいなことが聞けるんです。まあ、私の家が古くて、この辺りでは有名な家だからかもしれないですけどねー。なんて、そんなのは余談ですけど。
私は父親の殴り方を真似ただけ。だから殴られた子たちも痛い痛いと泣きはしますけど、別にケガ一つしてないはずですよ。殴り方とかは父親の真似なんで。それにこれでも護身術みたいなの家で学んでるんで。殴り方とか打撃の与え方はよく知ってます。
別に腕を折ってもよかったんですけど。ちょっと可哀想かなと思って。女の子ですし。だから精々一番痛い殴り方をしただけ。まあ、明日には痛み引いてますよ。だから大丈夫です。知りませんけど。
なんて。そんなことをまさか言うわけにもいかないとは子供心にもわかってはいたから。適当に謝って。すいません、反省してます。先に手を出したことは悪かったと思います。でもまあ、嫌がらせされてたんで。お互い様じゃないですか。両方悪かったってことで。
そんな態度が多分隠しきれていなかったというか、透けて見えていたのだと思う。割と厳重に先生から注意された挙句、実家にも連絡がいった。もちろん私は父親にボコボコに殴られたし、母親は信じられない、とワザとらしく騒ぎ立て。心配してます、みたいなワザとらしい演技で。
あまりにワザとらしすぎて完全に大根役者、本心のあざ笑う調子なんて隠せてもいない。その大根っぷりが一周回っておぞましいというか、もはや笑えてくるレベル。父親はまるで気づかずに。怒りのボルテージを上げるだけ。
本家の耳に入ったらとか、家名に泥を塗って、とか。本当に不出来な子で恥ずかしい、みたいな。親族会に恥ずかしくて顔を出せないわ、とかご近所さんに知られたら、家でどんな教育を受けているのかと思われてしまう。恥ずかしくて出歩けないわ!なんて。それを聞いてますますヒートアップする父親。
それを聞いてボコボコにされながら思った訳。はいはい家名家名ご苦労様。400年の歴史でしたっけ?ゆくゆくは断絶しかかっている本家に入り、婿を迎えて子供を産まなきゃいけないんだから、家の名前に恥じぬようお行儀よくしなさい、でしたっけ。家名家名家名家名、耳にタコが出来るほど聞きましたとも。なんなら家出未遂して警察に無理やり連れ戻されて。
確か川の欄干を乗り越えて入水自殺しようとしていたところを見つかって。無理やり連れ戻された時でしたね。ご近所のお爺さんの通報で無事保護されて帰ってきた私に、お母さんが家名に泥を塗りやがってと絶叫しながら手をあげたんでしたっけ。お母さんは嫌味か皮肉ばかりが得意なんで、手をあげるのは珍しいなと思ったのでよく覚えていますとも。
それこそ礼儀正しくしなさいと叱られたので、わかりましたと敬語で話すようにした時以来じゃなかったですかね。その時も割とボコボコに殴られたんですけど。親を馬鹿にして、私を見下してるんだろお前って。嫌いだし死んでほしいですけど、見下してはいなかったですよ。その時はまだ、ですけど。
まあ、それはともかく。お母さんが家の歴史がとか、家名に泥をとか言うのが結構面白くて。これがお父さんが言うならまだわかりますよ。直系男子というやつですし、家を誇りに思っているみたいですし。家を全国的に少なからず知られるところまで引き上げたのはお爺さんとお父さんの尽力あってのこと、みたいな話は親族会でも聞きますから。
でもお母さん、あなたは家の外の人ですよね。そもそも私を産んですらいない。途中で他所から入ってきた人。どこの家の人か知りませんけど、あんまり堂々と家の人みたいな顔しないでくださいます?私にとってのお母さんは産みのお母さんただ一人。亡くなったあの人ただ一人なんですから。
だからこそ、顔合わせで今日からこの人があなたのお母さんですよと紹介された時、わかりました、綾さん。これからよろしくお願いしますって挨拶したんです。
前もって何度もご挨拶にいらっしゃいましたし、時には愛くるしい子犬のぬいぐるみなんて頂いたりして。子犬のぬいぐるみはありがたく頂戴しますけど、だからといってあらかじめ、これからは綾さんと呼んではいけない、必ずお母さんかせめてママと呼ぶようにと言われた所で。それは通らないでしょうというお話ですから。
だから私は綾さんと呼んだんです。当然叱られましたけど。あなたはママじゃない、ママを返してと泣けば許される気配はなんとなくありましたから。実際皆さんまあまあ、子供のすることだからと言って下さいましたし。
まあ、要は私はお母さん、あなたを家の人と思ったことはないし、今後とも家の人と思うことは断じてないということです。お母さんと呼んで欲しけりゃ、いくらでも呼んで差し上げますけど。本当の意味でお母さんと呼ばれてると勘違いしないでくださいね。気持ち悪いし笑っちゃうので。なーんて。
そんなのが、まあ。私の母親に対する認識だったので。母親があまりに家の恥、家名に泥を塗ったというのが面白くて。つい鼻で笑ってしまって。そしたらそんな内心に気づいたのか、嘲笑うような顔がすとんと真顔になり。父親を押しのけた上で、びっくりするぐらいボコボコにされて。それこそ父親が珍しく止めに入るぐらい。それぐらいでいいだろう、なんて。
妹に対する母親の折檻については、なんてことをするんだ、やりすぎだ!なんて止めたことはあっても、私に対しての折檻を止めたのは多分、それが最初で最後だったから。よく覚えているのだけど。へー、珍しい。妹じゃなくても止めるんだ。どういう風の吹き回し?あんたらの子供の妹だけ見とけよ。なーんて。思ったりもしたわけだけど。
それはともかく、その時私は改めて学んだ訳。先に手を出すから私が悪者みたいになる。だったら、相手が先に手を出すのを待つか、相手に先に手を出させてしまえばいいって。そしたら私はただ自分の身を守っているだけ。可哀想な女の子として見てもらえるんじゃないかって。
実際その勘は当たって。そうした揉め事があってからも時折ちょっかいはかけられたし、中には男の子もいたけど。先手を譲るようにしてからはほとんど怒られなくなった。まあ、身を守っただけだし仕方がないか、みたいな。
先に手を出したのは相手だし。返り討ちにあってるのが間抜けなだけだ、みたいな。やりすぎな気もしなくもないけれど、まあ、自分の身を守るためだし。仕方がないか。本人も怖くてついやりすぎてしまったと反省しているみたいだし。第一、先に手を出したほうが悪いに決まっているんだし。お咎めなしとしよう、みたいな感じ。
ただ、私は小柄だったから。正直、まともに正面から喧嘩をすると結構苦労する。まともに正面から組み合うとなると結構大変。最終的に護身術を使ってもいいんだけど、私が得意なのは打撃であって投げじゃない。
ただまともに組み合うとなると打撃のレンジなんてあっという間に消えて、よくて関節技のレンジ、悪けりゃただの取っ組み合いになる。ゼロ距離で出せる打撃技とかもないわけではないんだけど、相手に与えるダメージが大きすぎるか、逆に私の非力さがたたって全然ダメージが通らないかの二択。
女の子が相手ならともかく、男の子が相手だといい勝負になってしまう。本当に取っ組み合いは苦手だったから。勝てないわけでなくても面倒くさいしうざい。時間もかかる。時間もかかるということは目撃者も増えるし、意図せぬ第三者の介入の機会も増える。良いことが何一つない。
それに取っ組み合いになって困るのが、まず服が汚れること。喧嘩したのがバレたら、またまた家の恥だの、恥ずかしくて出歩けないだの色々言われてしまうから。まあ、完全に無傷というのが難しいこともあるし。
だから短時間で、簡単に沈められる技が必要で。短時間で沈黙させられる技が欲しいなと悩んでいたりして。そしてその頃長い髪の毛が喧嘩に邪魔だなって事に気がついた。取っ組み合いの時とか掴まれて引っ張られるとウザい。頭ががっくんがっくん揺れる。髪をつかんでどこかに叩きつけられたりする。罵声とともに。
それってとっても父親を思い出すから。馬鹿とか気違いとか出来損ないとか、父親の怒鳴り声が頭の中であふれてうるさくなる。だから嫌い。
なので長い髪も中学に上がる前後でばっさり切ってしまった思い出。肩甲骨のあたりまでは伸ばして、基本はポニーテールにしていたんだけど。手触りはいいし、柔らかいしいい香りもするから。もったいないかなとは思ったんだけど。
それこそ、普段はあまりかかわりのない友達すら、面白がってというか、いい手触りを求めて触りに来たりとか。勝手に三つ編みにしたり、編み込みにしたり。おさげみたいに分けてみたり。自分のヘアピンを刺したりしてきゃいきゃい笑ったり。
ついでにそのヘアピンをそのままくれたりもしたんだけど。とにかく邪魔だから。ばっさり切ったんだと思う。それこそ耳が露出するぐらいばっさりと。
確かその頃だったと思う。喉を潰す有効性に気が付いたのは。何で気がついたのかは、もう忘れた。ただ、少なくとも護身術の一環で教わった技ではないと思う。私の家の護身術は護身術というより逮捕術よりで、結構攻撃的ではあったけど。
少なくとも私は喉への攻撃を知らない。少なくとも教わってない。だから多分、自分の身体で色々試している時。何かの弾みで、自分の喉を勢いよくついてしまって。予想以上に痛くて苦しかったから。
痛くて無限に涙は溢れてくるし、苦しいし。それこそ悲鳴も上げられないどころか声も出ない。一瞬、一生このままなんじゃないか、なんて心配になるぐらい。なかなか痛みも引かないし。息もできないから喉を押さえて文字通りの七転八倒。
かなり威力は抑えていたはずなのにその有様。あ、これは使えると思って。色々実践を繰り返しているうちに、ある程度のコツを掴んだという訳。何しろ当時はどこもかしこも荒れてたし。
何しろ小学校はどこもかしこも学級崩壊していて当たり前、18禁のエアガンをもちこんで机を使って即席の機関銃陣地が廊下に出現するのなんてまだ可愛いほう。何なら廊下の端と端にそれぞれ機関銃陣地が出現した挙句、まだ18禁のエアガンが出回っていたりとかして。
その鎮圧のために対不審者用のポリカーボネートの盾を使う必要に迫られたりとか。あるいは本当に暴れて仕方がない同級生鎮圧のために刺股を持った教師が複数人必要になったり。中には刃物を振り回す生徒すらいるから、最終的には授業中、万が一の事態に備えて複数の刺股を持った教師たちと盾が教室に常備されるぐらいだったから。そりゃあもう。チャレンジャー、もとい実験体には事欠かないよねってお話でしかなくて。
小学校ですらそんなに荒れているのだから。ものすごく嘘っぽく聞こえるような荒れっぷりでも、一切の誇張抜き、むしろ抑制してるんだから救えないけれど。
小学校でそれなら、地元の中学なんてお察しで。窓は割れていて当たり前、中庭に使用済みコンドームが落ちているのも当たり前。何なら生で空き教室で盛っているのもまああること。何人も身体を売っているなんて噂は公然の秘密だって。そんな中学には進みたくなかったし、親としてもそんな中学には進ませたくなくて。その点では珍しく意見が一致して。
お堅い校風とその学力の高さ、地域でぶっちぎりの進学実績を誇る中高一貫校と、自由な校風と地域第二位の進学実績を持ち、いいとこの子が集まると評判の自転車で通える距離にある中高一貫校の二校を受けたって訳。ちなみに前者は落ちちゃって。珍しく母親が本気で泣いて。こんなに頑張ったのに、どうしてと。私は父親に親不孝者と叱られて。あーあって感じで。全然泣けなかったのだけれども。
まあ、そういう家ってやっぱり息苦しいから。小学校で唯一の息抜きとしては、無理を言って入らせてもらった地元の少年野球チームぐらい。でも私立に進むんだからと中学に入ってからも野球を続けるのは許可が下りなくて。いやまあ、家に帰るぐらいならどんな習い事でも最高に楽しかったんだけど。
塾に書道、お華にお琴。護身術にお茶。色々やっていて。護身術は役に立つし、塾も勉強自体は好きだったから。分からないところが分かるのって楽しいし、知らないことを知るのはやっぱり楽しい。だからか、なるほど理解したぞって快感は何事にも代えがたい。
それこそ成績がよくなくて怒られる原因だったから理数系は嫌いだったけど、純粋に学ぶ対象としての理数系は好きだった。しかも塾にはちょっとした小説コーナーが休憩スペースとしてあったから。
小説は何より好きで。空想の世界でなら私は間違いなく幸せだったし、何者にもなれたから。誰かの人生を追体験しているような気がして。家ではあんまり小説なんて読めないし、休憩時間でさえ読んでいるのがばれたらさぼっているとみなされるか、無駄なものを読んでいると嫌味や皮肉が飛んできたし。部屋が散らかっていると見なされたときの一番の処分対象は小説だったから。
まあ、学校自体も好きだったし。中学校に入ってからもちょっかいをかけられることは、まあ、あったし。なんでかは知らない。同じ小学校から上がってきた子も何人かいたから噂を聞いていたのかもしれない。ちょっかいをかけられるたびに返り討ちにするってことを繰り返していたら、微妙に居心地は悪くなっちゃったりもして。
ある時なんて、返り討ちにする直前に悲鳴を上げて逃げられて。それもキャー!みたいな可愛いものじゃなくて、助けて!助けて!誰か!殺される!いや!いやぁあああああ!誰か!誰か!誰でもいいから助けて!みたいなガチ悲鳴。
うるさかったのと、誰かに見られたら面倒なことになると思って。せっかく私立に入ったのに余計な騒ぎを起こさないでくれる、なんて思って。絶対面倒くさいことになっちゃう。本当に面倒くさいことをするなあってため息の一つや二つでもつきたい気分で。少しだけイラっとしちゃったから。
先に手を出しておいて、私が逃がすわけないでしょ。馬鹿にしてんのかな。私の話を聞いてちょっかいかけてきたもんだと思ってたんだけど。分かったうえでちょっかいかけてきたんだよね。それともわかってなかったのかな。まあ、どっちでもいいんだけど。逃げられるとでも本気で思ってるのかな。ひょっとしてなめてる、私のこと。逃げられると少しでも信じてるなら、見くびりすぎだなあ、それは。なんて。
少しだけ、少しだけイラっとしたから。よせばいいのに逃げ出したその子を追いかけちゃって。ぶっちゃけ、並みの女の子では勝負にならないぐらいには足の速さに自信があったから。
あっさりと捕まえたはいいけれど、それでも必死に逃げようとするものだから。いや、いや!放して!みたいに、今にも泣きそうな顔して。そうやってもみ合っているうちに関節が変な方に曲がっちゃって。本当に事故なんだけど。診断書を出さないように説得して、納得してもらうには苦労したなあって話なんだけど。
その件が噂になってしまって。ちょっとやばい奴みたいな目で見られるようにはなってしまったけれど。学校には図書館もあったし。友達もいることはいたから。だいぶ変わった子ではあったけれど。そこまで居心地は悪くなかったかなって。
お琴も習字も大嫌いだったしまるでコツなんてつかめなくて。何のためにやってるのかまるでわからなかったし。先生との相性も良くなかったから。よく怒られていたし、家でも怒られる種だったけど。家に帰るよりはよっぽどマシ。お茶はお菓子にありつけるし、なんだか性に合っていて。護身術は役に立つ要素しかなかったから。
でもやっぱり家には帰らないといけなくて。家出みたいな選択肢が取れないのはよく知っていたから。家出ができるって、とっても幸せなことなんだなってことを学んでいたから。ちょうどドラマで最終的に家出してハッピーエンドという連続ドラマがやっていたんだけど、いいなあという思いと。しょせんフィクションだなあという思いを抱えていたのをよく覚えていたから。逃げられないし、逃がしてくれない。
文字通り殺される未来が見えていたから。その場での撲殺か、よくて自裁の機会を与えられる。家名に対する悪影響を考えれば、よくて撲殺、悪くて刺殺か絞殺もあり得ると思っていたんだけど。衝動的ではなく、いや、衝動的ではあるけど明確な殺意をもって殺されるんだろうなって確信していたから。
だからこそ中学に入って深夜徘徊を始めた訳だけど。せっかく自転車通学になって。言い訳さえ用意しておけば門限なんてまだなかったから。
だから自転車を家において一生ふらついていた。隠し持っていたウォークマンとヘッドホンを身に着けて。馬鹿でかいヘッドホンと顔の半分はありそうな馬鹿でかい眼鏡、明らかな短髪でシルエットはなかなか面白かったけど。ここにマフラーとか付けたら面白そうとは思ってたけど、マフラーはしない主義だったから。首を絞められる要素しかないので。
それはともかく、そんな不格好な姿でどこへでも行くわけだけど。中には治安の悪いエリアもあって。夜に若い女の子が一人で歩くのは危ないというのは地域の常識になっている、みたいな。そんな場所に、地域でも有名な、いいとこの子が集まると評判の制服で入っていったら絡まれる事なんて分かってた。わかってた上で入って行ったんだから、多分、半分は狙ってた。
絡まれないなら未知の世界の探検ができて楽しいし、絡まれるのなら護身術の実験体になってもらえる、なんて。それこそ勝てなさそうだったり、やばそうなら逃げればいいだけだし。振り切るだけの自信はあったから。あまり土地勘がないのがネックだけど、まあ。そうそう私には追い付けないかなって。そう信じていたから。
まあ、実際最初のほうはよく絡まれた。明らかに浮いているし、明らかに場違いだし。あと私は本当にチビで、がりがりだったから。中高通してBMI17は一度も越えず。あと明らかに肉付きが悪いを通り越して、肉がついていなかった。指でつまめるお肉、身体の動きに合わせて揺れるお肉が一切ない。
起伏がないを通り越してほぼ平原。つるペタって言葉もあるけれど、文字通りのつるん、すとーんって感じ。今もそうだけどAを超えたことがない。そんな女の子らしくはない体つきだから。そりゃあ揶揄いたくもなりますよねっていう。
いや、別にいいんですけどねっていう。私は別に、女の子として見られたいわけではなかったし。むしろ女の子扱いされるのが嫌だった。女の子だからお淑やかにしなさい、優しくしなさい、細かいところまで気が利くべきです。男の人を立てなさい、男の人の三歩後をついて歩きなさい。
操は必ず守りなさい、辱めを受けるなんてもってのほか、辱めを受けるぐらいなら舌を噛むなり喉を突くなりなんなりして潔く死になさい。自己主張はほどほどに、他人に手を上げるなんてもってのほか。常ににこやかに微笑んでいなさい、声を荒らげるようなことなんてあってはなりません。一人前の淑女でありなさい。
それがゆくゆくは本家に入る女の務めです。そして本家に入り婿を取った暁には、男の子を生み。出来れば万が一の予備を考えて複数生み、よき母として夫を支え、本家の奥様として家を支えていきなさい。常に微笑み、常に穏やかに。夫を立てて生きていきなさい。それがあなたの運命です。逃げられませんし、逃しません。
そんな空気はひしひしと感じたし、そもそも性自認からして女だけではなかったから。男の時もあれば女の時もある、みたいな。厳密には100%男というより、あくまで男より、女よりという感じだったけど。そのどちらでもあるし、どちらでもないって時もあったし。だから私は肉体としては女性だけど、本当の私って何なのだろうという思いは常に抱えていて。そもそも本当の私っているのかな、みたいな。
基本、私はいつだってニコニコしていないといけなかったから。常に求められる自分を演じる必要があって。演じ方が下手なら叱られる。だから常に私の表層に求められる自分を貼り付けておく必要があるわけだけど、一層だけでは簡単にぼろが出るし、簡単にメッキがはがれる。
だから何層にも重ね掛けしていく必要があるんだけど。それに何層も重ね掛けしておけば、本当の私が今何を考えているかということもごまかしやすくなるし。何なら偽の私を演じて見せて、相手を誘導することだってできるようになる。
でも、そうこうしているうちに、そもそももともとの私ってどんなだっけ、みたいな気持ちになってくる。気持ちとしては重ね掛けした塗料が溶けて混ざって固まって、もともとの色が分からなくなるというか。あれ?あれ?あれれ?元の私って何ですか?みたいな。
でもさらに重ね掛けするニーズはあるから。まあ、いいか。そのうち分かるというか、思い出すでしょとばかりに何重にも重ね掛けしていって。上から上へと。どんどんと。際限なしに、ひっきりなしに。そうしたら元の私というのが全く分からなくなってしまった。鏡よ、鏡。私の正体はだあれ?みたいな。
いや、これが私かな、みたいな核はあるんだけど。いつの間にか私の中からいなくなっているというか。重ね掛けしていった結果、中核に私というものがなくても、私が成立してしまうというべきか。
気が付いたら舞台の上には何層にも重ね掛けされた私がいて、スポットライトを浴びている。そして薄暗い劇場の観客席、その二階席の奥のほうに、私はすっぽりとふかふかの座席に収まって。深紅のビロード生地の座席を撫でまわしては、退屈だなあとあくびを噛み殺している。
舞台の上の私はしょっちゅう演じ方が悪いと殴られ蹴られ罵られ。来る日も来る日も殴られ怒鳴られているけれど。たまに家から放り出されたりとか。でも、そうされているのは私じゃないし、みたいな。少なくとも本当の私ではない。
本当の私は今ここで遠くから劇を眺めている。安っぽいセットだなあとか。そのシーンもう見たよ、とか。いいかげんその演目飽きました。退屈なんですけど。た・い・く・つ!いい加減終わりにしません?面倒くさいです。もうどんな劇か分かりました。十分堪能しました。もう見なくても結構。帰っていいですか?なんて。そんな気分。
退屈だと本当に死にたくなるから。退屈で退屈で退屈で退屈な人生。すべてが予定調和で進んでいる。すべてが予定調和になるように進んでいる。正直、私が私を演じる必要はないわけで。そもそも主演が私である必要すらない。必要なのは、400年以上の歴史を持つ本家の存続。それに伴う人脈の維持。すなわち家名の維持。願わくば発展。
その本家が途絶えそうだからこそ、人が必要になった。よそから人を入れてもいいが、幸い分家、筆頭分家たる我が家に若い世代の人間が二人もいた。よそから人を入れて血を薄めるぐらいなら、女だが分家から引き抜いて本家に入れたほうがいい。男だったら一番よかったしそのまま当主につけたのだが。女ではな。
まあ、誰もいないよりはましだろう。将来的に婿を取らせて子供を産ませろ。男の子が生まれるまではトライアンドエラーだ。お前にはそれしか期待してない。そんなこと、言われるまでもなくわかっているから。
何の因果か最初から本家に入るのはほぼ私一択、みたいな空気で進んではいるけれど。別にそれだって確定ではない。私が駄目なら妹がいるし。妹が駄目ならよそから人を入れればいい。家に入りたがる人間なんて、正直、普通にいる。たくさんの候補からよさげなものを引っ張ってくればいい。それで何も変わらない。お家は安定、今後も名の知れた家として残り続ける。そんなこと、教えてもらわなくてもよく知っていたから。
しょせん私だって替えの利く部品。ただのスペアなんだって。綾波レイが「私が死んでも、代わりはいるもの」なんて言っていたけれど。まさにそう。私は、私たちは綾波シリーズ。代わりの利くスペア。綾波レイにはシンジ君がいたけれど、私には誰もいないから。誰も私のことなんて見ていないし、私を必要としていない。
そんなこともずっと昔に気が付いていた。それこそ物心ついたころから。まあ、私はよく言っても胎盤だから。次代後継者を産むための胎盤。よく言って子宮。ある意味間桐桜と似た立ち位置だけど、生憎間桐桜ほど優秀でもなければ希少価値もない。
正直、私が意識不明の昏睡状態になっても、生殖機能が生きている限り活用されるのでは、それこそFateシリーズの別作品のように、なんて斜に構えていたこともあるけれど。あれは当の本人である必要性があったから。私は私であることなど一度も期待されたことなんてない。ただの部品。
だからきっと、私が昏睡状態になり、生殖機能が生きていたとしても。待っているのは廃棄処分。よくて誰も見舞いに来る人もいないまま延命装置につながれ続ける。本当の終わりを迎えるか、経済的事情で維持が不利益と判断されるまで。
だから、私は夜の街が好きだ。深夜徘徊が好き。喧嘩も結構嫌いじゃない。喧嘩をしていると、なんというかワクワクする。自分の人生を生きているって気がする。この身体は私のものだって実感がわく。先手を譲り、やり返しているとき。私はまだ生きているんだって実感がわく。
それに、そうやって喧嘩をしていると、相手も私のことを見ていてくれる気がするから。私になんでちょっかいをかけるのかは知らない。どうでもいい。興味がない。
あるいはちょっかいをかけられても無視していたからかもしれない。あるいはそれこそ私の肉体に欲情するような奇特な人なのかもしれないし、案外私の顔が好みだったのかもしれない。別に極端に悪いという訳でもなし、見方によってはそれなりには整っているとも言えなくもないし。まあ、妹のほうがよっぽど整っているけれど。それはともかく。そんな相手の事情なんてどうでもいい。必要なのは私を見ているということ。
私を小娘と侮って、なれなれしく手を出してくるのが好き。もしくは、普通に真面目に仕掛けてくるのも好き。何かキレ散らかしているのを見るのも嫌いじゃない。大人にキレられるのは好きじゃないけど。特に怒鳴られるのが嫌い。勝手に体が凍り付くから。動けなくなっちゃう。心も思考も止まって。完全にフリーズしちゃうから。
でも同年代なら大丈夫。むしろなんか怒ってるなあ、なんて観察する余裕もあったり。相手がたくさんとなると大変だけど。
喧嘩を繰り返すうちに、色々手札も増えたけど。でもやっぱり喉を潰すのが一番好き。出が速く、刺しやすい。それに先手を譲っているうち、先手を譲ったほうがやりやすいこともわかってきた。
私はなんとなくだけど、相手が今どこを見ているか、気にしているか、注意を払っているかがわかる気がする。何を警戒しているか、何に備えているか。次に何をしたいか、とまではいわずとも、どうしたいのか、どこをつかんでどう殴りつけたいのかはなんとなくだけどわかる気がする。
ある種、意識の向き方というか。どこに意識を向けていて、どこにどれぐらいの強さで意識を向けているか、みたいな意識の濃淡のようなもの。
それを見ていて思った。攻撃は最大の防御なりとは言うし、それは間違いなく真だけど、獲物を撃つ時の狩人が一番無防備だというのもまた真なんだって。
要は、攻撃するときって、攻撃に意識が向いてしまうから、どうしても防御がおろそかになる。守りという意識が薄くなる。あとは。守りの薄くなった急所を打ち抜けばいい。私の筋力的に狙いは急所に絞らざるを得ない以上、急所の守りが一番薄くなるタイミングを狙える、先手を譲る方針というのはなかなか以上に効果的だった。
何しろ真正面から不意をつくのって意外と難しいから。慣れ親しんだ相手ならともかく。知らない相手がどれだけにこやかに近づいてきたところで、相手がどれだけ弱そうに見えたところで。相手は少なからず警戒する。
特に降りかかってくる火の粉を払っていれば、多少噂ぐらいは立つから。どうしても警戒は厚くなる。急所を積極的に狙ってくる奴という話まで聞いていれば、ますます守りの意識は濃くなる。正直とってもやりにくい。それに先に手を出すのは主義に反する。だったら先に手を出してもらったほうがよっぽどやりやすい。ただ、それだけの話。
私は喉を潰すのが好き。出が速く、狙いやすい。あまり大きな力もいらないし、大きな力を入れるべきでもない。動きが悪くなるし、気取られやすくなる。人って意外とそういうのに敏感だから。殺気というか、外から向けられる害意、敵意というものに。
あと、力を込めて喉を狙うと、喉も急所の一部だから。急所って得てして脆いから。ケガをさせかねない。ケガは面倒くさい。夜の街では、ケガさえさせなければ大体何とかなるとは思っているけれど。誰だって面倒事はごめんだし、痛いぐらいで喚いていてはどうしようもない。沽券にもかかわってくる。
でもケガはだめだ。治療に行けば記録が残る。あとケガをさせるのはさすがにやりすぎ、みたいな暗黙の了解もある。袋叩きにされても文句は言えないし、何より警察を呼んどくか、ちょっとまずいよ、やりすぎだ。手に負えないみたいな空気にもなってしまう。
警察沙汰はごめんだ。実家に連絡がいったら私が殺される。文字通り消えることになる。バラバラに刻まれて。森の中か山の中。あるいは海の中で魚のえさ。そういうことが冗談ではなくできる家だとはなんとなく思っているから。
だから私は本気を出さないし、本気を出さなくてもいい喉を狙う。それになんだかスマートだ。刺さりさえすれば一撃でカタがつく。喉を押さえて膝をついてうずくまる。頑張って息を吸おうと暴れてみる。のたうち回る。
でも、そう簡単には復帰できないから。正直、喉を潰しさえすれば無力化したも同然。ものすごく頑張って復帰したとしても、動きは悪くなる。そもそも復帰したことなんて片手の指で収まるというか、片手の指ですら多すぎるぐらいだから。
それに喉を潰すのは静かだ。馬鹿みたいな悲鳴も上げない。ただ静かに、せいぜいひゅー、ひゅーというか細い息をするだけになる。涙目で必死に喉を押さえて、蹲っているだけ。あるいは必死に息を吸い込もうとよだれを垂らしているだけ。本当に静かなもの。タマを潰したり腎臓を狙うと、痛みが強烈な分ものすごく騒ぐ。のたうち回る。暴れる。たまに泣いちゃう。
なんかとても酷いことをしてしまったみたいで、なんか申し訳なくなる。あー、ごめんね?やりすぎちゃった、みたいな。だからタマも腎臓も積極的に狙いたくはない。何しろ腎臓は人体で一番苦痛を感じる部位らしいから。外部からの打撃によって、だけど。人によってはみぞおちを狙ったりもするみたいだけど、みぞおちを殴ってダウンを取るには、かなりの腕力が必要だから。
あと、かなり狙いにくい。腎臓よりはまだ場所としてはわかりやすいけど、正確に打ち抜かないといけないし、少しでもずれるとただの腹パンになってしまう。ちょっと痛いだけ。全然沈んでくれない。相手に反撃の機会を与えることになる。
だから私は喉を潰す。狙いは多少雑でもいいのがポイントだ。それに、結構不意をつきやすい。あまり喉が急所とは思われていないからかもしれない。あと純粋に狙いやすい。私が肩に自信があるからかもしれないけど、結構伸びる突きだと思ってるし。体格的にも腕を伸ばせば自然に喉に届く。
だから、何気ないしぐさで。技の出を気取られずに最短で喉を狙える。気分は剣道の突きだ。剣道はそんなに詳しくもないし強くもなかったけれど。突きだけはやっぱり自信があって。ふいっと踏み込んでトンっと喉を突く。踏み込みさえ気取られなければ、喉には届く。必要なのは適度な脱力。身体のバネを活かした踏み込み。
それでいて、足は叩きつけず。音を立てず。雲を蹴るように軽やかに踏み出す。散歩でもするような気安さで。余分な力みは敵だ。余分な力みは身体をこわばらせる。余分な力みは動きを妨げる。地面を震わせる勢いで足を叩きつける震脚とはわけが違う。むしろその逆。どちらかというと脱力こそが重要な縮地に近い。力を抜いて、力を入れて踏み込む。軽やかに。雪の上を跳ねるように、弾むように。ただ、踏み込む。それだけのこと。それさえあれば、不意をつける。技の出を潰されずに済む。
あとはどれだけ自然に踏み込めるか。自然に脱力して、どれだけうまく力を流せるか。どれだけ身体の各所に効率よく力を伝えられるか。自然体から踏み込みへのラグをなくすか。踏み込んだ後の突きへの移行をどれだけ滑らかにするか。問題はそこだけ。問題というのは限定すればするほど解決は容易になるし、対策というか、訓練も容易になる。意識するのはそこだけでいいのだから。
だから、結構喉を潰すのは得意だった。それこそあとになって、あいつの突きは見えない、目で追えない、気づいた時には届いている、と評してもらえるぐらいには。基本的に防がれたことはない。明確に防がれたのは、父親ともみ合ってるときに、今なら腕を折れると思って折りに行って失敗して。明らかに腕を折りに行ったことに気づかれていたから。逃げる時間稼ぎのためにも、仕方がないから喉を潰しておこうとした時ぐらい。その時は完全にカウンターをきめられて沈められたけど。それ以外で防がれた記憶がない。
私は、喉を潰した瞬間が嫌いではなかった。明らかになめてかかってきた相手の喉をカウンターでつぶした時の、あの何が起こったのか分からないという驚きの表情。息ができないことの恐怖。襲ってくる激痛への混乱。思わずガクリと膝をついて喉を押さえ、必死に息を吸おうとするけれども、全く身体が言うことを聞かない時の苦しみ。涙目というか、どこか引いたような、怯えたような、あるいは明確に怯えを孕んだ目で見上げてくるその視線。生きているって感じがした。私だけを見てくれているんだって。今は私だけを見てくれているんだって。
痛いね、苦しいね、可哀想だね、ごめんね。そう言ってしゃがみ込んで頬をなでてあげたり、頬に手を当ててあげてもいいのだろうけれど。流石にそれは演出過多というか。ちょっと格好つけすぎかなっていう。中二病みたいですこし嫌。
それに万が一ガッツを出して反撃されたら回避もできない。多分無理なのはわかっているけど、それでも念には念を入れて。それに、そんなことをしたらだいぶ面白人間になってしまう。面白人間というか、明らかにやばい奴。ミス・アンタッチャブルを通り越して歩く危険物。どんな報復が待っているかわかったものじゃない。流石にその未来は避けたかったから。
だから、私は無力化を確認したら撤収する。ヒットアンドランってやつ。それに私は、こちらに害意を向けない限りは手を出さないし、手を出させるようにしむけたりもしない。あくまで私の技術は護身目的なんだから。わざわざ恨みを買って歩く趣味もない。わざわざガソリンをまいて歩いて、手に負えない火事にする気もない。手を出されそうだから潰すだけ。私は危険を排除しているだけ。
そういう方針を貫いていれば、やがてなじみのグループとかなじみの人間も出来て。一緒につるんだりもするようになるし。一緒に遊んだりもするようになる。カラオケとかボウリングとか。ゲーセンとか。
そうやってつるんでいれば色々家の話とかで盛り上がったりもするし、よく話すメンバーとかも生まれる。いわゆる仲のいいやつ。それにそうやって顔なじみや顔なじみのグループが増えれば、評判も広がる。あいつは手を出したら面倒くさいが、手を出さなければ何もしてこない。余計なちょっかいを出すな。余計なちょっかいを出すのなら、まず俺がそいつを潰してやる。みたいな。よせ、手を出すな。面倒事に俺を巻き込むんじゃあない、とかも。そういう目線で見られるのは悪い気もしなかった。なんか、認めてもらえたみたいで。
そうやって人の縁が広がっていけば、次第にお願い事をされることになる。すまんがメッセンジャーを頼まれてくれないか。うちの新入りが向こうのグループにいらんちょっかいをかけてしまった。うちとしては大事にしたくないし、詫びを入れて手打ちにしたい。でも噂だと結構向こうは苛ついていると聞いた。そこに俺がいくと面倒くさいことになる。かなり荒れる未来が見える。あんたは向こうのグループにもなじみがいると聞いた。詫びの席を設けたいから、その交渉を手伝うというか、詫びを入れたがっている、手打ちにしたがっているということだけでも伝えてくれないか、みたいなことはちょくちょくある。
明確にどちらかに肩入れしているというか、明確な関与というのはいろいろ面倒くさいことになるから、あくまでこちらでどこまでかかわるかは調節させてもらう、みたいに条件を付けることも多かったけれど。
よっぽどなじみのグループ、仲のいいグループが巻き込まれない限り積極的な関与はしない。あくまで私は部外者だ、第三者だという立場は崩さなかったけれど。それでも結構それが許されていた思い出。時には口だけは挟んだり。アドバイスをさせて貰ったりとか。
そういうのは楽しかったけれど。やっぱりまた違った生きている感じがして。私はここにいるんだというか、私は何かできているんだ、みたいな。喉を潰すのとはまた別のどきどきがあったりして。
高等部に上がる頃ぐらいで門限ができてしまって、もう二度と深夜徘徊はできなくなってしまったんだけど。自傷もかなりひどくなったし、家にいるのがどうにも嫌で、古い友達の家に入り浸るようになった。結構名の知れた家の子で。そうしたら、ある日いきなり押し倒されてレイプされ。その時に培ってきた護身術や、喉を潰す技術がまるで使えなかったこともあったりするんだけど。それはまた、別の話。
そのころからだいぶ時が流れた。私はもう今年で30歳。大学院まで進んで、結局大学院を中退し。社会人になり。色んなことがあった。ほぼほぼ本家に入ることが確定している。ある種のモラトリアムも兼ねて、あとは家の都合で大学にも入りなおした。二度目の大学生活を満喫している。もう、人の喉を潰すこともない。
一度目の大学生活の頃は、あまりに仕送りがしょっぱくて。まともに生活なんてできるわけがなくて。1日2食に飲み物は水道水という生活ですら贅沢すぎるぐらい。だからせめて教材費だけでも確保したくて、お声がけされた売春グループにはいったりとか。昔のことを思い出してパニックになって身体を売れなかったこととか。
ものすごく怒られたけど、事情を話したら何とかグループに残ることが許されて。ある種の裏方、兼交渉役として。おいたをしたり、どうしても代金を払おうとしなかったり。マナーを守れないようなお客には必要に応じて喉を潰すこともあったし、喉を潰されのたうち回るお客の顔にタバコの煙を吹きかけてやったり。そして、そうした揉め事自体を無かったことにしたり。
私のいた売春グループは、その大学に根差したかなりローカルなもので。それなり以上には有名な大学だったから。それこそ、ある分野を真面目に学びたいなら目指すべきだし、少なくとも全国でもその分野なら5本の指には入るぐらい有名で大きな大学だったから。だからお客も、その名前に傷をつけたくない人ばかりだったし。そういうあまりヤバくなさそうな客層になるようにみんなで頑張って調節してた。それでも中にはやっぱり困った人も紛れ込んではしまうけれど。それはしょうがないかなって。
だから、私は売春グループの仕事がある日は。売春グループのバイトがある日は。仕事場の近くのカフェに陣取ったりして勉強したり小説でも読みながら待機してた。基本服装は真っ黒くろすけ。スカートはあまり好きじゃないから基本パンツスタイル。スキニーパンツってやつ。まあ、純粋にスカートは走りにくいというのもあるんだけど。色々と動きにくいし。色々と動かしにくい。どうしても身体を動かす場面は多いから。だから靴もいざという時に走りやすい靴。動きやすい靴。ちゃんとしたスポーツ用品店で専用の器具で足のサイズを測ってもらった上でしっくりくるのを選んだ。ぶっちゃけ相当いいやつ。少なくとも相当動きやすいやつ。
髪を染めたりとかピアスにも興味はなかったから、全身真っ黒。首から銀のクロスをかけているぐらい。まあ、そのクロス自体割と大ぶりで。純銀製、に見せかけたタングステン製。タングステンは重金属の一つだから、見た目以上に相当重い。首から下げていると、下げているな、というのがわかるぐらい。
正直、ネックレスにしては重すぎる。それでもそのクロスを愛用していたのは、銀ではなくタングステンだから汗で錆びないのと。戦車の徹甲弾の弾芯に使われるほど硬く、重い金属だから。チェーンを握って振り回せばちょっとした武器になるかなって。さながら暗器。試したことはないけど、多分充分に振り回して叩きつければ、車のフロントガラスぐらいなら割れるだろうし、並みの窓ガラスなら多分割るんじゃなくて貫通する。そんなことができそうだったから。あとは話のネタというか、ウケ狙いの部分も間違いなくあるけれど。関西人のルーツは間違いなくあるから。
まあ、そんなこんなで基本全身黒づくめなのは、別に名探偵コナンの黒の組織に憧れたという訳だけでもなくて、というのは少しばかりは冗談にしても。威圧感を与えられるかな、と思ったのと。もとより黒が好きだから。黒と銀の組み合わせってかっこいいなって、昔から憧れがあったし。まあ、小説とか映画の影響なんだけど。それに黒って汚れが目立たないし。自傷を結構する人だから。ついた血が目立たないのもいい。血の汚れって他の汚れとは明らかに違うし、目立ってしまう。お巡りさんもそういうところには目をつけてくるから。まるで誰か傷つけたんですか、みたいに勘違いされちゃう。そうした誤解を解くのって大変だから。だから万が一血がついてもいいように真っ黒くろすけ。
そうやって近場で待機しつつ。万が一の連絡に備える。お客さんに連絡を覗き見られてもいいように連絡は符号で行いつつ。私に現場に来て欲しい時は飴ちゃん買ってきて、と送ればいい。何がいい?と返せば「了解、すぐ向かう」と「状況教えて」の合図。イチャモンをつけられて困っている、料金を払わずゴネているという時ならチュッパチャプス9本は欲しいな。9、即ちクレームのク。あんまり詳しくは書かないけど、そんな形でやり取りしてた。そして着いたら交渉の時間。否が応でも交渉のテーブルには着いてもらうけど。あとはお話するだけ。本当にお話するだけ。
私たちは大事にしたくない。向こうも、私たちみたいなのを買っているって知られたくない。つまり大事にしたくないのは向こうも一緒。だから分かってくれますよねって微笑みかけて。分かってくれると信じてますよ。だってお互い人生大事じゃないですか。幸せに生きて、幸せに死にたい。それが人間の性ってもんです。一般論ですけどね。何もなかったでいいじゃないですか。それで万事おっけー。ちょっとした社会勉強とでも思っておいてくださいよ、ね。なーんて。
座り込んじゃったお客さん。しゃがみ込んじゃったお客さん。怯えたように見上げるお客さん。さすがに頬をなでてあげたりはしないけど。なんかばっちい気がするので。いや、もちろんグループの子にはそんなこと思ったことなんて一度もないんだけど。だってお仲間だし。でもお客さんは別。すごくばっちい気がする。特にあの目というか、雰囲気が。こんなことを言ったら客商売としては失格なのかもしれないけれど。ばっちいものはばっちいんだし、仕方がないかなって。
それに、私は本当にばっちいものをたくさん見てきたから。本当にばっちいものには、たくさん見守られてきたから。世間の人たちとかは、私たちをばっちいもののように扱うけれど。そこまで考え、思わずふふっと小さく笑ってしまう。本当にばっちいのはどっちなのかな。なーんて。そんなことは言わないけれど。言うわけがないし、言えるわけがないんだけど。だからといって、まあ。頬になんか触れてあげないんだけどね、なんて。私はそこまで優しくなんてないんだから。
そうしてすごく自然な、穏やかそうに見える笑みを浮かべて。逃げられませんよってにっこり笑って見せて。逃しません、が正しいんですけど。なんて言いながらお客さんの前にしゃがんで。タバコをこれ見よがしに咥えたりして。ゆっくりと火をつけて。時間をかけて丁寧に。まあ、演出は大事だから。しっかりと目線を合わせて。じっ、と。目の中の中。瞳の奥を覗き込むようにして。決して目線を外すことなく。ふぅううう、と。わざとらしく長々と、そう、長々と煙を吐き出したりして。
ま、そもそもそんな余裕ないと思いますけどねー。逃げたら次は本気で潰します。結構痛いですよ。さっきのよりずっと。そんなに試したことないから知りませんけど。そういうの、あんまりやりたくないですし、そういうの好きじゃないんですけど。仕方がなかったってやつです。みんな自分が大切ですから。私には私の人生。あなたにはあなたの人生がある。運が悪かったってやつです。ご理解いただけますよね、なんて。
そうやって最後に嫌味たらしく、わざとらしくタバコの煙を浴びせたりして。嫌味だとわかるように、しっかりと。なんなら相手が咳き込むまで深く、長々と。そして仲直りのしるしとばかりにタバコを差し出す。生憎、他の子たちみたいにデコってないライターだけど。ただの百均のライターだけど。そっと火を差し出してあげたりとか。まあ、みんな納得してくれるから。反省もしてくれるし。だから、何も起こらなかったことになる。何もなかったことにする。そんなのもお仕事の一環だったけれど。
もう、ここ5、6年は誰の喉も潰してない。だいぶ、腕が錆びついている自信がある。多分、かつてのようには腕を振るえない。正直、何かあったとして無傷で相手を制圧して、私も無傷でいられるかと言われたら少なくとも絶対に無理だ。昔みたいにはできない。でも、それでいいと思っている。それでいいと信じている。昔は昔。今は今。前に進むべき時が来たのだろうとはわかっている。
それでも無性に懐かしくなることがある。無邪気に、対等な立場で喧嘩して。喉を潰したり。仲のいいみんなと無意味にだべったりして、くつろいで。誰かのお客のくそみたいなエピソードに笑ったり。あるいは一緒に愚痴を言ったり。家の悪口を聞いて。家の悪口を言って。一緒に家を呪って。人に頼って頼られていた、あの懐かしい深夜徘徊をしていた時期を。とても懐かしく感じることがある。
目を閉じればいまだに思い出せる。かつて深夜徘徊していたころ。苗字なんて忘れたし。そもそも名乗ってもらった記憶もないけれど。あだ名か下の名前で呼び合って。コンビニ前でたむろして。誰かが臨時収入が入ったと言って人数分のあんまんを買ってきたりして。一緒に買った冷たい缶コーヒーで乾杯して。
あんまんに缶コーヒーは合わないでしょ!とか、このコーヒー甘いよ、ゆな!私無糖がよかったのに!甘いもの食べてるのに甘いの飲むって何!みたいな。そうだぞゆーな!そもそもあんまんと缶コーヒーって明らかに合わないだろ!事故だ、事故!しかも今、冬だぞ!せめてホットにしろよ!なんて。そう言ってみんなで笑って。ゆーがごめんごめんと照れ臭そうに笑ったり。そんな思い出はいっぱいある。
今でも鮮明に思い出せる。あの甘ったるい缶コーヒーの味。凍えるように冷たい缶コーヒーの缶。冷やしすぎだ、ばか!って誰かが言って。ちゃんと冷やしてくれてるの、感謝しなさい。夏にぴったり。気が利いてるじゃん、なんて言って。今、冬なんですけど⁈みたいな素っ頓狂な声に爆笑したり。
もう名前も顔も思い出せない子も多いけど。それでもあの温かかったあんまんも。温かいを通り越して熱々だったから、冷ますために二つに割って。ふわっと広がった湯気とか。どこかべちょっとした生地も。ふんわり広がる甘い香りも。熱々のまま頬張ったあの味も。全部全部覚えている。
だから。正直懐かしく思う。あれもあれで、一つの青春の形だったのではないのかなって。たとえそれが、青い制服や補導員に怯え。おまわりが来た!補導員だ!そんな叫び声に弾かれたように走り出して、一生懸命撒いたり。時に隠れたり。あるいはいち早く接近に気づけた時には、目立たないようにサインを出して。何気ないそぶりでパトロールエリアを離れたりするようなものであったとしても。警察官や補導員が去り、完全に戻ってこないことをそれぞれが確認して。三々五々元いた場所に帰ってきて。
いや、さっきのはヤバかった。さっきのパトカー私たちを狙い撃ちにしやがった。パトランプもわざわざ切りやがって。エンジンも絞ってやがったな、とか。えー、ほんと?パトランプは切ってやがったけど、わざわざエンジンまで絞るか、ふつー?そしたらマジでウチら狙い撃ちじゃん。マジだよ。サイレン鳴らされる直前まで誰も気づけなかっただろ。誰もエンジン音なんか聞いてない。ハイビームで照らされるまで誰も気づかなかった、なんて。確かに、最悪じゃん。マークされてたってこと。ウチら何もしてないのに。もっとヤバい奴らいるじゃん。そっちパクりにいけよ。何でウチらなんだよ、とか話したり。
知らねーよ。年末近いし、点数稼ぎってやつだろ。前もあった。確かにそーだけどさー。最悪じゃん。もっと人数が多かったらヤバかった。マジでヤバかった。マジで詰んでたかもしれん。確かにね。点数の独り占めでもしたかったって訳?あいつらが馬鹿で助かった、なんて愚痴りあったりして。あれ、ケータ見ないな。どした?ああ、パクられてんの見たよ。かわいそーに。あーあ、間抜けなやつ。あいつは足が遅いしトロいから。いつかパクられるとは思ってたけど。ご愁傷様。帰って来れんのかね、あいつ。みたいに捕まったお仲間を心配したり。
さあ?まあ、待っててやることぐらいはできるだろ。でもこのエリアどうすんの。マークされてるならまずいよ。でも捨てたらケータ帰って来れねーだろ。しばらくは様子見だ。動くのは本腰入れてマークされてるときだけでいい。それから先のことはケータが帰ってきたら考える。それでいいだろ。そん時は誰か、なんか奢ってやれ。出所祝いだ、なんて言って。クラッカーとケーキが必要だな!って誰かがおどけて。ねー、澪!ケータ帰ってきたら逃げ方教えてやんなよ。あんたが一番足速いし逃げんの上手いんだからさ、なんて言われて。
そーだね。帰ってこれたら教えてあげるよ。コツとかさ、なんて言って。みんなでパクられたケータに黙祷したり、逆に安らかに眠れ、ケータ、なんてふざけて乾杯したりとか。世間一般からしたら、ろくな思い出ではないのかもしれないけれど。あれは、紛れもなく私にとっては大切な、かけがえのない青春で。ケータには結局逃げ方を教えてあげられなかったけれど。そもそも、ケータが帰って来れたのかも知らない。だって、門限ができちゃったから。二度と深夜徘徊を出来なくなっちゃったから。正確には、一度だけ門限破りをしたけれど。随分酷い目に遭っちゃったから。だから、それっきり。それでも、あれは。私にとっての青春だから。
もう、あの頃には戻れないけれど。どれだけ戻りたくても戻れないけれど。コンビニであんまんのケースを見るたびに思い出す。楽しかったなって。懐かしいなって。
みんながいま、どこで何をしているのかなんて知らないし、知ることもできない。そもそも知りたくもないけれど。きっとどこかで頑張っているのだろうから。きっと一生懸命生きているのだろうから。
だから私も。いつかは死ぬ命だとしても。いつか殺されるか自裁を迫られるか。あるいは全部嫌になって自分の始末をつける日が来るにしても。きっと私は天寿を全うできないだろうことは薄々気づいているから。自殺か、「自殺」か、「いなくなる」。
でも、どうせみんないつかは死ぬのだから。みんなに会えなくなってから、こんなことがあったんだとお土産話も持っていきたいし。だから。出来るとこまで頑張ってみますか、なんて。そんなことを思う日も、あったりなかったりする。それが私の青春の一ページ。