前編:先攻、西片
後編:後攻、高木さん
久しぶりに高木さんが西片の部屋に遊びに来たその日。
またしても勝負が始まった。
西片の勉強机の横に置かれた小さな置き時計が針を進める音がカチっと鳴った。
そんな小さな音が今の西片の耳には聞こえてしまう。
今、西片の視界が完全に塞がれているせいで聴覚が鋭敏になっているのだ。
視界を奪っているのは、高木さんが持参した厚手のアイマスクだ。
「全然見えないよ、高木さん……真っ暗だ」
「ふふっ、見えたら勝負にならないでしょ? ルールは簡単。西片はその場に座ったまま、手の届く範囲にあるものを触って、それが何かを当てるだけ。正解したら西片の勝ち。当てられなかったら、私の勝ちね」
床の上に正座した西片は、ごくりと唾を飲み込んだ。いつものことながら、高木さんの持ちかける勝負には何か裏があるに違いない。文房具か、あるいは何かびっくり箱のような仕掛けか。
「じゃあいくよ。西片、手を前に出して」
「こ、こう?」
「うん。ほら、コレは何でしょう?」
高木さんの声が思っていたよりもすぐ近くから聞こえた。
衣擦れの音とともにわずかに甘いシャンプーの香りが鼻先をかすめ、西片の顔の横を通り過ぎていく。
西片はおそるおそるといった感じに指を前方に向かってに差し伸ばした。
空気中を泳ぐ感覚のあと、指の腹に不意に何かが触れた。
柔らかい感触。
思わず指で摘まむとフニフニとしていて、ほんのりと温かかった。
微かに湿度を感じる。
明らかにプラスチックとかゴムのような人工物の手触りではない。
かといって平坦ではなく複雑な起伏があり、柔らかい溝……というか、妙に凸凹がある。
な、なんだこれ……?
温かい……?
体温?
でもこの柔らかさは……。
指先で触れているだけではさっぱり要領を得ない。
もっと周りを含めた全体を確かめようと西片が無意識に身体を前へと傾け、手の触れられる範囲を広げようとした瞬間だった。
「あ、そこでストップ。身体を傾けるのは反則ね」
ぴたりと制止の声がかかる。
「えっ、でもこれじゃ届かないよ!」
「ダメ。その位置から、指先だけで当ててね」
高木さんの言葉に西片は歯噛みした。
反則と言われては引き下がるしかない。
前のめりになっていた姿勢を戻し、腕をピーンと突っ張らせて、ぎりぎり届く範囲で指先を動かした。
指の背と腹がその謎の物体を慎重になぞる。
凸凹した溝のようなものは薄くて、それでいてしなやかで、弾力はあるが触れるたび形が変わった。端の方をつまむように触れると、ふにゅっと驚くほど柔らかくて暖かな体温が指先を通して伝わってきた。
指先が複雑な形状の溝の隙間にほんの少し入り込んだ。
「あっ……」
小さくて、でも熱い吐息の混じった声が近くから漏れた。
思わず西片の指がピクッと止まる。
え……?
高木さんは何も言わずに黙りこくってる。
でも動いてないわけではない。
西片に触られた部分の影響で身じろぎでもしてるのか、ほんの微かに高木さんの制服の生地が擦れる音だけがしている。
「…………」
気のせいかと思い、もう一度確かめるように指先を動かした。
柔らかいような堅いような妙に弾力のある凸凹した溝の部分を指先でそっとなぞる。
集中しているせいで、指先にはかすかに産毛のようなすごく繊細な感触が伝わってくる。
「……んっ」
絶対高木さんの声だ。
聞き間違いではない。
震えるような息づかいが高木さんの口から零れ落ちた。
なぜ声が微妙に震えてるのかは西片にはさっぱり分からなかった。
分からないがこの勝負を果たして続けて良いのか、続けたら大変なことになるような予感がした。
だけど自分でもよく分からないけど、この体温を感じるやたら繊細な部分からなぜか指を離せない。
「どう……んっ、したの? 降参かな? あっ……」
高木さんの短い吐息のせいで西片の背筋に冷や汗とは違う熱い電流のようなものが走りまくる。
心臓の鼓動が跳ね上がり、耳の奥で心臓の音が激しい音を立て始める。
だけど降参など最初から選択肢にない。
高木さんに勝ってぎゃふんと言わせるのは西片の最早至上命題だ。
ぷるぷるしてるこの部分がさっきより弾力が上がってるような気がする。
触り、なぞり、つるつるしているのに妙に湿度を感じる襞のような部分をゆっくりと押す。
こんな凸凹している部分は確実に高木さんの身体のどこかにある場所なのだ。
凸凹した襞の隙間に指の先端をほんの僅かにめり込ませる。
全く見えないけど、この先に、もっと奥まで続く穴が開いているような気がするのだ。
でも今の姿勢を保ったままではこれ以上奥を探れない。
「──あっ、あっ、……んぅ!」
西片はゆっくりと指先を回転させた。
もう高木さんは声を漏らすのを止められなくなっている。
正座している両膝をぎゅっとくっつけて、指先に伝わってくる穴の内側の感触の解像度を気合で上げていく。
「あぁ…………あぅっ!」
指を捻りながら穴の入り口に飛び出てる小さな突起のような粘膜をコリっと刺激すると穴全体がビクリと震えた。
柔らかくて、これほど入り組んだ複雑な形をしてて、触ると高木さんが……こんなになるなんて!?
「あっ、あぁっ、ああああっ!」
指先が触れている穴が不規則に動いている。
決して傷つけないようにフェザータッチを心がけながら西片は触っている何かが何なのか確信を高めていく。
「あぁああっ、あっーーーーー!!」
「くぅ!」
高木さんの声を聞きながら西片は正座している両膝を限界までくっつけて抑え込んで耐えた。
頭の中の思考が急速に白く濁っていく。
平常心を維持するのが難しい。
指先に全神経が集中し、触れている場所が急激に熱を帯びていくような錯覚に襲われる。
これ以上触れ続けていいのかという思いで西片の顔は完全に茹で上がっていた。
「……はい、おしまい」
突然、指先に触れていたものがすっと遠ざかった。
高木さんの何かに触れていて熱くなっていた指先が急速に冷えていく。
「ふぅふぅ……あぁっ…………さあ西片、さっきまで触れていた正体は……んっ、なんでしょう……か?」
高木さんの声は僅かに震えていたけど、悪戯っぽい感じが再び戻ってきていた。
西片は荒くなった呼吸を必死に抑え込みながら真っ赤になっていた顔を伏せた。
視界が塞がれている分、さっきの手触りと耳に残った吐息の感じが頭の中で何度も再生される。
こんなの絶対に一生忘れないだろ。
震える唇をなんとか動かし、高木さんの問いに絞り出すように答えた。
「……耳?」
数秒の沈黙のあと、アイマスクの向こうでクスクスと楽しげな笑い声が弾けた。
「ふふっ、正解」
アイマスクがふわりと外され、部屋に差し込む夕日の明かりが目に飛び込んでくる。
目の前にはいたずらっぽく目を細めて微笑む高木さんの姿があった。
西片が赤面したまま固まっていると、高木さんはむき出しにしていた耳を再び西片に近づけてきた。耳の外耳孔のすぐ外側に耳珠と呼ばれる他より堅い部分が飛び出して、ほんのり赤くなっていた。
そう、これだ。このクリクリっとした芯のある堅さでこれが耳だと確信できたんだ。
「で、勝負は私の負けだけど……西片は…………どうしたい?」
そう言って高木さんがクスクスと楽しげに笑ってる。
けど高木さんの顔も西片に負けず劣らず赤くなったままだ。
「そんなの……決まってるよ」
先攻が自分だったのだから、次は後攻で高木さんの番だ。
「ふふ、じゃあ次は目隠しをするのは私の番なのね」
周囲が全く見えなくなる厚手の目隠しを高木さんが自分でつけた。
そして期待を込めた表情を西片に向ける。
「西片は何を触らせてくれるのかな? 今、私何も見えてないから何を触らせられてもきっと分からないんじゃないかな。ふふ、すっごく楽しみ」