これは何? 作:名無し
周囲が完全に見えなくなる厚手の目隠しを自分でつけながら、何がそんなに面白いのか高木さんがくすくすと笑ってる。
「西片は何を触らせてくれるのかな? すっごく楽しみ」
床の上に座り直した西片は、自分の顔面が沸騰したやかんのように熱を帯びているのを自覚していた。
さっきの勝負で耳の奥に焼き付けられた、高木さんの震える声や熱い吐息。
あれは西片の頭の理性をぶち壊す出来事だった。
指先に触れた感触がまだ頭に残っていて、心臓の早鐘がまるで収まらない。
あんな声を聞かされて……完全に高木さんの掌の上で転がされてた……!
目隠しをされて動揺しまくってた僕のメンツはボロボロだ!
勝負に勝ったとはいえ、実質的には大惨敗じゃないか!
このまま引き下がるわけにはいかない。
絶対に、何がなんでも、あのすました顔を真っ赤に染め上げてやり返さなければ気が済まない。
何か……何か高木さんの動揺を誘うような、とんでもないものは……。
「西片、何を選ぶかで悩んでるの?」
「まあね。高木さんが絶対に分からないものを考えてるんだ」
「ふーん……特別に西片にハンデをあげようか?」
「ハンデなんかいらないよ」
公平な勝負じゃないとそれこそ意味がない。
「……ハンデじゃなくてルールの追加かな。当てられなくて外したら、それが何だったのか内緒のままにしてもいいってことにするね」
「そのルールだと、当たっててもオレが外れって言ったら確かめようがなくなるんじゃない?」
「西片はそんなことするの?」
「もちろんしないよ。だから意味がないように思えるけど?」
「そうね、意味がないかも」
そう言いつつ、普段の高木さんよりなぜか顔が少し赤い。
「まあ特にオレが有利になるわけでもないし、いいよ、そのルールで」
「決まりね」
高木さんからの変なルールの追加を認めながら唐突に閃いた。
これだ!
閃いた瞬間、悪魔的な作戦が頭の中で完成した。
西片は決意を固めると立ち上がって勉強机の引き出しを開けた。
引き出しがガタっという音を立てる。
買ったのは良いけど使う機会がなく、ずっとしまったままだったが使うなら今しかない。
西片は机の引き出しからそれを取り出し、パッケージの封を切った。
プラスチックの封が破れる音が室内に響く。
見れば高木さんの顔はアイマスクで隠れているが、なんとなく不満そうな雰囲気を醸し出している気がする。音で小細工をしているのは分かるだろうから、それが不満なのだろう。
だけど小細工もこの勝負のうちだ。
西片は準備を終えると元の位置へと戻った。
眼下にはアイマスクをした高木さんが座っている。
立っていた方がこの小細工はやりやすいのでこの体勢で始めるつもりだ。
高木さんは差し出されたものを手で触って確かめようとするだろう。
絶対に赤面させてやる。
「高木さん、準備できたよ。これを触ってくれる?」
「時間かかったね。ようやく決まったんだ?」
アイマスクで目元を隠していても分かるほど、高木さんは口元に余裕の笑みを浮かべていた。
声の位置から西片が立っているのが分かるのだろう。
彼女の華奢で細い指先が西片の方へ向かってすっと伸ばされる。
「そう、そのまま真っすぐの場所に構えてるから」
指先が触れるその瞬間──西片はあえて、喉をゴクリと大きく鳴らした。
静まり返った部屋に響いた不穏な嚥下音に、高木さんの伸ばした指先がビクッと跳ねるように止まる。
よし、引っかかった!
ブラフ成功!
西片の口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
若干の警戒の色を滲ませながら、再びおそるおそる伸ばされた高木さんの指先が空中に突き出されたモノの先端に触れた。
「あ……」
高木さんの眉が微かに動く。
彼女の指先にはゴムのような皮膜の感触が伝わってきている。
しかし──そのゴムの内側からはじんわりとした温もりも伝わってきた。
その熱さに一瞬手を離しかけて……高木さんはすぐにもう一度触れ直した。
人差し指の腹で先端部分をゆっくりと撫でながら僅かずつ高木さんの頬の赤みが増していく。
先端の丸いカーブに沿って指を動かしその形状を確かめつつ、好奇心に後押しされるように先端部分を押して、グミのようにむにゅりと押し返してくる感触に目を見開いているのが眉の動きから分かる。
硬いプラスチックでもなければ、冷たい金属でもない。
ほんの少し温かみがあるのに、表面を覆うゴム素材に西片の狙い通り高木さんが困惑している。
「先っぽは丸くて、でも円柱じゃなくて………………ちょっと平べったい? のかな?」
指先で先端をなぞりながら困惑の度合いを深める高木さんを見て、してやったりと興奮気味の西片の息が上がる。
はぁ……はぁ……と息を吐く西片の正面で、高木さんが眉を寄せながら右手の指で正体不明のナニかを触り続ける。
人差し指だけでその不思議な材質の不思議な形状のモノを探り続け、表面を擦ったり、僅かな段差を精神を集中して感じ取ろうとしてる。
「んっ……」
堪らず西片が声を漏らした。
高木さんにこんな風に触られるのは初めてなので我慢できなかったのだ。
「……西片、息が荒い」
高木さんの頬っぺたの赤みが次第にはっきりしてきている。
西片の息の荒さと雰囲気に引っ張られて、指に触れているナニかの根元をもっと探ろうと無意識のうちに上半身を前のめりに傾け──
「はいストップ。身体を傾けるのは反則だよ、高木さん」
「あっ……」
西片からの制止の言葉に高木さんは「むー」と唇を尖らせて少し拗ねたような仕草を見せた。
西片がさっきの仕返しとばかりに「してやったり」のオーラを全身から放っているのが、目隠し越しでも高木さんにもありありと伝わっているのだ。
反則を取られた高木さんは姿勢を元に戻し、ぎりぎり腕を伸ばした位置から再びその円柱状の物体をまさぐり始めた。
「……西片、両手使っていい?」
「──ッ!」
両手で高木さんに触られることを一瞬だけ想像して西片は狼狽えたがすぐに気を取り直した。
あからさまに動揺しては触れているものの正体がバレかねない。
「えっと……い、いいよ」
西片がほんの少しだけ前に動き、その分だけ西片の腰が高木さんの顔に近づく。
片手と両手では指の届く距離が変わる。
高木さんの両手の指が、差し出されたナニかに両側から同時に触れた。
「んんっ」
西片からくぐもった声が漏れると高木さんの肩がピクリと動き、高木さんの顔の赤みが更に増した。
親指と人差し指で挟み込み、その感触を何度も確かめるように両手の指を総動員する。
姿勢を傾けられないので、両手で触れられるのはナニかの先端部分だけだ。
先端からその先の部分へとゆっくりなぞる。
何度も何度もなぞる。
ぐっと押し込むとゴムの感触のその奥に堅い芯があり、指の腹を通して伝わる脈打つような熱。
10本の指を添えたまま左右に捻じってみる。
「くぅ!」
西片の漏らした声に高木さんが一瞬固まった。
そして固まったのは一瞬だけで、頬の赤みが更に増したのに指先を滑らせると、先端部から少しだけ遠い部分にある段差に指先を引っ掛けた。
「んふっ……」
西片の漏らす声が聞こえているはずなのに、高木さんの指の動きが段々と速くなっていく。
頬が赤く染まるほどに高木さんに差し出されている円柱を執拗に
その時だった。
「……っ、ふぅ、っ!!」
突き出されているものが予兆もなくいきなり跳ねた。
同時に西片の耐えかねたような、荒くそして短く熱い呼吸が続く。
高木さん眉が跳ね上がった。
指が凍りついたように一瞬だけ止まり、その後何かを確認するように先端部分を左右に擦り続ける。
「た、高木さん、ストップ」
「なんで?」
「調べ、くっ……すぎだよ。時間切れ。答えを言ってよ」
「え? 答え? この正体を言うの!?」
みるみるうちに、高木さんの白い首筋から顎のライン、頬、そしてアイマスクから覗く耳の先までが一気に鮮やかな朱色に染まっていく。
触れていた指先が、まるで高熱の鉄板に触れたかのように弾かれて離れた。
「……っ!?」
高木さんが狼狽することなど滅多にない。
両手を胸元でぎゅっと握りしめ、おろおろと身体を揺らす高木さんを見て西片の胸に勝利の感覚が湧き上がった。
効いてる! めちゃくちゃ効いてるぞ!!
西片はここぞとばかりに、低く勝ち誇った声を投げかけた。
「ほら、正体は何? 高木さん」
「え、えーっと……」
「えーっと? だから、ナニ?」
「ナニって、ナニって……え、嘘でしょ……!? 西片、そんな……言わせるの!?」
目隠しをしたまま、顔を耳まで真っ赤に染め上げた高木さんは、激しく動揺しながら自分の指先をもぞもぞと動かした。さっき触れた太さや長さを空中で確かめるように、小さく指を曲げている。
「降参かな?」
西片はニヤケ顔を浮かべて意地悪く畳み掛けた。
「えーっと……え────っと……っ、わ、分かりません!」
狼狽し、迷いつつも消え入りそうな蚊の鳴くような声で絞り出されたその敗北宣言に、西片は歓喜の雄叫びを上げた。
「よし、僕の勝ちだ!!」
「も、もうそれでいいから早くしまって」
西片が顔を真っ赤に染めている高木さんのアイマスクに手をかけて外した。
「ちょっと、見せたらダメでしょう! 答えを外したら内緒にできるルールなのに!」
高木さんが両手で顔を覆いながら、珍しく本気で抗議の声を上げた。
それでいてその手の隙間からさっきまで弄り回していたものをガン見しようとする。
急激な夕暮れの光に細められた高木さんの瞳。
その視界に飛び込んできたのは──立ち上がった西片の腰の高さに構えられた、彼の右手だった。
机の奥に封も切らずにしまっておいた、大きめの事務用天然ゴム指サック。
その中に人差し指と中指の二本をぎゅうぎゅうに押し込み、太い一本の円柱のようにまとめた指先だった。
「あ…………」
高木さんは手で覆っていた口をぽかんと開けたまま、完全に固まった。
「へへーん! 正解は『指サックを二本指にはめたやつ』でした! 当てられなかったね、高木さん!」
西片はドヤ顔を浮かべ、誇らしげに右手を掲げた。
「一本だけだと細くてすぐ指だってバレるし、指サック単体だと高木さんなら見抜きそうだし。でも指二本に指サックを被せたら太さも変わるし体温も伝わって絶対何か分からなくなると思ったんだ! どう、すごい工夫でしょ!?」
「え……あ、うん……」
「ただ、体勢が思ったよりきつくて指が攣りそうになってビクンとはねちゃったけど」
西片は嬉々として自分の「工夫」の種明かしを熱弁した。
西片の子どものままの発想を聞かされて高木さんの顔が下を向く。
「……で、高木さん。さっきの早くしまってって何のこと?」
小首をかしげて尋ねた西片の目の前で、高木さんの反応が明らかに異常だった。
手で顔を覆ったまま固まっていた高木さんの顔面が、さっきの目隠し中を遥かに凌駕する勢いで、耳の先、首筋に至るまで一気に真っ赤に染まり上がっていく。
そして両手で顔を完全に覆い隠すと、床の上でうずくまるように小さくなった。
その肩が、小刻みにフルフルと震えている。
「た、高木さん……? どうしたの? そんなに負けたのが悔しかった?」
西片がおそるおそる覗き込もうと屈み込む。
いつもからかわれてばかりだった高木さんが、見たこともないほど小さくなって赤面している。勝負に勝ったはずの西片は、予想外の反応に逆に慌て始めた。
「え、あ、あのさ! 別にそんなに悔しがらなくても……! たかが当てっこ勝負だし! ね?」
高木さんは指の隙間から、涙目のまま西片をキッと睨み上げた。
だが、その瞳にはいつものからかいの余裕など微塵もなく、顔じゅうを真っ赤に染め抜いている。
「……西片の、バカ」
「えぇっ!? なんで僕が怒られるの!?」
「バカ、大バカ……っ!」
高木さんは顔を真っ赤にしたまま両手で西片の胸をぽすんと押し返すと、膝を抱え込んで完全に顔を埋めてしまった。
真っ赤に染まった高木さんの耳たぶだけが、夕暮れの光の中で湯気を立てんばかりに熱く火照っていた。