DEATH NOTE ~新世界のバカ~   作:Monutaka

2 / 5
第2話「最初の裁き」

 

 

翌日の午後。

 

馬神鹿斗は、まだ寝ていた。

 

「…………」

 

リュークは天井近くに浮かび、ベッドの上の青年を眺めていた。

 

時刻は午後一時を過ぎている。

 

「……おい」

 

返事はない。

 

「おい、鹿斗」

 

「……んぁ?」

 

「昨日、何て言ったか覚えてるか?」

 

鹿斗は布団から顔だけ出した。

 

「……何が?」

 

「悪人を裁くんだろ?」

 

「…………」

 

しばらく沈黙が続いた。

 

「ああ……」

 

思い出したらしい。

 

「……あと一時間寝かせて」

 

「…………」

 

リュークは天井を見上げた。

 

◇ ◇ ◇

 

午後四時。

 

ようやく起きた鹿斗は、居間でテレビを見ていた。

 

ニュース番組では、昨夜逮捕された強盗殺人事件の容疑者について報じていた。

 

画面に男の顔写真と名前が映る。

 

『逮捕されたのは、東京都足立区在住の無職、田中一郎容疑者、三十八歳――』

 

「……おっ」

 

鹿斗が身を乗り出した。

 

「リューク! こいつ悪い奴じゃん!」

 

「……そうだな」

 

「よし、こいつにする!」

 

鹿斗は二階へ駆け上がり、机からデスノートを持ってきた。

 

テレビの前に座り、ノートを開く。

 

そして、鉛筆を握った。

 

「……えーっと」

 

画面には、まだ容疑者の名前が表示されている。

 

鹿斗は慎重に文字を書き始めた。

 

田。

 

中。

 

一。

 

そして――。

 

「…………」

 

鉛筆が止まった。

 

「……リューク」

 

「何だ?」

 

「『ろう』って、どう書くんだっけ?」

 

「…………」

 

リュークは鹿斗の手元を見た。

 

そこには、

 

**田中一**

 

と書かれていた。

 

「……郎だ」

 

「え?」

 

「郎。右側におおざとが付くやつだ」

 

「……おおざと?」

 

「…………」

 

リュークは黙ってノートを見つめた。

 

死神が人間に漢字を教える。

 

長い人生で、そんな日が来るとは思っていなかった。

 

「……テレビに書いてあるだろ」

 

「もう消えた!」

 

画面では天気予報が始まっていた。

 

「……録画してねえのか?」

 

「ニュースなんか録画するわけねえだろ!」

 

なぜか鹿斗が怒った。

 

リュークはため息をついた。

 

「……仕方ねえな。紙と鉛筆を貸せ」

 

「ん?」

 

「書いてやるから、見て覚えろ」

 

鹿斗は近くにあったチラシを差し出した。

 

リュークはそこに『郎』と書いた。

 

「ほら」

 

「おお!」

 

鹿斗は感心した。

 

「リューク、漢字詳しいな!」

 

「…………」

 

「さすが死神!」

 

リュークは何も言わなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「よし! 完成!」

 

鹿斗は満足そうに鉛筆を置いた。

 

ノートには、田中一郎の名前が書かれていた。

 

「……で?」

 

リュークが尋ねた。

 

「何が?」

 

「これで終わりか?」

 

「……まあ、そうだ」

 

鹿斗は頭を傾げ、腕を組んだ。

 

「でも、本当に死ぬのか?」

 

「待ってみりゃ分かる」

 

二人はテレビを見つめた。

 

しかし、ニュース番組はすでに終わっていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

五分後。

 

「……なあ、リューク」

 

「何だ?」

 

「死んだ?」

 

「……俺に聞くな」

 

「死神なのに分かんねえの?」

 

「…………」

 

鹿斗は不満そうに口を尖らせた。

 

「使えねえなぁ」

 

リュークの眉がぴくりと動いた。

 

「……お前な」

 

「ま、いっか」

 

鹿斗はノートを閉じた。

 

「ゲームやろ」

 

「…………」

 

リュークは、何か言いかけてやめた。

 

◇ ◇ ◇

 

翌朝。

 

鹿斗は朝食を食べながらテレビを見ていた。

 

ニュース番組の途中、見覚えのある顔写真が映った。

 

『昨日、警察署内で取り調べを受けていた田中一郎容疑者が、突然倒れ、死亡していたことが分かりました』

 

「……え?」

 

鹿斗の箸が止まった。

 

『死因は心臓麻痺とみられています』

 

「…………」

 

鹿斗はゆっくりとリュークを見た。

 

リュークは壁際に浮かんでいた。

 

「……死んだ」

 

「ああ」

 

「マジで死んだ!」

 

「だから言っただろ」

 

鹿斗は立ち上がった。

 

「すっげえええええ!!」

 

母親が台所から顔を出した。

 

「何!? 朝から!」

 

「母ちゃん! 俺すげえ!」

 

「はいはい。ご飯食べなさい」

 

「いや、マジで!」

 

「分かったから座りなさい!」

 

鹿斗は渋々椅子に戻った。

 

しかし、その顔には興奮が浮かんでいた。

 

(……本物だ)

 

本当に、人を殺せる。

 

それも、名前を書くだけで。

 

鹿斗は拳を握った。

 

(……これなら)

 

世界を変えられる。

 

そして、自分は――

 

「……新世界の神」

 

小さくつぶやいた。

 

「何?」

 

母親が振り返る。

 

「何でもない!」

 

鹿斗は慌てて味噌汁をすすった。

 

◇ ◇ ◇

 

その日の夕方。

 

鹿斗は再びニュース番組を見ていた。

 

「リューク! 今日も裁くぞ!」

 

「……おう」

 

リュークは少しだけ嬉しそうだった。

 

ようやく本格的に始める気になったらしい。

 

ニュースでは、三年前に発生した詐欺事件の主犯格とされる男が報じられていた。

 

『容疑者の佐藤健二は――』

 

「よし!」

 

鹿斗はノートを開いた。

 

佐。

 

藤。

 

ィ 。

 

ニュース番組の画面が切り替わった。

 

「…………」

 

鹿斗の手が止まった。

 

「……リューク」

 

「何だ?」

 

「『健』って、どんな字?」

 

「…………」

 

リュークは黙った。

 

「……お前、昨日も同じこと聞いてなかったか?」

 

「昨日は『郎』だろ!」

 

「……そうだったな」

 

「全然違うじゃん!」

 

リュークは頭を抱えた。

 

「……テレビに出てる間に書けよ」

 

「もう消えた!」

 

鹿斗は不満そうにノートを閉じた。

 

「もういいや。こいつ難しい」

 

「……おい」

 

「次の奴にする」

 

リュークは、しばらく鹿斗を見つめていた。

 

「……お前、悪人を裁くんじゃなかったのか?」

 

「裁くよ」

 

「だったら何で諦めるんだ?」

 

「だって漢字難しいんだもん」

 

「…………」

 

リュークは、何も言えなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

数日後。

 

日本各地で、奇妙な死亡事件が続いていた。

 

強盗殺人事件の容疑者、田中一郎。

 

暴力団関係者、山田太郎。

 

そして、詐欺事件で逮捕されていた木村一男。

 

三人とも、突然の心臓麻痺で死亡していた。

 

警察は当初、偶然と考えていた。

 

しかし、ある捜査員が奇妙な共通点に気づく。

 

三人は過去に、同じ犯罪組織と関係を持っていたのだ。

 

表向きには何の接点もない。

 

事件も、時期も、場所も違う。

 

だが、捜査資料を突き合わせると、三人の背後には一つの組織が浮かび上がってきた。

 

しかも、その組織は警察内部でも存在を疑われているだけの、極めて秘匿性の高い犯罪ネットワークだった。

 

なぜ、そんな人物たちばかりが死んだのか。

 

偶然なのか。

 

それとも――

 

誰かが、意図的に選んだのか。

 

◇ ◇ ◇

 

その頃。

 

馬神家。

 

「……なあ、リューク」

 

「何だ?」

 

鹿斗はデスノートを開いていた。

 

「山田太郎ってさ、書きやすくていいよな」

 

「…………」

 

「田中一郎も簡単だったし」

 

「……そうだな」

 

「やっぱ名前って大事だわ」

 

鹿斗は満足そうにうなずいた。

 

「親が難しい漢字つけるから、悪い奴が得するんだよ」

 

リュークは天井を見上げた。

 

(……違う)

 

(……絶対に違う)

 

だが、訂正する気力は残っていなかった。

 

鹿斗はノートを閉じると、ゲーム機の電源を入れた。

 

「よし! 今日も世界平和に貢献した!」

 

「…………」

 

リュークは何も言わなかった。

 

そして、遠く離れた警察本部では、三人の死をめぐって捜査会議が始まろうとしていた。

 

誰も知らない。

 

世界を震撼させる事件の裏で、犯人が漢字の書きやすさだけで標的を選んでいることを。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。