DEATH NOTE ~新世界のバカ~ 作:Monutaka
翌日の午後。
馬神鹿斗は、まだ寝ていた。
「…………」
リュークは天井近くに浮かび、ベッドの上の青年を眺めていた。
時刻は午後一時を過ぎている。
「……おい」
返事はない。
「おい、鹿斗」
「……んぁ?」
「昨日、何て言ったか覚えてるか?」
鹿斗は布団から顔だけ出した。
「……何が?」
「悪人を裁くんだろ?」
「…………」
しばらく沈黙が続いた。
「ああ……」
思い出したらしい。
「……あと一時間寝かせて」
「…………」
リュークは天井を見上げた。
◇ ◇ ◇
午後四時。
ようやく起きた鹿斗は、居間でテレビを見ていた。
ニュース番組では、昨夜逮捕された強盗殺人事件の容疑者について報じていた。
画面に男の顔写真と名前が映る。
『逮捕されたのは、東京都足立区在住の無職、田中一郎容疑者、三十八歳――』
「……おっ」
鹿斗が身を乗り出した。
「リューク! こいつ悪い奴じゃん!」
「……そうだな」
「よし、こいつにする!」
鹿斗は二階へ駆け上がり、机からデスノートを持ってきた。
テレビの前に座り、ノートを開く。
そして、鉛筆を握った。
「……えーっと」
画面には、まだ容疑者の名前が表示されている。
鹿斗は慎重に文字を書き始めた。
田。
中。
一。
そして――。
「…………」
鉛筆が止まった。
「……リューク」
「何だ?」
「『ろう』って、どう書くんだっけ?」
「…………」
リュークは鹿斗の手元を見た。
そこには、
**田中一**
と書かれていた。
「……郎だ」
「え?」
「郎。右側におおざとが付くやつだ」
「……おおざと?」
「…………」
リュークは黙ってノートを見つめた。
死神が人間に漢字を教える。
長い人生で、そんな日が来るとは思っていなかった。
「……テレビに書いてあるだろ」
「もう消えた!」
画面では天気予報が始まっていた。
「……録画してねえのか?」
「ニュースなんか録画するわけねえだろ!」
なぜか鹿斗が怒った。
リュークはため息をついた。
「……仕方ねえな。紙と鉛筆を貸せ」
「ん?」
「書いてやるから、見て覚えろ」
鹿斗は近くにあったチラシを差し出した。
リュークはそこに『郎』と書いた。
「ほら」
「おお!」
鹿斗は感心した。
「リューク、漢字詳しいな!」
「…………」
「さすが死神!」
リュークは何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
「よし! 完成!」
鹿斗は満足そうに鉛筆を置いた。
ノートには、田中一郎の名前が書かれていた。
「……で?」
リュークが尋ねた。
「何が?」
「これで終わりか?」
「……まあ、そうだ」
鹿斗は頭を傾げ、腕を組んだ。
「でも、本当に死ぬのか?」
「待ってみりゃ分かる」
二人はテレビを見つめた。
しかし、ニュース番組はすでに終わっていた。
「…………」
「…………」
五分後。
「……なあ、リューク」
「何だ?」
「死んだ?」
「……俺に聞くな」
「死神なのに分かんねえの?」
「…………」
鹿斗は不満そうに口を尖らせた。
「使えねえなぁ」
リュークの眉がぴくりと動いた。
「……お前な」
「ま、いっか」
鹿斗はノートを閉じた。
「ゲームやろ」
「…………」
リュークは、何か言いかけてやめた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
鹿斗は朝食を食べながらテレビを見ていた。
ニュース番組の途中、見覚えのある顔写真が映った。
『昨日、警察署内で取り調べを受けていた田中一郎容疑者が、突然倒れ、死亡していたことが分かりました』
「……え?」
鹿斗の箸が止まった。
『死因は心臓麻痺とみられています』
「…………」
鹿斗はゆっくりとリュークを見た。
リュークは壁際に浮かんでいた。
「……死んだ」
「ああ」
「マジで死んだ!」
「だから言っただろ」
鹿斗は立ち上がった。
「すっげえええええ!!」
母親が台所から顔を出した。
「何!? 朝から!」
「母ちゃん! 俺すげえ!」
「はいはい。ご飯食べなさい」
「いや、マジで!」
「分かったから座りなさい!」
鹿斗は渋々椅子に戻った。
しかし、その顔には興奮が浮かんでいた。
(……本物だ)
本当に、人を殺せる。
それも、名前を書くだけで。
鹿斗は拳を握った。
(……これなら)
世界を変えられる。
そして、自分は――
「……新世界の神」
小さくつぶやいた。
「何?」
母親が振り返る。
「何でもない!」
鹿斗は慌てて味噌汁をすすった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
鹿斗は再びニュース番組を見ていた。
「リューク! 今日も裁くぞ!」
「……おう」
リュークは少しだけ嬉しそうだった。
ようやく本格的に始める気になったらしい。
ニュースでは、三年前に発生した詐欺事件の主犯格とされる男が報じられていた。
『容疑者の佐藤健二は――』
「よし!」
鹿斗はノートを開いた。
佐。
藤。
ィ 。
ニュース番組の画面が切り替わった。
「…………」
鹿斗の手が止まった。
「……リューク」
「何だ?」
「『健』って、どんな字?」
「…………」
リュークは黙った。
「……お前、昨日も同じこと聞いてなかったか?」
「昨日は『郎』だろ!」
「……そうだったな」
「全然違うじゃん!」
リュークは頭を抱えた。
「……テレビに出てる間に書けよ」
「もう消えた!」
鹿斗は不満そうにノートを閉じた。
「もういいや。こいつ難しい」
「……おい」
「次の奴にする」
リュークは、しばらく鹿斗を見つめていた。
「……お前、悪人を裁くんじゃなかったのか?」
「裁くよ」
「だったら何で諦めるんだ?」
「だって漢字難しいんだもん」
「…………」
リュークは、何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
数日後。
日本各地で、奇妙な死亡事件が続いていた。
強盗殺人事件の容疑者、田中一郎。
暴力団関係者、山田太郎。
そして、詐欺事件で逮捕されていた木村一男。
三人とも、突然の心臓麻痺で死亡していた。
警察は当初、偶然と考えていた。
しかし、ある捜査員が奇妙な共通点に気づく。
三人は過去に、同じ犯罪組織と関係を持っていたのだ。
表向きには何の接点もない。
事件も、時期も、場所も違う。
だが、捜査資料を突き合わせると、三人の背後には一つの組織が浮かび上がってきた。
しかも、その組織は警察内部でも存在を疑われているだけの、極めて秘匿性の高い犯罪ネットワークだった。
なぜ、そんな人物たちばかりが死んだのか。
偶然なのか。
それとも――
誰かが、意図的に選んだのか。
◇ ◇ ◇
その頃。
馬神家。
「……なあ、リューク」
「何だ?」
鹿斗はデスノートを開いていた。
「山田太郎ってさ、書きやすくていいよな」
「…………」
「田中一郎も簡単だったし」
「……そうだな」
「やっぱ名前って大事だわ」
鹿斗は満足そうにうなずいた。
「親が難しい漢字つけるから、悪い奴が得するんだよ」
リュークは天井を見上げた。
(……違う)
(……絶対に違う)
だが、訂正する気力は残っていなかった。
鹿斗はノートを閉じると、ゲーム機の電源を入れた。
「よし! 今日も世界平和に貢献した!」
「…………」
リュークは何も言わなかった。
そして、遠く離れた警察本部では、三人の死をめぐって捜査会議が始まろうとしていた。
誰も知らない。
世界を震撼させる事件の裏で、犯人が漢字の書きやすさだけで標的を選んでいることを。