DEATH NOTE ~新世界のバカ~ 作:Monutaka
世界各地で、犯罪者の不可解な死亡事件が相次いでいた。
死因はいずれも心臓麻痺。
その多くは、事件の容疑者や服役中の犯罪者だった。
中でも日本で死亡した三人には、奇妙な共通点があった。
田中一郎、山田太郎、木村一男。
三人は過去に、同じ犯罪組織と関係を持っていたのである。
警察は、何者かが意図的に彼らを殺害している可能性を疑い始めていた。
そして、その情報は世界最高の探偵にも届いていた。
L。
数々の難事件を解決してきた、正体不明の名探偵である。
薄暗い部屋で、Lはモニターに映る三人の顔写真を眺めていた。
「……妙ですね」
傍らに立つワタリが尋ねる。
「何がでしょう?」
「この三人です。全員、過去に同じ組織と関係している。しかし、その事実は一般には知られていません」
Lは角砂糖を一つ、紅茶へ落とした。
「偶然とは考えにくい。犯人は、我々がまだ把握しきれていない情報を持っている可能性があります」
「警察関係者でしょうか?」
「その可能性もあります。ただ……」
Lは画面を切り替えた。
死亡した犯罪者の一覧が表示される。
「興味深いのは、殺されていない人間の方です」
「と、申しますと?」
「この組織に関係していると疑われる人物は、ほかにも大勢います。しかし、死亡したのは三人だけ」
Lは親指を唇に当てた。
「犯人は、何らかの基準で標的を選別している」
その目が鋭くなる。
「単なる無差別殺人ではない。これは、計画的な粛清かもしれません」
◇ ◇ ◇
その頃。
馬神家。
「……リューク」
「何だ?」
鹿斗はテレビのニュースを見ながら、デスノートを開いていた。
画面には、暴力団幹部の顔写真と名前が映っている。
『逮捕されたのは、黒崎龍之介容疑者、四十七歳――』
鹿斗は鉛筆を握った。
「…………」
しばらくして、ノートを閉じた。
「やめた」
「……何でだ?」
「名前が強すぎる」
「…………」
「黒崎まではいいんだけどさ。龍之介って何だよ。ラスボスかよ」
リュークは画面を見た。
「……悪い奴なんだろ?」
「悪い奴だよ」
「だったら裁けばいいじゃねえか」
鹿斗は不満そうに眉をひそめた。
「お前さあ、簡単に言うけどな」
「……ん?」
「俺だって、書ける名前と書けない名前があるんだよ!」
「…………」
リュークは黙った。
鹿斗は得意げに続ける。
「それに、難しい名前の奴ばっか殺してたら疲れるだろ?」
「……そうか」
「神にも休息は必要なんだよ」
リュークは天井を見上げた。
◇ ◇ ◇
数日後。
警察庁では、不可解な連続死亡事件への対応が協議されていた。
その会議に、一人の高校生が特別に招かれていた。
夜神月。
警察庁刑事局長・夜神総一郎の息子であり、全国模試でもトップクラスの成績を収める秀才だった。
月は資料に目を通すと、すぐにある点に気づいた。
「……妙ですね」
総一郎が顔を上げる。
「何だ、月?」
「死亡した三人には共通点があります。しかし、同じ組織に関係している他の容疑者は、ほとんど死んでいない」
「それがどうした?」
月は資料を机に置いた。
「もし犯人が単純に犯罪者を憎んでいるだけなら、なぜ全員を殺さないんでしょう?」
会議室が静まり返った。
「……何か理由があるというのか?」
「ええ。例えば、組織内部の勢力争い。あるいは、犯人が特定の人物を生かしておく必要があるのかもしれません」
総一郎は考え込んだ。
月はさらに続けた。
「そして、もう一つ気になることがあります」
「何だ?」
「死亡した三人の名前です」
月は資料を指さした。
田中一郎。
山田太郎。
木村一男。
「……どれも、ごく一般的な名前ですね」
「……それが?」
「いえ。今のところ、意味があるかどうかは分かりません」
月は慎重に言葉を選んだ。
「ただ、犯人が何らかの条件で標的を選んでいるなら、名前そのものも調べる価値はあると思います」
総一郎はうなずいた。
「なるほど……」
月は、再び資料に目を落とした。
(……この事件、何かがおかしい)
その直感は正しかった。
ただし、月が想像している方向とは、まったく違う意味で。
◇ ◇ ◇
数日後。
馬神家。
「鹿斗、あんたまた午後まで寝てるの!?」
「うるせえな! 昨日遅かったんだよ!」
「何してたのよ!」
「世界の平和について考えてた!」
「ゲームしてたんでしょ!」
「…………」
鹿斗は黙った。
母親はため息をつき、洗濯物を抱えて部屋を出ていった。
リュークは窓際で笑っていた。
「ククク……」
「笑うなよ!」
「いや、昨日も朝までゲームしてたじゃねえか」
「……世界の平和について考えながらな」
「…………」
鹿斗はテレビをつけた。
ちょうどニュース番組が始まるところだった。
「よし。今日はちゃんと裁くぞ」
リュークは少しだけ期待した。
画面には、銀行強盗事件の容疑者が映し出されている。
『容疑者の中村浩一は――』
「おっ!」
鹿斗はノートを開いた。
中。
村。
。
ニュースの画面が切り替わる。
「…………」
「……どうした?」
「『浩』って、どう書くんだっけ?」
リュークは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと答えた。
「……さんずいに告だ」
「さんずい?」
「水の部首だよ」
「……ああ!」
鹿斗は鉛筆を走らせた。
「できた!」
リュークはノートを覗き込んだ。
そこには――
**中村告一**
と書かれていた。
「…………」
リュークは目を閉じた。
「……鹿斗」
「何?」
「水がない」
「……水?」
「さんずいだよ!」
「…………」
鹿斗はノートを見つめた。
そして、突然笑い出した。
「ははは! 何だよ、そういうことか!」
「…………」
「最初からそう言えよ!」
リュークは、何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
そして、ついにその日が訪れた。
Lは、キラと呼ばれ始めた謎の殺人犯を挑発するため、ある計画を実行に移した。
日本の関東地方だけに放送される、特別番組。
画面に現れたのは、一人の男だった。
『私はLです』
男は、落ち着いた声で語り始めた。
『世界中で犯罪者が次々と死亡している事件について、私は犯人の存在を確信しています』
◇ ◇ ◇
馬神家。
鹿斗は居間の床に寝転がり、漫画を読んでいた。
テレビはついていた。
だが、見ていなかった。
『キラ。あなたが何者であろうと、私は必ず捕まえます』
テレビの中の男が言った。
鹿斗は漫画のページをめくった。
「……ぶふっ」
『あなたの行っていることは、決して正義などではありません』
「ぶはははは!」
鹿斗は腹を抱えて笑い始めた。
漫画の中で、主人公がとんでもない失敗をしていた。
『キラ。あなたは悪です』
テレビの男は、真正面を見据えた。
リュークは画面に目を向けた。
「……おい、鹿斗」
「ん?」
「テレビで何か言ってるぞ」
「あとで!」
「……お前のことじゃねえのか?」
「今いいとこなんだよ!」
鹿斗は漫画に顔を戻した。
テレビの男は、さらに挑発を続けた。
『どうしました? 私が憎いのなら、殺してみてください』
鹿斗は鼻をほじった。
『私を殺せないのですか?』
「ぶはっ! こいつバカすぎる!」
リュークは鹿斗を見た。
「……お前な」
『キラ。あなたはただの殺人犯です』
鹿斗は漫画を読み終えると、満足そうに伸びをした。
「いやー、面白かった!」
テレビでは、ちょうど特別番組が終わろうとしていた。
「……ん? 何これ」
鹿斗はようやく画面を見た。
「ニュース?」
「……もう終わるぞ」
「ふーん」
鹿斗はリモコンを取り、チャンネルを変えた。
「アニメやってねえかな」
リュークは、しばらく黙っていた。
(……こいつ)
(……今、自分が何を見逃したのか、分かってねえな)
◇ ◇ ◇
一方、Lのいる部屋。
モニターには、放送を終えた男の姿が映っていた。
彼の名はリンド・L・テイラー。
死刑囚である。
Lは、腕を組んだまま画面を見つめていた。
「……反応がありませんね」
ワタリが言った。
「ええ」
Lは親指を唇に当てた。
「挑発に乗らなかった……」
「……考えられる可能性は三つ」
Lは静かに続けた。
「一つ。キラはこの放送を見ていなかった」
「二つ。放送を見ていたが、殺す必要がないと判断した」
「三つ。これは罠だと見抜いた」
ワタリは尋ねた。
「どの可能性が高いとお考えですか?」
Lは少し考えた。
「……現時点では断定できません」
そして、モニターに映るリンド・L・テイラーを見つめた。
「ただ、もし三つ目なら……」
Lの目が細くなる。
「我々は、非常に厄介な相手を敵に回したことになります」
◇ ◇ ◇
同じ頃。
夜神月も、自宅でその放送を見ていた。
画面に映った男は、最後まで生きていた。
(……キラは挑発に乗らなかった)
月は考え込んだ。
(もし犯人が本当に超常的な方法で人を殺せるなら、あの男を殺すこともできたはずだ)
だが、そうしなかった。
(……なぜだ?)
月はテレビの電源を切った。
(犯人は、僕たちが考えている以上に慎重なのかもしれない)
◇ ◇ ◇
馬神家。
「リューク!」
「……何だ?」
「この漫画、マジで面白えぞ!」
鹿斗は笑いながら漫画を差し出した。
「お前も読めよ!」
リュークは、しばらくその表紙を眺めていた。
そして、静かにつぶやいた。
「……リンゴ食いてえ」
「は?」
「……何でもねえ」
死神リュークは、この日、初めて理解した。
人間界には、死神界よりも退屈な場所が存在するのだと。
それは――
**馬神鹿斗の部屋だった。**