DEATH NOTE ~新世界のバカ~ 作:Monutaka
馬神家の朝。
母親は、二階から聞こえてくる息子の声に耳を澄ませていた。
「だから違うって!」
「……何が違うんだ?」
「そっちじゃねえよ!」
「……こっちか?」
「そうそう!」
母親は眉をひそめた。
鹿斗の部屋には、誰もいないはずだった。
最近、こういうことが増えている。
夜中に突然笑い出したり、誰かと口論したり。
しかも、仕事を探す様子はまったくない。
母親は深いため息をついた。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
食卓では、母親が父親に小声で相談していた。
「ねえ、あなた。鹿斗のことなんだけど……」
「また仕事探しの話か?」
「それもあるけど、最近あの子、誰もいない部屋でずっと喋ってるのよ」
父親は箸を止めた。
「……電話じゃないのか?」
「違うの。昨日なんて、誰かに漢字を教えてもらってるみたいだった」
「……漢字?」
「そう。『さんずいがない』とか『右側が違う』とか」
父親は考え込んだ。
「……勉強してるなら、いいことじゃないか」
「でも、相手が誰もいないのよ!」
「…………」
父親は黙った。
「一度、病院で相談した方がいいんじゃないかしら」
「……そうだな。まずは本人と話してみよう」
◇ ◇ ◇
翌日。
「鹿斗、ちょっと話があるんだけど」
母親が部屋に入ってきた。
鹿斗はゲームをしていた。
リュークはその横で浮かんでいる。
「何?」
「最近、誰かと話してるみたいだけど……」
「リュークだよ」
「……リューク?」
「死神」
母親は固まった。
「…………」
「ほら、そこにいるだろ?」
鹿斗はリュークを指さした。
リュークは母親に向かって手を振った。
もちろん、母親には見えない。
「……鹿斗」
「何?」
「お母さん、ちょっと心配なの」
「何が?」
「一度、お医者さんに相談してみない?」
「……は?」
鹿斗はゲーム機を置いた。
「何で?」
「最近、誰もいないところに話しかけてるでしょう?」
「だからいるって!」
「でも、お母さんには見えないのよ」
「本当に死神がいるんだって!」
母親は困ったように息子を見つめた。
「……分かったわ。とにかく、お父さんとも話してみましょう」
「何で信じねえんだよ!」
母親は何も言わず、部屋を出ていった。
鹿斗は不満そうに腕を組んだ。
「……ったく」
リュークが笑う。
「ククク……」
「何笑ってんだよ!」
「いや、そりゃ信じねえだろ」
「お前が見えねえのが悪いんだろ!」
「……俺のせいかよ」
◇ ◇ ◇
同じ頃。
キラ事件の捜査本部。
Lは死亡した犯罪者の一覧を眺めていた。
「……妙なことに気づきました」
夜神総一郎が尋ねる。
「何でしょう?」
「死亡時刻です」
モニターには、事件の発生時刻が並んでいた。
「キラによるものと疑われる死亡は、午後から深夜に集中しています」
「……つまり?」
「犯人は、その時間帯に活動しやすい生活を送っている可能性があります」
総一郎はうなずいた。
「学生か、あるいは夜間勤務の人間でしょうか」
「それも考えられます。ただ、午前中の死亡が極端に少ない」
Lは親指を唇に当てた。
「何らかの生活習慣が関係しているのかもしれません」
その場にいた月が口を開いた。
「……犯人は、夜型の人間なのかもしれませんね」
Lは月を見た。
「私もそう考えています」
「ただ、単純な生活習慣だけで判断するのは危険です。意図的に時間をずらしている可能性もあります」
「ええ。むしろ、そう考えた方が自然かもしれません」
二人は、画面に並ぶ死亡時刻を見つめた。
◇ ◇ ◇
馬神家。
午後二時。
「……ぐおおお……」
鹿斗は布団の中で眠っていた。
リュークは窓際に浮かんでいる。
「……おい」
返事はない。
「鹿斗」
「……んぁ?」
「もう昼過ぎだぞ」
「……うるせえ」
「今日も裁くんだろ?」
「……あと一時間」
「…………」
リュークは、ゆっくりと目を閉じた。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
鹿斗はテレビを見ていた。
画面には、人気刑事ドラマが映っている。
悪役の男が、主人公を追い詰めていた。
『フハハハ! 証拠など残していない!』
鹿斗は拳を握った。
「……こいつ、まじムカつくな!」
リュークが振り向いた。
「ん?」
「こんな悪い奴、許せねえ!」
「……ドラマだぞ」
「分かってるよ!」
鹿斗は画面を指さした。
「でも、こういう奴が現実にもいるんだろ?」
「……まあ、いるだろうな」
鹿斗はうなずいた。
「よし。今日も悪人を裁くぞリューク!」
テレビでは、ドラマが終わり、出演者の名前が流れ始めた。
鹿斗はその中に、ドラマの悪役の名前を見つけた。
**山田 小一**
「……おっ!」
リュークが嫌な予感を覚えた。
「……何だ?」
「こいつ、名前簡単じゃん!」
「……おい、待て」
鹿斗はデスノートを開いた。
「山田小一……っと!」
「そっちは、役者の名前だぞ」
「……役者?」
「さっきの悪役を演じてた人間だ」
鹿斗はきょとんとした。
「……え?」
「ドラマの中の悪人と、演じてる人間は別だぞ…」
「…………」
鹿斗はノートを見つめた。
そこには、すでに名前が書かれていた。
「……マジ?」
リュークは顔を覆った。
「……お前……」
鹿斗は慌てて消しゴムを取り出した。
「やべえ! 消さなきゃ!」
「消しても無駄だ」
「何でだよ!」
「最初に説明しただろ」
「…………」
鹿斗は固まった。
「……じゃあ、どうすんの?」
リュークは答えなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
テレビでは、人気俳優・山田小一の突然の訃報が報じられていた。
『昨夜、俳優の山田小一さんが急死しました。死因は心臓麻痺とみられています』
鹿斗は青ざめた。
「…………」
リュークは黙っていた。
「……俺、悪い奴じゃない人、殺しちゃった?」
「ああ」
鹿斗はうつむいた。
「…………」
しばらくして、小さな声で言った。
「……もう、ドラマ見ない」
「…………」
リュークは鹿斗を見つめた。
「……そういう問題じゃねえだろ」
鹿斗は返事をしなかった。
その日、馬神鹿斗は初めて、自分の裁きが間違っていたことを知った。
そして、同じニュースを見ていた夜神月は、別のことを考えていた。
(……俳優が心臓麻痺?)
犯罪者ではない人間の突然死。
しかも、キラ事件と同じ死因。
月は、眉をひそめた。
(……これは、偶然なのか?)
世界最高の探偵と、天才高校生。
二人が真相に近づこうとする一方で――
馬神鹿斗は、その日の夜、テレビドラマの録画予約をすべて取り消していた。