DEATH NOTE ~新世界のバカ~ 作:Monutaka
キラによるものと疑われる死亡事件が途絶えてから、二週間が経過していた。
捜査本部では、Lがモニターに表示された資料を眺めていた。
「……動きませんね」
夜神総一郎がうなずく。
「顔と名前の公表を控えるようになってから、事件は起きていません」
「ええ。しかし、妙です」
「何がでしょう?」
「キラは、これまで犯罪者を殺すことで、自分の存在を世界に示してきました」
Lは角砂糖を紅茶に落とした。
「それなのに、我々が対策を講じた途端、完全に沈黙した」
月が口を開いた。
「……別の方法を探しているのかもしれません」
「私もそう考えています」
Lは静かに続けた。
「キラは、次の一手を準備している」
その目が鋭くなる。
「我々が想像もできない方法で」
◇ ◇ ◇
馬神家。
午後二時。
「……ぐおおお……」
鹿斗は寝ていた。
リュークは窓際に浮かび、無言でその姿を眺めていた。
机の上には、二週間前から開かれていないデスノート。
その横には、パスワードが開けられず閉じたままのノートパソコンが置かれている。
最後に触られたのは、十日前だった。
「…………」
リュークはゆっくりと目を閉じた。
◇ ◇ ◇
午後四時。
「……ふあああ」
鹿斗がようやく起きた。
「おっ、リューク。おはよう」
「……もう夕方だぞ」
「細けえなあ」
鹿斗は伸びをすると、ゲーム機の電源を入れた。
リュークが尋ねる。
「……お前、パソコンはどうした?」
「ああ、あれ?」
鹿斗はゲームの画面から目を離さずに答えた。
「パスワード分かんねえから諦めた」
「…………」
「そのうち思い出すだろ」
リュークは机の上のデスノートを見た。
「……裁きは?」
「ん?」
「新世界の神になるんじゃなかったのか?」
鹿斗は少し考えた。
「ああ……」
そして、あっさり答えた。
「明日から本気出す」
「…………」
リュークは、何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
馬神家の食卓。
父親が静かに口を開いた。
「……鹿斗」
「何?」
「お前、最近どうなんだ?」
「何が?」
「仕事のことだ」
鹿斗は箸を止めた。
「……今、忙しいんだよ」
「何が忙しいんだ?」
「世界を変える準備」
父親は黙った。
母親が心配そうに言う。
「鹿斗。お母さんたち、怒ってるんじゃないのよ」
「……何だよ」
「ただ、最近のあんたが心配なの」
鹿斗は顔をしかめた。
「だから大丈夫だって!」
父親は真剣な表情で続けた。
「一度、専門の先生に相談してみないか?」
「……は?」
「お前が悪いと言ってるんじゃない。ただ、話を聞いてもらうだけでも――」
「嫌だ!」
鹿斗は立ち上がった。
「俺はおかしくねえ!」
「鹿斗!」
「俺にはやることがあるんだよ!」
そう叫ぶと、鹿斗は二階へ駆け上がっていった。
食卓には、重苦しい沈黙だけが残った。
◇ ◇ ◇
二階。
「……ったく!」
鹿斗はベッドに腰を下ろした。
「誰も俺のこと分かってねえ!」
リュークは窓際に浮かんでいた。
「……そうだな」
「お前だけだよ! 俺のすごさ分かってんの!」
「…………」
「なあ、リューク!」
「……何だ?」
「俺、絶対に新世界の神になるからな!」
リュークは鹿斗を見つめた。
「……いつ?」
「……え?」
「いつ、なるんだ?」
「…………」
鹿斗は少し考えた。
「……来月くらい?」
「…………」
「いや、再来月かな」
リュークは天井を見上げた。
◇ ◇ ◇
数日後。
捜査本部。
Lは、死亡事件の発生状況を示すグラフを見つめていた。
「……おかしい」
月が尋ねる。
「何がですか?」
「キラの活動が、完全に止まっています」
「……ええ」
「我々の対策が成功したのなら、それは喜ばしいことです。しかし……」
Lは親指を唇に当てた。
「犯人が何の反撃もしてこないというのは、不自然です」
月は考え込んだ。
「……こちらの対応を見極めているのかもしれません」
「ええ」
Lは静かにうなずいた。
「キラは、我々が思っている以上に忍耐強い人物なのかもしれません」
◇ ◇ ◇
馬神家。
「うおおおおお!!」
鹿斗が叫んだ。
リュークが振り向く。
「……何だ?」
「やった! クリアした!」
鹿斗はゲーム機を掲げた。
「ラスボス倒したぞ!」
「……そうか」
「三日かかったわ!」
リュークは、しばらく鹿斗を見つめていた。
「……三日?」
「おう!」
「……その間、裁きは?」
「…………」
鹿斗は目をそらした。
「……明日から」
リュークは、ゆっくりと目を閉じた。
◇ ◇ ◇
その夜。
鹿斗は布団に入り、漫画を読んでいた。
リュークは机の前に立っていた。
そこには、黒いノートが置かれている。
DEATH NOTE。
かつて、死神界から人間界へ落とした一冊。
人間がこれを手にすれば、どれほど面白いことが起こるだろう。
そう思っていた。
実際、最初は面白かった。
漢字が書けない。
悪人の名前を覚えられない。
テレビの挑発にも気づかない。
死神に漢字を教えさせる。
そして、世界を変えると言いながら、毎日ゲームをしている。
「…………」
リュークは鹿斗を振り返った。
「……なあ、鹿斗」
「ん?」
「俺が最初に言ったこと、覚えてるか?」
「……何だっけ?」
「ノートを使った人間は、いつか死ぬ」
「……ああ」
「そして、その時が来たら……」
リュークは懐から、もう一冊のノートを取り出した。
「俺がお前の名前を書く」
鹿斗は漫画から顔を上げた。
「……え?」
リュークは静かに続けた。
「俺は、もう十分見た」
「……何を?」
「お前の生活だ」
「…………」
鹿斗は笑った。
「何だよ、急に! 冗談だろ?」
リュークは答えなかった。
黒いノートを開く。
鹿斗は、ようやく異変に気づいた。
「……おい?」
リュークはペンを握った。
「……リューク?」
そして、ゆっくりと名前を書いた。
**馬神鹿斗**
「…………」
鹿斗は固まった。
「……ちょ、待てよ」
リュークはノートを閉じた。
「悪いな、鹿斗」
「……え?」
「俺、もうお前に飽きたわ」
「……は?」
鹿斗は慌てて立ち上がった。
「おい! 待てって!」
だが、胸に突然、激しい痛みが走った。
「……っ!」
鹿斗はその場に崩れ落ちた。
リュークは黙って見つめていた。
「……リューク……」
鹿斗は震える声でつぶやいた。
「……俺……まだ……」
リュークは目を細めた。
「……何だ?」
鹿斗は最後の力を振り絞った。
「……ゲームの……セーブ……」
「…………」
それが、馬神鹿斗の最期の言葉だった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
馬神鹿斗、二十二歳。
自宅の自室で死亡しているのが発見された。
死因は、心臓麻痺。
両親は突然の出来事に深く悲しんだ。
その部屋から、黒いノートは消えていた。
◇ ◇ ◇
数日後。
日本。
とある高校。
放課後の校庭には、ほとんど人影がなかった。
夜神月は、校門へ向かって歩いていた。
キラ事件の捜査が行き詰まってから、すでに数週間。
犯人の正体も、殺人の方法も、いまだに分かっていない。
(……キラは、どこへ消えた?)
月は考え込んでいた。
その時だった。
校舎の屋上から、一冊の黒いノートが落ちてきた。
風に流され、月の少し先に落下する。
「……ん?」
月は足を止めた。
黒い表紙。
そこには、白い文字が刻まれていた。
**DEATH NOTE**
月は、しばらくそのノートを見つめた。
そして、ゆっくりと歩み寄る。
何気なく腰をかがめ――
そのノートを拾い上げた。
**完**