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懸賞金三千万ベリー。
自分の顔が載った手配書を、ルフィはじっと見つめていた。
「へェー、おれの顔、結構いい感じに撮れてんな!」
「喜ぶところか、それ」
隣でゾロが呆れた声を出した。
シェルズタウンを出て二日。二人は小さな帆船で、東の海を南へ進んでいた。
船は、町の漁師が「差し上げます」と置いていったものだ。魔女教の通達があったわけではない。ただ、ルフィに関わりたくなかったのだろう。その証拠に、漁師は最後までルフィと目を合わせようとしなかった。
「罪状は『海軍大佐殺害』か。お前、殺してねェだろ」
「殺してねェ。あのおっさん、おれが行ったときにはもう首が……」
「知ってる」
ゾロは手配書をくしゃりと握り潰した。
「こいつは嘘だ」
「うん、嘘だな」
「なんでそんなに平気でいられるんだ」
「だって、嘘だっておれたちが知ってるじゃねェか」
ルフィはあっけらかんと笑った。
ゾロは何か言いかけて、やめた。
この船長は、世の中のすべてが敵になっても同じ顔で笑うのだろう。
そう思うと、少しだけ背筋が寒くなった。
最初に着いたのは、シロップ村という小さな村だった。
丘の上に大きな屋敷が建っている。村人たちはそれを見上げて、小声で囁き合っていた。
「あの屋敷のお嬢様がご病気でな」
「でも、魔女教の聖女様が治してくださったとか」
「ええ、ええ。ありがたいことで」
聞き流しながら通りを歩いていたルフィは、ふと足を止めた。向こうから、鼻の長い少年が走ってきたのだ。
「たいへんだァー! 海賊が来たぞォー!」
少年は大声で叫びながら村中を駆け回っている。
驚く者は誰もいない。村人たちはうんざりした顔で目を逸らした。
「また、ウソップのホラ吹きか」
「相手にするな」
「狼少年だ」
少年は息を切らして村の入り口までやってくると、ルフィと目が合った。
「あっ」
少年は固まった。それからゆっくりと、ルフィの麦わら帽子を見上げる。
「……本当に、海賊が来てた」
「おう、来たぞ!」
ルフィは手を振った。
「おれはルフィ! 海賊王になる男だ!」
「だ、だから、そういうことを大声で言うなって!」
少年は慌ててルフィの口を塞ごうとした。
「ここは魔女教の巡回があるんだ。見つかったらお前、すぐ捕まるぞ!」
「あー、大丈夫、大丈夫」
「大丈夫じゃねェ! お前の顔、手配書で見たぞ! 三千万の海賊だろ!」
少年はルフィの腕を引っ張り、村外れの小さな小屋に連れ込んだ。
彼の名は、ウソップといった。
ウソップの話はこうだった。
父のヤソップは、かつてロジャー海賊団の一員だった。ロジャーが魔女教に捕らえられたとき、ヤソップも捕縛された。海軍に引き渡されたあとの行方はわからない。
「母ちゃんはずっと父ちゃんを待ってた。でも、病気で死んじまった」
ウソップは小さな声で言った。
「おれは嘘つきだ。村の連中もそう言う。『海賊が来たぞ』って叫んでも誰も信じねェ。当たり前だ。今まで散々嘘ついてきたからな」
「でも、今日は本当だったじゃねェか」
「それはたまたまだ」
ウソップは自嘲気味に笑った。
「魔女教の連中がこの村に来てから、おれは嘘をつくのがうまくなった」
「どういうことだ?」
「ハンターたちが聞いてくるんだ。『この村に怪しい海賊はいないか』って。そのたびに、おれは嘘をつく」
その声は震えていた。
「本当はいるかもしれねェ。でも、いないって答える。そうやって何人も見逃してきた」
「……お前、それ悪ィことなのか?」
「悪くなんかねェよ!」
ウソップは声を荒げた。
「あいつらは、捕まえた海賊を広場で見せしめにしやがるんだ! 子供の前でも構わずに! おれは、あんなもん二度と見たくねェんだよ!」
小屋の中に沈黙が落ちた。
ゾロが静かに壁に寄りかかる。ルフィはウソップの肩をぽんと叩いた。
「お前、すげェな」
「え?」
「嘘ついて人を助けてんだろ。かっこいいじゃねェか」
「か、かっこいい……?」
「おう!」
ルフィは小屋の壁に目を留めた。手製の的が掛かっている。小さな穴は、どれも中心の一点に集まっていた。ウソップの腰には、使い込まれたパチンコがぶら下がっている。
「あれ、お前がやったのか?」
「お、おう。あれくらい、おれ様にかかれば朝メシ前だ」
「よし、決めた! お前、おれの仲間になれ! 狙撃手が欲しかったんだ!」
「は、はァ!? 何言ってんだお前!」
「嘘つくのうまくて、狙いも正確なんだろ? おれたちの船を守ってくれ」
ウソップは目をぱちぱちさせた。それから、ゆっくりと頬を紅潮させる。
「……お、おれは臆病者だぞ」
「知ってる」
「戦いも苦手だ」
「知ってる」
「それでも、いいのか」
「いい」
ルフィは迷いなく頷いた。
ウソップの顔がくしゃりと歪んだ。
「……おれ、海賊になりたかったんだ。ずっと」
その声は少し掠れていた。
「父ちゃんみたいな海の男に。勇敢なる海の戦士になりたかった」
「なれるさ」
「ほ、本当に?」
「おれが保証する」
ウソップは涙を袖でぐいっと拭った。
「よし、わかった。おれ様はキャプテン・ウソップ! お前の船の狙撃手になってやる!」
「おう! よろしくな、ウソップ!」
三人は固く手を握り合った。
シロップ村の人々は、やがてウソップが村から消えたことに気づいた。
誰も彼を探さなかった。ただ、小屋の中に一通の置き手紙が残されていた。
『みんな、ごめん。おれは海に出る。嘘じゃねェ』
ある老婆がそれを読み、静かに畳んだ。そして何も言わず、手紙を暖炉にくべた。
魔女教に見つかったら困る。そう思ったのだ。
けれど老婆はその夜、一人で泣いていた。
あの子は、やっと本当のことを言ったのに、と。
次に着いたのは、海上レストラン「バラティエ」だった。
「うおおお! 船の形のレストランだ!」
ルフィは目を輝かせた。
「飯、食いてェ!」
「おい、金持ってんのか」
「ねェ!」
「バカ」
ゾロとウソップが同時に溜め息をつく。それでも、三人は店に入った。
洗練された店内で、客たちは静かに食事を楽しんでいた。
だが、ルフィたちが入った瞬間、空気がわずかに変わった。手配書の顔に気づいた客がいたのだ。あちこちから小さな囁き声が聞こえてくる。
「あれ、麦わらの……」
「魔女教に通報した方が……」
「いや、ここは魔女教のお気に入りの店だぞ。騒ぎを起こしたら……」
誰も動けずにいるところへ、煙草をくわえた金髪のスーツ姿の青年が現れた。
「いらっしゃいませ、お客様」
青年は三人の前に立ち、優雅に一礼した。
「お席にご案内いたします」
落ち着いた声だった。手配書を知らないはずがない。それでも、その態度に動揺は見られなかった。
「お、おう! ありがとう!」
ルフィは遠慮なく席に着いた。
「お前、おれのこと知らねェのか?」
「手配書の顔だろうが、腹を空かせてる奴は客だ。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「お前、名前は?」
「サンジと申します」
「サンジか。ここのコックか?」
「ええ。副料理長を務めております」
サンジはルフィをじっと見つめた。
「で、お客様。何かご用件は?」
「飯を食いに来た!」
「……それだけか?」
「あと、仲間を探してる!」
サンジの眉がぴくりと動いた。
「仲間、ね」
「そうだ。コックが欲しいんだ。お前、おれの仲間になれ!」
店内に緊張が走った。近くの席の客がそっと立ち上がり、出口へ向かう。
サンジはそれを横目で見送り、煙を細く吐いた。
「悪ィが、断る」
「なんで?」
「おれには、返しきれねェ恩がある」
サンジは胸の内ポケットから、小さな写真を取り出した。
白金の髪の、美しい少女が写っていた。
「ガキの頃、おれは海で遭難して死にかけた。そのとき助けてくれたのがこの方だ」
サンジの目が熱を帯びる。
「パンドラさん。魔女教の教祖様だよ」
ルフィの表情が変わった。
ゾロが静かに刀へ手をかける。ウソップは青ざめて固まっていた。
サンジは気づいていないのか、気づいていて無視しているのか、穏やかな笑みのまま続けた。
「あの人はおれの命の恩人だ。この恩は一生かけても返せねェ。だから、お前の誘いには乗れねェんだ」
「……そっか」
ルフィは小さく頷いた。
「じゃあ、一つだけ聞かせてくれ」
「なんだ」
「お前の恩人は、なんでビッグ・マムを潰したんだ?」
「あの人がそう決めたからだ。きっと、正しい理由が……」
「お前は見たのか? あの島を」
「……いや」
「見てねェのに、なんで正しいって言える」
サンジの笑みがわずかに強張った。
そのとき、店の奥から低い声が響いた。
「チビナス」
厨房の入り口に、大男が立っていた。片足は義足で、長いコック帽を被っている。
「……クソジジイ」
「客を困らせるな」
オーナーのゼフは、ゆっくりとルフィたちの席に近づいた。
「うちのチビナスが失礼をしたな、小僧」
「いや、別に」
「だが一つ、忠告しておこう」
ゼフは周囲を見回した。客たちが聞き耳を立てている。彼はわずかに声を潜めた。
「この店は魔女教の庇護下にある。三年前から、パンドラ様には月に一度、料理をお届けしている」
「へェ」
「断ったことは一度もない」
その言葉には重みがあった。
「あの方は礼儀正しく、お優しい方だ。だが、一度断ったら何が起こるかわからん。だから、この店はあの方の望むように動いている」
「……それは、怖ェってことか?」
「そう取ってもらって構わん」
ゼフはルフィをまっすぐに見た。
「小僧、パンドラ様に会いに行くつもりか?」
「ああ」
「死ぬぞ」
「死なねェ」
「死ぬ」
「死なねェ」
二人はしばらく睨み合った。やがて、ゼフが小さく笑った。
「……若ェな」
彼はサンジに向き直った。
「チビナス、お前こいつらと行け」
「は?」
「『は?』じゃねェ。いつまでもこの店に閉じこもってるわけにはいかねェだろう。見てこい。あの方が本当にお前の思ってるとおりの人なのか、自分の目でな」
「ふざけんな、クソジジイ。おれは……」
「オーナー命令だ」
ゼフは背を向けた。
「小僧どもに飯を食わせてやれ。今日は特別だ」
厨房に戻っていく背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。
サンジはしばらく立ち尽くしていた。やがて、短くなった煙草を揉み消し、ルフィに向き直る。
「……おい、お客様」
「ルフィでいいぞ」
「ルフィ。おれはまだ、お前の仲間になると決めたわけじゃねェ」
「おう」
「ただ、確かめてェんだ。あの人がどういう人なのか」
「それでいい」
ルフィは笑った。
「飯、食わせてくれよ、サンジ!」
「……ああ。腹いっぱい食わせてやる」
サンジは初めて、本当の笑顔を見せた。
その夜のバラティエの料理は、ルフィが今まで食べた中で一番うまかった。
けれど、鼻の奥にはどこか、甘い匂いが残っている気がした。
四人を乗せた船は、東の海をさらに南へ進んだ。
ルフィ、ゾロ、ウソップ、サンジ。ようやく海賊団らしい形になってきた。
「あとは航海士だな」
舵を握りながら、ルフィが言った。
「地図が読めて、天気がわかる奴が欲しいんだ」
「ああ。特にそこのマリモは、放っときゃ船の上でも迷子になるからな」
「なんだと、グル眉」
「やんのか」
「やるか」
ゾロとサンジがまた睨み合い、ウソップが慌てて間に入る。
そんな騒がしい日々が数日続いたあと、オレンジの町に着いたところで、ルフィの船が盗まれた。
「あっ! おれの船!」
港でルフィが叫ぶ。
小さな船が岸壁から離れていく。操っているのは、オレンジ色の髪の少女だった。
「ごめんなさいねー! これ、貰ってくわー!」
少女は手を振って笑った。
「待てー!」
ゴムの腕が伸び、船の舵をがしりと掴んだ。
「きゃっ!」
少女は慌てて舵を切ろうとしたが、腕は離れない。やがて観念したように両手を挙げた。
「わかった、わかった! 降参! 返すから離して!」
「返すのか?」
「返すわよ。あんた、ゴム人間でしょ? どうせ逃げられないもの」
少女はからりと笑った。彼女の名前はナミといった。
「泥棒やってるの、あたし」
四人に囲まれた船の上でも、ナミは堂々としていた。
「海賊専門の、ね。海賊の宝を盗むのが仕事なの」
「へェ、すげェな!」
「んナミさ?ん! 泥棒姿も素敵だ?!」
目をハートにしたサンジが、くねくねと身をよじった。ゾロが無言で顔をしかめる。
「でしょ?」
ナミは得意げに笑った。
「でも最近、仕事がやりにくくてね。魔女教のハンターがあちこちにいるから」
「お前も魔女教、嫌いなのか?」
ルフィが無邪気に聞いた。
ナミの笑顔が、ほんの一瞬固まった。ゾロもウソップもサンジも気づかなかったかもしれない、ごくわずかな変化だった。
だが、ルフィは気づいた。
「……嫌いよ」
ナミはすぐに笑顔を取り戻した。
「あんな連中、大嫌い。だから、あんたたちに協力してあげてもいいわよ」
「協力?」
「そう。あたし、航海士なの。腕は確かよ」
ナミは胸を張った。
「あんたたち、魔女教と戦うつもりなんでしょ? 手配書見たわ」
「おう、そうだ!」
「じゃあ、あたしを仲間にしなさい。損はさせないわ」
「いいぞ!」
ルフィは即答した。
「ちょ、ちょっと待てルフィ!」
ウソップが慌てた。
「こいつ、さっきおれたちの船を盗もうとしたんだぞ!」
「でも、返しただろ」
「返したのはお前が捕まえたからだ!」
「でも、航海士欲しいって言っただろ?」
「そ、そういう問題じゃ……」
ゾロは黙ってナミを見つめていた。鋭い目だった。
ナミはその視線に気づき、にこりと笑う。
「何か問題でも? 剣士さん」
「……いや」
ゾロは視線を逸らした。
「お前を信用していいのか、考えてただけだ」
「信用してもらえるように頑張るわ」
ナミはそう言って舵を握った。その手つきは、確かに熟練の航海士のものだった。
その夜、船の上は静かだった。
ゾロは見張り番。ウソップとサンジは船室で眠っている。ルフィは甲板でうとうとしていた。
ふと、誰かの小さな声が聞こえた。
薄目を開けると、船の隅でナミが膝を抱えて座っていた。その手には、小さな子電伝虫が乗っている。
「……はい。はい、わかっています」
昼間とはまるで違う声だった。静かで小さく、少しだけ震えている。
「大丈夫です。はい。まだ気づかれていません」
ルフィは動かなかった。目を閉じたまま、息を殺す。
「……ごめんなさい、お義父さま。もう少しだけ時間を……」
電伝虫が何かを答えたらしい。ナミは小さく頷いた。
「はい。ありがとうございます。お母さんにも、よろしくお伝えください」
電伝虫が静かになった。
ナミはしばらくそのまま動かなかった。それから、そっと鼻を啜った。
「……ごめんなさい」
誰に向けた言葉なのかは、わからなかった。
ルフィは目を閉じたまま考えた。
難しいことはわからない。ただ、あの電伝虫の向こうにいるのは、たぶん魔女教の誰かだ。
けれど、起き上がらなかった。問い詰めようとも思わなかった。
誰にだって、話したくないことはある。
ナミは確かに嘘をついている。けれど、さっきの泣き声は嘘じゃなかった。
それで十分だった。
ルフィはゆっくりと息を吐き、麦わら帽子を深く被り直した。
星空の下、船は波に揺られて進んでいく。
遠く水平線の向こうに、
ロジャーが処刑された場所。そして魔女教の大罪司教たちが、世界を揺るがした場所でもある。
「……行くぞ、みんな」
ルフィは小さく呟いた。
誰も答えなかった。
それでも、波音に混じる寝息と一つの小さな啜り泣きは、確かに同じ夢を見ているようだった。
甘い匂いがした。
原作にない設定や改変がありますよっと。
補足
この作品における改変点
ヤソップの所属は原作では赤髪海賊団の一員。
本文ではロジャー海賊団としているがあまりにも原作の情報がないのでシャンクスとバギーのようロジャーの船にいてもおかしくはない。