小説版の描写から出た思い付きを衝動のままに。
ネタバレあり。

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酒寄彩葉には悩みがあった。

 

七色に光るゲーミング電柱から誕生した赤ん坊、かぐや。

 

彼女と共に過ごした、ほんの僅かな、かけがえの無い日々。

 

かぐやとの別れ。

 

かぐや/ヤチヨとの再会。

 

ほんの1年にも満たない時間の中で、8000年にも、あるいはそれ以上にも及ぶ時間、螺旋を超えて。巡り合い、ハッピーエンドのその向こう側を目指し始めた彩葉。

 

支えてくれる友人もいる、頼れる兄がいる、大切な人がいる。

 

あとはもう、進むだけだった。

 

だがその歩み始めの、ほんの第一歩で、ちょっと困ったことになっていた。

 

これはそんな…ハッピーエンドの、ちょっとだけ先の話。

 

 

──────────────────────────

 

『彩葉…また鏡に向かってデレデレしてたよ?』

 

「…ぅえっ?」

 

やりたいこと、ヤチヨを、かぐやを"人間にする"という方針を定め始め、進路もその方向に舵を切りはじめた彩葉。

 

だが当然ながら、何事も一歩一歩積み重ね。どんな天才であってもたった数日で夢は叶ったりしないし、況してや彩葉は現在ただの高校生(但しヤチヨの過ごした8000年分の記憶持ち)。

 

まだまだ高校生活は残っていたし、やらなければいけないことが死ぬほどあった。金銭面でも生活面でも以前より比べものにならないほど快適になったが、必要なのはそこではない。生物学に関する知識、五感に繋がる脳波の知識、諸々…とにかく知識知識知識知識。勉強と顔繋ぎが必要なのに変わりない。

 

その上で、出席日数を満たすためにちゃんと授業にも出て、変わらずヤチヨに推し活して……

無論、かぐやによって生活が改善される以前とは違い、自分を省みて動いた分はしっかり休養を取っていたが、その内ある異変が生じ始めた。

 

『…また、ヤッチョに引っ張られたんじゃない?やっぱり、その…部分的にでも記憶を消した方が、いいんじゃ…』

 

タブレットの中のヤチヨが、不安そうに見つめている

 

ヤチヨの記憶に、偶に呑み込まれることがあった。

 

FUSHIをして、人間の身体では耐えられないかもと言わしめた8000年の記憶と体験。

 

彩葉の類稀なる精神性と忍耐力のお陰か、その時は意識を失うだけで済んだ。──だが、実はその時点から症状の兆候はあった。

 

目覚めたばかりの朦朧とした意識の中で、自身を呼ぶヤチヨの声を、自分のものだと一瞬誤認した。

ヤチヨが、かぐやが自分であると、記憶と経験が混ざり合って判別が出来なくなった。

 

冷静に考えれば、当然ではある。

かぐやの、ヤチヨの記憶を、経験を、孤独を。精神を同化させたことで受け入れた。それも、8000年分。

僅か十数年の分だけの記憶しかない彩葉のそれとは比べて遥かに濃く、冷たく、重い記憶。

 

呑み込まれていないだけでも奇跡だった。

 

だが、それでも。疲労が蓄積した際や眠気を感じた際などに、偶に"彩葉"が呑み込まれて、ヤチヨとしての意識が強くなる時がある。

 

その内、"ヤチヨ"に呑み込まれてしまうのでは…端末の、電子の海の中から心配の表情を浮かべるヤチヨ。

 

「大丈夫だって。…とにかく、記憶を消すのは絶対ナシ。ってかしたくない、絶対やだ。分かった?」

 

ただ、彩葉にとってヤチヨの記憶はかけがえのない大切なモノでもある。決して無くしたくない、尊いものでもある。

 

我慢ではなく、我儘で。それをキッパリと断る彩葉を見てしまえば、もうヤチヨに言えることはない。だが、彩葉が我儘を通すならと、ヤチヨにも譲れないものはある。

 

『分かったよ…でも、危ないときはこっちの判断で決めさせて?彩葉が私を大切にしてくれてるのはすっごく幸せだけど…私だって、彩葉はずっと大切で…』

 

「それは知ってるし、もう分かってるよ。とにかく今日はもう大人しく寝る。それでいい?」

 

『…うん、お休み。彩葉。』

 

────────────────────────

 

 

「…ッ……は、ぁ…ぃ、ろはぁ……いろ、はぁ……」

 

 

洗面所で。鏡に映る"彩葉"の姿を前に、私は熱を抑えきれなかった。

 

それは私(彩葉)なのに。私(ヤチヨ)は、この胸に溢れる愛を抑えることが出来ない。

 

「ぁあ…触れられる…触れる……いろ、はぁ……」

 

鏡にキスをすれば、私(彩葉)が私(ヤチヨ)にキスを返してくれる。

 

もと光る竹が故障し、肉体を喪って、何千年もの間、ろくに人に触れることも出来なかった。ウミウシの身体で、這いずるばかりで、言葉を伝えることもままならない。

目の前で零れ落ちていく大切な人達の命を、身体を、抱き締めることも出来なかった。

 

でも、今。確かに。温もりがあって。触れられて。

 

大切な人に、言葉を届けられる。いっしょになっている。

 

彩葉が、私が、彩葉(ヤチヨ)が、ヤチヨ(彩葉)が、私が、わたし───

 

 

「……ぁ。」

 

 

気が付けば。

寝間着姿だったはずの私は、一糸纏わぬ姿で。ベッドへと横たわっていた。

 

 

「………………寝よう。」

 

 

────────────────────────

 

 

 

『──────』

 

一部始終を、見ていた。

 

盗撮と言ったほうが正しいかもしれない。

ツクヨミから遠隔操作でカメラを作動させて、タブレット端末のカメラから、あるいは防犯カメラから、様々な角度でそれを見ていた。

 

不安だったから、というのもあった。彩葉が、大切な人が、自分のせいで消えてしまうかもしれないことに耐えきれなかった。

 

だから、もしもの時は、FUSHIを介して、止めようとしたのに。

 

『……いろ、はぁ……』

 

私の記憶に呑まれかけて、彼女は鏡に映る自分自身の姿に欲情していた。そのままそれは、ベッドへと場面を映し、一人遊びに耽る行為に変わっていった。

 

愛おしい人。8000年の時を超えてまた巡り合えた彩葉の、かぐやとしてもヤチヨとしても、初めて見る姿。

 

もう自分には肉体はないのに。0と1で構成された、電子の海を漂うだけの魂のはずなのに。

 

鼓動が高鳴る音が聞こえて、胸が今まで感じたことのない熱を帯びていった。

 

『……ぁ、あぁぁぁぁぁ……』

 

女性のそういう行為を見てこなかったわけじゃない。8000年という年月の中で、人間の様々な姿を見てきたから。

 

だが、好きな人の、ずっと待ち焦がれていた人のそれは。自分の中の何かを狂わせるのに十分だった。

 

『……いろ、はぁ……』

 

───────────────────────────

 

 

結果として、それはお伽噺にならないような些細な出来事でしかなかった。

 

かぐやとの出会いを経た彩葉は容易く呑み込まれるほど弱い人間ではなかったし、そもそも人間とは慣れる生き物。

 

その内、彩葉がヤチヨに呑み込まれることは少なくなり、高校を卒業する頃には完全に無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

だが、その映像だけは。

何時迄もツクヨミの奥の奥。ヤチヨが最も厳重に管理している玉手箱の中に、今も尚。封印されているそうな。

 

…いろはには、ないしょだよ?


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