──ユーファリア。人々がその持てる技術を、叡智を急速に発展させ、社会を変容させていき……同時にその力を用いて、二大大国が覇を争う、激動の世界。しかしその世界を蝕み、終わらせんとするのは人と人との争いではなく、無慈悲なる神獣。常人に、抗う術はなく……だからこそ、天使が畏怖され、時に忌み嫌われながらも、人を、世界を守るべく、神獣との戦いに身を投じる。
 しかし、如何に頑強なる肉体と、不屈の精神を持っていようと人には限界があるように、天使も常に戦い続けられる訳ではない。天使とて心を持つ存在、少女であり女性なのであり、その歩みは戦いの為だけのものではない。
 故に、悲愴な使命、運命を持つ天使であっても、それぞれの日々が、日常が、争う為のものではない毎日が存在する。時に穏やかで、時に賑やかな日常……それもまた世界の、物語の一部として、彼女達の歩みの一幕として、語られ綴られる。

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 結構続いてくれるかな、と期待していたANGELICA ASTERがサービス終了となってしまった事に際して、捧ぐという形で投稿をしました。このパターン、三回目です。自分のやっているソシャゲがサ終する度にやる…という訳ではないのですが、本作に関してはどうしてもやっておきたく、書くに至りました。
 同様のパターンで書いた二作と違い、遊び要素(?)は特にありません。純粋に、あるキャラへの思い、熱意だけで書きました。同時に彼女への自己解釈も少しあるのですが、それを含めて彼女から感じた、彼女の『物語』であると思って頂けると幸いです。


救世の天使

──翼。それは、自由の象徴。果てなき空を、阻むものなど何もない天へと舞い上がり、進む為の、儚くも確かな力。

 何処かの世界ては、それを人が手にしていたのかもしれない。或いは翼に変わる力を作り出し、天空を、更にはその先へと手を届かせていたのかもしれない。されどそれは、この世界ではない。

 人に、空という領域で自由を掴む事は叶わない。この世界で空を支配するのは、人を、大地を、何もかもを焼き尽くす神獣のみ。そして、神獣の支配する天を穿ち、未来を切り拓かんとする、人にとっての翼は──天使のみ。

 

 

*

 

 

 高高度に響き渡る、砲火の嵐。顕現せし神獣が、今ある世界を終わらせようと、嘗て何処かで紡がれた物語の『再演』を行わんと、その圧倒的なる暴威を振るう。だからこそ、その神獣を討つべく……天使隊が、空を駆ける。

 先陣を切るのは、チェイサー隊。その機動力で以って、神獣の配下を撹乱し、引き剥がしていく。引き剥がされた配下達を、火力に長けるガンナー隊が弾幕を展開し蹴散らしていく。そうして孤立した神獣を、前衛の要たるファイター隊が突撃。舞うように迎撃を躱しながら、その巨体を斬り裂き、砕く。更に神獣の意識が逸れた隙を突いて、第二陣のパンツァー隊が強襲。装甲で弾雨を弾き飛ばし、重い一撃を与えていく。前衛の支援と共に更なる隙を引き出すべく、スナイパー隊が正確無比な狙撃を浴びせ、大きな隙を晒した瞬間に、ブラスター隊が渾身の攻撃を叩き込む。前衛部隊が傷付く度に、ヒーラー隊が援護し、その傷を瞬く間に癒していく。

 当然、神獣とてやられるばかりではない。迫り来る天使達への迎撃を行うと共に、天使隊の拠点、飛行艦である『ブラスフェミィ』へと激しい攻撃を仕掛けてくる。その牙を、艦の直掩として展開しているディフェンダー隊が鉄壁の防御で阻み防ぐ。神獣が戦場たる空に咒歌を響かせれば、アーティスト隊はそれぞれが奏でる音色で蝕む唄を塗り替えていく。刻一刻と変化する戦闘に、決まりきった流れなどなく、故にアルケミスト隊が状況に応じた支援を各隊へと行う。それでもやはり、不確定要素はあるからこそ…それをより強い不確定要素で踏み潰すギャンブラー隊と、不確定諸共正面突破で打ち破る破壊力を持ったバーサーカー隊がここぞという場面でその存在感を発揮する。

 

 一騎当千の天使達が力を合わせ、束となる事で、世界を終わらせ得る力を持つ神獣へと立ち向かう。天使の力すらも、神獣からすればか弱く儚いものかもしれない。それでも…いやだからこそ、力を、思いを、翼を重ねる事で、天使達は明日を目指す。自分達は、人々は、世界はまだここで終わるべきではないと、天空を駆ける。束ねた力は確かに強大な神獣にも届き、少しずつ、少しずつ、その身を砕き、散らしていく。

 しかし、天使達もまた疲労していく。後一歩で倒せる、されどその一歩が遠い…そんな苦境が、ブラスフェミィの艦橋からも見て取れる。

 ならばどうするか。その一歩を、如何にして掴み取るか。それを描くのが『指揮官』の務めであり、それを支えるのが将の器たるジェネラル隊。激戦の中、指揮官がゆっくりと見回し、再び神獣を見据えた……その時だった。

 

「──私が参りましょう」

 

 静かな、落ち着いた…されど凛とした声と共に、一人の天使が立ち上がる。金の髪を靡かせながら、彼女はちらりと指揮官を見やり……他者の意見は求める事なく、艦橋を後にする。暫し、彼女の姿が見えなくなり……束の間を経て、甲板から天使が舞い上がる。

 彼女が備えるのは、剣の形を持つ翼。その翼で文字通り風を切りながら、猛然と神獣へ向かっていく。当然その行く手には神獣の砲火が襲い掛かるが、彼女は優雅に躱し、振り切り、或いは翼である剣を自在に操る事で斬り刻む。彼女の接近に神獣は脅威を感じたのか、より強力な迎撃を行おうとするも、それを各天使達が阻む。彼女を支援し、援護し、道を開く。

 そうして彼女の意図を汲んだ天使達により、生まれた空白。遮るもののない空間と、僅かな…されど確かな隙。その中心に、空に立った彼女は、腕を振るいその手を掲げる。背後に控えていた一振りの長剣がその両手に収まり、翼である剣も集結していく。刀身からは眩いばかりの光が溢れ出し、天をも貫かんばかりの巨大な刃を形作る。そして──。

 

「世界を救う──それが、私の生き残った意味!」

 

 覚悟と、決意と、どこか悲壮感すらある信念の声を響かせながら、天使は光の巨剣を振り抜く。暗雲を割り、弾雨の悉くを蒸発させながら天使の一撃は振り下ろされ……一刀両断。天使隊の奮戦により損耗していたとはいえ、それでも強大な力を持つ神獣を、いっそ呆気ない程にあっさりと斬り裂き…爆炎と共に、神獣は崩れて墜ちていく。

 神獣の撃墜。それは即ち、今ここに神殺しが為されたという事。世界を蝕む存在、その一角から解放された空では、ある天使が歓喜の、ある天使が安堵の、またある天使が次を見据えた奮起の声を空へと零し……そんな空の片隅では、金の髪を風に揺らめかせる彼女が──救世主の名を持つ天使(コールサイン:メサイア)が、一人静かに立っていた。

 

 

*

 

 

 飛行艦ブラスフェミィの一角、喫茶『鳩』で、自分は本を読んでいた。いつかの、どこかの、誰かの物語を、マスターの淹れてくれたコーヒーを飲みつつ読み耽る。…このマスター、落書きみたいな顔が描かれた白のシルクハットに、フランジが目立つ白の服という、凄まじく珍妙な格好をしているのだが…何故そんな格好をしているのかは、訊いた事がない。気にはなるが、訊く勇気がない。

…別段自分は、読書家という訳ではない。ただ、自分がここに来てから…天使隊の『指揮官』となってからは、気の向くままに、時折読んでいる。読む事で、知る事で、その物語を…そこに描かれている『過去』を、自分は理解していく。今日もまた、自分はカウンター席でページを捲り……そんな自分へと、不意に声が掛けられる。

 

「お隣、宜しいですか?」

 

 顔を上げれば、そこにいたのはメサイアだった。自分が頷けば、メサイアはありがとうございます、と微笑み、隣の席に腰を下ろす。

 彼女の手にも、一冊の本があった。読んだ事はないが、恐らくそれは何かの物語。その本を開いて、メサイアはページへと目を落とす。いつの間にか彼女用のコーヒーを入れていたらしいマスターが、カップとソーサーを静かに置く。するとメサイアは、数瞬の間半眼をマスターへと向け…その後は何事もなかったかのように、本の内容へと目を戻す。

 

「…………」

 

 何を言うでもなく、メサイアは本を読む。暫し彼女の事を見ていた自分も、再び本に視線を向ける。

 これは、初めての事ではない。メサイアと共に読書をする事は、これまで何度もあった。場所はまちまちで、時間もその時々で違うのだが…自分が一人で本を読んでいれば、大体いつもメサイアがやってきて、二人での読書会が始まる。

 繰り返すようだが、自分は読書家という訳ではない。だから、自分が読書にぴったりなポイントへいつも陣取っているという事はない。…というかこの喫茶『鳩』は、アーケードゲームやガチャガチャがある場所や、庭園の様な空間と扉も無しに繋がっており、日々様々な天使が遊びに来たり寛ぎに来たりで賑やかな状態となっている事も多い為、読書に適しているとはとても思えない。そんな場所なのに、どうしてメサイアはわざわざ来たのか。何故自分の隣に座るのか。……それを訊く程、自分は野暮ではない。…まぁ、自分の中に浮かんでいる『理由』が思い違いの見当違い、小っ恥ずかしい自意識過剰である可能性もあるから、訊くに訊けない面もあるが。

 

「──此度の戦いで、また一つ世界は救われた。…貴方は、そう思いますか?」

 

 そうして暫しの時が経った頃、隣のメサイアが、おもむろに口を開く。反応して自分が振り向けば…メサイアは、自分の事を見つめていた。

 突然何を?…とは言わなかった。メサイアの真剣そのものな表情が、自分の中からその返答を消し去った。…此度というのは、メサイアが最後の一撃を与えた、先日の神獣戦の事だろう。ならば、答えは決まっている。自分は真っ直ぐに、メサイアを見つめ返して頷く。

 

「果たして、そうでしょうか?神獣は一体一体が世界にとっての脅威であれど、所詮は幾体も存在する内の一つに過ぎない。その一個体を倒しただけで、救いとなった…貴方は、本当にそう思いますか?私に遠慮など、必要ないのですよ?」

 

 納得がいっていない様子で、メサイアは再度問うてくる。彼女の瞳は、一瞬たりとも自分の事を逃さない。

 これは少々、意外な返答だった。メサイア…救世主のコールサインを持ち、嘗て存在したという伝説の救世主と同じ名を持つ彼女は、その名の通り、自身が世界を救う存在であると信じて疑わない。救世主たる自分には世界を救う使命と宿命があるのであり、世界は自分によって救われる運命にある…常日頃からそう考えている彼女からすれば、救いになったか、救われたかなど、訊くまでもない筈の事だからだ。

 されど、意外だろうとなんだろうと、自分の答えは変わらない。だから自分は、改めて答える。戦わなければ、勝たなければ、あの神獣によって多くの命が奪われ、数多の不幸が生まれていた筈だと。少なくとも…戦う力などない、神獣を前にすれば天使達を信じるしかない自分は、間違いなく救われたと。そして、自分の答えを聞いたメサイアは…小さく一つ、息を吐く。

 

「……確かに、そうですね。一つの戦いが、世界の全てを救う事にはならずとも、そこで救われる『人』はいる…えぇ、分かっていました」

 

 どうやら自分の答えはメサイアにとって良いものだったらしく、その表情はふっ…と緩む。それから、答えは初めから分かっていたとばかりに言葉を続け…だが何を思ったのか、ずいっとメサイアは自分に顔を近付けてくる。

 

「ですが、一つ間違っていますよ?貴方がまず信じるべきは、天使達ではなくこの私…そうでしょう?」

 

 自信満々に、不敵な笑みを浮かべてメサイアは言う。その笑みに、心の奥まで一直線に届けてくるような思いに、自分は息を呑む。

 光を編んで束ねたような金の長髪と、翠玉を思わせる緑の瞳。その髪と瞳は彼女自身も気に入っているのか、白を主体とする彼女の服装にも金と緑はあしらわれており、髪にも緑のインナーカラーが差している。スタイルも良く、大人びていながらもまだ少女らしさを残す彼女の面持ちは、天使である事と、彼女の信仰を思えば不適切かもしれないが…初めて見た時、自分はこう思った。思ってしまった。──まるで、女神の様だ、と。

 そんな彼女に顔を寄せられ、見つめられれば、動揺しない訳がない。彼女の人となりこそ聖女を思わせるそれだが、胸元と腋は開き、深いスリットからはアシンメトリーソックスと脚が覗き、何より背中が大胆に露出しているという中々に攻めた服装である為に、近付かれるとそれだけで目のやり場に困ってしまう。…本当に、この服はどうなっているのだろうか。近付かなければ腕以外はそこまで露出が多い訳でもないように見えるのに、背中も髪が長い為普段はあまり見えないのに、接近した途端にこれなのだから、破壊力がとんでもない。

 

「……?どうかしましたか?」

 

 目を瞬かせ、メサイアは問い掛けてくる。小首を傾げ、頬に指を当てるという、何とも可愛らしい仕草を見せる。…これである。極め付けがこの、絶対そういう方向性を狙ってたりはしないだろうと分かる、清純さである。それ自体が持つ魅力と、それを普段は大人びている、更には攻めたコーディネートをしている事とのギャップに、自分は何度も惑わされてきた。救世主を名乗り、清く正しくをモットーにしていそうな言動を常とし、自身も信仰を持ちながらも信仰対象となった過去すらある彼女が、これで良いのだろうか。……このままでいてほしい事は、内緒である。

 

「まあ、良いでしょう。ところで…貴方は何を読んでいるのです?」

 

 元々大して気にしていなかったのか、メサイアは話を切り替え、自分の本を覗き込んでくる。そしてそのまま、読み始める。覗き込む体勢の関係で、髪の合間から健康的な背中がちらちらと見えているし、うなじや肩も目に入ってくるのだが…やはりメサイアは、そういう視線を向けられる事を考えてすらいない様子。

 

「ふむ、これは……。…………あ、ページを捲って頂けますか?」

 

 興味を持つどころか完全に読み込み、あまつさえ次のページへ進む事まで求めてくるメサイア。純粋というべきか、それとも図々しいというべきか…何れにせよ、メサイアの声音には、「勿論捲ってくれますよね?」という、和やかな圧がある。それは抗えずページを捲ると、メサイアはにこりと笑い、ありがとうございますと言って、本へと目を戻した。そしてそれからは、暫くメサイアが読み、自分がページを捲るという、何か変な時間が続く。

 

「……?……!」

 

 こんな状態では、自分は読書に集中出来ない。というかまず、ページを見辛い。しかし、だからといってこの時間を苦痛に感じる事はなかった。本はまるで読めないが…代わりに、メサイアが物語に一喜一憂しながら読み進める姿を、その移り変わる表情を、間近で見る事が出来たのだから。

 救世主としての使命感と、それに基付く理念を持つメサイアは、ともすれば周囲から敬遠されがちなタイプとも言える。極端な話、自身の理想を周囲にも広めようとする気質である為に、天使隊へ加わった当初は、多少なりとも軋轢があった。今でも少々独特な立ち位置になっている事は否めない。だが…自分は知っている。メサイアが理想に生きる天使であると共に、こうして本の世界、そこに綴られた物語に一喜一憂する事が出来る、普通の少女としての心も持ち合わせている事を。元々彼女は明日の保証もない中で生きていたらしく、読書も救世主として祀り上げられるようになってから始めた、謂わば知識を得る為の手段だったようだが…間違いなく彼女は、読書そのものも楽しんでいる。でなければ、こんなにも豊かな表情を見せる筈がない。

 

「…ふふ。良い物語ですね、これは。決して幸せな話ではないのかもしれませんが…生き生きとした感情を、物語の中にある命を感じます」

 

 顔を上げたメサイアは、柔らかな笑みを浮かべる。自分もそう思う、と同意で返すと、メサイアは嬉しそうにその笑みを深める。無邪気に、ではないが、穏やかに笑うメサイアの表情は眩しく……だからこそ、少しだけ複雑な気持ちにもなる。

 

「さて、それでは読ませて頂いたのですから、今度は私の番ですね」

 

 そう言って、メサイアは自分が読んでいた本を差し出してくる。…どうやら捲ってはくれないらしい。自分で読め、という事らしい。まあ、良いのだが。

 メサイアが読んでいたのは、とある伝説の人物…再来の救世主と称されるメサイアに対して、その原典と呼べる救世主の物語だった。その救世主の物語は数多くあり、メサイアはそれを好んでいる。その内の一冊がこれのようで…物語の中の救世主は、儚くも気高く、哀しくも確かに世界を救っていた。

 

「どうですか?良い話でしょう?」

 

 指先で、メサイアはページを撫でる。その声にはどこか、憧れのような響きがあり…自分は小さく頷きながらも、本心から同意する事は出来なかった。確かに良い話ではある、あるが…この話の結末では、救世主は己が使命を果たす為、自身の命を捧げている。物語としては美しいが……メサイアに、それこそが救世主のあるべき姿だとは思ってほしくない。

 

「…頷いた割には、随分と物憂げな表情ですね。…あぁ、そういう事ですか。確かにこの本だけでは、彼女の在り方の全てを知る事は出来ませんからね」

 

 どうやら自分の思いは顔に出てしまっていたらしい…が、メサイアは救世主を理解しきれていないが故の表情だと捉えたらしい。今抱いた思いを伝えるべきか、それはメサイアの信条を否定する事になるのではないか、そう思っていた自分にとって彼女の誤解はありがたく、心を落ち着かせようとコーヒーを飲む。そして、小さく息を吐いたところで…メサイアは、ぱん、と軽く手を叩く。

 

「それはそうと、時刻は丁度お昼時。焼きそばパンを買ってきて下さいませんか?……それが、貴方の救世の道です」

 

……色々と、突然過ぎる。そう思いながら横を見ると、いつの間にかメサイアの格好は、普段着からどこかの学校の制服…らしきものに変わっていた。…取り敢えず、それは救世の道ではなく、パシリの道ではないだろうか。

 

「ほら、早くしないと売り切れてしまいますよ?……あ、いえ、結構です。私が食べたいのは、彼に買ってきてもらう焼きそばパンなのですから」

 

 何も言わずにランチを用意してくれようとしたマスターへ、素っ気ない調子でメサイアは断る。そこから続いたのは、何だか嬉しくなる言葉…のような気も一瞬したが、気のせいだった。やっぱり普通に、「えぇ……?」…としか思わなかった。

 というか、本当にいつの間にか制服姿に…俗に言う、『学園Ver.』になっている。何を言っているのかよく分からないと思うが、本当にそうなのだ。今のメサイアは、ジョブもジェネラルからガンナーになり、剣が翼であり武器でもある自分が更に武器を持ったら最強なのでは?…という発想で二丁拳銃スタイルになっているのだ。

 

「…………」

 

 じー、っとメサイアは自分を見つめてくる。今度は特に、不敵な訳でも圧がある訳でもない…本当にただの少女のような顔で、ひたすら自分を見つめて待つ。容姿端麗な彼女に見つめられ続けるというのは、非常に落ち着かないものがあり……根比べの末、自分は焼きそばパンを買ってきた。買いに行かざるを、得なかった。

 

「ありがとうございます。それでは……んっ…♪」

 

 そうして買ってきた焼きそばパンを渡せば、メサイアは早速かぶり付く。咀嚼し、飲み込み…美味しそうに頬を緩める。食べているのは惣菜パン、それも庶民的なイメージのある焼きそばパンなのだが、えらいものでメサイアが食べると何となく品を感じるのだから世の中は中々に予想が付かない。

 焼きそばパンに、制服。これだけ見れば、完全に女学生のお昼休み。しかし彼女は天使なのだ。実は目のやり場に困る普段着と違い、露出らしい露出は太腿位な今のメサイアたが…その太腿が、ミニスカートとニーハイによって生まれる絶対領域が、自分を狂わせようとしてくる。これがまた健康的で肌艶も良いのだから、危ないというか堪んないというか……しかしこの辺りで自重しなければ、理性を働かせなければ、救世主からの裁きを受けてしまうだろう。

 

「…おや?貴方は何も買ってこなかったのですか?」

 

 半分程食べたところで、メサイアは自分がコーヒーを飲んでいるだけな事に気が付いた。自分はマスターにランチを作ってもらおうと思っていたのだが…何を思ったのか、メサイアはくすりと笑う。

 

「全く、仕方のない方ですね。しかし、私は貴方を見捨てなどしません。言ったでしょう?それが、貴方の救世の道だと」

 

 まるで未来を言い当てたかのように自信満々となったメサイアは、お菓子の包みを差し出してくる。自分が受け取ると、メサイアは「大いに感謝してくれていいのですよ?」…とご満悦そうに言ってくる。……最初からこれを食べれば良かったのでは?と思ったが、今食べたいのは焼きそばパンだったのだから、代用になる訳がない、との事だった。

 

「ふふふっ。人を救い、感謝され、その思いに胸が満たされる。勿論私は感謝される為に救う訳ではありませんが…やはり、感謝されるというのは良いものです」

 

 再び焼きそばパンを口に付け、メサイアは嬉しそうに笑う。どうやらメサイアの中では、自分は感謝している事になっているらしい。…だが、まあ…それはそれで、良いのだろう。いや、良いのだ。メサイアが嬉しそうならば……自分は、それで良い。

 

「ご馳走様でした。さて、それでは読書の続きを…と、思いましたが……」

 

 丁寧に手を合わせ、焼きそばパンの包みを折り畳んだメサイアは、ちらりと時計に目をやり…ふっ、と表情が変わる。先程までの、制服のよく似合う少女の様な面持ちから、救世主としての顔付きになる。

 

「残念ですが、私はこの後行かねばならないところがあります。今日も、楽しかったですよ」

 

 今日も、と少しだけ強調し、メサイアは立つ。どこへ行くのか自分は知らず、メサイアも話すつもりはなさそうだが…表情からして、救世主として自らが定めた『使命』に関わる事なのだろう。ひょっとすると、自らの過去に起因する事かもしれない。

 自分は指揮官としてここにいるが、彼女達天使の上司となったつもりはない。命を懸けて戦う天使達を支える事はしても、その歩みを縛るつもりは毛頭ない。だからメサイアの事を見送り……されど一瞬迷って、躊躇って…その上で、言う。メサイアと、とある約束を交わす。

 

「…それはまた、随分と唐突ですね…ですがこれは、他でもない貴方からの言葉。であれば、断る理由などありません」

 

 目を丸くし、それから小さく笑みを浮かべて、メサイアは自分の言葉に頷いた。そうしてメサイアは自分に背を向け、長い髪を揺らしながら歩いていった。

 他でもない貴方。これは、指揮官として敬意を払ってくれているという事なのか、読書仲間…のようになっている間柄から来る言葉なのか、それとも別の意味を、思いを持つのか…それは自分には分からない。されどどんな理由であれ、メサイアが自分に対し、一個人として何か思いを抱いてくれているのなら嬉しい。そしてそんなメサイアだからこそ……自分にも、貫きたい思いがある。

 

 

*

 

 

──メサイアコンプレックス。サバイバーズ・ギルト。どちらも自身の不幸を根底とする、強迫観念染みた意思が構築されてしまう心理状態の事であり……初め自分は、メサイアもこの心理が心の奥底にあるのではないかと思っていた。神獣に襲われ、人が、街が潰されていく中で、唯一生き残った少女。その事実から救世主の生まれ変わりだと祀り上げられ、自らも自身は救世主であるのだと定義したメサイア。その経歴は、心に深い闇を抱えてしまうに足るもので…故にメサイアは、自分だけが生き残ってしまった罪悪感と、『救世主』という周囲から与えられた存在理由から、救う事に固執しているのではないか…そんな風に、考えていた。

 

「あぁ、もう来ていらしたのですね」

 

 空を進むブラスフェミィ、そのまだ暗い甲板に、一人の声が聞こえてくる。自分がそちらに視線をやれば、メサイアはゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 

「お待たせ、してしまいましたか?」

 

 メサイアからの問いに、自分は首を横に振る。…本当は、メサイアなら約束した時間より早く来るだろうと思い、更にその前に来て少し待っていたのだが…それは言わぬが花というもの。

 喫茶『鳩』で交わした約束。それは今日、この時間帯に甲板へと出てきてほしいというものだった。そして約束通りに来てくれたメサイアを、甲板の縁にまで誘う。そこから暫し、まだ星の見える空を眺めて過ごす。

 

「……綺麗な星空ですね。これを、私に見せたかったと?」

 

 そうではない、と否定する。だがそれはそれとして、綺麗である事は事実。神獣が出現した際には轟音が鳴り響く空も、今はどこまでも静かで穏やか。見ているだけで、心の中も落ち着いてくる。

 しかし、同じものを見ていても、同じ思いを抱いているとは限らない。そう思いながらメサイアを見れば、メサイアは空の星々を見つめていて…それからゆっくりと、自分の方を向く。

 

「本当に、綺麗な星空。けれど…私は、思うのです。この空に輝く無数の星…その星々と同じ程にまで、この世界には不幸が溢れていると。嘆き、苦しみ、悲しむ人々がいると」

 

 真面目に、悲しげに、メサイアは言う。…やはり、そうだ。そうなのだ。メサイアは…いつでも頭に、その思考があるのだ。

 

「だからこそ、救世主が必要なのです。人は、世界は、救いを必要としています。そして…その救いを果たす者こそが、私なのです。…貴方も、そう思うでしょう?」

 

 迷いのない、メサイアの瞳。だが感じる。伝わってくる。その瞳からは、声からは、肯定してほしいという思いを。自分は救世主であると、だから今ここにいる自分には存在する意味があるのだと、それを認めてほしいと。

 それに、その問いに、その思いに──自分は頷く。その瞬間、メサイアは一瞬嬉しそうな表情を浮かべ、すぐに自信に満ちた面持ちになり…だがそのメサイアへ、更に言う。メサイアは……自分が思っている程、理想を体現し得る救世主ではないと。自分は、そうは思えないと。

 

「……っ…!…どうして、そんな事を……」

 

 目を見開き、信じられない…と言いたげに表情を崩すメサイア。…自分は、メサイアが怒る可能性も考えていた。だがメサイアに、怒る様子はなかった。動揺が勝っているのか、自分にそれを言われた事に愕然としているのか……或いは、メサイア自身思うところがあったのか、それを今の表情から察する事は出来ない。

 

「…いえ、いいえ。私は救世主、救世主なのです。…そうでないというのなら、ならば何故、私は生まれたというのですか……?」

 

 表情を引き締め…否、崩れた面持ちを取り繕い、ならばとメサイアは問う。再び自分に答えを求める。

 先の問いは、自分の中で確信を持った上での確認だった。されどこれは違う。これは本当に、自分へと訊いている。それが分かる程には、メサイアの瞳の奥には不安が浮かんでおり……自分は答えた。──それは、分からないと。

 

「……はい…?」

 

 その瞬間、メサイアは茫然とした。何を言っているのだ、という声音だった。…その気持ちは分かる。否定をしておきながら、分からないなどと言われたら、こんな反応になりもする。

 だが…分からないものは、分からないのだ。そこで適当に答えるのはメサイアの為にならないし……分からなくていいのだ。自分の生まれた意味も、存在意義も。

 

「あ、貴方は何を言って……」

 

 いよいよ困惑し始めるメサイアへ、待ったを掛ける。最後まで聞いてほしいと、身体全体で向き直る。

 自分は嘗て、今のメサイアの在り方には、過去に起因する心の闇が根底にあると思っていた。それは決して、全くの的外れではないのだろう。だが…自分はこれまで、メサイアの様々な姿を見てきた。天使としての、救世主としての姿は勿論、日常の姿も数多く目にしてきた。読書が好きで、意地っ張りで、救世の為なら如何なる行為も厭わない…そう謳いながらも、その実全ての人を救いたいという、甘くも気高い思いを持つ、基本真面目なのに学園Ver.となると普段より体裁を気にせず一層やりたい放題の言動を見せる……後、『ハッピー救世主まつり』とかいうよく分からない縁起物(?)があったりする、メサイア自身が思っているような救世主とはちょっと…いや大分差異のある『少女』が、メサイアなのだ。

 

「…それが、私……。…いや、流石にちょっと言い過ぎというか、貴方は私をそういう目で見ていたんですか……?」

 

 何やらまた別のショックを受けた様子で、メサイアは困惑と辟易の混じった顔を見せる。…そういうところに全く無自覚なのも、メサイアの良くも悪くもゴーイングマイウェイな在り方なのだが、そこまで言うと本格的にしょんぼりしてしまいそうなので、これは言わない事にする。

 

「…そんな事を言われるとは、思っていませんでした…それに、今更貴方一人の言葉で、ここまで揺らいでしまう自分がまだいるなんて……」

 

 胸の前で手を握り、メサイアは呟く。少しばかり雰囲気が緩んではいたが、自分の発言は、メサイアのアイデンティティを崩そうとしたも同然のもの。そして自分は、メサイアの否定がしたかった訳でもなければ…何の責任も持たず、ただ否定して終わるだけのつもりもない。

 今の発言、自分が揺らいでしまったのだと自覚しそれを零す姿もまた、メサイアの理想とする救世主とは絶対に違う。何せ、メサイアの理想とする救世主は唯一の存在であり、比較対象などないが故に、誰かと比べて不安になる事はないのだから。その感情は、救世主として祀り上げられ、自らもそれを信じ貫こうとする、メサイアという『少女』だからこそ抱く思いなのだから。

 

「私という、少女…ですがそれでは、救世主としての使命は……」

 

 違う。そうではない。物語の救世主に等しい、その救世主を『再演』する存在でなければ世界を救えない、救世主の名に相応しい存在になれないなどという事はない。それこそ、その思いこそが、自分が真に否定する事。自分が…そんな事はないと、メサイアに伝えたい事。

 そもそも、無理なのだ。今ここにいるメサイアと、物語の救世主は、立場も、辿ってきた道も、その心も違う。根本的な話として、救世主に憧れ、そうあらんとしている時点で…その思いこそが、メサイアと物語の救世主とを隔てている。だからどう足掻いても、メサイアの思いが果たされる事はなく……だが、それで良いのだ。それが良いのだ。だって…ここは救世主が語られる物語の世界ではなく、今ここにいる、自分やメサイア、多くの天使や人が生きる世界なのだから。世界が違えば、結末も違う。この世界の結末は、未来は、誰も知らないし分からない。ただ一つ、確かな事があるとすれば……

 

「…その結末を描くのも、掴み取るのも、この世界に生きる私達自身……ですか」

 

 そういう事だと、軽く肩を竦めて肯定する。物語が違うのに、次のページに何が書いてあるか分からないのに、異なる物語の人物を真似するなど、ナンセンスというものだろう。憧れるのは良い、手本にするのも良い、しかし同じになろうとしてもなれないし…無理になろうとしたところで、その先にある結末は、メサイアの望むものではない。そんな風に、自分は思う。

 筋道のない物語を紡ぐ…それは恐ろしい事だ。一寸先は闇の中で、歩み続けなければいけないのだから。されど、自分はこうも思う。見えないからこそ、分からないからこそ……自分なりの道を、進めば良いと。

 

「…難しい事を言いますね。自分なりの道…選ばれし救世主として、悩み迷う人々を救う者として歩んできた、そうあらんとしてきた私にとって、今更自分なりの道など……」

 

 気弱に語るメサイアへ、自分は再び待ったを掛ける。しかし今度は、まだ続きがあるという意味ではない。そうではなく…時間なのだ。

 

「時間?…そういえば……」

 

 そもそもこの話をする為にここに来た訳ではなかった、と思い出した様子のメサイア。自分も話に熱が入り過ぎて、危うく忘れるところだった…と内心で思いつつも、曖昧な笑みを浮かべて時計を確認する。

 一秒一秒時を刻む時計。過去から今へ、今から未来へ、一瞬という刻を重ね続ける時間。そして、時刻が6時17分を迎えた瞬間──沈んでいた光が、解き放たれる。

 

「あ──」

 

 暗闇へと差し込む、眩しくも温かな光。夜闇に包まれていた空に、地平線から光が浮かぶ。ゆっくりと、ゆっくりと……されど確かに、日が登り始める。

 静かな夜が、終わりを告げる。地を、空を、全てを照らす陽光が、朝の到来を伝えていく。見慣れている筈の日の光が…日の出の瞬間である今だけは、どんな宝石にも負けない程に輝き煌めく。

 

「綺麗……」

 

 その光景をじっと見つめるメサイアの口から零れる言葉。ただひたすらに純粋な…メサイアという少女の、ありのままの思い。

 自分もまた、暫しの間日の出を見つめる。ブラスフェミィから、空から、メサイアと朝の光を目に焼き付ける。そうして日の出を見つめたまま、自分は伝える。今メサイアが感じているのが、メサイアなりの思いじゃないか、と。

 

「…これが、私の……」

 

 唇を震わせ、小声で言う。何も、難しい事はない。自分なりの道、自分らしさなんて、意識する事でも、ましてや頑張って掴む事でもない。ただ、自分に素直になる事……いいや、肩肘張らずにいるだけで、それは得られるものなのだ。何せ、『自分』ってものは…最初から、自分の中にあるんだから。それに気付けるかどうかなのだから。

 そしてメサイアは、それに気が付いてくれたんじゃないかと思う。だから、そんなメサイアに、自分は問う。

 

「…今の自分、ブラスフェミィへと来てからの自分は嫌か、ですか?それは……」

 

 朝の日差しからメサイアへと視線を戻す。メサイアもまた、自分の方へと振り向き…考え込むように、目を伏せる。少しの間、メサイアは黙り……それから、顔を上げる。

 

「──ふふ、まさか。ここは色々と問題のある天使が多いですが…それはそれで、充実しています。…これも、貴方の言う『私らしさ』なのですね。私の目指す救世主にはない、物語の救世主は感じた事のない……私だけの、思い」

 

 そう言って、メサイアが見せるのは柔らかな表情。もう迷いはない…という事はないだろう。だが、見つけられたものがある。それを肯定出来る自分がいる…そんな風に、自分は感じた。

 

「……一つ、訊かせて頂けますか?貴方はどうして、私にそんな事を?」

 

 大して悩んでいた訳でもない自分に、何故こんな事を言ったのかとメサイアは問うてくる。それに自分は一瞬黙り……しかしいつものメサイアの眼力(?)からは逃れられず、素直に白状する事にする。

 別段、大それた理由がある訳ではない。ただ…自分はメサイアに、メサイア自身の事も大切にしてほしいと思ったのだ。戦場に出る以上、命懸けなのは仕方のない事だが……己が命を犠牲にする事は、してほしくないのだ。

 

「それは……。…ふぅん…それはそれは。この救世主である私にそこまでの思いを抱いてしまうとは…罪深いですね、貴方も」

 

 何やらちょっと悪い笑みを浮かべるメサイアに、うぐ…となる。そこまでも何も、今の思いは天使達全員に抱いているものであり、罪深いと言われるような内容でもないと思うのだが……自分はここで、ちょっと図星だと思ってしまった。余裕で返せなかったのは……ああ、きっとそういう事なのだろう。

 

「というかそもそも、傲慢ではありませんか?私はこれまで多くの人を救い、導いてきたのです。その私に道を説くなど、尚更罪深いというものです」

 

 調子が戻り、そのままメサイアは調子に乗り出す。この「ふふん」という感じもまたメサイアの魅力の一つだとは思うので、別にいいと言えばいいのだが…やはりメサイアは、物語の救世主に憧れるのは良くても、そのものにならんとするのは合っていない…きっとその先には、不幸しかないような気がする。だからこそ、自分は物語の救世主ではなく、メサイアなりの救世主になってほしいと思うのであり……黙り込んでいた自分に対して思うところがあったのか、メサイアの雰囲気に落ち着きが戻る。

 

「…なんて、冗談です。貴方が私の事を心から案じて下さっているのは分かっていますし……そんな貴方の思いが、貴方と共にいる事が、心地良い。時に嬉しく、時に切なく…貴方の言う、『少女』としての私の心を、いつも震わせ包み込んでくれる」

 

 言葉を紡ぎながら、メサイアは胸の前で両手を重ね、きゅっと握る。過去を振り返るように、自らの心を確かめるように、ゆっくりと目を閉じ……地平線から日が完全に姿を現すと共に、メサイアもまた目を開く。自分へと手を差し出して、真っ直ぐに…穏やかに、微笑む。

 

「ですから、これからも共に参りましょう。如何なる苦難があろうとも、我が救世の道を否定されようとも、貴方がいれば、私は私という救世主であり続けられる。貴方が私の側で、私の隣で共に歩んでくれるのなら…私もまた、貴方を守り、導き、祝福する事が出来る。…ふふっ、答えは聞きませんよ?これはもう、決定事項──救世主たる私が、決めたのですから」

 

 陽光を背負うような、自らも光を灯すようなメサイア。聖女を思わせる立ち姿。けれどその言葉にはどこか、逃がしはしない、とばかりの響きもあるような気がして……なんというか、笑ってしまった。もしかすると自分は、とんでもない道へと足を踏み入れたしまったのかもしれないと。救世とは即ち、世界の終わりを覆す事。ある意味では、終わる筈だった世界を、新たな形で作り直す事。その果てなき道を、メサイアと共に歩む事が確定してしまった…そう思うと、流石にプレッシャーであり……だか、悪い気はしない。…だから、自分はメサイアの手を取る。彼女の歩む救世の道には、自分も存在するのだと、己が意思を示す。

 

 

 

 

 

 

 

──名は、その存在を証明するもの。名前こそが、真なる証。だがメサイアには、名前がない。彼女が本名だと語る名も、救世主として祀り上げられる上での、『救世主』として与えられた名前に過ぎない。名前を持たないメサイアは、始まりが何者でもない少女は、どこまで行っても、どんな道を歩もうとも、結局は偽物のままなのだろう。

 だが、偽物だとしても、その歩みが偽りでも、そこにある思いは、築いてきた道のりは、紡いだ未来は、無価値などではない。だからこそ、自分を信じ、歩み続けるのだ。その在り方こそが、いつかきっと全てを照らす、救世の光となるのだ。『偽物だけが、本物になれる』────そうだろう、メサイア(イオナ)。




 アンアス…というか、メサイアの物語は如何だったでしょうか。天使、メサイア、光属性…このキャラは私の好みを具現化する為に生み出されたのでは?と言っても過言ではない位……というのは流石に嘘です。過言です……が、そう言いたくなる位には、色んな部分がドンピシャでした。自ら救世主を名乗るのもいいんです、その傲慢さと本気で全てを救おうとする在り方が、堪らなく素敵なんです。

…さて、書き終えた事で、いよいよ私の中で本当にアンアスが終わってしまった気がします。この作品の中で語られた事、キャラ達の思いには反するかもしれませんが……終わらない物語、再演され続ける世界を私は望んでしまいます。アンアスに限らず、なんだってその方が良いじゃないかと思ってしまいます。
 しかし、美しく、希望を感じる形でアンアスという物語が幕を閉じたのもまた事実。だからこそ、私の心の中ではアンアスの世界が続きながらも、これを一つの区切りにしたいと思います。そしてこれを読んで下さった皆様の心にも、メサイアの魅力と彼女の物語が、ひいてはアンアスが少しでも残ってくれたのなら、楽しいと思ってもらえたのなら、嬉しいものです。

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