男子校育ちのボクが小6女子にTSしたらクラスで一番女子力が高かった件 作:間瀬凪
「さて、女子小学生のワードローブとはいかなるものか……!」
僕はクローゼットの中を、知的好奇心に目を輝かせながら検分し始めた。
ハンガーに掛かっている服や引き出しの中身を見て、僕は「ふむ」と小さく顎に手を当てる。
少女漫画に出てくるお姫様のように、全身フリフリのレースドレスがずらりと並んでいる……なんてことはさすがになかった。
並んでいるのは、動きやすそうな無地のTシャツやボーダー柄の長袖カットソー、インディゴブルーのデニムショートパンツに、ジップアップのジャージパーカー。
いかにも小学生女子の日常着として、極めて健康的で実用的なラインナップだ。
だが、僕の秀才たる観察眼は見逃さなかった。
引き出しの奥やハンガーの隙間に、しっかりと女の子らしい可愛いアイテムが眠っているのを。
(待てよ……。ピアノの発表会みたいな大げさな一張羅を着ていくのは、さすがにTPOとして浮きまくる。男子校で培った僕の理性と知性がそう告げている。でも――手持ちの普段着を上手く組み合わせて、最高に可愛い春のトータルコーディネートを作るくらいなら、誰にも文句は言われないはずだ!)
そう、今日から小学校六年生の新学期、始業式なのだ。
新しい学年の初日に、新しい自分を見せるためにお洒落をする――これほど自然で、正当性のある理由が他にあるだろうか?
「腕が鳴るぞ……! 男子校でファッション誌の表紙を眺めては『女子の服って色や形が多くて楽しそうだな』と指をくわえていたボクの、積年の妄想を今こそ具現化する時だ!」
僕はベッドの上に服を並べ、真剣な面持ちでカラーパレットとシルエットを吟味し始めた。
まずトップス。
選んだのは、襟元に小さな白いフリルがあしらわれた、パステルピンクのリブカットソーだ。生地が柔らかく、胸元のワンポイントに小さな銀色のサクランボの刺繍が入っている。派手すぎず、それでいてしっかりと女の子の可憐さを主張してくれる優れものだ。
その上に羽織るのは、淡いラベンダー色の薄手ニットカーディガン。貝殻風の光沢がある小さなシェルボタンが上品で、春の涼やかな朝の空気にぴったりだ。
そしてボトムス。
ここが一番の勝負所だ。動きやすさ優先のデニムショートパンツなんて、男の僕から見れば「ただの短パン」に過ぎない。女子になったからには、風をはらんで揺れる布のロマンを味わわなければ意味がない!
選んだのは、膝上丈のアイボリーの細プリーツスカート。
歩くたびに規則正しいプリーツがさらさらと揺れ、上品なお嬢様感を醸し出してくれる逸品だ。
足元は、引き出しの隅で見つけた、履き口に控えめな白いレースがあしらわれたクルーソックス。
「完璧だ……! 甘いパステルピンクに、上品なラベンダー、そして清楚なアイボリーのプリーツ! 春の訪れを全身で表現した、完璧な可憐ガールズコーデの完成だ!」
僕はパジャマを脱ぎ捨て、選び抜いた服へと腕を通していった。
カットソーの柔らかなコットンが肌を滑り、カーディガンのボタンを一つずつ留めていく。
そして、プリーツスカートに両脚を通し、ウエストのゴムをきゅっと引き上げる。
鏡の前に立つ。
「…………っ!」
思わず、息を呑んだ。
そこに立っていたのは、どこかの良家のお嬢様が雑誌のスナップ写真からそのまま飛び出してきたかのような、清楚で愛らしい十二歳の美少女だった。
淡いパステルのトーンが、白く透き通るような肌をいっそう引き立てている。
腰を左右に軽く揺らしてみると、アイボリーのプリーツがさらり、さらりと軽やかに波打った。
男子のズボンでは絶対に味わえない、太ももを撫でる涼やかな空気と、生地が肌を滑る繊細な感触。
(うわぁ……! 可愛い……! 僕、めちゃくちゃ可愛いぞ……!?)
続いてヘアスタイルだ。
ドレッサーの前に座り、母のものらしきブラシを借りて、肩口まで届く黒髪を丁寧に梳かしていく。
ブラシが通るたび、髪の毛がさらさらと天使の輪を描いて艶めく。男子校時代、寝癖を水で適当に撫でつけて終わりだったあの頃とは、かける熱量が根本から違う。
机の小物入れから、淡いピンクの小さなリボンが付いたヘアゴムを取り出す。
両サイドの髪を少しすくい取り、後頭部でまとめてリボンゴムで留める――いわゆる「ハーフアップ」だ。
顔まわりがすっきりと明るくなり、清楚なお嬢様感がさらに三段階くらい跳ね上がった。
そこで、僕はふと鏡の中の自分を見つめ、口元を押さえた。
「……あ、そうだ。重大な問題を思い出した」
一人称だ。
さっきよみがえった十二年間の女の子の記憶を辿ってみると、なんとこの世界の僕は、五年生まで自分のことを『いく』と名前で呼んでいたのだ。
『いくね、今日のおやつこれがいい!』『それ、いくがやるよ!』といった具合に。
しかも春休みの間に、お母さんや幼馴染の菜摘から『もう六年生になるんだから、そろそろ自分のことを「いく」って呼ぶのは卒業して直しなよ〜』と散々言われていた記憶までくっきり残っている。
(さ、さすがに中身が十七歳男子のメンタルで、自分のことを『いく』って呼ぶのは羞恥心で死ねる……!)
かといって、ここは素直に女の子らしく「わたし」に矯正しておくべきだろうか。
僕は鏡に向かって、口角を上げて微笑みながら口を開いた。
「わたしは、柏木郁実です」
……うーん、なんだか他人のセリフを棒読みしているみたいでむず痒い。もう一回、もっと自然に。
「わた、し……わたく、しは……わ、わたし……わったし……っ、痛っ!?」
盛大に舌を噛んだ。
じわりと口の中に広がる鉄の味に、僕は涙目になって口元を押さえた。
「だ、ダメだ……! 十七年間の言語中枢はそう簡単に書き換わらない……!」
男子校でずっと「僕」を使って生きてきたのだ。『いく』は論外としても、急に「わたし」なんて慣れない一人称を取り繕おうとすれば、緊張して絶対に肝心なところで噛むし、不自然になるに決まっている。
だが、僕は学年三位の頭脳を持つ男だ。即座に思考を切り替える。
(……待てよ。どうせ『いく』を卒業して一人称を変えるタイミングだったんなら、無理して不自然な『わたし』を作るより、最初から素の自分のまま『ボク』で押し通した方が圧倒的に楽じゃないか?)
世の中には自分のことを「ボク」と呼ぶ女の子だって普通にいる。もし何か聞かれても、「六年生になったから『いく』はやめて、今日から『ボク』にしたんだ」と言えば、それで全部説明がつくはずだ。
「よし、決定! 変に取り繕うのはやめて、ボクはボクのままでいく!」
方針をスマートに定めた僕は、満足のいく笑顔を浮かべると、意気揚々と部屋を出て階段を駆け下りた。
***
「おはよう、お母さん!」
一階のリビングへ足を踏み入れ、キッチンに立つ母親に元気よく声をかける。
トースターからパンを取り出そうとしていた母が、振り返って僕を見た。
その瞬間。
ピタッ、と母の動きが完全に静止した。
手に持ったトングを挟んだまま、目を丸くして、僕の頭のてっぺんから足の先までを見つめてくる。
「……あら、郁実?」
「ん? なに?」
「なにって……どうしたの、その格好! そのスカートとカーディガン、お母さんがせっかく買ったのに『スースーして走りにくいからヤダ』って、今まで一度も着てくれなかったじゃない。髪にリボンまで付けて……急にそんな可愛くおめかしして、何かあったの?」
(……ああ、そうだった。よみがえった十二年間の記憶でも、今までの僕は動きやすさ最優先で、年中デニムや短パンばかり履いていたんだっけ)
だからこそ、お母さんが買ってくれたこんな可愛いスカートやブラウスが、クローゼットの奥に綺麗なまま眠っていたのだ。しかし、今の僕は男子校の灰色を脱ぎ捨て、『女の子の可愛さ』の価値を知り尽くした新しい僕である。
僕はにっこりと、愛らしい美少女スマイルを浮かべて見せた。
「ふふん。六年生になったんだし、今日から『いく』って呼ぶのも卒業して、お洒落な女の子にイメチェンしてみようと思ってね! どうかな、ボクはすごく気に入ってるんだけど、似合ってる?」
両手でプリーツスカートの端をちょこんとつまみ、小さくその場でくるりと一回転してみせる。
母は呆気にとられたように口を半開きにしていたが、やがて「くすっ」と吹き出して目尻を下げた。
「『いく』をやめたと思ったら、今度は『ボク』なの? お嬢様みたいな格好してるのに、一人称だけ男の子みたいでなんだか面白いわね。でも、うちの娘なんだから可愛いに決まってるでしょ! せっかくお洒落したんだから、転んでスカート破いたり、泥だらけにしたりしないでよ?」
「大丈夫だよ、おしとやかに行動するから!」
「はいはい。冷めないうちに朝ごはん食べちゃいなさい」
食卓につき、お皿に載ったきつね色のフレンチトーストをいただく。
バターとメープルシロップの甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
いつもなら手づかみでパンにかじりつくところだが、今の僕はお洒落をした女の子だ。
フォークとナイフを使って一口大に切り分け、上品に口へと運ぶ。
じゅわっと口いっぱいに広がる、卵とミルクの優しい甘み。
……うーん、優雅だ。男子校の学食で、唐揚げ定食を五分で胃袋に流し込んでいたあの野蛮な日々が嘘のようだ。
食事を終え、洗面所で丁寧に歯を磨いて身支度を整える。
玄関に向かい、棚から取り出したのは――深みのある鮮やかな赤色のランドセル。
両肩を通してみると、しっかりとした革のストラップが、華奢な肩に心地よい重みを与えてくれる。
男子校の重たくて埃っぽいエナメルバッグとは違う、この丸みを帯びた愛らしいフォルム。
「行ってきます!」
「はい、車に気をつけてね! 新学期、楽しんでいらっしゃい!」
ガチャリと玄関のドアを開ける。
一歩外へ踏み出した瞬間、ひんやりとした、けれどどこか甘く柔らかな春の風が僕の頬を撫でた。
見上げれば、どこまでも澄み渡る青空。
通学路の並木道には、満開を迎えた桜の木々が立ち並び、風が吹くたびに淡いピンクの花びらがひらひらと宙を舞っている。
さらさらと揺れる僕の黒髪。
春風をはらんでふわりと舞い踊る、アイボリーのプリーツスカート。
足元からは、新しい靴下が擦れる軽やかな感触。
僕はランドセルの肩ベルトをきゅっと両手で握りしめ、弾むような足取りでアスファルトを踏み出した。