男子校育ちのボクが小6女子にTSしたらクラスで一番女子力が高かった件 作:間瀬凪
春の陽光が降り注ぐ校庭のコート。そこは今や古代ローマのコロッセオだった。
「さあ来い男子ーっ! 私のボール、キャッチしてみなさい!」
スウェットの袖をまくり、自信満々に構える菜摘。
「へっ、いくぞ堀越! 最初から全力だからな!」
磯部の手から唸りを上げて投げ込まれた剛速球とともに、試合の火蓋が切って落とされた。
(ヤバいヤバいヤバい! 当たったら死ぬ!!)
僕は内野の隅で、迫り来るドッジボールから逃げ惑っていた。
だが、問題は中身が男子高校生だということだ。
十七年間の運動感覚が無意識に炸裂し、飛んでくる剛速球をひらりと大股のサイドステップで華麗にスルー。
――当然、春風と遠心力に乗って、アイボリーのプリーツスカートがフワッと豪快に翻る。
中身が男の僕からすれば、「別に男子校時代なんてパンツ一丁で部室走ってたし、下着の一枚や二枚見えたところで減るもんじゃないだろ」くらいのガサツな感覚しかなかったのだが――。
「――っちょおおおおおっ!? 郁実ぃぃぃっ、アンタ何やってんのーっ!?」
コートの反対側から、菜摘の悲鳴じみた怒声がグラウンド中に響き渡った。
「今日見せパン履いてないって言ってたでしょーが! スカートちゃんと押さえなさいよ! ピンク色のが見えてる!!」
ドッジボールのコートが一瞬、時が止まったように静まり返った。
そして――。
「「「ぶふっっっっ!?」」」
ボールを持っていた磯部をはじめ、外野も内野も含めた男子全員の顔が一瞬で真っ赤に沸騰した。
「お、おい……今の聞いたか……!?」
「『見せパン履いてない』って……しかもピ、ピンクって……マジかよ……!?」
「ばっ、見るな! 絶対見ちゃダメだ! いやでも風が吹いたら……!」
「うわあああ! どこ狙えばいいんだよ!? 柏木の方見れねえええ!!」
菜摘の大暴露によって、男子陣営の精神とテンポは一瞬で崩壊した。
当の僕はといえば、
(ちぇっ、菜摘ちゃんうるさいなあ……。まあ、女の子のスカートがめくれるのはマナー的に怒られるか)
と、言われた通り両手でスカートの上から股間のあたりをキュッと挟むように押さえ、内股をすぼめてピョンピョンと小さくステップを踏むことにした。
元男子の僕からすれば『男が一番見たいピンポイントを的確にブロックした合理的防御』のつもりだったのだが――。
ピョン、と身をかわすたびに、内股をキュッと合わせたまま両手でそこを必死に押さえ込む僕の姿。
それは男子小学生たちにとって、防御どころか、視線を一点に強制ロックオンさせる極悪な誘導レーザー以外の何物でもなかった。
「お前っ、自分でそこ手で押さえたら余計目が行くだろ……っ!」
「動くたびに脇から見えそうなんだよ! あんなのどこ狙えってんだよ!?」
「それに前ばっか手で押さえてたら、後ろはめくれるじゃねえか!!」
男子たちが阿鼻叫喚で悶絶する中、味方のはずの菜摘からも烈火のごとき怒声が飛んできた。
「郁実! なんで両手でそこピンポイントに押さえて内股でモジモジしてんの! 余計いやらしく見えて男子が釘付けになってんでしょーが!!」
そんな菜摘の猛抗議に、僕は不思議そうに首をかしげ、純真無垢な顔でポロッと呟いてしまった。
「えっ? だって……男子が見たいのって、ここじゃないの?」
きょとんと目を丸くしながら、スカートの生地を両手でキュッとつまみ上げる僕。
「「「ぶっっっっっっっっっ!?」」」
男子全員の鼻から同時に赤いものが吹き出しそうな轟音が上がった。
「ば、柏木ぃぃぃぃぃぃっ!?」
「な、何を言い出すんだお前はぁぁぁぁっ!?」
真っ赤になって卒倒しかける男子たちに対し、菜摘も頭を抱えて絶叫した。
「なっ……! アンタ何ナチュラルに大爆弾投下してんのよ郁実ーっ!?」
「ええぇっ!? 隠せって言われたから一番見られたくないとこガードしたのに、なんで怒られてるの!?」
完全に動揺し、思考がショートした磯部が放ったフワフワの甘い山なりボール。
女子チームのエース・堀越菜摘がそれを見逃すはずがなかった。
「磯部ーっ! どこ見て投げてんのよっ!」
猛然とダッシュした菜摘が、宙でボールをがっちり挟み込んだ。
バシィィィンッッ!
小気味よい音がグラウンドに響き渡った。
菜摘の両腕が、男子のボールを正面からノーバウンドでがっちり挟み込んでいた。
「と、捕りやがった……!?」
男子チームが息を呑む。
「いくよーっ! 新学期開幕ストレートォッ!」
ビュンッ!
放たれたボールが一直線に男子の内野を強襲する。
「うわああっ!?」
直撃を受けた男子が一人、慌ててコートの外へと退場していった。
(すごい……! 小学生女子って、こんなに動けるものなのか……!?)
跳ね返ったボールが、コロコロと僕の足元へ転がってきた。
「郁実! ナイスカバー! 拾って投げ返しな!」
「えっ、ボ、ボクが……!?」
しゃがみ込んで両手でボールを拾い上げ、立ち上がると同時に、左手で慌ててスカートの前を押さえ直す。女子の腕にはボールがずっしりと重い。
だが、僕の神経系には十七年間の運動感覚が刻まれている。
(こんな野蛮な球、投げられるか! でも……菜摘ちゃんにパスするくらいなら……!)
スカートがめくれないよう足を大きく踏み込まず、膝を軽く曲げて手首のスナップを利かせ、ボールを前へと押し出した。
可憐な美少女の控えめな下手投げ――に見せかけて。
シュパッ!
放たれたボールは綺麗な縦回転を描き、低弾道で菜摘の胸元へピタリと収まった。
「……えっ!? 郁実、今のパスめっちゃ回転綺麗で捕りやすかったんだけど!」
「た、たまたまだよ! ほら、早く投げて!」
「よーし! 次は磯部、いくよっ!」
その後も、僕はスカートを押さえながら内股ステップでボールを回避し続け、的確なパスを配給する「可憐な名セッター」として大活躍。女子チームの完全勝利で幕を閉じたのだった。
***
「あーーっ、勝った勝った! 女子チームの勝ちーっ!」
夕暮れのグラウンド。
菜摘がスウェットの袖で額の汗を拭いながら笑った。男子たちは地面に倒れ伏し、「堀越、強すぎだろ……」と息を切らしている。
一方の僕は、桜の木の下でプリーツスカートの裾を握りしめ、へとへとになってへたり込んでいた。
膝には土ぼこり、ハーフアップのリボンも曲がって解けかけている。
「ほら郁実、お疲れ! 郁実のパス、マジでナイスだったよ! 明日もやろうね!」
菜摘が泥だらけの満面の笑みで、僕の肩をポンッと叩いてきた。
「明日も……? もう……勘弁してよ……」
僕が弱々しく呟くと、菜摘は「あはは!」と快活に笑い声を上げた。
男子校の灰色から、色鮮やかな女子の世界へ。
僕の思い描いていた『おしとやかで可憐な女子ライフ』とは何光年も離れたバイタリティ溢れる現実。
「それじゃ郁実、また明日ね! 明日は給食あるから、デザートのプリン争奪戦もよろしく!」
「う、うん……また明日ね、菜摘ちゃん」
校門を出てしばらく歩いた十字路で、菜摘は大きく手を振って自分の家の方へと駆けていった。
ショートボブを揺らしながら遠ざかる後ろ姿を見送り、僕は小さく息を吐いた。
一人きりになった通学路。
ぽかぽかとしたうららかな春の陽射しが、満開の桜並木をキラキラと照らし出している。
アスファルトに落ちる、小さな華奢な自分の影。
僕は立ち止まり、改めて自分の姿を見下ろしてみた。
(…………ひどい有様だな)
思わず苦笑いが漏れた。
今朝、クローゼットの前であれほど真剣にカラーコーディネートを吟味し、「春の妖精」を気取っていたアイボリーの細プリーツスカート。
その裾には、グラウンドの乾いた砂と黒い土ぼこりが容赦なくこびりつき、繊細なプリーツのひだはあちこちが潰れてしまっている。
頭に手をやれば、あれほど丁寧にブローして結んだハーフアップのリボンが、右に大きく曲がって今にも解けそうに垂れ下がっていた。
お嬢様コーデ、完全崩壊。
男子校時代の僕が見たら、「あいつ何やってんだ」と呆れ果てていたに違いない。
だが――不思議なことに、僕の心の中には後悔や落胆の感情は一片もなかった。
坂道を下り、見慣れた我が家の屋根が見えてくる。
玄関のポーチを上がり、ドアノブに手をかけた。
カチャリ、と鍵を開けて引き戸を開く。
「ただいまー……」
「はーい、おかえりなさ……って、えええええっ!?」
パタパタと小走りで玄関に現れたのは、花柄のエプロンをつけた母だった。
お昼ご飯のチャーハンでも炒めていたのだろう、手に持ったフライ返しを宙に浮かせたまま、母の目が信じられないものを見るように限界まで見開かれた。
視線は僕の顔から、曲がったリボン、土ぼこりだらけのカーディガン、そして無惨に黒ずんだプリーツスカートへとスライドしていく。
「ちょ、ちょっと郁実……!? あ、あんたその格好、一体どうしたのよ!?」
「あ、あはは……ちょっと、下校前に菜摘ちゃんと遊んできて……」
「遊んできたってレベルじゃないでしょ、これ! 始業式で午前授業だったのに、お昼前に全身泥だらけじゃないの!」
母は頭を抱えて悲鳴のような声を上げた。
玄関先にしゃがみ込み、僕のスカートの裾をつまんでため息をつく。
「まったく、アイボリーの細プリーツなんて一番泥汚れが落ちにくい生地なのに……! 膝も泥だらけだし、リボンも曲がっちゃって……まさか郁実、また男子に混ざってドッジボールやってきたの?」
「……うん。男子の剛速球から、必死に逃げ回ってただけなんだけど……」
「もう! 女の子なんだから、もう少しおしとやかにしなさいって言ってるでしょ! せっかく可愛くしてたのに、台無しじゃないの」
小言を連発する母。
けれど、その眉尻はどこか優しく下がっていて、怒っているというよりは、元気すぎる娘に呆れつつも安心しているような眼差しだった。
男子校時代、部活で泥だらけになって帰っても「玄関汚さないでよ」と冷たく言われるだけだった。
それなのに、こうして「女の子なんだから」と心配され、小言を言われることすら、今の僕にはどこか温かく、くすぐったい日常の尊さとして胸に染み渡る。
「ほら、立ち止まってないで! すぐシャワー浴びて、お昼ご飯の前に泥と汗をきれいに流してきなさい! その服は脱いだらすぐ洗濯機に入れてね、下洗いしなきゃいけないんだから」
「うん、ありがとうお母さん」
「まったくもう……上がったら温かいご飯にするから!」
ぶつぶつと言いながらキッチンへと戻っていく母の背中を見送り、僕は靴を脱いで上がった。
土ぼこりで汚れたソックスを脱ぐと、足の裏にひんやりとしたフローリングの感触が伝わってくる。
階段を上がって自室にランドセルを置き、替えの部屋着を持って洗面所へと向かった。
(ふぅ……。激動の一日だったけど、ようやくこれでひと段落だな)
洗面所の引き戸を開け、脱衣所へと足を踏み入れる。
脱衣所には、朝に使った時の甘いシャンプーの香りがかすかに残っていた。
(シャワーで泥と汗をさっぱり流して、温かいご飯にするとしよう……!)
僕は何の疑いもなく、リボンを外してカーディガンのボタンに手をかけた。
――だが、十七歳の元男子校生は、まだ知らなかったのだ。
男子高校生のガサツな感覚のまま『女の子の身体をお手入れする』ということの、未知なる繊細さと難しさを――。